ユマの正体
「ねえ、ユマ。
君、本当に自分が人間だと思ってるの?」
ムルムスが笑顔でとんとユマの肩を人差し指で叩く。
俺達はあいつが何を言ってるのかわからなかった。
「え?」
首を傾げるユマに、顔を見合わせる俺たち。
だって、どっからどう見てもユマは人間だ。不思議そうに顔を見合わせている俺たちの様子をぐるっと見て満足そうにムルムスは頷いている。
「その様子だと、みーんな気がついてないみたいだよね。
ふふ、嬉しいなあ」
ぽんとカルガリ伯爵の頭を放り投げ、それがまた腕の中に戻ってきてから、カルガリ伯爵が座っている椅子の横にあったサイドテーブルにそのしゃれこうべを乗せる。わざわざこちらに正面を向ける当りが、奴の性格の悪さを物語っているようだった。
男はアディールの側に近寄っていく。俺はアディールを庇おうと前に出ると、ムルムスはそんな俺を片手で制して、アディールの前に立った。近づいてくる男に、マドラが「キイ!」と威嚇の声を上げる。頭にそよいでいる青色の葉っぱがやけに小刻みに揺れていた。
ムルムスはアディールの正面に立つと、アディールとマドラを交互に見渡してからおもむろに腕を突き出した。
「きゃあ!」
身構えたアディールの腕の中からすぽんと抜けたマドラは、葉っぱを掴まれてばたばたと暴れて「キイ! キイ!!」と叫び声をあげる。男はマドラの頭を掴んでアディールの腕から引っこ抜いていた。
「お前! マドラに何するんだよ!」
そう言うと、マドラは一生懸命こちらに手を伸ばしている。ムルムスはそんな俺たちに関係ないといった様子で、マドラを掴んだままユマの隣に並んだ。
「――君たち、この魔法生物マンドラゴラを何に使うか、知ってるかい?」
キイキイと叫びながら暴れているマドラを尻目に、男はマドラを掴む腕を俺たちに見せつけるように差し出す。
「こいつはね、ホムンクルスの原料になるんだよ。
これだけ粋のいいマンドラゴラなら、いいホムンクルスが作れるだろうね。
――ユマみたいな」
男がにやりと笑った。
男の言っている意味が分からない俺たちは、言葉を失っている。
は? ホムンクルス? 何だ、それ??
「ユマが……?」
このマンドラゴラ?
「お前! 何言ってるんだよ!?」
訳が分からなくてそう怒鳴ると、ムルムスはクックックとのどを鳴らして笑いだした。
「ああ! いいねえ。その反応!
じゃ、何でユマ――いや、リリムが生まれたか、教えてあげる」
そこで一区切り満足そうに頷くと、笑顔を保ったまま話を続けた。
「昔ね、僕と契約を結んだ男がいたんだ。
そいつはね、没落した貴族の息子でねえ。野心ばっかりが先走ってるような奴だった。
まあ僕もそういう男は嫌いじゃないからね。
少しばっかり話を聞いてやったんだ。それで、一つだけ取引をした。
僕が力を貸してあげるから、この世の中を思い通りにして復讐したらいい。
その代わり、世の中に復讐できたら大事なものをもらいに行くよ――ってね。
男は二つ返事で頷いた。
よし、それで契約成立。
そいつ、どうなったと思う?
