『らしい』一幕
俺達にジャファン王が用意した宿は王都パレサートの中でも一級の『ホテル』だった。
ちなみに代金は王様持ちである。
「……高級すぎて落ち着かねぇ」
部屋に通されて一番に目に入ったのがシャンデリア、調度品も何かおかしい。
…そう、現代の高級ホテルの劣化版なのだ此処は。
俺も現代人だろうって?カプセルホテルくらいしか泊まった事ねぇよ。
チビーズと黄助を部屋に放って黄助を抱えて来たソルファと共に呆然としているとホテルの支配人が声を掛けて来た。
「いかがでしょうか私共の『ガイアホテル』は、我々ガイア商会の長である、聖人の勇者様が異世界の宿を再現したそうで他国にも展開しております」
聖人の勇者スゲェな…聖人に関しては、個人的に気なる事もあるが置いとこう。
ザックリと部屋を見て回る…ベッドが一つシングルか、もしかして一人一部屋なのか?
俺の疑問に気づいたのか支配人が答えてくれた。
「ジャファン陛下からは護衛の面を考え王女様のみダブルとさせて頂いております」
「どうしましょう、イチナさん…眠れる自信が無いです」
「俺は白が爪とぎしないか心配だよ」
神託の間の石壁すら削り節にするんだ、ホテルの調度品なんぞ…もしかしてオリハルコンの爪とぎ板で丁度いいのか?久々に使うか『猫の揺り加護』
「ハハ、爪とぎ位で傷着くような物は置いて「み~♪」……なんと…」
シャリシャリと小気味良い音を響かせて、支配人の目の前で調度品の洋服箪笥を削り節に変えて行く白。
言った傍からコレかよ…
「ぴ!ぴぴ~ぴ!」
チビスライムに白めがけて投げてもらい突貫するテン。
避けられ箪笥に弾かれる、その怒りは白では無く何故か箪笥に向かった。
白が削った部分をつつく、つつく、つつく…白程明確にではないが、箪笥が多少嘴型に凹んで来ているのが分かった。
「……黄助、頼む」
「…がぅ」
ソファーの上で寛いでいた黄助おじいちゃんがのそりと動いた、これでチビーズは問題ないだろう。
「…請求は『まとめて』王様に頼むな」
またやるかもしれんと言外に伝える。
「ハ、ハハ…分かりました、お食事は夕食は運ばせて頂きますが、朝は立食となっております。ではごゆっくりと…」
笑顔が多少引き攣ってはいたが綺麗なお辞儀をして支配人は去って行った。
「武器屋の場所でも聞いときゃ良かったな」
「武器屋ですか?そのカタナでしたっけ、それ以外に何か必要なんですか?」
要らないですよね?と言わんばかりに首を傾げるソルファ。
「クロハに乗るとな、間合いが足りんのだコレじゃな。だから長柄物が欲しいんだがねぇ…」
俺は一匁時貞の柄を叩きながらそう呟く。
大太刀、野太刀、同田貫…は、流石に無いだろうなぁ。
薙刀のように刃が大きな物でも良いんだが、有って槍系統が精々か?
槍術はあまり得意じゃないんだがな、苦手という訳でも無いが『使える』程度だ。
剣術や居合抜刀、無手のように『修めて』はいない。
両刃の大剣とか今更使う気もせんしなぁ…ルナの大剣みたいにギミックが入ってると少々心惹かれるが。
いっそのこと投げナイフを大量に買うのも有りかもしれん。
腐敗勇者を前に出して俺は後方で投げ続ける。
腐敗勇者を鍛えるには有りかもしれんが…駄目だな俺が我慢できそうもない。
でも投げナイフは買っとこう、何時も借りたり貰ったりだしな。
「なら、僕と行きませんか?そろそろこのハルバードも新調しなくちゃいけませんし、どうでしょう?」
「ん?有難いが、場所知ってんのか、ソルファは」
一級とは言わんがそこそこの職人じゃねぇと付いてこれんぞ、武器が。
「謁見の間に向かう途中で、ファルナークさんからあの大剣を作った職人の店を紹介されて、場所を聞いたんです。そこに行ってみましょう」
ルナの武器はパレサートで作ってたのか、あの大剣の製作者なら期待出来そうだな。
「なら、行ってみようか…明日な」
チラリとソファーの上の白達チビーズを見ると寛いだ黄助の横で一塊になって寝ていた。
「でも…いえ、そうですね。では明日」
そう言って部屋を出て行くソルファ。
何か言いかけたが白達を見て止めたな…そこまで重要じゃ無いって事かね?
