報酬
ドスンッと鳩尾に衝撃と鈍い痛みが走る。
「ぐふっ!……あぁ?何だ一体?」
目を開けると腹の上にマキサックの足…
「あー、そういやマキサックだけ泊まっていったんだったか…ソファーでチビーズにまみれて寝てた筈なんだがなコイツ…」
白も何時の間にか枕の横に居るし。
ベッドで寝たいなら自分の部屋に行けよアホウが。
マキサックの足をどかしながら体を起こし、煙草を取り出すが灰皿も無い事に気づき、銜えるだけに留まる…
ヤニが付くとマズイ部屋な気がするんだよなぁ、清掃も手作業だろうし。
「…起きろ」
煙草を銜えたまま、体半分ベットから落ちているマキサックの鳩尾に『結構な力』で踵を打ち込み、蹴り起こす。
…決して仕返しでは無い、起こしているだけだ。
「ごふっ!?……あ、おはようっすチナさん!!」
何故か鳩尾では無く頭をさすりながら立ち上がるマキサック。
別にコイツは酒を飲んだ訳でも無し、何故に頭をさするのか…
ああ、昨夜腐敗勇者のネタにされかかって、思わずマキサックの頭を蹴り抜いたんだっけか?
それでも気を失わないコイツは意外と凄いんじゃないかと思ったんだよなぁ。
腹よりそっちの方が痛むのか?悪い事したなぁ…
まあ、昨夜はかなりカオスだったからな、特に理由なんぞ無く破砕された調度品のランプとかもある位だ…今考えるとハチカファがハッチャケた結果だったなアレは。
白はアリーナンが居るからシャンデリアまで飛んで降りてこないし、ルナが自分で持って来た酒で酔うは大剣抜くはで大変だった。
ソルファもその酒飲んで酔っぱらい、「美味しいですよ~?」と黄助にまで飲ませるからテンとチビスライムの暴走を食い止める者が居なくなる始末…
マキサックはいつも通りテンの暴走を助長し、腐敗勇者は平常運転。
アリーナンは早々に沈めたんだがなぁ…耐性がついて来たのか、復活が早くて困る。
体の大きなサウスを動かす訳にもいかず、パー子の抱き枕と化していた。
俺とアイリンではもう止められなかったんだよなぁ…
良く解散まで持って行けたと思うよ、ほとんどは力技で各部屋に押し込んできたが。
「…おう、おはよう、そしてさっさと部屋に戻れ。準備したら飯食いに行くぞ」
「うっす、わかったっす!」
そう言って部屋を出て行くマキサックを見送りながら、部屋を眺める…
うん、高級ホテルの一室とは思えん、途中で色々諦めたのが悪かったか?掃除係が悲鳴を上げそうだ、壁に大剣で付いた傷とか有るし…どうすんのかね、これ?
「まあ、いいか…請求は王様に行くしな。ルナも弱いくせにあんな強い酒持ってくんじゃねぇっての…」
ルナにいたっては、直ぐに電池切れして寝たがその傷跡はひどいもんだ。
「黄助は大丈夫かね?」
白を抱え、一塊で寝ている黄助達の元に近づく。
よほど疲れたのか白達チビーズはまだ起きない、チビスライムは本当に寝てるのかよく分からんが…
「黄助、飯だが行けそうか?」
「…がぅ…」
顔顰めちゃって…まあ、止める間もなくボトルを口にぶち込まれてたからな、二日酔いも当然か?
これは留守番か?しかし、この弱った黄助を放置していくのも何かなぁ…
アイリンの治癒魔法で何とかならんかね?
