いらないモノ
ヌルッと更新。
「「参る!!」」
7メートルという距離は、俺とワクバランにとっては短すぎた。
同時に踏み込んだ俺達は一瞬で距離を詰める。
袈裟斬りで斬りつけてくるワクバランに対し、抜刀一閃。
鋼が打ち合う甲高い音が響いた。
うおっ!なんだこの威力!?
刻波を振り抜くどころか、そのまま押し込まれそうになるとはね。
片手持ちじゃ軽すぎて打ち負けるか…。
体勢を整え、刻波を両手で持ち鍔迫り合いへと移行する。
「…まさか、『魔剣バルムンク』と打ち合う剣が有るとはな……それは神剣か?」
「どうでもいいから、離れろ。バカ力しやがって」
この剣は魔剣か、ワクバランが自分の魔石で作った剣だとしたら、剣に意志くらい宿ってそうだな。
《一南?重量の加護を切って無いが、遊んでいるのか?確かに素晴らしい腕の持ち主だが》
…………。
「…重量の加護off」
俺は、それはもう消え入るような声でそう呟いた。
《忘れていたのか…》
仕方ねぇだろ!?これを消すような戦闘をしてなかったんだからよ!
いやまあ、体が重くなり続けるのに慣れていたのは確かだ。
急激に体が軽くなる、どんだけ重かったんだ俺の体…。
まあ、いい。それよりも、いい加減離れてもらいましょうかねぇ?
「む!?」
「シッ!」
ワクバランの両刃の剣を鍔元から鎬をこするように流し、そのまま首元へと刻波を奔らせる。
「甘い!」
身をかがめ刻波を避け、流された剣を片腕で俺の胴体へと打ち込んでくるワクバラン。
「おおう!?」
刻波から左手を放し、一匁時貞を逆手で半ばほど抜いてワクバランの剣を受ける。
それだけで体勢を崩された。
俺は振り抜いた刻波を返し、無理やり『空居合』を放つ。
溜めもろくに作れなかったが、タイミングは完璧だった。
にも拘らず空居合はワクバランを捉えきれなかった…。
…一瞬、眼帯の魔法陣が光った、アレが原因か?
ここで、ようやく距離が開く……距離を開くだけでこの手間、いやぁ。
「楽しいねぇ」
今のところ、ダメージだけで言えば俺の方がデカい。
胴体への一撃は、斬られはしなかったものの衝撃が逃がせなかった。
「まさか人族に『カルマの眼』を使わされる程の使い手が居るとはな。やはり20年前の情報を頼りに武者修行に出ず、しっかりと調べるべきだった」
は?20年前の情報?ボケてんのかこのジジイ。
「アホウか。20年つったら有名処も衰えてるわ。人族は長寿種じゃねぇんだから」
(ガトゥーネ、『カルマの眼』ってのはなんだ?)
《殺気、魔力、命…あらゆる『気配』を『見る』事が出来る神眼の一つだ…。魔法陣で封じて使っている処を見ると、使徒ではなく、過去に邪神が神具として精製したものだろう。邪神の神具は数が極端に少ない分、力ある魔族にしか扱えないからな。それに封じられている物も多い》
なんつう厄介なもんを持ってんだこのじいさんは…。
俺は刻波を鞘に納め、一匁時貞を抜く。
居合抜刀の武技で押し込めばやれるとは思うが…。
「来るか」
眼帯の魔法陣が見間違うことなく淡く輝いていた。
「あんた相手に居合抜刀だけで終わらせるのは、勿体ないからな。…楽しんでいこうや!」
一匁時貞を両手で握り、踏み込みと同時に上段から振るう。
ワクバランは、一歩。そう一歩下がるだけで、いわゆる『一寸の見切り』ってやつをかましてくれた。
そこから『後の先』…、持ってる剣で突きを放ってきた。
当る寸前の処で体を捻る、追撃は……無いか。
「よく避けたな、並みの剣士ではこうはいかんぞ」
「ったく、本当にうちの爺さんみたいな相手だな…」
うちの爺さんなら、一切の容赦なく突いた剣を横薙ぎにして追撃して来るが。
そう考えるとうちの爺さんほど理不尽じゃねぇな、実に紳士的だ。
…よく今までうちの爺さんと鍛錬して五体満足でいれたもんだ、加減されてたんだろうねぇ。
そんな事を考えながら、また上段から斬りつける。
「まるで一つ覚えだな!」
ワクバランは、一匁時貞の迎撃に剣を奔らせるが…。
「そこまで、単純じゃ…ねぇよ!」
俺は振り下ろした刀をワクバランの剣に当る寸前で引き、流れるように突きに切り替える。
狙うは胴。
神薙流の『玄先』つう技巧なんだが……ま、フェイクを入れた技の事を言うんだ、俺はあんまり好きじゃねぇが。
「甘い、見えているぞ!」
ワクバランは迎撃に奔らせた剣をそのまま片腕で振り下ろしながらも、体を半身だけ引いて突きを躱す。
「っとに、反則くせぇな!」
振り下ろされる剣を躱しながら、ワクバランの視界を塞ぐように裏拳を放ち。
裏拳で隠す様に、刀で穿つ。
殺気やその他もろもろが『見える』なら、視界を塞がれればどうよ!
