『無名都市』
なんだか、久しぶりな感じ。
「ここが『無名都市』の一つ『ザトゥ』よ」
「無名都市なのに名前があるんだな…」
俺はアミリアの案内で、無名都市を見つけることが出来た。
目の前には防壁…、ではなく灰色の金属製の杭に有刺鉄線が巻かれたモンスターよけの高いフェンス。
虫がそれにあたるとバチリと音がし炭化して地面に落ちた…。
「高圧電流かよ…、どっから持ってきてんだ?魔法にしちゃ、ちいと効率が悪くねぇか?あのフェンス。「み~♪」あ、こら!白、近づくんじゃない!…ったく、黄助しっかり見といてくれ」
いつの間にかクロハから跳び降り、フェンスに近づいていた白を慌てて抱きあげクロハの上の黄助に渡す。
「…がぅ」
「み~…」
すまなそうに鳴く黄助に、不満げな白。
やっぱ俺が抱いてないと駄目なんだろうか?別に抱くのは構わないんだが。
両手が塞がるのが、ちいとね?
なにがあるか分からないからなぁ。
アミリアの護衛もこっちを警戒しっぱなしだし、手は開けておきたい。
「すげえだろ?あれは10年前にバルク様が教会の移送馬車を襲ってかっぱらってきた神具の『雷神石』からあの柱に雷を送ってんだ。かなりの数があったから、効果が切れたら次の石った感じて入れ替えながら使ってる。おかげでモンスターも近寄らなくなったし、大分楽になったんだ」
俺の疑問に答えたのは、ゴリラ。…もといバトンズだった。
《『雷神石』か…。そう言えば、雷の神が暇な時にその辺の石に力を込めて、こちらに落として遊んでいたな。それがばれて罰を喰らっていたが。…大層な名が付いたものだ》
ガトゥーネが、そう呆れ半分に呟いていた。
…暇つぶしの産物かよ。ようは電池みたいなもんか?
暇つぶしとか遊び半分とか碌な神具をみてねぇな。
バトンズに、適当に相槌を打っていると、アミリアから声がかかる。
「ほら、入るわよ。アマサカのウルフが来ないとフルーレとマッフィーが動かないんだけど」
ニードルウルフのフルーレだが、サウスの斜め右後ろを3メートルほどの間隔をあけて付いてきている。
なんというか、…3歩下がって亭主を立てるみたいな?
まあ、、最初は隣に並ぼうと努力していたんだが、恥ずかしかったのか徐々に下がっていき今の位置に落ち着いたんだが…。
マッフィーは、サウスの体の下を行ったり来たり、お前等飼い主放置していていいのか?
というかマッフィーは、サウスが歩くのを邪魔をしてるようにしか見えないんだが。
そんなフルーレとマッフィーにサウスは、若干困惑気味だ。
「…ああ、そうだな」
俺は、クロハを引いて歩き出す。
クロハの上には白と黄助、俺の胸ポケットにはテン。
チビスラは、肩の上だ。
「なんというか…。チビ共の教育に悪そうな所だな、ここは」
無名都市『ザトゥ』に足を踏み入れた俺の第一声は、それだった。
都市、という程立派では無いのは確かだ。
酒場、娼館、奴隷市場…。
華やかな王都と比べると、その暗い部分が集まったような場所だ…。
こんな場所にあるってのに、結構な人がいる。
物流とかどうなってんのかねぇ?
しかし…、シェルパにあった『パーチェック』も娼館の町だったが。
あっちは『明るい』女も町も、だ。
娼館の前は華やかだが、酒場の前に立つ娼婦たちは目が死んでいる。
だが客引きの声は必死、酒場の前に立つ娼婦には『痩せて』いる者ばかりだった。
なにも娼婦ばかりじゃない、見える範囲の人すべてに落差がある。
それに、奴隷市場…。
亜人がメインで売られていた。
体の出来からいって恐らく冒険者だろう。
人族は、美幼女から美熟女まで、…ショタまでいる。
使い方が明らかに決まっているラインナップだった…。
「これが、賞金首や荒くれ共が作った町か。……潰しちまおうか」
歩きながら一通り見渡して、出た呟きは自分でも驚くほどの冷たい声で発せられた。
一瞬漏れた濃い殺気に近くにいた人が小さく悲鳴を上げ、アミリアとその護衛の剣士、バトンズ含む三下たちが、ビクつきながらも反応し剣に手を掛けた。
マッフィーやフルーレからも視線を感じる、あれか『視覚の共有』って奴か?