その時コンコンと柔らかいノックの音が聞こえた。
「開いてるよ」
「では、失礼いたします…こ、これは!?「請求は王様にな?」…はい…」
支配人か、マキサックかと思ったが…まあ、アイツならノックなんぞせんか。
「どうしたよ?」
「ここに来る途中でユメノ様より言伝をお預かりして来ましたので、まずはそちらをお伝えします「先行くっす!!」…だそうです」
見事な声真似だな支配人、しかし我慢できなかったか。
まあ、待たせた俺が悪かったしな問題ない。
「分かった、で?本題は?」
「報奨の件で使者様がロビーでお持ちです」
本当に届けに来たのか?しかし飯もまだなんだがなぁ。
まあ、こっちの都合で来てもらったんだ、待たせるわけにもイカンか。
「すまんが、チビ達と黄助の飯をここまで運んで貰えるか?流石に連れて行く訳にはイカンだろ、ああ、黄助…このウィップティガーの事だが二日酔いなんで見合ったものを頼む。それと扉の開け閉めはきっちりな?暴走するのが一匹居るから」
「畏まりました」
綺麗なお辞儀と共に去って行く支配人。
「黄助、キツイかもしれんが、テンが起きたら暴走しないように捕縛は頼むな」
「…がぅ…」
ソルファと出かける時はアイリン辺りに留守番を頼みたい処だな。
「それじゃ、行ってくる」
そう言って俺は使者の待つロビーへと向かうのだった。
ロビーに着くと其処には…
「おお、待っていたぞ!」
「…仕事はどうしたオッサン」
相も変わらず兵士の格好をした王様が居た。
王様の横には護衛の兵士が1人と、支配人が使者だと言っていたであろうローブを着た奴が一人。
たぶん使者の護衛と入れ替わったんだろうな、このオッサンは。
取り敢えず俺が用の有るのはオッサンじゃない、隣の使者様だ。
飯も食いたいし、報奨なり何なりさっさと受け取って終わらせようか。
「まあ、突っ立っとらんで座ればどうだ?」
「護衛の兵士『役』が使者様を立たせて座ってんじゃねぇよ、後ろで立ってろ」
取り敢えずオッサンの正面に座る、もう一人の護衛の兵士にコレをどかせと合図する、が。
首を勢いよく横に振るだけで動こうとしない…使えないなぁ。
「いや、あのな?気づいとるだろ?余は「知ってる」…何故余はこんな扱いなんだ…」
何故ってそりゃぁ…
「俺の都合で来てもらった使者様を待たすわけにはイカンと思って来てみればオッサンが居た、そして俺はまだ飯を食ってねぇのに、何か長引きそうだから…面倒事は御免だぞ?」
一国の王に対しての扱いじゃないって?だって明らかに面倒事を持って来てるだろ、このオッサン。
そうでも無きゃルナならともかく、Cランクの俺に態々会う理由が無い。
出会いが出会いだったから、恐らく荒事だろうがねぇ…
「さて、取り敢えず報奨、その後飯、で買い物に出かける予定だ。その後なら聞いてやろうじゃないか」
オッサンの話に興味が無い訳じゃ無い、態々ここまで来た位だ、とんでもない事を言い出しそうだしな?
それ以上に先約の方が俺には重要だっただけの話なんだよねぇ。
「ふ、む…」
(あまり急いで話しても予知が見えなくなるだけか、コヤツは戦力として余の軍に欲しいのだがな…まあ良い、ファルナーク殿と連絡を取って置けば闘技都市に向かう時期を違える事は有るまい)
何を考えてんのか分からんが、顎に手をやったまま使者に席を譲るオッサンだった。
せめて声は掛けてやれ、戸惑ってんだろうが。
「えー、もう宜しいので?「よい。お!良い尻しておるな、あのメイド」分かりました、では報奨の受け渡しに入らせていただきます」
戸惑いがちにオッサンに声を掛ける使者だったが、メイドに声を掛けに行くオッサンに慌ててもう一人の護衛の兵士が付いて行く…使者はそんなオッサン見ても完全にスルーしていた。
「こちらが報奨金となります、Cランクパーティー『ツァイネン騎士隊』にはギルド経由で払って有りますので、こちらはパーティー所属では無い方々の分となります。お受け取りください」
そう言って渡してきた王家の紋入りの袋を覗くと…丸金貨12枚が入っていた。
一人頭1枚でも5枚もあまる…こんだけの金額をポンと出すって事は予知巫女はこの国の中核かねぇ?
なんだか金銭感覚がおかしくなりそうだ、もうギルドで仕事しなくても良いんじゃないか?
「王女様は勘定に入っていません、立場上報奨金を与える訳にはいかないのです」
という事は一人2枚か…どうしろと?
「他国の姫を『頑張りました』と褒めるのはそんなにまずい事かねぇ?…まあ、金を渡す事自体がまずいのかもしれんが。仲間内で小遣いやる位は良いんだろ?」
まあ、小遣いには、ちいと多い気もするがな。
「ええ、全く問題ありませんね…個人的に私がお小遣いを上げたい位ですよ、時間が有れば、同志を集い王女様の分をひり出したのですがね…ああ、私の同志達は皆紳士ですから安心してください」
……王家の関係者には必ず居るのか?こういうのって。
「…取り敢えず受け取った。もういいか?飯が食いたい」
「はい、もう結構です。王女様によろしくお伝えください」
断る、しかし思った以上に時間を喰ったな…まだ飯くえるかねぇ?