「ぬっ!?」
裏拳を見切った後には、眼前に一匁時貞の切っ先。
だがそれも、首を傾け回避した……追撃の横薙ぎはどうよ?
ワクバランは、バックステップで横薙ぎを避けると同時に剣を振るい、魔力を刃として飛ばしてくる。
その魔力の刃を一匁時貞で斬り裂いた処で距離があいた。
…最近、一匁時貞が何処に向かっているのかが分からない。
斬った魔力の刃を丸々喰いやがった。
《…ケプッ》
なんかいる!?一匁時貞の中になんかいる!!
(おい!一匁の中の人!)
《………》
返事がねぇ…、すげぇ気になる。
刻波の中に波平がいる事が分かってから、どんだけ呼びかけても返事が無いから、もう諦めてたからなぁ。
それがこのタイミングでまさかのゲップ、なにがいるんだよ…。
「……飼い主。もう一度、名を教えてくれ」
「え?……あ、おう。いや、さっき名乗っただろうが。甘坂一南だ。耄碌したのか、じいさん」
一匁のせいで動揺してしまった。
魔石取り込んじまってるし、中がどうなってるか確認も出来ねぇし。
……取り合えず一匁の事は置いとこう。
しかし、あのカルマの眼ってのが、厄介だ。
殺気を出さずに斬る事も出来るが、それじゃ面白くない。
大体気配ってのは、俺にだってよめるんだ、『神眼』に見えないはずがない。
殺気を見る眼か……やって見ますかね。
その場の空気が、物理的な痛みを覚える程の鋭さを帯びる。
「む!?」
(これは殺気か!?場を埋めつくような殺気など、人族が放てるようなものでは無いぞ!?)
そう、殺気を見るのなら、この場ごと俺の殺気で埋めてしまえばいい。
「は、はは…。白守くん、本当に人間かい?」
(これ相手に、横槍?おかしいな、凄惨な未来しか見えない…。同時に仕留めれればと思ってたけど。…駄目だな、今の仕込みじゃ弱い。取り敢えず取れるだけの情報はとっておこうかな…)
「喧しいぞ、バルク。テメェはこの後、無手での整形手術だ」
長さ違いの籠手の斬レンジャー、それを外そうとは決して思わん。
「ひどい!?」
(どっちにしろ酷い目に合うのかー…。痛いの嫌なんだよねー)
白を見てみろ、この殺気の中あくびをしてるじゃねぇか。
まあ、テンとチビスラは暴れてるが、それはいつも通りだからな。
人外呼ばわりされるほど酷いものじゃねぇって事だ!