飼い主はアミリアじゃなくその親って事かね。
相手が剣に手を掛けたことで、サウスやクロハ、黄助も戦闘モードに入った。
チビーズもビチビチと暴れ始める。
…まずは冷静になるために深呼吸を一つ。
ここで暴れた処で意味はない…。
冒険者だったならまだしも、賞金首になった今、情報はここで集めるしか方法は無いのだから。
見知らぬ誰かよりも仲間が優先だ、間違えるなよ俺。
サウスを片手で制し、そのまま黄助達に軽く手を振って、戦闘は無しだと伝える。
胸ポケットからはみ出したテンを押し戻し、肩で縦に伸び縮みするチビスラ掴んでを背中のリュックに放り込んだ。
白は、クロハの背から飛び出そうとしたところを黄助が鞭で捕獲、元の場所に強制的に戻された。
「ったく、胸糞わりぃ…。アミリアは、よくこんな所で育ったもんだねぇ」
頭をガシガシと掻き、物騒な考えを追い出しながら、ベルトに挟んでいた木の枝を咥える。
煙草の代わり。としちゃ、ちいとお粗末だが、こんなんでも気を紛らわせるくらいは出来る…筈だ。
「こんな所とは失礼だな。これでも『無名都市』の中では『綺麗』な方なんだけどね?」
「バカ親父!」
「バルク様、いけません。この男は危険です」
元々俺を警戒していたアミリアの護衛の男がこちらに向かって歩いてくる男に対してそう告げる…。
薄紫の髪を肩まで伸ばした、垂れ目がちのキツネ目男。
パッと見、優男だが隙がない。
灰色のロングコートの中に何度も補修した跡が見える騎士鎧を着こみ、両腰には柄の色が違う2本のロングソード。
身長は165cmくらいかねぇ?
それにしても…、18歳くらいにしか見えないんだが?
アミリアの兄と言われた方が納得できる。
あ、時の加護か?
いや、待てよ。フルーレとマッフィーがコイツのテイムモンスターだとしたら、『狩猟と隷属の加護』になるのか?
本格的に実年齢が分からんな。
「ほら、剣から手を放しなよ。君らじゃ無理だから。コイツが暴れたら、僕くらいしか止められる奴がいないだろうしね?しかし、思ったより冷静だな白守くん。冒険者から堕ちた賞金首ってのは、この町を見て欲望を開放するか、偽善に駆られるものなんだけどね。……ああ、そうそう、決してアミィが心配で来た訳じゃないからな?勘違いするなよ!」
…男のツンデレはいらねぇな。
うちのメンツが本気で暴れても止められんのかコイツ?今一実力が読めねぇな…。
「……バカ親父は、やっぱりバカだった。心配くらいしてくれてもいいでしょ」
そう呟くと多端にムスッとしてしまうアミリアだった。
「おい、白守くん。僕なんか悪い事いったかな?アミィがすねちゃったんだが…。あ、僕バルク・ガンズィーナね?一応、ここの一番偉い人やってます。よろしく!」
「甘坂一南だ。聞くな。お前の娘だろ。……娘だよな?」
《若いな。幾つの時の子供だ?…6歳?》
ガトゥーネがバカっぽい事を呟いたな。それじゃ精通もまだだろうよ。
(流石に無いだろ。少なくとも10年前には、雷神石を強奪してるんだしねぇ)
《そ、そうだったな》
「当たり前だろう?アミィが娘じゃ無かったら、僕は生きる糧を失うね!」
「バ、バカ親父!何言ってんの!?恥ずかしいでしょ!」
さっきのツンデレ発言はなんだったんだ…、デレッデレじゃねぇか。
「おい、そろそろいいか?アミリアがお前なら『トイレ』以外の使徒を知ってるって言ってたんだが、本当か?」
「んん~?ああ、そうか。お仲間に禁呪を使われて治すためだったっけ?「テメェ、なんで知ってやがる…」…フフッ、僕の『手』は長いのだよ。…そうだね、ここで話すのもなんだし。僕の家に行こうか、色々教えてあげるよ」
胡散臭い、が。仕方ないか。
「なら、お邪魔しようか」
虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってな。
「そう来なくちゃね。フルーレ、マッフィー、監視はもういいよ。……?」
(もういいって言った瞬間から、視覚共有で入ってくる情報が白守くんのウルフ一択ってどういうこと?特にフルーレ。君、物怖じしない仔だったよね?初めて自分のテイムモンスターを可愛いと思ったよ。…それにしても、あのウルフも結構な物だね)
「どうしたよ?さっさと案内しろ」
「なんか偉そうだね白守くんは。いやなに、意外な一面を見ただけさ」
(あのバトルホースの上の白い生き物…。見たことないな、どうにかして引き剥がせないかな?高く売れそうだし)
何のことか分からんが、聞きたいこともある。
大人しく付いて行こうかねぇ。
「!…み!?」
「うおっ!どうしたよ白。いきなり飛び付いて来るなんて、…というか、よく黄助から逃げられたな」
白が突然クロハの頭に駆けあがり俺の顔面目掛けて飛び付いて来た。
しかし飛距離が足りず、落ちかけた白をクロハの手綱を放しキャッチする。
「み、み~!み!?」
「…すまん。何言ってんのか分からん」
未だ嘗てないほど、なにかを訴えかけてくる白。
ガトゥーネは分からねぇし…。
そうだ!刻波の中の人ならどうだ!……名前がねぇと不便だな。
(おい、刻波の神(多分)。お前、白の言葉は分かるか?あと名前なんだ名乗ってねぇだろ)
《元々がこちらの世界の物では無いゆえ、分からぬ。申し訳なし。名は無い。決めて欲しい》
(そうかい、参ったねぇ。しかし、名前か……波平でいいか)
《御意に》
了承されてしまった、…適当感バリバリな名前だったんだが。
「み~…」
…構って欲しいのだろうか?