メイドを口説いているオッサンを一瞥して俺は席を立つのだった。
『朝食の営業時間は終了いたしました』
立食会場に行くとそんな看板が目に入った。
「………マジか」
飯抜きかよ、全部オッサンのせいだな。
「しゃーない、部屋に戻るか…」
昨日の晩飯が美味かったから期待してたんだがなぁ。
俺は空腹と戦いながら部屋へと戻るのだった。
「…ん?」
俺の部屋の前に食事を乗せる台車と掃除道具が3式並んでいた。
そして部屋には『清掃中』の看板が下げられているのだが…
中からは人の気配、というか姦しい女の声。
危険な感じはしないので、取り敢えず中に入って見る事にした。
「見て見て!!この白い子ハタキに付いて!可愛い!」
猫の習性だなそれは。
「こっちの子だって負けて無いわよ?小っちゃい足で駆け回るヤンチャさが堪らないわ!」
暇が有ったら走ってるなテンは。
「ぷにぷにー、あ、転がった。いやー仕事で荒んだ心が癒されるわー」
それは、つつきすぎて逃げられたんじゃないのか?
「ちょっと!あんた達うるさい!!!この子二日酔いだって支配人が言ってたんだから静かにしてよね!」
確かにな、だがお前の声が一番デカい、黄助の隣でそんな声を出すな。
顔、顰めてんじゃねぇか。
……何だろうな、この状況は。
いち早く扉が開いた事を察知したテンが、黄色い弾丸と化して俺の足元を走り抜けようとするのを真上から鷲掴む。
「ぴ!?」
「俺を抜こうなんぞ、20年早い」
手の中でぴぴー!?と暴れるテン、俺の登場で固まるメイド達、駆け寄ってくる白、ようやく来たかとでも言いたげに溜息を吐く黄助。
チビスライムは俺の周りをコロコロと転がっていた。
「「「「お帰りなさいませ」」」」
あっという間に立ち直り、全員そろって綺麗にお辞儀する辺りは流石だと言っておこうか。
「色々と遅いが、帰るときには掃除してけよ…騒がずにな?」
俺が出て行く前よりも部屋がひどくなってるのはどうかと思う。
恐らくはチビーズのせいだろうが、一緒になって遊んでたんなら仕方ねぇよな。
「「「「はい…」」」」
多少は反省してるのかね?まあ、別にしてなくても構わないんだが。
黄助には良い迷惑だったかもしれんが、チビーズ達の相手をしてくれただけでも有難いしな。
取り敢えずアイリンでも呼んでくるか。
「そこのメイドさん、手出して」
黄助の隣に居たメイドさんに声を掛ける。
「え!?わ、私ですか?少々お待ちを今手袋を取りますので」
何故に手袋?そう思ったが取る前に「そのままで良い」と声を掛け、手の平を出してもらう…何で緊張してんの?それに怯えてる?
「俺はこれから出かけにゃならん、コイツ等を見てくれる奴を連れて来るからそれまで頼むな。ほい」
メイドさんの手の平に鷲掴みしているテンを乗せる。
「ええ!?ど、どうすればいいのですか?」
突然ひよこを乗せられ戸惑うメイドさん。
「俺が出でくまで、しっかり掴んどけよ?ん?」
「み~…」
足元に俺を見上げる白…連れてくか。
白を抱き上げ、黄助になるべくアイリンを連れて来ると告げ部屋を出るのだった。
「確かここだったよな?アイリンとハチカファの部屋って」
「み?」
腕の中で首をコテンと傾げる白、この二人は力技で部屋に放り込んだ訳じゃないから、今一把握してないんだよなぁ。
「まあ、間違えたら謝りゃいいか」
そう思い、取り敢えず扉をノックする。
「はい~何者ですか~?」
あ、間違いないな、扉の向こうからハチカファの声と殺気を感じる。
護衛の仕事は本来俺が請け負った依頼なんだが、護衛らしいことは何一つしてない。
俺自身、言い訳できないほど護衛に向いてないんだろうねぇ…
「あー…俺だ、ちいとアイリンに用が有ってな、開けてくれないか?」
「俺さんですか~?出直してきやがれ~」
扉の覗き穴から確認してんだろうが、さっさと開けろ。
「アホウ、王女をアイリンと呼ぶ奴がこの国に俺ら以外に居るか。それに見えてんだろうが」
アイリンが駄目だったらどうすっかな、全員連れてくか?黄助がアレだからテンの暴走が心配では有るが。
「も~、冗談じゃないですか~どうぞ~」
そう言って扉を開けるハチカファ、俺も中に入る。
「わりぃな。ついでに報奨金も渡しちまおうか、ほれ」
俺はハチカファに丸金貨2枚を投げ渡す。
受け取ったハチカファはキツネ目をカッ!と見開き。
「丸いですね~」
瞳の色は髪と同じ青か…せめてコメントは表情に合わせてくれ。
ハチカファはまるで一万円札の透かしを見るように金貨を光にかざしている。
…何かわかんのか、それ?
