伯爵邸の謎2
「ってことは、ユマちゃんはこの家の娘ってこと?」
アディールがユマに問いかける。
ユマは小さく頷いた。
「じゃあなんで……」
この家の娘ならこんなことしなくてもこの家に自由に入ることができただろう。なぜわざわざ新米勇者パーティを掴まえて依頼を受けたんだ?
俺のその問いに答えるかのように、ユマはゆっくりとしゃべりだした。
「私ずっとお師匠様と暮らしていたの。昔の記憶がなくても、お師匠様は心配しなくていいよって言ってくれて、いろんなことを教えてくれた。
だけど、だんだん記憶を取り戻してきて、自分が昔リリムと呼ばれていたことを思い出したの。
記憶のかけらを思い出す度に、私はどんどん不安になっていった。
自分が何者だったのか、自分の両親は一体どんな人だったのか。
なぜ私は記憶を失って、お師匠様と暮らしていたのか……。
私は自分のことを知りたくて、お師匠様に許しを得て旅に出たの。
お師匠様が呼んでいたユマという名前と、うっすら思い出したリリムという名を合わせて名乗って。
お師匠様が昔このリングアにいたリリムという娘が行方知れずだということを突き止めてくれて、私はリングアに訪れたの。
リングアについたら懐かしくなって、記憶を少しずつ思い出したの。
そして、カルガリ伯爵の家を見たら、思い出したの――」
ユマは目の前の鏡を指さした。
「これ……」
アディールが目を凝らしてみる。薄暗い部屋の中、アディールは辺りを見回してから一旦扉の外に出た。すぐに戻ってくると、手にはランプを持っている。
「廊下にあったキャンドルランプを借りてきました」
そう言うと、ユマが指差した先の鏡を照らす。
すると、そこに掲げられていたのは鏡ではなく、一枚の肖像画だった。
壮年の立派な風貌をした男性と、その男性が肩に手を添えているのは一人の女性。
そして女性の隣には寄り添うように、少女がほほ笑んでいる。
ユマの目の前に立っていたその少女の顔は、ユマにそっくりだった。
「これ、ユマ?」
確かめるように呟いた俺に、ユマは頷く。
「そうよ、私よ。
これ、お父様とお母様が健在だった時の肖像画なの。よくできているからって、お父様が大事にしていた……」
その肖像画を見て、ユマがこの家の娘だということを確信した。肖像画の男性は新聞に載っていたカルガリ伯爵の写真と同じ顔をしている。彼がカルガリ伯爵だというのは疑いようがなかった。
「え。ちょっと待ってよ。俺には分かんないことだらけなんだけど」
混乱しながらそう言うと、アディールも神妙な顔をしている。
「そもそもユマちゃんがこの家の娘なら、俺たちのパーティに入って依頼なんて受けないで、素直に帰ればよかったんじゃないの?
それに8年も前にカルガリ伯爵が死んでいるのなら、この絵が描かれて8年は経っているってことだよね?
いくら童顔の人だって、8年経てば顔は変わる。ましてユマちゃんくらいの年なら、子どもから少女に変わるぐらいの年月だよね。
なのに、どうしてユマちゃんは全く変わってないの……?」
俺の問いかけに、ユマは俯いている。
「私にもわからない。
記憶を失っていた8年もの間、どうしてお父様たちのことを思い出さなかったのかも、どうして姿かたちが変わっていないのかも、全くわからないの」
ユマの言葉に、俺たちはその先をなんて続ければいいのか一瞬言葉を失った。
それでもわからないことの方が多くて、なんて言おうか考えあぐねた。
とりあえずユマは、断片的とはいえ、この家の娘リリムとしての記憶がある。
俺たちとパーティーを組んだのは、この家に帰ってきたかったから。
そして、父親を降霊術で呼び出したら失敗した……。
俺たちはユマのことをそれしか知らない。
「この屋敷は今、当主不在ということでギルドが管理しているの。
私が娘だって主張しても、当時のこの家の娘リリム=カルガリの存命が確認できないからってギルドにはあしらわれた。
だから一人じゃ入ることもできなかったの……。
でもこの屋敷を眺めているうちに、時折人が入っていくのが分かったの。
それでレベルの低い勇者の仕事だってわかって、ギルドに登録して機会をうかがってたの。
何回か他のパーティーにも声をかけて入れてくれるところがないか探してたんだけど、どこもみんな断られた。
センだけだったの。
ユマを入れてくれたの」
そんなふうにはみじんも感じなかったけど、ユマのいきさつは大体わかった。
「なるほどね」
そういう事だったのかと頷きながら、俺は返事をした。
ユマが俺たちのパーティーに強引に入りたがったのは、そう言う事情があったからか。
「それにしてもなぜ、父親を呼び出そうと……」
俺がユマに問いかけたその時、マドラの「ピイ!」という声が聞こえた。
俺が顔を上げ、声のする方を見るとマドラは小さな腕を一生懸命後ろに伸ばしている。そちらに顔を向けると、アディールの後ろに黒く大きな影が近づいているのが見えた。
「アディール、危ない!」
声と同時に駆けだした。
俺は武器を持っていない。影を蹴散らそうと構えたのは、近くにあったモップだった。
そのモップを構えて、陰に向かって走る。
影はアディールを飲み込もうとぽっかりと空いた大きな黒い口を広げている。
そこに向かって飛びかかった。
口の中にずっぽりと入ったモップの柄に、影はヒュッと霧散する。
それからまた散り散りになった影が集まってくると、大きな黒い影になった。
それから狙いをアディールから俺に変えて、こちらへ向かってきた。
正直影だけなら何でもないと思ったが、あいつの攻撃は当たれば痛いし、爪が当たれば皮膚はえぐれた。
となれば、あのままアディールが食われていたらアディールには相当のダメージがあっただろう。
影は固まったり、霧散したりして姿を変える。
「何だこれ!? キリがねえ!」
「セン、後方援護します。敵と距離を!」
アディールは言い終らないうちに、その影に矢を放つ。
実態を持たないその影に打ち込まれた矢は素通りし、床にポトリと落ちた。
……向こうの攻撃は効くのに、こちらの攻撃は効かない。
「攻撃が、効かない?」
「そのようですね」
アディールは直接攻撃が効かないことが分かって、早々に弓を背中に戻す。
「ユマちゃん、この影を戻すことは出来ますか!?」
「ううん! これ、私が呼んだ霊じゃない!!」
「え?」
「ええ?」
俺とアディールはその言葉にユマを見た。
「私のレベルじゃ、そんな強い霊は呼び出せないもの」
ユマの言葉はもっともだった。
「待ってくれ! じゃあこいつら何でこんなとこに出てきてんだよ」
「……地縛霊か、誰かが呼んだってことですかね?」
さらっとアディールが怖いことを言う。
「呼んだ? 誰が? 何のために?」
「私にもわかりませんけれど、何か目的があるんじゃないでしょうか? 例えばこの屋敷の清掃をやめさせたいとか」
アディールは影の攻撃をかわしながら、後ろに下がっていく。
矢を討っても意味のないその影に、攻撃の手立てが見つからない。
壁際に追い詰められたアディールに、マドラが一生懸命「ピイ!」と鳴いている。
俺はモップで影をやたらめったら殴ってみたら、影はひょいと霧散して俺たちと距離を取った。
それからまた散り散りになった影が集合して、ひゅうっと風が吹いたかと思ったら、影が消えた。
どうして影が現れたのか、影が消えたのかもわからなかった。あっけにとられている俺たちに、ユマははっと顔を上げた。
「アディールちゃんの言う通りなら、もしかして」
どうやら心当たりがあるようだった。