取り敢えず左手に抱き、落ち着くまで撫でてみる。
「…仲がいいね。それもテイムモンスターかい?」
(…気づかれた?あの生き物は心が読めるのかな?それなら更に利用価値が出てくるね。研究材料として欲しがる所もあるだろうし、値も吊り上りそうだ)
「家族だよ。ん?」
「!?フシャー!」
俺の腕の中で毛を総毛立たせてバルクを威嚇する白。
動物間では、意思の疎通が出来ているのか、サウス達までもがバルクを警戒し始めた。
「へぇ…。白が何もされてないのに、ここまで敵意を露わにするねぇ」
あの訴えはバルクに関する事か?白は何を感じ取ったんだろうな。
こんな事一度も無かったんだがな。…信用も信頼もしないほうがいいな。
「あら、嫌われちゃったか。残念」
(確定かな?この白いのは心が読める、と。そうで無くとも、これだけ可愛いからどんな貴族にでも高く売れるだろうし…。でも、白守くんが邪魔だな。…そうだ白守くんには、賞金首として死んでもらおうかな?換金は僕の『手』がしてくれるし。賞金も売り物も手に入って一石二鳥。まずは軽く様子見からかな?…シェルパに着く以前の情報もないしね)
「バカ親父、まだ行かないの?」
「ああ、ごめんごめん。さ、行こうか」
アミリアに急かされ、俺は右手でクロハの手綱を引き、バルクの後を付いて行くのだった。
白の威嚇行為の原因は???の部屋にあった…。
「ああ!もう!なんで獣言語を持ってないの?白様のピンチよ!?これじゃ白様に教えた意味が無い…、気づけイレギュラー!!そして、殺っちゃえ!!」
どこかの真っ白な世界の一室で『白モドキ』に埋もれ、仕事をしないニートと化した、なにかが叫んでいた。
「なんであんなのに天罰を下せないのか疑問だわ。世界に干渉したら1000年間の封印なんて横暴よ!前まで2・3日の限定簡易封印だったのに、どうしたのかしら?でも今この力を手放す訳にはいかないわよね。『審判の神』に白様が危ないって言ったら白様に限り『神気通信』OKって言われたし。でも、これじゃ意味無いじゃない!『あの子』の白様魔法の更なる発展のためにも…。イレギュラー、あんたが頼みよ!」
デレッデレな顔で子猫に埋もれながらヌフフフフッと笑うなにか。
台詞と顔が一切合っていなかった。
…失礼、放送事故です。
気を取り直して再開しましょう。
「さあ、着いたよ。此処が僕たちの『家』。『ピンキールージュ』だよ」
「………娼館じゃねぇか」
少なくとも『話し』をする環境じゃねぇのは確かだ。
ド派手な赤い外装に、白い看板。
ピンクの文字でなんか書いてある。たぶん『ピンキールージュ』だろうけど…。
筆記体で書いてあるため俺には読めん!
「…おい、アミリア。お前母親は?」
「え?此処にいる皆だけど?あ、お姉ちゃんもいたっけ」
さも当然のように言われても、微妙に困る。
「あ、そうそう。モンスターは外に置いて行ってね。テイムモンスター用の小屋があるからそこにね?戦闘力の無いその仔達なら問題ないけどさ。安心しなよ、取って食おうなんて思ってないからさ」
(奪って、売ろうとは思ってるけどね?)
