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猫守紀行  作者: ミスター
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笑いの絶えない研究室 -魔族side-

此処は魔城『ヘルグランデ』に有る魔王の研究室。

私室を改造したようで大きいとは言えないが、様々な実験器具や術式改造のための設備などが揃っていた。


「フム……一段落と言った処か。あとは魔法名だけなのだがな…使ってみるしかないかのか?」

(…興が乗ってテストも無しに継ぎ足しすぎた、誰かに使わせるか?いや、やはり貴重な特殊術式だ。魔法名は一番に知りたい!)

部屋の椅子に腰かけ、ピンクブロンドの髪を掻き毟り、悩む魔王。


「……魔王様、悩むのは結構ですが頭を掻きながら魔力を放たないでください。私には厳しすぎます」

苦しそうな表情でそう呟いたのは、最近大出世を果たしたジャンであった。

(何なんだこの今代様は!?魔力の制御が出来てないのか!?それにこの研究室もおかしなことが多い。魔王様の趣味の遊び場かと思っていたら、設備がそろい過ぎている…魔王様は復活して間もない筈だ、勇者に倒される以前に研究していたなどと聞いたことは無い。それ以前から研究していた?しかし魔王になる前は、王子としての責務を果たしていたはず、白衣を着ている処も見た事は無い…まさか、いやしかし…)


「ああ、貴様には辛かったか?親父から力を受け継いでから最初の頃は慣れなくてな、何をしても魔力を出して良くチャンターに叱られたモノよ。制御は出来るのだがな、その時の名残か、たまに漏れるのが今一直せん」

溜息を吐いて首を振る魔王、実に羨ましい悩みである。


「で、何を考えていた?『コレ』についてか?それとも関係のない事か?今なら答えてやろうではないか」

(『コレ』も後は魔法名を残すだけ、それさえ分かれば魔法球に詰める事が出来る…そうすれば格の高いモンスターにでも使って魔獣兵を作り量産する、筈だったんだがな。如何せん複雑すぎで量産には向かんな、せめて将には使わせてみたいものだ)


「…ではその魔法とは一切関係の無い事をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「よい、申してみよ『負け落ち』」

鷹揚に頷く魔王に多少イラッとしながらジャンは話を続ける。


「50年前の決戦の折、魔王様は遊びが過ぎて倒されたと聞いておりますが。何時どうやって、どの勇者になどの情報が欠けています。何故でしょうか?そして『何年前』から研究者に成られましたか?」

(魔王様不在の50年魔軍の統率が乱れなかったのもおかしい。本来ならば反乱なり内乱なりあってもおかしくは無い、それも起きなかったのは将が纏まったいたから…野心の強いガイナス様や、協調性の無いリリス様が魔王様という統率者を掻いた状況で大人しくしている訳が無い)


「なるほど『何年前』からと来たか。…45年前からだ、お前の考えている通り俺様はウォルガイの勇者と戦ってはいるが倒されてはいない。いや、見逃されたと言っても良いだろう。遊び過ぎた処か、遊ばれたのだよ俺様は」

一種の諦めにも似た雰囲気を出しながら話す魔王にジャンは絶句した。

しかし、魔王の質問に答えると言う名の独白はまだ続く。


「奴は俺様を見てはいなかった…それどころか、我らの神『邪神ダチュカーダ』様を召喚しろと俺様に迫って来たのだからな。勇者である奴は人が崇める神と戦うことが出来ずに苛立ちを俺様にぶつけて来たのだ、たまった物では無い…魔王である俺様がほとんど何もできずに惨敗して、見逃されたのだ。当時は死んだことにした方が良かったのだよ」

どこかで聞いた話である。


「もっとも奴も魔神様と戦うことなく送還されたがな、魔神様の召喚?俺様の意志で出来る訳が無かろうに…召喚魔法の術式すら曾爺様の代には失われているのだぞ?召喚して欲しければ術式の刻まれた魔導原版を持って来いと言うものだ。大体だな…」

もう既に愚痴である、どこかで止めなければ延々とその『奴』についての愚痴を聞かされる事になるだろう、そう思ったジャンは愚痴を止めるべく声を掛けた。


「ではウォルガイを真っ先に潰したのは…」

「ん?奴…本人で無くともソレに連なる者が、聖なる魔力を持って来るだけで厄介この上ないからな。他の王都から召喚される可能性もあったが、あの時は同時侵攻するほどの余裕は無かった。ゆえに他の王都は確認に留めたのだ、幸い奴に連なる者は居なかったが」

(危険な賭けでは有ったな。しかしガイナスめ…俺様に捧げると言って勇者召喚の術式を持って帰って来たが、どうせならば送還術式を持ってこれば良い物を…しかしどうやって奴は召喚の間に入った?)


「それに魔族は出生率が低すぎる、長寿種ではあるがゆえに生まれてから百年は兵士としては使えん、効率が悪い。ゆえに魔石を使いスタンピードを起こし人的被害を抑え国力を削るのだが…最近はおかしな処で被害が出ている、貴様の居た大橋の事だ、何が有った?ああ、なるべく感情を込めて説明せよ、その方が面白い」

鋭い目でプレッシャーを掛けてくる魔王に対しジャンは口を開く。


「…分かりました、ご説明します」

ジャンは負け落ちと呼ばれた原因の男の事を情感たっぷりに話し、魔王を引かせた。


「そ、そうか、うむ、俺様もう貴様を『負け落ち』と呼ばない。ジャンだったか?そう呼ぼう、だから何時もの冷静な貴様に戻れ」

「ハッ、有難う御座います」


「………」

(高速の剣技に体術…まさかな…もし奴に連なる者だとしても勇者で無いのなら問題は無いか?同族が殺されるのは面白くは無いが)


