『大罪人』
ようやく、闘技都市も終りが見えてきた…。
俺は、コロシアムの外に出て歩いていた。
「あー…、どっかに報告した方がいいのかねぇ。どこ行けばいいのかも分からんが、取り敢えず味方捕まえれば何とかなるか」
《一南、大丈夫か?顔色が悪いぞ》
「ああ、なん《心配無用、ぬし殿は此処で潰える身に非ず》…だそうだ。問題ねぇよ」
渋い声が頭に響く。
あの場に有った神気をほぼ吸い尽くしたせいか、刻波からガトゥーネ以外の声が聞こえるようになった。
そして、そのせいでガトゥーネが先の戦闘で溜めた神気と、自分で精製する神気のみでのやり繰りを余儀なくされた。
渋い声の方は、喋る方ではない。
そして、刻波の飛ぶ斬撃の原因もコイツだ。
どうやら《魔力とは魔の力、ぬし殿には必要なし》との事だ。
評価してくれるのは嬉しいが…、必要だろうよ魔力。
後、一匁時貞の方は、結構神気を吸ったと思うんだが反応は無い。
神気を吸う前に、魔剣になったのが拙かったのか。
それ以前になにもいないのかは、確かめるすべがないため、保留である。
(まあ一応、あの後血止めはしたからねぇ…。血止めをしたからといって流した血が戻る訳でも無し、顔色程度は当然といっちゃ当然なんだが)
…そういや、アイツ等ちゃんと逃げたかね?
しばらく歩いて気づいたがコロシアム付近に人影がねぇ。
そのくせ、商業区には幾つかバリケードというには小さく低い障害物が一定の間隔を置いて積まれてるんだから変な話だ。
「動くな!そこで止まれ!!」
「あぁ?…軍人?援軍か?」
血が抜けて、注意力が散漫になってたか?気づかなかったぞ、おい。
軍といっても10人程度の小隊だ。
魔道士はおらず、小盾を持った剣兵が3人と槍兵が3人。
伝令だろうか?軽装が1人に、長弓を持った弓兵が2人と短弓を持った弓兵が1人。
ただ、長弓で狙われてんのは何故なんでしょうかねぇ?
「わりぃが、色々と説明してくれねぇか?今一事情が呑み込めねぇんだが。俺は…」
そう言いながら一歩踏み出す。
「動くなと言った!」
その瞬間長弓から矢が放たれた。
「…威嚇ってのは、脳天目掛けてやるもんじゃねぇと思うんだが?兵士として、そこんとこどう思うよ」
狙いは正確だが…、速度が今一だったな。
銃弾じゃねぇし掴むのは容易だ。
(そもそも、なんで射られてんだよ)
《一南が動いたからだろう》
《然り》
…まあ、確かに動いたが、到底納得できんだろ。
俺は掴みとった矢を手の中で遊ばせながら、どうしたもんかと考える。
事情を知らずに争うのは不毛だし、ここは弓兵さんにこの矢を返そうか。
勿論ゆっくり歩いて手渡しだ、決して狙われたことに対してイラッとなんてしていない。
俺は一歩一歩、兵士達に向かって『笑顔』で歩き始める。
その様子を見て顔が引き攣る兵士達、おかしいねぇ?こんなに友好的な笑顔なのに。
そんな時だった。
「イチナさん!この方たちはパレサートの兵士さん達ですよ!斬っちゃ駄目です!」
兵士の後ろからアイリンが息を切らせて走って来た。
腕には白を抱え、頭にテンを乗せ、肩にはチビスラ。
実に平和な絵面だった。
……おい、なんでいる王女。
というか、白達も久しぶりな気がすんなぁ。
…こいつがいるって事は、他の連中もいるって事だよな?ったく、逃げなかったのかよ。
「アイナクリン王女!危険です!お下がりください!!」
「大丈夫です。彼は護衛の一人ですから」
「しかし…。我々は、ファニア将軍からコロシアム側から来るものは、その…神に刃を向ける大罪人と聞いております。任務ですので、申し訳ありません!抜剣!!弓矢放て!」
短慮だな、伝令でも飛ばせよ。
王女の護衛を斬るなんぞ、外交問題に成っちまうぞ?
