ファグスから、『ホーム』へ
書き上がりなり。
何となく予約投稿してみました。
一南side
「こんな…。こんなの、どうするんですかぁ!?」
小さい体でよくそんな声量が出るな、お兄さん驚いちゃったよ。
ギニャー!と奇声を上げるチビ勇者…、うちは勇者が多いなぁ。
「4本角…!?鬼いさん…。あの竜は拙い!ここは、逃げるしかないよ!」
「王真くん、アレの事知ってんのか?まさか、勇者時代に戦ったとか?いやー、ちゃんと勇者っぽい事やってんだねぇ」
いや、今も勇者か。
ちょっと羨ましいかもしれん。
さて、俺も準備しねぇとな。
「ちゃかさないでよ!…アレは『不可侵竜バルドカール』。魔国に有る魔憑山の番人だよ…。山に入るのを止めるのも当然だけど、山から出ようとするモンスターを止めるんだ。モンスターランクを付ける事が出来ないような化け物を、その山に留めるのが仕事なんだ」
なんの為にだよ、野に放っちまえそんなもん。
俺は一向に構わんぞ?
…しっかしなぁ。
クソ野郎は上でニヤニヤしてやがるし、この巨竜を放って置くと国が滅ぶ。
まず、間違いなく。
まあ、この国に知り合いいねぇし。
滅んだら、滅んだで、城の破損の罪は有耶無耶に出来るから別に…、って感じだが…。
うちの連中が何を思うかは別だ。
ちなみに巨竜は今やっと上あごまで出て来た処だ。
全身出てくるまで時間の猶予はある。
しかし、奇声を上げていたチビ勇者も今は凍ったように動かない。
いや、動けない。
これは、チビ勇者だけじゃない。
カートスも、ルナもなんとか動けるかという状態だ。
勇猛なバトルホース達ですら、萎縮している。
むしろそっちが問題だ。
むろん、クロハ、黄助、サウスもだ。
チビーズがどうなってるか心配だが、アイツ等はなんとかなってそうだからなぁ…。
俺達を、俺達を睨む漆黒の竜の赤い瞳。
テンの分裂元である、Sランクモンスター『ストレンジャー』のマーチ君を遙かに超える威圧感。
「くははっ!そんな眼で睨んでくれんなよ…。ちびっちまうじゃねぇか、なぁ?」
そう王真くんにふってみると、引き攣った笑顔で返してくれた。
あの時はびびって抜刀しかけたが、今は無い。
成長したのかね、俺も。
「……7000年もたったからか、大きくなったな。昔はこれで一瞬で呼べたのだが…。流石、我が神に『邪竜』の称号と名を頂いただけは有るな、超空魔龍よ」
これも邪神ネーミングか、ある意味、光ってるな。
[我が神には感謝している。私のような4本角の異形に、称号どころか名まで与えてくださったのだからな。しかし、貴様がその名で呼ぶなエギュニート。バルドカール、そう呼べ。我が神以外にその名を呼ぶ事は許さん。それに、7000年何もしなかった貴様と違い、私は神への供物を集め守り抜いて来たのだ。私が召喚されれば供物たちも逃げる……それが分かって呼んだのであろうな?]
ああ、邪神への供物だからこそモンスターを逃がさないようにしたのか。
そして狩られないように、入れなくしたと。
……いや、何これ?