時の宰相なんかになっちゃった。
この世の春を謳歌したみたいだよ、彼。
国民をね、こき使って搾取して、この世の富を全て自分に集めたんだよ。贅を尽くして、人の頂点に立って優越感に浸ってた。
それでね、彼ったら大事なものは権力だなんていうんだ。
じゃあ約束通り、その大事な権力でもいただいて行こうかなって思ったんだけど、権力、もらっても僕には使い道もないしね。
そこで僕はその男に実験してみたんだ。
そんなクズみたいな男に、権力よりも大切なものができるのかなあって」
男はマドラを自分の顔の高さに持ち上げて、ふふっと笑っている。
「キイ!」マドラは怒り顔で、男を蹴ろうとしているけれど、いかんせん足が短くて届いていない。
「それでね、僕の知り合いに好きな男と別れたばかりの美しい女性がいたんだ。
で、その女性に紹介してあげたの。
君にぴったりの男がいるよって。
彼女、自分の性格も忘れて、男にのめり込んじゃってね。
男の方もまあ、彼女の美貌に惚れたんだかどうなのか、お互い惚れあっちゃったみたいでね。
まあ、よろしくやればいいやって二人を放っておいたんだ。
そしたら――僕のもくろみ通り、二人は結婚しちゃった。
傑作だよ!」
面白そうに声を上げて笑うムルムスは、俺達が愛想笑いの一つも浮かべてないことに気がついてコホンとひとつ咳払いをしてみせる。
「二人して、子どもが欲しいなんて言ってるんだ。
自分たちの素性も忘れて。
ろくでなし男と、性悪女だよ? ルサルカっていったら、男を騙す浮気性だって評判の女だよ? 笑っちゃうだろ?
そんな二人に子どもが出来たら、生まれた子供がかわいそう。
だからさ、僕が二人にプレゼントしたんだ。
僕、得意なんだ。そういうの。
マンドラゴラからホムンクルス作ったり、死んだ人間に魂入れたりするのね」
ユマに微笑みかけながら、ムルムスは歌うように話す。
「僕の最高傑作があったんだ。リリムっていってね、僕が手塩にかけて育てていた、ホムンクルス――」
ムルムスがその先を続けようとした時、
「やめて!」
とさえぎったのはユマだった。
耳を塞いで、俯いて首を横に振っている。
「本当は、わかっていたの。
この屋敷の中は、怨嗟の声で満ちている。
みんな、お父様を恨んでいたわ。
苦しい、苦しいって霊になっても嘆いているんだもの。それだけ強く、お父様が恨まれているのは分かっていた。
初めはそんなの嘘だって思ってた。
――だけど……」
ユマはぽつりぽつりと涙をこぼしている。
「お父様がただの田舎の一貴族だったら、こんなふうに誰かに恨まれることはなかったかもしれない。
お父様、いつも言っていたもの。お母様にも私にも苦労をさせたくないって。幸せにしてやりたいって。
私たちの幸せが、お父様の幸せだって言っていたの、ずっと。私たちの願いをかなえてやるために何でもしてやりたいって……」
ユマは泣いていた。
「私、伯爵家の生活が当たり前だと思ってた。
ずっとその生活が続いて、私たち家族はみんな幸せだと思ってたの……。
それが、たくさんの人達の犠牲の上に成り立ってたなんて……。
本当はうっすら気がついていたの。でも、何も言えなかった。あのときは、伯爵家の生活を失くすのが怖かったんじゃない。お父様がひどい人だって、認めたくなかったの」
ユマが泣いている。
床にペタンと座り込んで泣いていた。
確かに、ユマの父親はあくどい事をしていたのかもしれない。
だけど、ユマの前では彼はきっといい父親だった。大事な人のために、誰かを犠牲にしてもいいと思えるほど自分の子どもと奥さんを愛していたんだ。
「嫌だなあ、リリム。
カルガリがああなったのは、僕のせいだって言いたいわけ?
まったく、って――その通りなんだけどね。
だけどね、忘れないでほしいんだ。
彼が権力に固執したのは、君とルサルカ――カルガリの奥さんに贅沢させたかったからさ。
君たちは何食わぬ顔で、それを享受していたんだ。
君だって、共犯だよ?」
額に手を当てて、困ったような顔をしてみせるムルムスは明らかにユマの動揺を楽しんでいる。
ムルムスがユマを責めるようなことを言うたびに、ユマの顔は悲しげに歪んだ。
「ルサルカが何者だか、知ってる?
