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神坐す国 永久の夢  作者: 御桜真
第一章 言触れの日
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 うとうととぬくもりの中でまどろんでいた彼は、突然明るい陽の光を感じて小さな声を上げた。誰かが格子戸を開けて光を部屋に入れたらしい。しとねに顔を押しつけるようにして、目映い光から逃れようとする。

清生(せい)、眩しいよお」

 邪生(じゃき)がくぐもった声で言うと、くすくすと小さな笑い声が返ってくる。

玲魅(れみ)起きて。もうとっくに朝だよ。潔斎を終えた巫女たちが新年の挨拶に来ているんだから、早く起きてほしいって、さっきからみんな困ってる」

 生命の魔物の真名を呼んで、膝をつき、眩しい光から邪生(じゃき)をかばうようにして、生命の精霊はその顔を覗き込んだ。足下までも届く長い虹色の髪が床にさらさらと落ちる。

 うずくまるように光から逃げていた邪生は、清生の声に応えて仰向けになり、蘇芳の色に波うつ髪を(とこ)の上に広げた。清生の顔を黄金(こがね)の瞳で見上げ、甘えた声で言う。

「起こしてくれる?」

 両手を伸べた邪生に、くすくすと変わらず笑みをこぼしながらも、清生は邪生の肩に手を回して抱き起こした。邪生が両手を清生の首に巻きつける。生命の精霊も魔物も、人間で言うところの性を持たない。しかしそのどちらになることもできる。精霊や魔物の間でも彼らだけだった。ただ二人きり。

 清生の肩に頭を預けて、再び寝入りそうな邪生に、清生は邪生と同じ金の瞳を笑ませながら優しく声をかける。

「火の宮から使者が来たよ」

「ふうん」

 甘さも媚びもそこにはなく、ただ清らかなその声が心地よくて、邪生は瞳を閉じている。

「花焔たちふたりのこと知らないかって」

 邪生はようやく目を開いて、間近の清生の白い顔を見上げる。

「今頃探しに来たの?」

「昨夜から探し回ってたみたいだよ。あの子たちだって普段ならともかく、年に一度のこの日の朝になって帰ってこないのもおかしいから、あちこちに聞きまわっているみたい」

「それは大変」

 邪生はおかしそうに言った。無邪気な残酷さをもあらわす存在である彼の瞳は、いたずらっぽく笑っている。嘲りすらものぞくその笑みに、清生は困ったような笑みを浮かべた。たしなめるように言う。

「申し合わせたとおりに、二人で遠乗りに出かけると言っていたと言っておいたけれど。やっぱり玲魅の言うとおり、年に一度のこの日にそんな間抜けな言い訳が通じるかな。……大丈夫かな、あの子たち」

 清生にもたれるようにして抱きついていた邪生は、眉根を寄せた清生の不安そうな声に、身を起こした。それからすべて命あるものの正をあらわす清生の、その金の瞳と同じ色の自分の瞳をあわせる。

「大丈夫だよ。精霊と魔物がいて、何かなんて起こりえないよ。西の地で何が起きていようと、人がぼくらを傷つけることなんてできない。おまけだけど海神も行ったんでしょ?」

「うん。彼の妖魔討伐について行ったっていうのが、皆にばれてしまったときのための表向きの言い分だから」

「妖魔、ねえ……」

 「遠乗りに行った」というのと「妖魔討伐について行った」というのと、二重の言い訳を用意して隠したい事実が、彼らにはある。人間たちにはまだ知られなくない、不確かな事実。

「どちらにしろ、巫女たちが何と言おうと明日の式典は延期させないんでしょう?」

「うん。そうしないと国中の皆が不安になるからね。いつも通りにしていないと、西に行った彼らの調査もうまくいかないだろうから」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよお。そのために多少式典さぼってみたって怪しまれない二人が行ったんだから。それに少なくとも、宮の大巫女たちは、異変に気づいている。僕らが多少おかしな行動してみせたところで、巫女たちは動かないよ。……それに、ぼくたちがしてることに、文句なんて言わせない」

 力を持っているがゆえに誇り高く、他者に逆らうことを許さないその言葉は、魔物だからこそ言えることだった。人間に口をはさまれることなど、許し難いことなのだと。

「それにしても、いつまでも放っておくのは得策じゃないね。そろそろ、幻像の彼らにご帰還願おうかな」

 くすくすと笑いながら、邪生は再び清生を抱きしめる。

 火の精霊と魔物、ふたりの幻を作って場をつくろい、巫女たちを誤魔化すのが彼らの役割だった。

 「心配しなくても、大丈夫だよ」

 何もかもうまくいくと、これからだって何も変わりはしないのだと、その耳元で優しくささやく。

 何の根拠もない言葉だった。確たる保証もなく、ただ自信のみがそこにある。

 けれども、愛しいその声で告げられた望んでいた言葉に、反論などしたくなるわけもなく。

 清生はすべての不安を押し込めて微笑んだ。

 少なくとも―――今、この瞬間だけは。

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