「まあ、いいか。こういう部屋って禁煙だよなぁ、灰皿ねぇし…刀の手入れでもするか」
そう思い刀を手に取るのだった。
加護ってすげぇ、一匁時貞も刻波もかなり酷使してるが、血油が付いてるだけで刃毀れ一つない。
手入れと言っても道具が無い、まず目釘抜、これは代用出来るし何とか俺でも作れたから問題無い…不格好の上、痛々しい出来ではあるが。
打粉、砥石は有るが粉末化したものが無い、それをくるむ吉野紙、綿、絹…綿と絹は有るがなぁ。
次、拭い紙、この世界で一般流通してるのは羊皮紙だ。
使えると思うか?此処なら良質の紙くらい置いてそうだがなぁ…
油、丁子油は無い…代用できるような化粧品も無い。
結果、鍛冶の加護の修復に任せ、傷つくのも止む無しと古い血油を拭うで終わる。
新しい油?そんなもんは斬れば付くんだよ、乱暴ではあるがな。
…愛刀達に錆が浮かない事を祈ろう。
「お食事を…わあ…ピィ!?」
何だ、わあって抜身の刀を見たにしては平和な反応だな…
あとピィって何だ、驚きの言葉か?順番が違うだろうに、テンかお前は。
それと、ノックくらいしろ。
食事を運んできたのはメイド服を着た他種族の女の子だった。
肩ほどの暗い紫の髪に黄色の目、褐色の肌に額からユニコーンのような長い角が生えていた。
そしてエルフの様な耳が2対…2対?全く何の種族か分からん。
身長は150cmほどで可愛いと言える顔立ちをしている。
「アワ、アワワワ…斬らないでくださぃぃ!?」
運んできたトレイを「よいしょ」と一度床に置いてからの反応だ、余裕があるとしか感じられない。
「……」
俺は淡々とバラシた刀を元に戻し鞘に納める。
その間チラチラこちらを窺うメイドさん、本当に斬られると思ったらこの間に逃げればいいのに。
「あの…終わりました?もう一回入ってくる処からやりましょうか?」
「いや、お前は俺に何を求めてんだよ…飯運びに来たんじゃないのか?」
何この子、凄い疲れる。
「じゃあ、行きますね!」
「おい、メイド、話を聞け」
床に『お食事』を放置したまま部屋を出で行くメイド。
取り敢えずだ、その匂いとさっきのメイドの声で起き出した白達と飯を食う事にする。
白達が飯を貪る中、俺もと思った矢先部屋のドアがバタンッ!と勢いよく開く…
そこには何故か新しい食事のトレイを持ったメイドさんが居た。
態々取りに行ってたのか?
「お食事を…あれ?」
キョロキョロと何かを探し俺の居るソファーで視線を止めこちらに向かい歩いてくる。
「駄目じゃないですか、待ち構えてくれて無いと…とんだ肩すかしです!」
「知らん、というかお前ここの従業員だよな?本気で何してんの?」
何でこんなにフレンドリーなんだよ?この一流ホテルには合わないと思うんだが…
「あ、可愛いですね~……投下!」
俺の話なんぞ欠片も聞いてないこのメイドは、新しく持って来たトレイの上のテリーヌっぽい料理を指でつまんで、チビスライムの真上から文字通り投下した。
「………!」
いち早く気付いたチビスライム、弾けるように広がり受け止め、体の中へと料理を収める。
「むむ!?やりますね、ですがこちらにはまだ沢山残っているのですよ!」
「………!?」
何でコイツはチビスライムと張り合っているのだろうか…取り敢えず。
「俺の飯を運んできてくれてありがとう」
メイドからトレイを奪い食事にありつく事にしよう。
最初に持って来たのは粗方食われて量的に足りなかったんだ、有難いねぇ。
「そんな!?これからだったのに!?」
「もう帰れよ、お前…」
その時、扉の方からコンコンと柔らかいノックの音が聞こえた。
「あ、私出ますね」
恐ろしく自然に扉に向かうメイド。
ん?何でそうなる、俺の客だろうが…ルナ辺りならややこしくなるぞ。
「はいはーい、ポレーナさんは此処ですよ」
ここは俺の部屋で、お前が居る事の方が不思議なんだがな。
勢いよく扉を開けるメイドのポレーナ。
「……そうですか、ここに居ましたか。勝手に担当を外れてまで配膳をするとは良い心がけです、もう一度研修を受けて貰いましょうか…」
そこに居たのは支配人、たいそうお怒りのようだ。
「ウワォ…ポレーナびっくり!!」
てへっと舌を出して誤魔化そうとしているメイド。
…良かったアイツがこの部屋の担当とかだったら、精神的に持たん。
支配人が指を鳴らすと体の大きな黒服が入って来てポレーナを小脇にかかえ出て行った。
「誠に申し訳ありません…アマサカ様にはご迷惑をお掛け致しました」
「ん?ああ、気にするな、家にも似たようなのは居るしな」
あくまで脱力兵器としてだが、それでも言った事は聞くから奴ほど酷くはないがなぁ。
「そう言って頂けると助かります、そう言えばアマサカ様達のパーティー名は何でしょうか?先ほどババミル大臣より問い合わせが有りまして、ギルドに問い合わせてみたのですがパーティーを組まれてないようでしたので、ギルド経由で報奨が渡せず困っておられでした」
あーギルドも行かなきゃイカンか…
しかし何でギルド経由?まあ、本人探すよりは確実か。
「パーティー名が決まっていればこちらで手続きして置きますが?」
「そんな事が出来るのか?」
というか出来ていいのか?