「………」

(やり過ぎたか?感情を込める演技というのは難しいものだ…全く、こういうのはジューデの役なんだが、肝心な時に居ないとは使えない奴だ)


互いにしばしの沈黙、先に口を開いたのは魔王であった。


「さて、負け…ジャンよ。『コレ』に付いてだが。貴様に特性についての説明は要らんな?目的についての答えは要らん、思った以上に難解で魔法球での量産は出来そうもない…10や20位は問題ないだろうがな。この術式自体、特性だけでなく魔力や持っている力を奪う効果を付けた、魔法球にしたとしても迂闊に兵に渡せん。それ以前に…」


「魔法名ですね?」

「そうだ、それが無ければ魔法球に納める事すらできん。そして魔法名を知るにはこの特殊術式は一度行使せねば分からん。行使…いやこの『人体実験』は俺様がする。これ程、貴重な特殊術式…他の奴に先に魔法名を知られるなど我慢できん!適当な相手が居ないか考えろ」


「…ハッ!」

(要はただの我儘か、呆れて物も言えん…しかし魔王様にとって適当な相手か、勇者か?しかし勇者の特性である『聖なる魔力』が邪神の加護を受ける魔族に使えるか、それを魔王様で試す必要は無い。もし使えなかった場合に何が起こるか分から無いからな。本来ならば俺のような下級が何十回と使って異常がない事を確認した上での事なのだがな…)


「俺様は勇者辺りが良いかと思うが、どうだ?」

「それはお勧めできません。魔族が聖なる魔力を持った時の反応が分からない限り魔王様にやらせる訳には行きません。どうしてもというのであれば、せめて下級か中級の魔族で試してからにしてください」

魔王は、それもそうかと呟き、魔導原版に視線を移す。


「ではどうする?Sランクモンスターでも使うか?」

「それについてですが、少し気になる事が有ります」

申してみよ。と魔導原版からジャンへと視線を戻す魔王。


「元々あった特性…魔王様なら『聖なる魔力でしか倒せない』という特性はどうなるのでしょうか?この魔法を使った人間は前魔王様の特性を得ましたが、加護を失ったと聞きます…もし魔王様がこの魔法を使った場合、特性が上書きされ魔王としての特性を失うかもしれません」

(あくまで可能性としての話だが、人、いやこの世界に住む種族の共通の特性と言ったら『加護』だからな…)


「……下手を打つと魔王としては居られないという事か?ではどうするのだ?モンスターに加護が有るかどうかなぞ、見分けられんぞ?ましてやSランクモンスターは加護が付いてない方が珍しいだろう」

魔王の証でもある角を指でなぞりながらそう言う魔王に対し。答えを出すためにジャンは思考する。


(加護付きは駄目だ、リスクが大きい。如何に仮説とは言え、消えた特性がどうなるか分からん…下手をすると二度と『魔王』と言う存在が生まれなくなる事も有りえる。かといってSランクのモンスター以外に魔王様と釣り合いが取れる者も無いか?…魔王様が使わなければ良いだけなのだがな)


「ちなみに御自身が使わないという選択肢は無いので?」

「無いな、このさい加護が無く力を持ったモンスターであれば妥協しよう。取り敢えず使ってみたい」

新しい玩具で遊びたいと言う魔王様に、ジャンは多少の頭痛を覚えながら思考を加速させる。


(それが本音かこの魔王…しかし、加護が無く力を持った、か。難しいな、モンスターの加護は何時何処で授かっているか不明だ、神の気まぐれやある程度強くなったら授かるとの説もあるが……神、神か与える側の神ならば特性を持っていようが『魔王』の特性の代わりにはなるか?しかし呼び出すには教会か祭壇が必要だ、それに『邪神の加護』を受ける俺達魔族の呼び出しに答える神は…居たな、1神だけだが平等を謳う申し分ないのが。祭壇も有る…我ながら無謀な事だが、提案だけでもしてみるか)


「…魔王様、少々提案が有るのですが」

「ほう、何か思いついたか?申してみよ」

魔王はジャンに話すように促してくる。ジャンは「では」と口を開く。


「加護が無く力を持ったモンスターという事でしたので、考えてはみましたが、それは難しいでしょう」

「俺様の妥協案を否定するのが提案か?ん?」

意図的に大量の魔力をジャンにぶつけてくる魔王、大人げない。


「グゥッ!?……て、提案は此処からです…」

「なら早く言え」

一気に不機嫌になった魔王に、心の中で悪態を突きながらジャンは話を続ける。


「この提案は無謀では有りますが魔王様が特性を失っても問題ない相手かと思います」

「何?…一体どんなモンスターだ?ソレは?」

訝しげにジャンを見る魔王。


「相手は『神』です。邪神様では有りません、『戦の神』です。あれなら『邪神の加護』を持つ我々魔族でも闘技都市の祭壇で呼べますので。特性は分かりませんが戦の神は力の塊です。特性と力を奪うその魔法の相手には丁度いいかと」

ジャンの提案を聞き唖然とする魔王、次の瞬間。


「フ、フハハハハハハハハハハハハ!!!!」

魔王、爆笑。


「良いではないか!貴様は俺様に魔王では無く『魔神』に成れと言うのだな?良かろう成ってやろう。ジャン貴様はどういう思考をしておるのだ?…魔法の相手に丁度いいとは…フフ、フハハハ、ゴホッ!ゴホッ!…フフ」

「…………」

(何がそこまで可笑しいんだ?…ああ、魔法自体が神から授かった物だから通じるかどうかも怪しいか…チッ、いい加減に笑うのを止めろ)


こうして闘技都市侵攻が決定されたのだった。


「フハハハハハハハ!!」

「…………」

研究室からは、しばらく魔王の笑い声が響いていた。

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