※テンとチビスラは大混乱。クロハですら一歩下がり、サウスと黄助は総毛立ちです。
「『カルマの眼』を知っていたのか…。博識だな、飼い主。いや、アマサカイチナ。だが見えるのは殺気だけでは無い!」
そう言って剣を構えるワクバランのじいさん。再び眼帯の魔法陣が淡く輝く。
まあ、博識なのは俺じゃねぇんだが。
「ああ、そうだろうよ。だからこそ、気配すら感じない一撃……その身に刻んで、逝ってくれ」
一匁時貞を鞘に納め、再び刻波に手を添え居合抜刀の構えを取る。
「…面白い。ならば、貴様にもオレの技をくれてやる」
「避けるのに専念した方が身のためだぜ?」
《イチナ!奴は剣に魔力を集めている、大技を使う気だぞ!》
互いに会話を交わしながら無造作に間合いを詰めて、同時に技を放った。
「吼えろバルムンク…」
とんでもない魔力を込めた剣を大上段から振り下ろすワクバラン。
「斬り、…散れ!!」
「…ファストザンバー!!」
ワクバランの放った『ファストザンバー』は、剣から放たれる高濃度の魔力で俺の背後の建物を幾つも倒壊させながら、更にこの町を守る柱を斬り飛ばしていた。
だが…、膝を着いたのはワクバランだった。
「がふっ!?まさか本当に見えないとはな。……完敗か」
斬られた箇所をなぞって、感慨深そうに呟くワクバラン。
「……なぁにが、「完敗か」だよ。とんでもねぇ技出しやがって。…頑丈なじいさんだよ、本当に」
俺が放ったのは、空居合まで併用した『髪撫で』…。
回避不可の『髪撫で』だが、ワクバランは、見えない俺の剣閃の当る場所を予測し、魔力を集中させダメージを最小に抑えやがった。
経験の成せる技か……勘でやった。とかは無しだぞ?悲しくなるからな。
……チクショウ、うちの爺さんの域にはまだ遠いか。
そして、ワクバランの技『ファストザンバー』…。
もう少し避けるタイミングが遅かったら、俺が両断?粉砕?取り敢えず粉々になっていた。
久々に冷や汗が出たぞ…。
しかし、居合抜刀の奥義を放って殺せてねぇとか、正直俺の負けじゃないかと思う。
…これじゃ神を倒すなんぞ夢のまた夢だな、強くならねぇと。
神気を使え?あれは波平の力であって俺のじゃねぇ、必要なら躊躇せんが。
「当然だ、老いても魔軍の将だったのだからな…。だがまだ死ねぬ。悪いがここは引かせてもらうぞ」
俺が知ってる魔軍の将は、こんなに頑丈じゃない気がする。
老将ってのは、皆こうなのか?
「それは、駄目かなー?」
突然バルクが声をあげる。
「ほら、僕とまだ本気の勝負してないじゃん。僕に加護神に誓わせといて逃げるの?流石魔族、汚い!」
うわ、ウザイ。
「む…」
「悩むな、行きたいならさっさと行け。で、傷を治してもう一回だ。『髪撫で』まで放って仕留められねぇんじゃ、俺が納得できねぇ」
俺に回復魔法…、治癒魔法だったか?が使えたら、この場で治してもう一戦したい処だ。
鍛錬の相手としても文句無しだし。
「だーから、駄目だって」
バルクはその場でパチンと指を鳴らす。
その音に呼応するかのように、奴隷商館から首に枷を付けた美少年から美幼女、美少女、美女と各々が毒々しい色の武器を携え、集まって来た。
「あぁ?」
ギャラリーって訳でも無さそうだねぇ…。
「っと、危ねぇ……どういうつもりだ、テメェ」
そんな事を考えていると、俺の影からアキレス腱を狙ってナイフを持った手が伸びて来た。
それを狙われた右足を上げ躱し、そのまま踏み折り、潰す。
影の中から呻き声が聞こえた。
刃が紫色……毒が塗ってあるな、ここまで分かりやすいのも早々ないぞ。
ワクバランも狙われたらしいが、影から出て来た手を剣で地面に縫い付けていた。
「…うわ、避けるんだ。…いやー、流石に『雷神柱』の被害を考えると、さ。老将一人の装備品じゃ足りないんだよね」
(予定外の来客に、想定外の被害…。白守くんがほぼ無傷っていうのも想定外、だね)
そう話ながらも、ありとあらゆる影から黒装束が這い出てくる。
「それにさ、僕の『手』に依頼があってね?神敵の首を取ってきたら手配書の倍額出すって。…本当はここで手を出す積りは無かったんだけどね。だからさ、その白いのと装備品とモンスター…、あと命。置いて行ってよ」