「はい、我々『ガイア商会』は最大級のサービスをお客様に提供するため様々なジャンルの職種と提携しております。その最たるものがギルドなのです、このスイートに泊まられるお客様は、無茶な事をお申し付けになる事が多いので、この程度問題ありませんよ」
「申し出は有難いが…まだ名前も決まって無いし、それこそ他の連中と相談しなけりゃイカンしな。報奨云々は直接渡しに来いとでも伝えとけ」
面倒臭いため、取りに行くと言う選択肢は無い。
それ以前に報奨に興味が無い。
「分かりました、そのようにお伝えして置きます」
では、失礼いたします、と綺麗なお辞儀で部屋を後にする支配人だった。
「あ、喫煙所聞いときゃ良かったな…仕方ねぇか」
取り敢えず、食後の運動を始めたチビーズを何とかしなきゃねぇ?
「み~♪」
「ぴぴぴーーーーー!!!
「………!…?…!!」
「こら白、部屋の中で飛ぶな…お前も落ち着けひよこ、チビスラも真似して足生やしても走れねぇからな?」
羽を生やし飛翔する白、取り敢えず走れ!と言わんばかりに駆け回るテン、それを見て触手でテンの足を再現して付いて行こうとするチビスライム、結局球体で転がる事に…
何かチビスライムはゴミとか集めていそうだな、ロボット掃除機みたいに。
「し~ろ~たん!遊びまっしょ!!」
「あ、バカ今扉開けんな!」
テンの目が妖しく光る。
開きかけの扉を弾丸のように走り抜け…
「ぴ!?」
「がぅ」
れなかった。
ドアノブが動いた瞬間に黄助は扉の近くに移動していたのだ。
捕獲したテンを見て、呆れたように首を振る黄助であった。
「よくやったな黄助」
そう言って黄助を誉めながら、さりげなく扉を閉める。
何か挟まって閉めにくいが気にしない。
「痛い!痛いわよ!?ちょっと!体半分入ってるんだから入れなさいよ!!」
「…そうか、体半分出て行けば済む話じゃないか?」
むう、思いのほか抵抗が激しいな、二分の力とはいえ緩めると入って来そうだ。
「…お主等何しとるんじゃ?」
「何と言われてもねぇ…おい、なんだその両手に有る酒のボトルは、飲む気か?」
お前恐ろしく酒に弱いよな?
「アリー…そこまでされたら帰りましょうよ」
その通りだが、何故グラスセットと氷を抱えているんだ?
「うわ~扉に~挟まる人って~初めて見ます~」
そうだな、挟まった人はいても、挟まり続ける人は中々居ないだろうな。
「えと、えと、ど、どうしたら良いの?治癒魔法でしょうか?」
そこまで動揺する事でもないし、治癒魔法も勿体無いから止めときなさい。
「うは、何これ?どういう状況?」
俺が聞きたいな。
「チナさんの新手の拷問っすか?」
マキサック…あとでオハナシしようか。
「……乙女を…傷物にしたら…責任問題…」
パー子の発言で俺は扉を全開にする。
つうか何でお前等俺の部屋に集まって来てんだよ…
「ちょっ!ぶびゃっ!?」
扉を開けるために全身全霊を込めて押していたアリーナンは扉が突如開かれたため顔面から床に突っ込んだ。
「何でお前等は俺の部屋に集まるんだよ…大人しく寝ようぜ?」
ワラワラと入ってくる奴等に対してそう声を掛けるも、お邪魔しますくらいしか返ってこない。
「ったく…ほら、アイリンも入れよチビーズの相手を頼むな?」
最後まで入るかどうか迷っていたアイリンにそう声を掛ける…一気に狭くなるな、仕方ねぇか。
騒がしくなりそうだが、寝る前なんだから程々にしてもらいたいもんだ…