今更だけど、頭に直接響いて来るんだが。
まるで、ガトゥーネ達と会話してる時みたいだ。
「なにもしなかったのではない。出来なかったのだ。いや、今まで寝ていた事に変わりは無いか…。貴様こそ何故我らが神を守れなかった?1人で逃げたのではないだろうな?」
おい、仲悪いのかよコイツ等…。
呼ぶなよ、そんなの。
っと、んな事も言ってられねぇな。
そろそろ動かにゃ、頭が出てくる。
あんな巨竜でもブレスくらいは吐けるだろ、それは御免だ。
[フン…。あの方は、お優しい。貴様が封印されたと分かって私に逃げろと命じられたのだ…。貴様が居れば我らが神を召喚できる。それを必ず成し遂げてくれると信じてな…。だが、今は頼みの純血の短角種の絶対数が少なすぎる。その為に足しになればと魔力の高い供物を集めていたのだがな…]
まるで溜息を付くように鼻息を出す巨竜。
これだけで飛ばされそうになる。
短角種は『神の召喚』に必要な要素か…。
アリーナン、魔王、アルス。
ただでさえやる事は多いってのに……面倒くせぇ。
取り敢えず、今はやれる事からやって行こうか。
「……教会辺りに知られたら、大変な事になりそうだね」
言うなよ、カートス。考えないようにしてたんだからよ。
「まあ、近くに人はいねぇから問題ねぇとは思うが…」
《強力な思念波だな。これ程の思念波…、何処まで届いているか分からないな》
おい、ガトゥーネ、俺の淡い希望を刈り取るんじゃねぇ。
しかし、うちの連中はまだ動けないか。
引くに引けないってやつだねぇ。
…しゃあない、やるか。
「…そうだったか。では、バルドカール。貴様の集めた供物も使おう。貴様は7000年もの間、忠義を果たしたのだ。今度は私が…[エギュニート!]っ!またこれか!?」
「波平武技、刻波竿って付けてみた、どうよ?」
刻波先端から鞭が伸びて釣竿みたいになるから。うん、我ながら適当だ。
クソ野郎は、この威圧感の中、動けるとは思っていなかったのか。
今度は片足だけではなく、体ごとガッチリキャッチ!
取り敢えず、今は動きを封じるだけでいい。
[小童が!]
バルドカールが怒りを顕わにするが…。
お前さん、まだ下顎が完全に出てないんだよねぇ。
大きすぎるってのも難儀なもんだな?
「ちょっ!?鬼いさん!?」
「いい機会だ。教えてやろう…」
それだけ言って、俺はバルドカールの頭の上まで一気に駆け上がる。
…軽い丘だなこの頭は、全体像が一切想像できん。
そして『準備』していた、技を拳に乗せて…。
「戦いの中で俺を放置すると、どういう事になるかを!!」
「鬼いさーん!?」
すまんな!うちの連中が動けるようになるのを待っていられなかったんだ!
やらなかったら『準備』も無駄になるしな!
それにな、何時もなら付き合うが怪獣相手に、出てくるのをこのまま待つ義理も無い。
待っていたら、確実に仲間が死ぬ…。
それだけは許容できん!!
「潰えろ。…天鎚!!」
バルドカールの脳天に突き刺すように拳を穿ち……解き放つ!!
無手武技の奥義『天鎚』
体の中で氣を循環し、圧縮。
拳に乗せて放つ技。
今回は、十分すぎる程、溜められたし俺の少ない魔力も混ぜた。
今までの中で最大級の威力を叩きだせると自負している。
「ギャォオオオォオォォオオオオ!!!???」
うぉっ!?声がでけぇ!!耳が!?
…まあ、巨竜の断末魔だ、好きなだけ吼えろや。
次いで、「パンッ!」と軽い破裂音。
…うん?ああ、目玉がはじけたか。
口からも大量の血をまき散らし、その血の中にはピンクの物体が混じっている。
OK、鱗にゃ傷一つつかなかったが脳は破壊できた、上々だ。
「バルドカール!!くっ!」
クソ野郎……いや、エギュニートは刻波鞭から逃れようと、神気を纏い、もがく。
「…安心しろ、次はテメェだよ」
改めて氣を軽く練り上げる。
刻波鞭を振りほどかれる前に、引き寄せ。
氣を乗せた掌打を抉るように心臓辺りに叩き込んだ。
まるで歯を食いしばるように顔を顰め、そのままくずれ落ちるエギュニート。
パキリと食いしばった歯が折れる音…、にしては軽い音がした。
我慢せずに恨み言の1つでも吐けばいいのにねぇ。
さっきの音が気になるので、一応止めに一匁を突き刺しておく。
《メシダー!》
…一匁は、欠食児童かなんかなんだろうか?
「さて、面倒事はこれで一つ減ったか。…わりぃな」
一匁を引き抜き。巨竜に対し待たなかった事を謝り、俺は仲間の処に戻る。
《ふむ、私としては、不可侵竜を正面から打ち破れる男になって欲しいな》
…最大級の天鎚で頭を潰すのが精一杯の怪獣をか?無理だろ、流石に。
謝ってはみたが、正面からやり合いたいとは思わんぞ。
戻った俺を待っていたのはドン引きした仲間達だった。
引くな、悲しくなるだろうが。
取り敢えず馬車まで移動しながら、皆の声を聴いて行く。
「…あり得ない。氣をあれだけ使って平気な顔してるよ、この人」
「いや、お前さんだって出来るだろうよ」
出来ないよ!と叫ぶ王真くん。
何故に?魔力より楽じゃね?