「まあ、良いか。アイリンは?」
「ソファ~で~編み物してますよ~?」
なら、ちゃっちゃと聞いてこようかねぇ。
部屋の作りはほぼ一緒、の訳が無い、広い明らかに広い。
調度品何かが俺の部屋よりも女の子っぽいデザインに成っている。
それに壁の材質なんかも違うな、よくは分からんが触れると多少なり魔法陣が浮かび上がる…何か込められてるのかもしれんなぁ。
さて、アイリンは…居た、大きなソファーの真ん中にチョコンと腰掛け懸命に何かを編んでいる。
「よう、アイリン今「うひゃあ!?」…良いか」
一応驚かせないように正面から近づいたんだがな…
「あわ、あわわ…あ、あれ?イチナさん?えと、何でここに?」
驚きで編み物を取り落としオタオタと慌てるアイリンは中々に癒されるものがあった。
「…何かすまんな。脅かすつもりは無かったんだが、ここに来たのはちいとチビーズと黄助の面倒を見て貰いたくてな。これからソルファと出かけるもんでな、頼めるか?」
あ、時間決めてねぇな。
「デ、デートですか?勿論、ご協力します!」
この年頃の女の子ってのは色恋に興味があるのかねぇ?目をキラキラさせてるんだが?
しかしデートって言うには色気が無いなぁ、行く先は武器屋だし。
それにデートならアイリンの協力が有っても必ず邪魔が入るから、余り明言はしたくないんだよねぇ…
「…買い食い位はしたいねぇ、朝飯抜きで腹減りだしなぁ」
そう呟いた瞬間に腹が鳴った…俺って腹ペコキャラじゃ無かったんだがねぇ。
斬レンジャーなんて装備してるせいか?今は付けて無いんだがな。
「うふふ、お腹鳴っちゃいましたね?」
「くはっ!鳴っちゃったねぇ?…まあ、取りあえず俺の部屋に行くなり、連れて来るなりしてくれ。白はどうすっかなぁ」
腕の中でベストポジションを探しモチャモチャ動く白に視線を落とす。
「白ちゃん、イチナさんはこれからソルファさんとデートなの、私とお留守番してましょう?」
「み~…み」
腕の中でしょんぼりと頭を落とす白に罪悪感が沸きあがる。
白は顔を上げると俺の指を一舐めしてアイリンへと飛び移った。
デートって訳じゃないんだがなぁ…まあ、良いか。
「すまんな白…じゃあ、アイリン頼んだ。それとコレお駄賃だ受け取れ」
お駄賃という名の報奨金、丸金貨1枚をアイリンの頭に乗せる。
俺の取り分が少なくなるが仕方ないだろ。
「え?え?」
両手で白をキャッチしているアイリンに後で確認しろと言って。
そのまま、白とアイリンに別れを告げて部屋を立ち去る。
出口でハチカファが2枚の金貨を目に嵌めてお見送りしてくれたが、意味が分からない。
もしかしてツッコミ待ちか?あえて流すがな。
「ああ、そうだハチカファ、コレ他の奴等に配っといてくれ。あと渡してねぇのはルナとマキサック、パー子と腐敗勇者だ丸金貨2枚ずつな?ちょろまかすなよ?」
「はい~、了解しました~……スルーですか~?」
スルーだよ。
「さて、ソルファを呼びに行こうかねぇ」
俺は昨夜、力技で放り込んだソルファの部屋に向かい歩き出すのだった。