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神坐す国 永久の夢  作者: 御桜真
第二章 西の不穏
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 しばらく駆け続けてから、花焔と赫奪はやっと足を止めた。

「ふう。魔力を使わずに駆けるとなると、結構疲れるなあ。人間の体は不便だ」

 赫奪は座り込み、近くの樹の幹にもたれながら、パタパタと手で顔を扇いでいる。

「ああ、まったくだ」

 花焔も苦笑しながら応え、腰に手を当てて顔を彼方に向けた。大きく息を吐く。

「さて、どうするかな」

 流はこれからどうするつもりなのだろう。彼も自分たちも霊力を使うつもりはなかったから、連絡のとりようがない。手立てを決めておかなかった迂闊さを悔いた。せめて刻限と合流場所を決めておくべきだった。手足のような霊力を使わずにいることにはあまりにも不慣れで、不首尾な自分に苦笑が漏れる。

「あいつは平気だろ。そんなにヤワな奴かよ。自分でも言ってたんだし、もし何かあったらあいつ自身の責任だ。オレたちはオレたちで動こうぜ」

 愛らしい容貌には似合いもしない、薄情ととれないこともない赫奪の言葉だったが、正論だ。花焔はきつく縛った髪を窮屈そうにかいてから、ふう、と息をもらした。

「そうだな。どこから……」

 言いかけたところで、言葉の先は再びのため息で消えた。流と別れたのとはまた別の方向から、人の気配だ。先刻と変わらず荒々しい気質を持っている。やはり犬もいるようで、例え気配を断って隠れていても、嗅ぎつけられるかも知れない。

「こうなるような気はしてたよ」

 花焔はひとりごちる。折角流が逃がしてくれたのに、あまり意味がなかったようだ。 

「どうする?」

 赫奪は考えるのを放棄した様子で樹の根元に座り込んでしまった。面倒くさくなってしまったようだ。

「オレはもう走るの飽きたぞ」

「それは俺も同感」

「ところでお前、武術って得意か?」

 無意味な問いに、花焔は笑ってしまった。

「俺もお前も、霊力使えなきゃ武術なんてのはからっきしだろ。訊くまでもないだろう。どれだけ一緒にいると思ってるんだ」

「――まあな」

 花焔の言葉に、赫奪はもっともだと笑った。一緒に生まれて一緒に生きてきたが、それがもうどれくらい昔のことか、とうに忘れている。それくらい長い長い時間だ。

凄輝(こおき)、恐がってるふりをしろ。怪しまれたら意味がない」

 花焔は片割れの真名を呼んだ。

「何しても怪しいって」

「子どもは哀れを誘えるんだ。なるべく哀れっぽく泣いておけば大丈夫だ」

 とても慈愛の精霊とは思えない台詞を花焔が言い、赫奪は面倒くさそうに髪をかきむしった。きつく結っていた長い髪が乱れてぼさぼさになる。

「それじゃ、こけたふりでもするか?」

「ああ、それはいい。ついでに着物も汚しておくか。顔は隠した方がいいかな」

 花焔は手に土を取ると、無造作に顔になすりつけた。

 木々の向こうから、猟犬の吠える声が近づいてくる。だが犬よりも先に姿を見せたのは、鎧をまとった男だった。犬は、動物たちは、彼らがいくら霊力を隠していても、自分たちよりも強いものであることを嗅ぎとってしまう。だから遠巻きにしている。

「なんだお前たちは!」

 現れた男が恫喝した。その険しい顔を見た途端、花焔は泣きだした。続けて男がもう一人現れる。

「立て!」

 怒鳴られて、今度はうずまるように座り込んでいた赫奪が大声で泣き出した。黙れ、と苛立った声が再び大喝する。



 泣きじゃくり詰問にもろくに話せない二人を、苛立ちながら兵達は捕え、連れ帰ることにしたようだった。

 後ろ手に縄をかけて追い立てられ、山を下りて拓けた海辺に出ると、何よりまず視界を侵したのは黒煙だった。澱み濁った空気。思わず目をこすりたくなるくらいに曇っていたが、そうしたところで視界に入った不穏なものが消えるわけでもない。

 そこは戦禍の跡が生々しく広がっていた。小さな郷は、漁民の住まう郷なのだろう。内海に面した海辺には、網や小舟の残骸が転がっている。煙を上げている家々。薙ぎ倒された木の柵。たくさんの死体は一所に集められ並べられている。そして徘徊する兵達。唐突に終わりを告げた日常の続きが、全く違う形で広がっていた。まさに制圧されたのだという、生々しい状況。――山狩りが行われているという事実から、想像はついたが、しかし。

 ここはもともと、宮からの使者として花焔たちが向かう予定だった郷だ。妖魔の被害が出て、都へ助けを求めたはずだった。

 しかしこれは。目の前に広がる光景は、人の仕業としか思えない。

 砂浜近くに停泊した船があり、兵たちはそこから出入りしているようだった。海からの突然の侵略に、どうすることもできなかった郷の者たちの様子が想像できるようだった。

 思わず花焔は顔をしかめる。黒煙が目に痛い。空気が、鼻を喉を侵して、体内を汚していくような気がする。精霊である彼が、人のようにそんな痛みを感じるはずがないのに、それでも血の色が吐き気を呼び起こす。吐き気なんてそんなもの、人でもないのに、と思うが。

 顔をうつむけ黙りこんだ花焔を、赫奪が時々心配そうにみているが、兵の目もあり花焔は応えることができない。

 黒煙の中、残った建物がいくつかある。兵たちはそのうち一つに花焔たちを引っ立てて行った。兵が二人、堅く閉められた戸の前で見張りをしている。

 泣きじゃくる花焔たちに辟易した様子で、兵達は彼らをその建物に放り込んだ。二人の背を突き飛ばして中に入れた後、兵はその後すぐに戸を閉めた。途端、あたりが真っ暗になってしまう。

「ちっくしょう。ふざけやがって」

 縛られたまま木の床に倒れ伏した赫奪は、愛らしい顔を不機嫌そうにしかめて、悪態をついた。舌打ちしながら身を起こすと、同じように倒れ込んだ花焔の様子を見ようと顔を近づける。

「大丈夫か、花焔」

「ああ、驚いただけだから」

 なるべく落ち着いて、花焔は言葉を返す。その様子を口を歪めて見て、赫奪は立ちあがった。

「あいつら八つ裂きにしてやる」

 冗談とも思えない言葉に、花焔はよろけながらも慌てて立ちふさがる。放っておくと戸くらいは蹴り飛ばしそうだ。薄闇でもはっきりとわかるくらい彼女の瞳は強く輝いて、いつ正体を露呈させてしまうか分からない。何より魔物の怒りは生半可なものではない。

「莫っ迦、(こお)、落ちつけっての」

 手首を縛られたままの肘で、短気な片割れを小突いた。赫奪は紅い唇を引き結び花焔を見たが、明らかに無理をした様子の片割れを気遣ったのか、何も言わなかった。

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