上手く素性を隠しているけど、彼女は魔族だよ?魔族と光の民の間に子どもなんてできるわけがない。
それは百も承知だから、ルサルカはカルガリを騙したんだよ。
僕にホムンクルスを借りて。
だから、僕は取り返しに行ったんだ。
カルガリとの約束。大事なものをもらいに行くってね。それにリリムは貸してあげたけど、カルガリが死んで、ルサルカがいなくなったんだったら、僕が返してもらってもいいと思わない?」
ユマは唇を噛みしめていた。
小さく震えているかと思ったら、放心したような顔で空を見上げた。
「……そんなの、ウソ……。
お父様が悪魔と契約して、お母様が魔族で……。
私がホムンクルスだったなんて――!!」
ユマは両手で耳を塞ぐと、その場に泣き崩れた。
「ユマ!」
「ユマちゃん!」
俺とアディールの声が重なった。泣いているユマになんて言葉をかければいいのか、二人とも見つからなかった。ユマの父親は確かにひどいことをした。それは擁護するべきじゃない。結果的には殺されたのは仕方なかったのかもしれない。そう思えるほどのことをしていたんだ。
だけど、それが誰かにそそのかされたことだとしたら?
そいつも共犯じゃないのか。
ムルムスはそれを奥さんと子ども――ユマが唆したって言っている。
だけどその元凶を作ったのは、こいつじゃないか。こいつはカルガリの野心を自分の興味だけで焚きつけたんだ。
カルガリの境遇に同情したわけでもない。ただ自分が面白そうだからってだけで、こいつは人一人の人生をもてあそんだ。
それを得意げになって、ユマに話している。
俺はこういうやつを見てきた。
人を馬鹿にして見下して、それでも何とも思わずに笑いながら楽しんでいるようなクズのような奴ら。俺はずっとそんな奴らにいいようにバカにされてきた。
「……許せねえ」
こんな奴がユマを傷つけるのは許せねえ。目の前で泣いているユマの姿と、かつての自分の姿が重なる。
「お前がユマを傷つけるな!」
気がついたら駆けだしていた。
拳を握って、ムルムスを思いっきり殴りつけようと腕を振り下ろした。
「おっと」
いとも簡単にムルムスをはそれを避けると、片腕をさっと上げる。するとまた紫色の煙が形を作り出した。
「そう簡単に、僕を殴れると思わないでくれよ。野蛮だな」
足音もさせない素早さでムルムスは下がっていく。
「セン!」
アディールの声とともに、ムルムスに向けて矢が放たれた。それを簡単に交わすと、ひゅうっと口笛を鳴らして見せた。
「二人とも、案外攻撃的なんだね」
笑いながらそう言うと、ムルムスは操るように手をかざしている。
その動きに合わせて、煙が俺達に襲ってくる。
煙が人の形を作って、アディールに襲い掛かる。
「させるか!」
武器になるものを何も持っていなかったから、そばにあった燭台を手に取ると、蝋燭ごとその紫の幽霊に殴りかかった。ろうそくの火が幽霊にあたる。
すると紫の幽霊は一瞬動きを止めた。
……もしかして。
考えてみたら、古来より言われているじゃないか。
浄化のために護摩を焚いたりする。
だったら霊っていうのは、火に弱かったりするんじゃないか?
よし!
俺は確かに手ごたえを感じて、重みのある燭台を構える。
「おや、もしかして勝ったつもり?」
ムルムスはそういうと、マドラをぎゅうっと締め付けた。
「キイ! キイっ!!」
怒りでマドラが赤くなっている。一生懸命体をばたつかせて、ムルムスの腕から逃れようとしてた。
「てめえ、ふざけんな!」
俺が言うのが早いか、背後から矢が飛んで来た。
ムルムスは不意を突かれて、肩に矢が刺さった。
「アディール、ナイス!!」
ムルムスがうめいてしゃがみこむのと同時にマドラを掴んでいた腕の力が弱まり、マドラが地面に落ちた。俺はマドラを拾い上げると、アディールの方へ放る。
マドラは投げられながら、ピ、ピ! と声を上げている。
アディールは投げられたマドラをうまくキャッチすると、自分の後ろに隠すようにマドラを立たせた。
「っとに、小癪な勇者たちだね」
いらだたしげにムルムスが声を上げた。その表情は薄ら笑いを浮かべているけれど、目は笑ってはいなかった。
怒っているんだ。
こういうやつらは自尊心が傷つけられると表面上は何事もなかったように装っているけど、はらわたが煮えくり返るほど怒り狂っているに違いなかった。
そのいら立ちが口調に現れている。
「まったく不愉快な勇者たちだよ!」
そういうと、ムルムスは何やら呪文のような言葉を唱え始めた。
何だ?
