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この世界に勇者っていらなくね?  作者: maruisu
第2章 勇者覚醒――なんて言ってみたかった。 勇者【登録無料! 即日簡単! 未経験でも簡単なおしごとでぇす♪】
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仲間、だから。

ユマ、ごめん。心の中でそう思いながら、ユマに思いっきり当て身を食らわせる。ユマは思いがけない俺の行動に一瞬動きを止め、もろに当て身をくらいその場によろめいた。


 今だ!


 ユマの腕の力が弱まった瞬間に、ムルムスの方へ駆けだす。ユマのうめき声がかすかに聞こえたけど、振り返る余裕はなかった。

 ムルムスは俺の動きにあっけにとられて隙が出来ていた。

「お前のせいで!!」

 ムルムスの脇腹めがけて体当たりする。突然肩が脇腹に入りムルムスは後ろによろめいたものの、すぐに体勢を立て直した。


「お前のせいで、ユマはあんなに苦しんでいる!」

 ユマの出生。そして、親を失った悲しみ。師匠と仰いだ人の本性。

 それを暴露したこの男は、ユマにもっと絶望しろと唆す。


 なんて野郎だ。


「お前!!」

 ムルムスは壁に靠れて体を支えると、俺の顔を見て目を見開いた。

「たかだかレベル1の勇者が、こんなに動けるはずがない!」

 驚いてそう叫ぶムルムスの言葉に、一番そう思っているのは俺の方だ。

 自分でもわからないほどの力がどこからか溢れてくるようだった。


 ムルムスのステータスを読み取ろうと念じると、画像が流れ込んできた。

 レベルは75――正直、俺の今のステータスからじゃ太刀打ちなんてできる相手じゃない。

 それでも、今ならこいつには負けないという強い思いがあった。


 俺を睨み付けているムルムスの視線を受け止めると、ムルムスに掴みかかった。

 胸ぐらをつかみ、壁に押し付ける。奴は苦しそうに短いうめき声をあげると、忌々しそうに舌打ちした。


「ほんとに嫌な奴だね」

 それはこっちのセリフだよ、そう返したかった。

 ムルムスの視線がユマに動いた。


「僕のリリムに、ひどいことするなあ」

 やけにのんびりとした口調とは裏腹に、奴に視線はせわしなく俺とユマを往ったり来たりしている。


「ひどいこと? ――おまえがそれを言うな!」

「ふん。リリムは僕のものだよ。どうしようと僕の勝手じゃないか?」

「お前……」

 呆れたように吐き出した俺に、ムルムスは勢いづく。


「使えないおもちゃは、いらない」


 ムルムスは一言そう、呟いた。


 その途端、ユマをがんじがらめにしている透明の糸が彼女に絡みついたまま締め上げるように縮んでいく。


「きゃああ!!」

 ユマの叫び声があたりに響く。


「てめえ!!」

 カッとなってムルムスの頬を殴りつけた。


「ったいなあ。

 でも、僕を殴ってももうどうしようもないよ。僕の一言で、リリムは壊れる。もともとそういう風に作っておいたんだ。飽きたおもちゃの処分は大変だからね。いらなくなったら、その一言で消えてしまうように」

 得意げなムルムスの言葉に吐き気がする。

 その言葉を聞きながら、ユマの元へ駆け寄った。


 ユマは自分の喉を押さえると、苦しそうに空を見上げている。それからユマは動きを止めてまるで石のように固まってしまった。さっきまで輝いてた赤い瞳が、ぽっかりと空洞のようになっている。


「ユマ!」


「あれ? 消えないなあ」

 意外そうに笑う、間延びしたムルムスの声が聞こえてくる。

 その言葉を無視してユマの髪に触れると、触れた部分がさらさらと砂のように崩れた。

「ユマ!!」


「だから言ったろ、彼女は人間じゃないって。ほんとにリリムはよくできていたなあ」


「ユマを、元に戻せよ!!」

 奴の言葉を無視するように叫んで、ムルムスを睨み付けた。奴は怒っている俺を見ると、得意げになって笑っている。

「いやだよ。

 本当はもっと苦痛にゆがんだ顔が見たかったんだよなあ。これくらいじゃ、まだまだ足りなかったかな。僕、もっとユマに絶望的なことを言ってあげればよかったかな?」

 うーんと考え込んでいるふりをしている奴は、得意げだった。


 ユマの髪の毛にもう一度触れた。触れた部分はまたもやさらさらと崩れて、足元にユマのかけらがたくさん落ちた。

 どうしてユマがこんな目に合わなければいけない?

 仲間にしてくれと言ってきたときも、マドラを「可愛い!」といった時も、ユマは笑っていた。あの時は、こんな未来が待っているなんて夢にも思わなかった。

「お前、俺の仲間だろ?」

 呟くようにユマに語り掛ける。

 そうだ。ユマは俺の仲間だ。

「ユマ、もう泣くな。お前には両親もいないかもしれない。お前が信じてた師匠はお前を裏切ったかもしれない。

 だけど、俺はお前を裏切らない! お前は俺の仲間だ!! だから、元の姿に戻ってくれ!」


 振り絞るようにユマに語り掛ける。

 前の世界で俺が【友達】に言ってほしかった言葉だ。お前は友達だよ――たったその一言でよかったんだ。それだけで俺は、みんなのために何かしたいと思っていたんだ。


 ユマの腕にそっと触れた。


 ……。

 

 ユマの体は何の反応も示さず、空洞になった瞳はただ空を見るだけだった。


「勇者様一行は、ホムンクルスを仲間にするつもりなのかい!? レベル1の勇者と、半獣人と人ですらないホムンクルスのパーティ! これは傑作だ!」

 ムルムスが大声で笑いだす。


 ……。

 ……。

 ――まただ。


 脳裏に浮かんだのは、泣きそうな顔をしていた十六夜の顔だ。

 俺はあの時、十六夜を救いたかった。

 それなのに……。


 そして、今も……。


 俺は、誰一人救えない――!!