「イチナくん…、流石に引くよ。でも有り難う。あのままだと、どうもしようも出来なかったからね」
「気にすんな、面倒事は早めに終わらせるに限る」
まあ、我慢できなかっただけなんだが。
「イチナは、どこまでいく気なのかのう……置いていかんで欲しいの」
「そうですね、強くなっても突き放されるって…。追いかけても、追い付けません」
二人の声がよく聞こえねぇ、何話してんだ?
それとソルファ、遠い目で何処を見てるんだ?
何故か黄昏れる二人に声は掛けづらく、スルー。
「……のーみそ、ぱーん…略して…のーぱん」
「略すな、アホウ」
パー子にツッコミながらサウスに頭を撫でてやる。
へこんでんのは、うちの仔達も一緒だからな。
「サウス、黄助、クロハ。食って来い。食える部分は落ちてる脳味噌しかねぇが」
「ガウッ!」
「がぅ」
「ぶるるっ!」
強くなるのに素晴らしい餌が転がってるんだ使わない手はない。
その場から一斉に動き出す、甘坂動物園の年長組。
「チナさんは出鱈目すぎるっす。なんすかアレ」
「奥義だな。無手術の」
答えが軽いっす…。そう言ってがっくりと肩を落とすマキサック。
こいつも氣の量が多いから教えりゃ、氣を使う事も出来る気がしないでもない。
ただし、俺は教えるのは苦手だ……王真くんだな。
天鎚を伝授する代わりに、コイツに氣を教えて貰おう。決定だ。
「…なに企んでるっすか?顔が笑ってるっすよ?」
「なに、お前もあの位できるようにするための、先生を付けてやろうと思ってな……拒否権は無い」
コイツ単体なら死なねぇ気もするが『守り』の力は多いほうがいい。
知ってるか?守りって書いて攻撃って読むんだぞ?
かなり間違っていると思うが、爺さんから教わった『爺さん』の信条だ。
「マジっすか…。どんな苦行っすか!?」
マキサックの叫びはスルーする。
ちなみにチビ勇者は、俺に怯え、マキサックの背後に隠れてしまっている。
これは、しばらくそっとしておいた方がいいだろう。
さて、チビーズの様子を見に行こうかね。
ん?馬車の前で女4人(一人はばあさんだ)が集まって何か話している。
「…もう、『白守』じゃインパクトに欠けるよね?鬼は入れなきゃいけないと思う」
おい、聞こえてんぞ腐敗勇者。
「ん~、じゃあ~。白鬼さんですかね~?」
止めろ、白守で良いだろ。
「武神をもじって鬼神なんてどうかしら?」
黙れババァ。そんなのがいるなら俺が戦いたいわ。
「皆さん、止めましょうよ…。それに、ギルドに申請が通りませんよ。私は白守で良いと思いますよ?…はわっ!?」
あ。アイリンが俺に気づいた。
その様子を見て皆が気づき徐々に距離をとっていく、1人を除いて。
「…白鬼、鬼神、うーん。私は鬼守かな!「それは誰を守ってるんだよ、教えて欲しいねぇ」……えっと、私?」
俺が声を掛けると、油の切れた機械のように振り向きながらそう言う腐敗勇者。
「みぎゃーーーーーー!!」
久しぶりに片手で吊し上げた。
「ばあさん、治癒は任せる」
地面で投げ捨てた痙攣中の腐敗勇者の治癒を頼んで、馬車の中へ。
「チビ共、無事か?……うん、こんなこったろうとは思ったよ」
チビスラは馬車の天井の細めの梁に絡んで、雫のように垂れ下がり。
その先端に、テンをくるんでブランコのように揺れていた。
イメージ的には赤ちゃんの揺り籠の上で回ってるアレ。
「ぴぴー。ぴ!」
テンが羽ばたく事で勢いを付けてるみたいだな。
飛ぶ練習も兼ねてるのか必死だ。
「み~♪」
白はそれを夢中で楽しそうに追っては跳ねてを繰り返す。
変身してない処にルールがあるっぽい。
……あの状況の中で新しい遊びを開発してたのかこいつ等は。
