はじめての仲間と仕事
「だ、ダメです! 絶対ダメ!!」
そう叫んだのは、アディールだった。
「あ、あの! センはレベル1の出来そこないだし、ちゃんと依頼をこなせるかだってまだわからないんだから、仲間なんていらないんです!」
ざっくりと俺を傷つけるようなことを言いながら、アディールが一生懸命そう言っている。
ちょっと、アディールさん! それは言い過ぎでしょうよ?
目の前の女の子はふんわりとウエーブのかかった黒髪を左にちょっと揺らしながら、にっこりとほほ笑んだ。
「いやだなー、だからこそ、仲間が必要なんじゃないですか。
この世の中は持ちつ持たれつ。いかにレベルの低い勇者だって、依頼を受けているからにはリーダー。そんなときこそ、心強い仲間が必要でしょ?」
そう言うと、女の子は不躾にアディールを見つめている。
「ふうん? あなた、その恰好からしてこのリングアはあんまり詳しくないでしょ。
あなた達みたいな初心者丸出しの格好でうろついてたら、悪いやつに身ぐるみはがされて、プレートとられちゃいますよ。
偽造プレートの犯罪組織に巻き込まれたら、勇者資格なんて即剥脱ですよ。
私、多少リングアには詳しいんで、案内できますよ」
やれやれと肩をすくめて黒髪の彼女は言う。
確かに俺たちはリングアなんて大きな街に来て面食らっちゃうくらいの田舎者だ。
「初心者はいいカモなんですよ。気を付けた方がいいですよ」
彼女はそう言うと、にっこりと笑って俺を見た。アディールに射られた見えない矢を抜きながら、俺は彼女の笑顔を見る。
正直この展開は……この子、ワケありでしょ。
俺みたいな初心者なら、仲間になるってだけで飛びついてくるだろ――って感じで明らかナメている。
「それに、私お買い得ですよ。今はレベル3の薬師ですけど、もう少ししたら特殊スキル覚えられますし」
少し胸を張るように、彼女は言う。
特殊スキル――そう言えば、フォラスも持ってたっけ。
とりあえずこの子は、そうしてでも俺たちの仲間になりたいってことだ。
「あのさ、ユマだっけ? 君」
「ええ。ユマ=リリム……です」
「依頼が済んで報償金が手に入ったら、こいつアディールの服を見つくろってくれる?
それが仲間になる条件」
そう言うと、ユマはぱあっと顔を輝かせた。
……この子、なんだかんだ言って憎めないやつっぽい。
ずっと旅していたアディールに新しい服を買いたいけど、俺はリングアのことなんてわからないし、アディールだってそうだ。
だったら少しでもリングアに詳しい仲間がほしいところだ。
「セン!?」
アディールが驚いたようにこちらを見ている。
「アディール、俺たちはリングアのことをよく知らない。リングアどころか、俺はこの世界のことも詳しくないんだ。
アディールも俺よりは詳しいだろうけど、やっぱりバニウスの村周辺よりかは知らないことの方が多いだろ?
今の俺たちは少しでもこのリングアのことを覚えた方がいい。それに、依頼をこなすなら、二人より三人の方が早く終わるってもんだ。
――それに彼女、ユマちゃん。あんまり悪い子でもなさそうだよ」
俺がそう言うと、アディールは目を逸らした。
「……それはそうですけど」
腑に落ちないようでアディールはごちていたけれど、しばらくしてからむうっと口を尖らせながら、
「わかりました。センがそう言うなら、いいですよ」
と、ため息交じりに両手を広げてみせる。降参という風にあきらめ顔をしている。
ユマはぱあっと顔を輝かせた。
「やったあ! アディールちゃん、ありがとう!」
ユマは嬉しそうに笑って、アディールにぺこりとお辞儀をする。それを見て、アディールも仕方ないと思ったようで、表情は穏やかになっていた。
俺たちは新たにユマをパーティの仲間に登録して、さっそく依頼をこなすことにした。
仲間に登録している待ち時間に、何気なく問いかけた。
「あのさ、ユマちゃんはさ、何で薬師を選択したの?」
その問いに、ユマは首を少し傾げている。
紫色の瞳が太陽の光でキラキラッと輝いて宝石のようだった。よくよく見ると、ユマはかわいい顔をしている。目はアーモンド形ではっきり二重だし、彫の深い顔立ちに褐色の肌は、エキゾチックなインド系美女を思わせる。それに、黒髪もつやつやしていて、すごく手触りがよさそうだった。触ってみたいと思ったけれど、それではただの変態さんだ。
アディールは栗色の髪がゆるく波打っていて、緑色の瞳がバニウスの森に溶けこんでしまいそうな白人系の顔立ちだ。
この国にも、いろいろな人種がいるんだな。アディールに至っては、耳がウサギだもんな。
「うーん、私、もともとネクロマンシーが得意なの。でも、お師匠のムルムス様に、お前は薬草の方が詳しいからそっちを極めればって言われたんで、そうすることにしたんだけど――。お師匠様、元気かなー?」
思い出しながら、ユマがにこにことほほ笑む。仲間になったら、いきなり砕けたようだった。
「へえ、ネクロマンシーか。すごいね、ネクロマンシーって、あれでしょ? 死者を操る……」
そこまで言って、はっと口を閉じた。
ネクロマンシー? 今この子、ネクロマンシーって言いました?