 声にならない声を吐き出した俺は、頭を抱えてその場にうずくまった。


 十六夜も、ガイスター達バニウスの村のみんなも、俺は誰も救えない。

 俺の側にいると、誰もが不幸になる。


 十六夜だって、アディールだって、ユマだって、みんなどうしてこんな思いをしないといけない!?

 俺のせいだ!!

 俺が、誰も守れないから――!!


  

 泣きだしたかった。その場から走って逃げて、何もなかったことにリセットしたい。頭を抱えて泣き叫ぶ俺の中から聞こえたのは、たった一つの――声だった。


《――か?

 ――いらないのか? お前がその体をいらないというのなら、俺に貸せ――!》


 体の奥底から声が聞こえた。

 いつも、カッとなると湧き上がってくる力と同じようなわけのわからない力が沸きあがった。


 なんだ、これ!?


 次の瞬間、まるで落とし穴に落ちたかのようにどこか深い奥底に転がっていくような感覚があった。

 そして、俺の体は俺の意志とはまるで関係なく動いていた。


 カメラのファインダーを覗いているかのように、俺の意志とは関係なく俺の目は外の世界を映していた。

 一瞬でムルムスの前に立ちはだかり、その首を思いっきりひねり上げる。


「お、お前!!」

 驚愕するムルムスの顔は真っ青だった。

「――こんな力……レベル1のはずが!

 ……ウソだろ!? なんで、ステータスが読み取れない!?」


 俺の腕から逃れようともがくムルムスの顔がどんどん青黒くなっていく。息も絶え絶えになったムルムスをその場に叩きつけるように放り投げる。

『小物のくせに、楯突くからだ。このバカめが』

 俺の声で、俺が考えてもいない言葉を俺の意志とは関係なく紡いでいく。ムルムスは真っ青になったまま、「ひっ」というと尻餅をついたまま後ずさっていく。それを見下ろしたまま、俺はムルムスの髪の毛を掴む。力を入れると、簡単に奴の体が持ち上がった。


「お前――その力――!?」


 ムルムスの言葉に、俺はにやっと笑う。

『察しのいい男は、嫌いじゃない――』

 俺のその言葉に、ムルムスはほっとしたように口角を軽く持ち上げる。その顔を見て、《俺》もにやりと笑った。


『――だが、小賢しい男は嫌いだ』

 俺の腕は易々とムルムスを壁に叩きつけていた。「かは……」っと短く呟いたムルムスの鼻はありえない方向へひしゃげていた。傷ついた奴の体をさらに捨てると、俺は側に浮遊していた紫色の煙のような幽霊に向かって人差し指を突き付けた。ぽっと赤い炎が浮かぶと、あっという間に幽霊は燃えていく。


『小賢しい』

 アディールに向かって炎を繰り出す。アディールを捉えていた幽霊たちがその炎に呑まれ、拘束が解かれると彼女はとっさに後ろ足を蹴って後ろに飛びのいた。


「あなた、誰?」

 俺を睨みながら、アディールが弓を構える。

『撃ちたければ撃てばいい。しかし、撃たれて傷つくのはこの体だ。我は痛くもかゆくもない』

 俺は顔色を変えずにアディールに対峙している。


 今俺を動かしているのは、俺じゃない《誰か》だった。俺――繊の意識は体の奥底で、まるで映画でも見るように外の景色をただ眺めているだけだ。

 ――もしも俺じゃない誰かがみんなを救ってくれるのなら、俺はいなくてもいい――


 奥底でそんなことをぼんやりと考えていた。


「ムルムスを倒してくれてありがとう。

 だけど、センを返して下さい。

 ――あなたは、よくない気がします……」


 アディールがまっすぐに俺を見ている。


「センは、ユマちゃんに言ったの。

 ユマちゃんを、仲間だって。

 私も一緒。センは仲間です。

 もう家族も友達もいない私にとって、センはたった一人の家族で、仲間で、友達です!


 だからお願い、センを、センを返して下さいっ――」


 アディールが目を伏せて口を結ぶと、ぽろぽろと大粒の涙を流した。

 その涙から目が離せなくて、それをずっと眺めていた。


 ごめんな、アディール。俺、いっつもアディールを泣かしている。

 俺がいなかったらアディールが泣くこともなかったのにな。


「センは私の――たった一つの希望なんです……」


 アディールの言葉に、俺ははっとした。


 希望……?


 俺が?


 そうだ。俺はアディールに約束したじゃないか。俺が彼女を守るって。みんなの仇を取るって。アディールはそれを信じているんだ。

 ああ、そうか。

 アディールこそが俺のたった一つの希望なんだ。

 彼女がいるから俺は、ここにいるんだ!


 すると、《俺》が笑った。

 そして俺はカチッと何かがハマるように、俺――に戻ってきた。

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