まあ、もうちょい遊ばせとくか。
「イチナくん」
「ん?どうした、カートス」
白達を眺めていると、カートスが声を掛けて来た。
「これからどうするんだい?魔軍も総大将が引いたから一度前線からは撤退したみたいだけど、諦めてないようだし。イチナくんは追われる身だよ?それに…」
城下町まで滅茶苦茶にしちゃったからねぇ…。
「まあ、長居はできんわな…」
本当なら国を救うのは勇者の役目だから、勇者共を置いて行くのが筋なんだが。
城下の門を破られ(俺がやったんだが)、未だアルケイドは健在、リリスもいる。
魔軍には、結構な打撃は与えたが引くつもりは無いらしい。
今度攻めてくる時は、死に物狂いで来るだろう。
ファグスは落ちる、確実に。
ここでアルケイドとの決着をつけても良いんだが、いかんせん皆も消耗している。
全部、あの巨竜とエギュニートが悪い。
※消耗の半分は一南の殺気のせいである。
味方の兵ごと殺っていいなら、神気の斬撃で片を付けるんだが。
それじゃ殺戮になっちまうから却下だ。
それに、ばあさんが治癒を終わらせた時点で、次の目的が見えなくなった。
順当にいけば、アリーナンを助けて、アルスを仕留めて。
嫁を貰って。
魔王は適当に仕留め、『勇者』によって世界の平和は守られた!的な流れで良いんだが。
まず、魔王以外どこにいるのか見当もつかん。
「……どうすっかなぁ」
俺の勘で言えば、一番ヤバいのはアリーナンの放置だと思うんだがねぇ。
殺されるとか、そういうヤバいじゃなく脱力的な意味合いで。
アリーナンが死ぬ?白が生きてるのに死ぬ訳ないだろ。アリーナンだぞ?
「…まだ決めかねているなら、僕様の『ホーム』に行かないかな?あそこなら転移方陣もあるし、料理の為の食材も山ほどあるんだ。僕様一人になってから出てくるときに魔法施錠してきたし、破格の結界石を使ってきたから荒らされていないはず。そこを拠点にするのも良いんじゃないかな?」
そうか、そうだな。
「よし、行くか。カートスのホームに」
「うん、えへへ。友達を呼ぶなんて初めてだよ…。なんか緊張するね」
おい、お前の実家じゃないだろうな?
「み~?」
「お?遊び終わったのか?」
白を抱き上げながら、テン達の方を見ると…。
遊び過ぎてぐったりしていた。
チビスラも疲れて、梁から落ちる。
テンも一緒に。
「ぴ!?」
「……!?」
チビスラに潰されるテン、しばらくもがいていたが、そのまま眠ってしまった。
「くぁ…」
白も眠いようだ。
「くくっ、カートス。悪いが、皆に声を掛けて来てくれるか?さっさと出発しよう。先導たのむぞ?」
「任せてよ。言って来る」
俺は眠りそうな白の背中を撫でながら、エギュニートの事を考える。
神の召喚、それが出来る唯一の男。
……惜しいとは思わない、召喚に短角種が必要という時点でだ。
「…嘘だな、惜しい。呼べるもんなら呼んでくれ、俺の前に…!」
7000年前の使徒。
アイツは寝ていたと言っていた。
つまりは寝起きだったと。
なら、本来の力は、出してないんじゃないか?生きてるんじゃないか?
邪神を直ぐに呼べたんじゃないか?
「み~…」
《一南…》
「…すまん。…止めよう、らしくねぇ」
心配そうに俺の名を呟くガトゥーネと、同じく心配そうに俺を見上げる白を撫で、思考を切り上げる。
この手で殺した野郎の事を、考えるなんぞ本当にらしくねぇ。
白を抱いたまま、クロハに向かって歩き出す。
俺の中で燻る、甘坂の……神薙の血を押し殺して。
Sideout
ふう、これでファグスは一段落。
間が空いたからさらに長く感じたな・・・。
今月はこれで終わりです!
次回の投稿は来月になりますので!
したらば。
byミスター