ぱっとユマを見る。ユマはどうしました? とでも言いたげに小首をかしげて見せた。
……あなた、何者ですか?
ギルドを出て、リングアの中心に向かう道を歩いている俺たちは、その広さにまず圧倒された。
大通りを中心にして左右に道路がいくつも伸びており、人々は往来を行き来し、かなり活気がありそうだ。
人が動いているから、にぎやかであちこち呼びかけの声や、笑い声、掛け声が聞こえてくる。子どもたちが遊びながら道路を走って行き、その横を荷車を押した物売りがのんびり通り過ぎていく。
人々が動くたびに舗装されていない道路は土煙を上げて、何とも埃っぽかったけど、それが逆に活気に満ち溢れているんだと思わせた。
でも、この埃っぽい匂いはあんまり好きじゃないかも。鼻の奥がむずむずする。
あー、俺、言われてみればハウスダストアレルギーだったんだ。外の土埃にもアレルギー成分含まれるのかな。鼻の頭を擦りながら、土埃で咳き込んだ。
カルガリ伯爵邸は、大通りからそう離れていないところに建っていた。
州城の目の前、大通りに面して正門がある。この立地条件、カルガリ家はかなりの名家じゃないかと推察された。
しかも、でかい。屋敷の清掃って、こんなでかい家を三人と一匹で全部掃除できるんだろうか?
手に持ったモップを地面につけないように歩きながら、カルガリ家を見て涙が出そうになった。
「あー、カルガリ伯爵のお城だから、大きいとは思ったんだー。想像以上だあ!」
ユマの声がなぜか弾んでいる。
俺がモップ、アディールがバケツを持っている。
そして、ユマはマドラを抱えて歩いている。
ユマはマドラを気に入ったようで、時折思い出したようにぎゅうっとマドラに頬をくっつけている。その度にマドラはめんどくさそうに、ユマの頬を手でぎゅうっと押し返していた。
「えへへ、マドラちゃーん。いつか、私の僕になってくれないかな~」
ユマのその言葉に、「ピ!」とマドラが抗議する。するとユマはマドラの声を聴いて、喜んでいる。
もしかしてこいつ、マドラと仲間になりたくて俺たちに声かけたんじゃないの?
カルガリ邸の前に立ち尽くしていた俺たちははっと我に返って、門に手をかけた。中に入ろうとして、ん? と手を止める。
昼間だというのに、なんだか薄暗かった。
「あれ? アディール、今って昼間だよね?」
「そうですね。時計を見ると、中3つってところですね」
アディールは腰に鎖で付けている懐中時計を手に取って、アディールがそう言った。この世界の時間の数え方は元の世界と変わらなかったけど、呼び方が、少し違った。
午後12時から6時までを「中」と呼び、午後6時以降は「夜」、朝6時から正午までは「前」と言った。朝6時は「前1つ」、午前10時は「前5つ」で、午後3時は「中4つ」である。午後8時は「夜3つ」である。
「それにしては、中だけ妙に暗くない?」
「日影ですか?」
キョトンとしてアディールが言う。そこだけ日陰……ってわけではなかった。周りには取り立てて高い建物はなかったし、それだけ高い建物があったら、俺たちが立っている場所だって陰に隠れていそうなものだけど、門の手前のこの場所は普通に明るい。
「そんなことはないんじゃないかなあ」
そう言うと、門を開けて恐る恐る中に入った。とりあえず屋敷の中の掃除なのだから、庭は範囲外だろうと考え、玄関の前に立った。正面には天使のレリーフが彫られ、石柱が対象に配置され、床は黒いタイルが敷かれている。豪華な屋敷の豪華な入口だ。ライオンの口になっているノックを鳴らすと、当たり前だけど返事はなかった。
「すいませーん、勇者公社から派遣されてきましたー」
恐る恐る声をかけて、開けたドアから中を覗き込んだ。中は真っ暗だった。きょろきょろと辺りを見回して、誰もいないのを確認してから、扉を大きく開けた。
「当たり前だけど、誰もいないな」
「そうですね。さあセン、さっさとやってしまいましょうか」
持っていたバケツをぽんと廊下に置く。モップは一つしかない。そしてバケツも一つ。
それなのに、このカルガリ家の屋敷はかなり広い。これ、今日中に終わるんだろうか。
しかも、見上げるとかなり古い。暗いけど、足元の絨毯を踏むとふわっと埃が舞い立つのが肉眼でもわかった。燭台にも埃やら蜘蛛の素やらがかかっていて、かなりの年代を感じさせる。
これ、清掃って確かに難易度は低いかもしれないけど、かなり手間のかかる仕事だ。
「雑巾も借りてくればよかったですね」
アディールが困ったように言う。
――そこ? 雑巾一枚増えたところで、この屋敷の清掃にかかかる時間にそうたいした違いはなさそうだよ? と心の中で突っ込んだ。
俺たちのやりとりを聞いていたマドラが、どこからか布を手にして現れた。どうやら古いシーツのようだった。
「これ、掃除に使えってこと?」
マドラに聞くと、マドラはうんうんと首を縦に振った。
……屋敷の備品、勝手に使っていいんだろうか。
「ねえ、ユマ。どう思う? 屋敷のもんって勝手に使っていいと思う?」
少し離れたところにいたユマに問いかけると、ユマははっとしてこちらをゆっくり見る。
「……え?