(しかし、神に刃を向ける大罪人ねぇ…。あながち間違っちゃいねぇところがイテェな)
《そうなると元魔王も大罪人だな。奴は力を奪って新しい『神』になったが。昔は挑んでくる奴は、よくいたんだが、今は教会がうるさいからな。今回のこれも教会が絡んでいるのではないか?でなければ、大罪人など出て来る筈もない。神が挑むことを禁止している訳ではないのだがな。特に戦の神に関しては挑むことに制約はないのだが…。教会と祭壇の管理は見識の神だったか…、こんな暴挙を見過ごすような奴ではないのだが、何かあったか?》
飛んでくる矢を、手に持つ矢で叩き落としたり、避けたりしながらガトゥーネと話していた。
(教会ねぇ…。教会都市ってのが落ちてもそんなに力を持ってるもんか?それによ、パレサートの予知巫女は、魔王が神になるのが分かってたんだぞ?あの王様だって、それを分かって兵を派遣してる筈なんだがね。それに『コロシアム側から来る者』ってことは、誰かが戦って生きて帰ってくるのが分かってたって事だろ?予知巫女にも見えない神関連の事をどうやって知った?)
《分からないな。ただ、神に関しては人の異能では知ることは叶わないだろう。情報を与えたのは神かもしれないな》
何のためにだよ、そして誰に渡したんだよ。
ハァ…、余計に分からなくなっちまったな…。
おっと、危ねぇ、話してると当たりそうになるな、集中しようか。
「嘘だろ、なんで当らないんだよ!?」
「くっ、もっと矢を持ってこれば良かった!」
「俺、アイツの狙って射ったけど、なんでまだ矢を持ってるのかな…。カリーごめん帰れないかも」
弓兵達は、心が折れかけているみたいだねぇ。
「くっ!槍兵構え!剣兵突撃準備!…伝令、分かっているな?」
「は、はい」
頷いて走り去ろうとする伝令兵に俺は、足元の石を蹴り上げボレーシュート風に蹴り込む。
「かふっ!?」
脇腹にめり込んだが、そのまま走り去った。
チッ、狙いが悪かったな。
あー、ヤベェこれで顔ばれは確実か…。
「ジャスタ…、流石俺の息子だ!!行くぞ化け物!!突撃!!うおおおお!!!」
「息子だったのか、全然似てないな」
なんか凄い盛り上がってるけど、俺は逆に盛り下がる。
まず何にも悪い事してないのに完全に悪人になってるのが一つ。
神剣がどんなもんか分からないから、刀を抜けないのが一つ。
目の端に、戦闘を見てはしゃぐ白達にお説教しているアイリンが映っているのが一つ。
仮に刀を抜いたとして、伝令がいっちまった以上、コイツ等を斬ると余計な罪科を背負いそうだしねぇ。
《ぬし殿、油断するべからず》
「あいよ。…終わらせようか」
手に持って居た矢を腰に差し、一歩の踏み込みで剣兵達の前に出る。
甘坂流『居合手刀』。
まあ、読んで字の如しだ、左手に氣の鞘、右手に魔力。
手刀を居合刀に見立てた略式居合抜刀。
相手の剣を避けながら、手刀を振り切り、同時に手を入れ替えて繰り返す。
三閃、それで剣兵達は沈んだ。
崩れる剣兵達に隠れるように槍を突いてくる槍兵達。
その槍をまとめて左手でからめ捕り、小脇に抱える。
イメージするのは斧と風、右手に発現させ、振り下ろすように槍をまとめて叩き斬る。
後は簡単、殴って沈める。これだけだ。
弓兵も沈めた後、腰に差した矢をそっと返した。
「えと、治癒魔法かけますね?」
「ん?ああ、頼むわ」
戦闘が終わり、駆け寄ってきて俺の足から上へ上へと登ろうとするチビーズ。
白を一番下に、チビスラ、テンと一種のタワーと成っていた。
白が落ちると皆ズルズルと下へと下がっていくのが面白い。
「アリーナンさんがいないんです…」
治療をしながら、暗い顔でアイリンがそう呟いた。
「なに?」
どういう事だ?アリーナンがいなくなるなんて…。
白をほったらかして何も言わずに消えるなんて、面倒事の匂いしかしないじゃねぇか。