「リリム、思い出せ! 僕の下僕だったことを」
ムルムスの言葉と同時に、見えない糸がユマをからめ捕るように見えた。
なんだ、あの糸?
ユマは「ぐっ!」とのどを鳴らすと、それまで紫色の瞳だったのが、真っ赤に変わっていた。
「ああ、そうだ。そうだよ、リリム。僕の愛しのリリム! 僕の元へ戻っておいで。
――その前に、お前の手であいつを殺してしまえ!!」
剣呑な光を浮かべて、ムルムスが俺を睨んだ。リリムはムルムスの視線の先にいた俺を見つめ、鼻にしわを寄せ、眉をしかめ、怒りの表情を作って見せた。
ユマは俺にとびかかってくる。
「ユマ、やめろ!」
逃げるように後ろに下がる。ユマを持っていた燭台で殴るわけにはいかなかった。ユマをかわすように部屋をあちこち逃げ回る。アディールも矢を打ち込むわけにもいかず、どうすればいいのか迷っているようだった。
「アディール、あいつを狙え!」
「させないよ」
ムルムスの言葉に幽霊がまた立ち上り、アディールの体を捉える。人型になった幽霊はアディールの両腕を自分の腕で掴んで拘束している。
その間にもユマは俺を責める手をやめない。俺は逃げるのが精いっぱいだった。
ムルムスが差し出した手から、幽霊たちが溢れ出てくる。
俺たちはその無数の霊に囲まれて身動きが取れなくなった。
霊たちはいっせいに腕を伸ばして、俺とアディールの体を押さえつける。煙のような得体の知れない霊体なのにその力は強く、ペタペタとした手の感触がいたるところにまとわりついて身動きが取れなかった。
身動きが取れなくなった俺の首に、ユマがぎゅっと腕を伸ばしてきて締め付ける。
「……ユマ、やめろ……」
「いやだな、彼女はもうユマじゃないよ。僕の大切なリリムだ。
ユマはあくまでも、仮の名前だからね」
ムルムスは嬉しそうにユマの後ろで笑っている。
ユマはその間にもぎりぎりと俺の首を絞めつけてきた。
……。
「……ユマ」
ユマを攻撃したくない。
いくら俺を殺そうとしているユマだけど、こいつは自分の意志でやってるわけじゃない。
こいつは昔の俺と一緒だ。
こんなことしたくないのに、操られている。
俺だっておんなじだ。惨めな事なんてしたくなかったのに、そうしなければいけないようなそんな錯覚に陥っていた。
友達だから――。そんなこと免罪符になんてならなかったのに。
思いのほかユマの力は強く、だんだんと意識が遠のいてくる。
「ふふ、早く死んじゃえ」
後ろで一言、そう笑ったムルムスに怒りが湧いてきた。
――!
――!!
言いようのない怒りに全身が沸き立つようだった。人を使って、自分は高みの場所で笑っている。そんな奴の姿に吐き気がする。
ふざけんな!
湧いてきたのは、純粋に怒りだった。
こいつだけは、許せねえ!!
――!
「セン!!」
突然、アディールの声が響いた。
その言葉に、我に返る。
全身から言いようもない力が溢れているようだった。
ごめんな、アディール。
彼女の声を聴いたら、なんだか彼女に申し訳ないような気が一瞬心の中を駆け抜けたけれど、それ以上に怒りの方が大きかった。