ああ、セン、何か言った?」
何か思いつめたような表情をして壁を見上げていたユマが、戸惑ったように言った。
「マドラがシーツみたいな布を持ってきたんだけど、これ、掃除に使っていいと思う?」
ユマに問いかけるとユマは「大丈夫じゃない? ここ、無人みたいだし」と辺りを見回して言う。
アディールはマドラに何か話しかけている。
二人でどこかに行くと、しばらくしてから戻ってきた。
「やっぱりありました。掃除道具」
アディールが手に箒やら塵取りを持っている。マドラも小さい雑巾を持っていた。
「大きなお屋敷なので、どこかに清掃道具が置いてあると思ったんですよ。案の定廊下には物置のような部屋が一室あって、そこにそうじ道具もきちんと置かれていましたよ」
アディールはにこやかにそう言うと、手に持っていた掃除道具を廊下においた。
「お! でかしたアディール!」
その言葉に、アディールの耳がぴょんと立って、嬉しそうに左耳がふるふると揺れていた。その時、アディールの耳がぴくんと一瞬向きを変えて直った。アディールはん? と首を傾げる。
「どうしたの?」
「……ええ、何か、耳に触れた気がしたんですけど」
不思議そうな顔をして、辺りを見回していた。それから俺に向き直ると、笑顔を作った。
「気のせいみたいです」
アディールはそう言っていたのに、ユマはじいっとアディールの耳の上あたりを凝視している。
「ユマちゃん、どうしたの?」
そう尋ねると、ユマはまたはっとした顔をして「いいえ!」と慌てたように両手を振り、首を横に振った。
「あ! じゃあ、私二階行く。センとアディールちゃんは、一階でいいよね」
そう言うと、モップを一つ持ってタッと走り出す。
「ユマちゃん! 一人で大丈夫ですか?!」
アディールが心配そうに声をかける。
「ああ、うん。大丈夫だよ」
ユマが廊下の途中で振り返る。そのユマを見て、アディールはマドラを指さした。指されたマドラはそれに気がついておらず、ふんふんと鼻歌を歌っている。
「マドラを連れて行っていいですよ」
アディールはそう言うと、ユマにマドラを預ける。一人では心細いと思ったのだろう。
マドラはアディールに言われ、アディールの方とユマの方へ顔を動かしてから、テテっとユマの方へ走っていった。
アディールもなんだか屋敷に入ってからユマの様子がおかしいのに気がついていたんだろうか。ぼんやりとどこかを見つめては、はっと我に返るというのを何度も繰り返している。
どうしたんだ?
ユマはマドラが自分の方へ来るのを待って、マドラの体を抱き上げた。
「よし、マドラちゃんと一緒だし、ちゃっちゃとやるよ! センとアディールは一階ね。よし!」
ガッツポーズを作って、ユマが張り切って言う。
「魔法があったら、ちゃっちゃっとおわらせられたのになあ」
ちょっとしょんぼりしながらユマがむうっと考えるように口を尖らせていた。
そう言われてみれば、ユマも魔法使い職じゃない。
実際に魔法を使うところを見てみたいけど、俺たちのパーティーには誰も魔法を使える人がいなかった。
ユマは廊下の中央にあった大きなゆるいらせん状になっている階段を上がって行く。それを見届けてから、俺とアディールも「よし!」と気合を入れて掃除を始めた。