ウザくらしいくらいに白狂いのアリーナン、あの戦闘の中であんな魔法を使うとか暴挙でしかない。
今回ばかりは、一回頭蓋を限界まで締め上げて、あの緩みきった頭を締め直そうと思ってたのに。
多分、叩くだけじゃ治らないだろうし。
「アリーナンさんが白ちゃんに何も言わずにどこかに行くなんてありえません!ですから、今皆さんで探しているんです…。私はイチナさんが戻って来るだろうと思って、治療のために此処に無理をいって残ったんです…」
「そっか、ありがとうな。でもハチカファはどうしたよ?まさか本当に一人で待ってたのか?流石に危ねぇだろ、まだ魔族兵が残ってるかもしれないってのに」
あの鎧男、チャンターだったか?アイツだって外に飛ばされた筈だしな。
「えと、ハチカファは、ああ見えて諜報部隊ですから。こういう時は強いと思って、無理を言って探しに出て貰いました。魔族の人たちは、パレサートからの援軍が来た時点で撤退していきました。今は軍関係の人たちがギルドマスターや闘技都市の人達と警戒に当たっています。相手が神様ですから、どんな被害が出るか分からないという事で、軍を指揮するファニア将軍からコロシアムへの接近禁止令が出たみたいです。でもまさかこんな命令を出しているなんて…」
そりゃだれも思わねぇよな、なんたって俺みたいなバカがいる事が前提の命令だ。
こりゃ、報告とかは無理かもな。
まあ、する義務もねぇんだが…。
あの王様が命令を下したなんら、なんでこんな事になってんのか是非聞きたい。
「…無事ですよね?」
ん?無事?………………あ、そうか、その可能性もあるのか。
一切、思慮に入れて無かった。
「あいつは、パー子に次いで死ぬ処が想像できん。大丈夫だろうよ」
そう言いながらアイリンの頭をワシャワシャとかき混ぜてやる。
「…はい」
魔国???side
「驚きましたな…。ぼっちゃんから渡された撤退用の魔法球がこんな所に繋がっているとは…」
驚きの声を漏らすチャンター。
そこは、まだ半分も出来上がっていないが研究機材だけは、最新の物が取り揃えられた、広大な空間だった。
まだ、作っている途中の為建材がそこたら中にゴロゴロしていた。
「フハハハッ!そうだろう、そうだろう。こんなことも有ろうかと、秘密基地というものを作っていたのだよ!!しかし、良かったのか?言像を使って誘ったのは俺様だが、代々魔王に仕えてきたお前が、魔王でなくなった俺様に兵まで引き連れついて来て。…あと、ぼっちゃんは止めろ」
「儂は、魔王に仕えていたのでは有りません。シュヴァイサー家に仕えてきたのですよ。此処におる皆もそうです。それに魔王でなくなった今、何時まで経ってもぼっちゃんは、ぼっちゃんですな。それよりもリリスには此処に通じる魔法球は渡してなかったので?」
チャンターの疑問にアルスはこう答えた。
「グスッ…フンッ!奴に渡すと情報がアルケイドに確実に渡るからな。俺様、あの剣術バカは嫌いだ。たまに会うと無理やり鍛錬に付き合わされるからな。なんだ素振り一万回って!しかも重りを付けてやれだと!?俺様の体力を舐めるなよ!死ぬぞ!くっ…そういう訳だ、この空間に奴と一緒にいる事自体が苦痛だ。…忠誠心や将としての在り方には一切問題ないのだがな」
そう言って遠くを見始めるアルスに、これは駄目だと思ったのかチャンターは話題を切り替えた。
「そ、それはそうと。ジャンが土産を持ってきましたぞ?」
「ん?土産だと?…そういえば、見ていないなジャンは何処だ?」
「ジャンはガイナスの動向を探るために魔軍に戻って貰いましたぞ。ぼっちゃんの唯一の友を独断で派遣したのは申し訳ありませんが…」
「な、何をいっている!くっ魔王でなくとも俺様は神だぞ!友など五万とおるわ!!……ま、まあ、その理由なら仕方有るまい。で、土産とはなんだ?」
(チャンターめ、魔王でなくなったら遠慮が消えたな。俺様、神だぞ!敬いの心を持てんのか!!)