(クロナンへの依頼が教会からの神敵暗殺依頼だったのは驚いたけど。暗殺するにしても、白いのを奪ってからじゃないと心を読まれてアウト。どちらにしても先に白いのを手に入れる必要が有るんだけど…)
「おい、ワクバラン。動けるか?」
「…なんとかな。魔力を固めて止血をしてあるからな。もう一戦は流石に相手は出来んがな」
それは……残念だ。
「……聞いてる?もっとこう、なんだってーとか裏切ったのか!とかさ、リアクションはないの?」
ねぇよ、裏切るもなにも、信用も信頼もしてねぇし。
「…要は、だ。テメェは敵で、俺の家族を狙ってるアホウだって事だろう?探査術式も、移動先での居場所を知るための仕込みな訳だ」
まあ、仕込みにしちゃ、ちと雑ではあったが。
だがこれで、一切の躊躇なく……殺れる。
「ま、そうなるね。探査術式の方は、仕込めれば良いなー程度だったけどね?この町に居ついた金と力に弱い屑の集まりだったから、期待はしてなかったけどね。途中で剣将なんてお客さんが来なければ、全滅するなり口封じなりで好きに言い訳できたんだけどね…。本当、残念」
(探査術式の本命は、クロナンがどさくさに紛れて、バトルホースに仕込んだみたいだけどね)
「僕が死ぬとアミィが悲しむし、アミィのためにここで死んで欲しいな?子供に命を狙らわれるのヤでしょ?」
確かにガキに命を狙われるのは御免被りたい。
だが、後遺症が残る程度にはボコボコする。そう決めた。
それをそのまま言うのもなんだから、ちとはったりも兼ねてうちの爺さんの言葉を送ろう。
「なに言ってんだテメェ。それで俺が躊躇するとでも思ってんのか?…うちの爺さんの有難いお言葉をお前にも教えてやる。『敵の後ろを考えるな、ただ潰せ』至言だと思わねぇか?」
ただし、この言葉は爺さんの屋敷に出たGに対して放たれた言葉だがな。
爺さんはGが苦手だったからな、俺が駆除役だったんだ。
だってGだぜ?1匹見たら30匹はいるんだ、ほっといたら爺さんが暴れて屋敷が崩壊しかねん。
ま、現状を見て初めて思い出した言葉ではあるが。
だってわらわらと出てくるんですもの、黒いのが。
「なるほど、いい言葉だ。敵の背後関係を気にしていたら戦場には立てないからな」
そう言いながらワクバランは、影から出て来た手を貫いていた自分の剣を杖代わりに立ち上がる。
共感するな、本当の意味を知ってる俺は共感できない。
戦場ならともかく、ただの殺し合いで背後関係を考えなかったら泥沼だ。
これは爺さんが、Gを前に考えるのを放棄した結果出た言葉である。
少なくともバルクは一匹だが、相手としてはGの方が上等だ。
「…なんて物騒なお爺さんなんだろうね。あ、そうそう。僕が死ぬとこの子達が爆散するから、いやークロナンがいい仕事してくれたよ。……さ、やろうか」
そう言いながら奴隷の肉壁に隠れるバルク、俺とワクバランの周りには黒装束と奴隷が包囲を作り始めていた。
黒装束たちも奴隷を前にだし、ジリジリと寄って来る。
…泣きそうな顔、震える足、それでも死にたくないという意思だけは奴隷からしっかりと伝わってくる。
「「屑が…!」」
俺とワクバランの心が一つになった瞬間だった。
俺とワクバランから噴き出す殺気。
それに呼応するかのように、サウスが魔力刃を展開し、四肢に力を込める。
殺気に当てられて、何人か倒れたけど大丈夫だよな?
バックルに魔石を叩き込み、指示を出す。
「サウス、黄助、奴隷は気絶させろ。無理なら武器だけ狙え。クロハはチビ共を。ワクバラン……殺すなよ」
俺が引くほどの怒りの表情を浮かべたワクバラン、お前魔族だろ。
一匁時貞を鞘に納め、腰のベルトに挟んでいた拾い物の果物ナイフを抜く。
刀だと勢い余って殺っちまいそうだ。
「戦とは無関係の命をここまで弄ぶとは……貴様にやられた傷も有る、奴は任せるぞ。オレでは斬ってしまいそうだ」
「ああ、任された。殺しはしねぇよ。殺しは、な」
拷問の知識なんぞ無いが、取り敢えず、死なねぇ程度に抉るくらいは出来るし。
整形もしてやらねぇとな?
「さて、始めようか……楽しい楽しい、お仕置タイムだ…」
…何人目だろうか、気絶させたのは。
黒装束?殴る蹴るの暴行を加えたうえで、氣を叩き込んで臓物をかき回してるが何か?