そう言うと係の者を呼び出し、サウスと黄助、クロハを連れていこうとする。
フルーレとマッフィーも一緒だ。
「サウス、クロハ。手ぇ出して来たら潰せ。…今一コイツは信用ならんからな。黄助、サウスとクロハへの指示を頼むな」
「がぅ」
「ガウッ!」
「ブルルッ」
その返事を聞いてからサウス達を送り出す。
「…聞こえてるよ。白守くん」
「聞かれても問題はねぇな。お前がアイツ等に手出ししたら、四肢を斬り取って情報を引き出してから、介錯してやるよ」
「やっぱり賞金首が妥当だね、君は」
(うーん、態度や表情には出してないんだけどな。それだけあの白いモンスター…なのかな?あれの影響が大きいみたいだね。これは慎重にやるべきかな)
軽い脅し程度じゃ怯えも見せないか。
視線もキツネ目で何処にあるのか分かりにくいし、表情も今一読みずらい。
面倒くせぇなコイツ。
まあ、今は警戒くらいでいいだろう。
そんな事を考えているとガトゥーネから声がかかる。
《一南、気を付けろ。さっきから頻繁に白に神気で交信している者がいる。この神気は恐らく『創造の神』だろうが…。あの将軍も使い捨ての使徒になっていた。どんな神が相手か分からない今、疑ってかかった方がいい。白から目を放すなよ?》
(『創造の神』ね。交信してる相手が白ってだけで、アリーナンの加護神だと納得できるのは、アリーナンのせいなんだろうな。しかし、神共も俺の敵ってか?…望む処だねぇ)
神共も敵、って事はそれを中心とするこの世界も文字通り『敵』って事だ。
怖い、怖いねぇ。
実に怖い。強敵怖い、神様怖い。思わずにやけてしまう程になぁ。
…でも、マルニみたいな子供から嫌われんのは勘弁して欲しいけどねぇ。
「どうしたの、アマサカ?…あ、お母さんたちを見てたでしょ?」
確かに視線の先には扇情的な格好をした美女達がいるが…。
もう少し化粧を押えてくれた方が、俺的にはいい。
「なに、自分の『立ち位置』を再確認しただけさ。本当に退屈しない処だよ、このガファーリアは」
「?意味わかんない」
俺の言葉に首を傾げるアミリア。思わず笑ってしまった。
「くははっ!分かったらスゲェよ」
更に頭を捻るアミリアだった。
「話は僕の部屋でしないかい?『白守』くんも男だし、ロビーじゃ落ち着かないだろう?」
「ならもうちょい相応しい場所を選べ、アホウが。…その部屋、壁は厚いんだろうな?隣から『声』が響いてくるとか嫌すぎんぞ」
大丈夫、僕の仕事用の部屋だから。と『ピンキールージュ』向かって進み始めるバルク。
足を止め、振り返りながらアミリアに向かい声を掛けた。
「あ。アミィは部屋に戻ってなさい。これからは大人の時間だからね。皆も護衛の代金はジャスから貰ってね?ジャス、後はよろしく」
ジャスと呼ばれたのはアミリアの護衛の年季の入ったロングソード使いだった。
しかし、こんな所に住んでいて大人の時間もくそも無いだろうよ。
「いえ、しかし!「ジャス。君じゃ付いてきても無意味だよ」…分かりました」
「わたしも?まあ、いいけど。お母さん達のとこ行ってこよっと。じゃあね、アマサカ!」
そう言って建物の中へと消えていくアミリア。
ゴリラと三下共に護衛代金を払うために場所を移すジャス。
残されたのは俺とチビーズと足を止めたバルクだけだった。
「来ないのかい?『異世界人』くん」
「!…テメェ」
「迂闊だよね。この世界の人間は、くだらない事で、いちいち『世界』の名称なんて言わないよ」
(でも、これで納得かな。勇者と同じ世界の人間なら、シェルパ以前の痕跡がなくて当然だし。…問題は彼の腕なんだよね。『手』の話によると、ちょっと洒落にならないかな?正面からは下策。…ここは良い人を演じて『派遣組』の皆さんに動いて貰おうかな)
「…そいつぁ迂闊だった、が。それだけで出てくるような言葉でもねぇだろうよ。その辺も説明して貰えんのかねぇ?…ん?」
「フー!!」
落ち着きかけた白がまたバルクを威嚇し始めた。
本当にどうしたんだ白は?
「ふふ、可愛いね、その仔。なに、鎌をかけただけさ。それよりも知りたいんだろう?使徒の事。付いてきなよ、僕もこの町で白守くんに暴れてほしくないからね」
「……ああ。分かった」
白を見て落ち着かないテンをチビスラと同じリュックに放り込み。
建物に入っていくバルクに付いて俺も足を進める。
腕の中でバルクを警戒、威嚇している白を撫でながら。
思いのほか長くなって、話のところまで行きつけなかった…。
リアルが忙しいのは変わりませんが、ちまちま書いていきます。
byミスター