「では、こちらへ」
生温い笑みを浮かべるチャンターに促され、アルスはチャンターの後を付いて行く。
案内されたのは、建材を使って造られた簡易の牢屋だった。
「ご苦労」
「ハッ!」
牢屋番に労いを掛け、中を覗く。
そこには…。
「ほう、これは、中々…。少々胸が足りないが、美し「ぐふふふふっ…。白た~ん…」……おいチャンターこれが土産か?何故かとても残念な気がするのだが?」
「そうですな、今は改造術式の『スリーピング・ネロ』で眠らせてありますが、起きている時はこの30倍は、ひどかったですぞ」
想像して、想像し切れなかったアルス。
「…ジャンは、俺様に嫌がらせをしているのか?」
「ぼっちゃんも覚えておいででしょう。儂やあの剣士を動けなくした大量の生き物を」
(ああ、あれか…。あれは色々な意味で酷かった。しかし何故今あれの話が出てくるのだ?…まさか)
「ジャンから聞いたところによると、あれはこの娘が使った創造魔法でしてな。それにより戦場が止まったらしいのです」
「戦場が止まった?どういう意味だ?チャンターや俺様は戦っていたではないか」
当然の疑問をぶつけるアルス。
「あの生物を追い駆けたりじゃれ付かれたりで敵味方共に、大よそ戦闘とは無縁の状態だったようですな。真面目に戦っていたのは我々だけだったという事ですな。そして何より大事な事は、この者が持っていた『杖』です。紛失したディスシリーズの『ディス・カイネ』を『使って』おりました。…衰弱が激しく今は眠っておりますが」
そう言って牢屋の横に立てかけられた杖を手に取る。
「ディスシリーズを使えるという事は、どこかに同族の血が流れているのだろうな…。曾祖父がサリューナ・サリスとヤッた時の子孫か?ジャンはそれで連れて来たのか?」
勘違いである。
「いえ、我々の数での不利を埋める策としてこの娘の魔法で、魔法球を造ってはどうかと進言してきました。もし駄目なら、洗脳するか、早々に始末した方がいいとも」
「ふむ、同族の血が流れている者を殺すのは忍びない…。駄目なら洗脳だな。まずは兵達に耐性を着けなければ使えんだろう。フフフッ創造魔法の魔法球化か、一度やって見たかったのだ!!」
笑いながら踵を返すアルスだったが、ふとチャンターを振り返り。
「チャンター、魔国に使いを出せ。祖父の代の将を引き入れるぞ」
「…は?ジジババばかりですが、よろしいので?」
本気ですか、と言いたげな表情でアルスを見つめるチャンター。
「チャンターの同期ではないか。せっかく神になったのだ親父の…、いや『歴代魔王』の悲願である『世界支配』というのをやって見ようじゃないか。それに乗るなら、老い先短い生涯、俺様のために戦場で散れ。とな」
「…御意!」
「フハハハッ!忙しくなるぞ!手始めに少数精鋭、魔神愚連隊の設立だ!!」
白衣を翻し、牢屋の前でそう宣言するアルスであった。
Sideout
アリーナンは、どうなるのか!?
ちなみにしばらく出てきません。
byミスター