内臓じゃない処がミソだ、運がよけりゃ半日は持つだろ。きっと。
しかし、奴隷の数が多くて思うように進まねぇ。
ワクバランも何故か義憤に駆られ、頑張ってるし。
サウスと黄助も凄まじいから数は大分減ったんだがね。
ワクバランは、俺にやられた傷のせいだろうが、完全にカウンター狙いだが。
驚いたのは黄助が氣を使い始めている事だ、いつの間にか空転を覚えていた。
瞬間的な踏込みならサウス以上かもしれん。
サウスも魔力刃の刃を削ぎ落し、更にイメージ魔法で風にくるんで使っている。
風に回転かける事で、触れた武器を弾き飛ばし。
気絶させる場合は、極力奴隷にダメージを与えないように風でクッションを作り使っていた。
…うちの仔達が天才で困る。
気絶させる際に与えるダメージがデカいのは、俺とワクバランかもしれない。
ちなみに白達チビーズは、戦闘が始まる前に黄助によりリュックに詰め直され、クロハに銜えられている。
そのクロハは、緩急を付けて走り、一切の攻撃をかわし続けている。
戦馬具が有るから当ってもダメージにはならんだろうが、毒付きだからな。
さて、ようやくだ。
バルクの隠れる肉壁まで到着した。
「バールクくん。遊びましょ」
「…ここまでやって無傷かー。剣将みたいに防御に徹した訳でもないのに……化物だな」
ワクバランも無傷ならこの位やってのけるだろうよ。
ん?化け物『だな』?
「テメェ、バルクか?」
「はぁ…。いかんな。思わず素が出た、俺はクロナン。派遣組の長だ」
「えらくあっさり認めたな、おい。バルクは何処だよ、ちょっと顔面整形とか下半身不随になる程度で収めてやる予定だったんだけど。テメェが代わりに受けんのか?」
入れ替わったのは、最初に奴隷に隠れた時か?
完全に影武者、しかもあっさりばらす……違うな、態とか?
「……バルクはすでにこの町には居ない。今頃はお前や白いのの情報を持って高飛びしてるだろうな。無名都市はまた作ると言っていたし、『雷神石』も今発動中の物以外は持っていった。主要な娼婦や人間はそちらに移して有る。此処にいるのは『いらない物』だ」
「ちっ、時間稼ぎかよ…」
「最初は貴様らをここで始末する手筈だったが…、バルクが無理と判断した。そして俺に任せて先に消えた、それだけだ」
最初からここを捨てる気だったって事か?
「テメェも、見捨てられたのか?」
「残念ながら、まだアイツに付き合う予定だ。分かっているだろうが、俺を殺せば奴隷は爆散。あの特殊術式を施した枷は俺が付けた物だからな、当然だろう?そして、顔面整形も下半身不随も御免こうむる」
奴隷の肉壁ごしに、そう言うと『魔法』を放つ。
「!くそがっ!!」
詠唱も杖も無し、魔法紋か!
自分を守る奴隷諸共俺を狙って1メートルほどの黒い球体を放って来た。
横っ跳びで回避しながら、持っていた果物ナイフをクロナンの肩口目掛け投擲した。
クロナンは魔法から生き残った奴隷を盾にしナイフを躱さそうとする。
だが、遅い。
何にがって、投げたナイフが、だ!
流石に、こんなので殺しちゃ後味が悪ぃだろ!
キィン。
横っ飛びからの着地と同時に体を倒し、居合一閃。
奴隷にナイフが当たる前に弾いて、刻波を鞘に戻す。
「ひぃ!?」
恐怖で引き攣る奴隷さん……すまん。
「なに?」
ナイフが刺さる衝撃が伝わってこない事を訝しむクロナン。
俺は、空転を使って一気に接近し……クロナンのバルクと同じ顔を掴み、地面に叩きつけた。
あれ?この程度の腕でこの場を任された?……こいつも捨て駒か。
まあ、同情も容赦もしねぇが。
「がっ!?」
地面に叩きつけたクロナンの体をそのまま2メートルほど高く蹴り上げる。
「テメェもバルクにとっちゃ『いらない物』だったんだろうよ……顔面整形は勘弁してやる。殺っちまいそうだからな」
丁度、目線の高さにまで落ちて来たクロナン。
左手で、クロナンのうなじを持って落下を止める。
「代わりといっちゃなんだが……砕けろ」
「や、やめろ!?」
「殺しはしねぇんだ、ありがたく思えや!」
右手で拳を握り、背骨目掛けて振り抜いた。
骨を砕く感触が斬レンジャーごしに伝わり、クロナンの言葉にならない叫び声が辺りに響くのだった。
なんとか、できた…。
byミスター