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猫守紀行  作者: ミスター
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二つ名『負け落ち』 -魔族サイド-

ここはパレサート大陸から東にあるシーバンガ大陸。


シーバンガ大陸の端に位置する教会都市『カナターマ』に彼らは居た。


1人は緑の短髪に怒りを宿した黄色の瞳に『赤い肌』鍛えられた体は『黒い鎧』に包まれて機械義手を付けている。

もう1人は紫のロングヘヤーの細マッチョ、怜悧そうな同色の瞳。

『青い肌』に軽装タイプの『黒い鎧』を付け腰には短剣と杖を携えていた。


そう、現在この教会都市『カナターマ』は魔族の襲撃を受けているのだ。

多くの信徒に開かれた門も今は固く閉ざされていた。


教会都市とは敬謙な信徒達が作り上げた巨大な『要塞教会』だ。

その護衛として独自に騎士団や兵を持ち、多くの冒険者を雇っている。

神を祀り呼ぶ最大の教会…そして多くの『神具』が保管されている場所でもある。



「…クソがっ!!」

防衛に出て来た冒険者の首を、新調した黒い剣で斬り飛ばし転がった首を苛立ちと共に蹴り上げる…借金魔族ジューデ。


「荒れているな…まあ、分からんでもないが」

短剣とイメージ魔法で着実に屍を生み出す…転勤魔族ジャン。


大橋の一件で下がれと言われ、後方にジューデを引きずり待機したジャンだったが、暴れる一南を見て退却に切り替えさっさと転移魔法で引いたのだ。

しかし、報告の為に魔国に戻ると更なる降格が待っていた。


「俺達はもうすぐ中級魔族に手が届くとこまで来てたんだぞ!?それが失敗続きで今は一兵卒だ…これじゃ体の色どころか、借金も返せやしねえ!!これも全部『ヤツ』のせいだ!!」

魔軍は上から順に『魔王』『将』『上級魔族』『中級魔族』『下級魔族』と別れているのだ。


ジューデは機械の義手で突撃してきた騎馬兵を怒りに任せて馬ごと薙ぎ倒す。

他の魔族兵達とは少々力量が違っていた。


「……確かに今の状況は面白くない。だが、将の信頼を無くした俺達が出来るのは任務を忠実にこなす事だけだ。それに、あの『勘のいい冒険者』共さえ居なければ難しい事じゃない」

こちらも向かって来る町の兵士や冒険者に向かって10本の弱い風の刃を飛ばし牽制し、本命の10本で命を奪う。

ジャンのほうも魔族兵としては戦闘能力が頭一つ抜けている。

流石、隊長だっただけは有るようだ。


「それに、今回の任務はチャンター将軍が指揮を執っている負けは無い。それに、武功を上げれば将の目に留まるかもしれん…確率は低いがな」

(しかし、何故王都では無く教会都市なのだ?ここに眠る『神具』は魔族は使えないはずだ…しかし、それ以外にここを襲う目的が見えない…『神具』を戦力にさせないためか?)


「…ン!ジャン!今戦闘中だぞ!?考え事は後にしてくれ」

ジャンが顔を上げると考え事をしているのを好機と見た冒険者や兵士達が殺到していた。

それをジャンの元へは行かせまいと、義手で潰し、剣で切り、死体を盾にし矢を防ぐ、ジューデは優秀な前衛だろう。


「すまんな、次いでだ、そのまま耐えろ。俺は詠唱に入る」

「マジかよ!?」

ジューデに向かって容赦なく言い放ち、短剣を収め腰から杖を抜く。

詠唱に入ったジャンを見て更に攻勢を強める冒険者達。

その様子を見て近くの魔族兵も加勢しに来たため冒険者達は押し返される。


「……シャドウ・パイル!!」

詠唱が終わりジャンが魔法名を唱え杖を地面につける。

その瞬間、ジャンの視界に入る冒険者達の足元から黒い杭が打ち出され、次々と貫かれる。

魔法に気づいて杭を避けた者もジューデや魔族兵によって切り殺されていった。


「こんなものか…ジューデ、そろそろ突入だろう、前に行くぞ」

「相変わらずエグイ魔法だな…持ち場を離れて良いのかよ、ジャンが言ったんだぜ?忠実にってよ」

辺りには串刺しや斬殺などの様々な屍が転がっている。


「確かにそうだが…何故この教会都市を狙ったのかを知りたい。『神具』を使わせない為に確保するとしてもこの侵攻は規模が大きい。教会都市の攻略に魔軍の将が出ること自体異常だ、上級魔族の指揮官で事足りる」

(そう、過剰戦力なんだこの侵攻は…いや、必ず勝つための布陣か?確かにチャンター将軍が居れば邪魔が入ろうと任務を遂行できる。だが、そうまでして何故?それほどに魔王様にとって邪魔な神具が有るという事か?)


「いや、難しい事はジャンに任せるからよ。取り敢えず前に行けばいいんだな?」

「ん?ああ」

そう言ってジャンとジューデは門を破ろうとしている突撃部隊に紛れ込むのだった。




ジャン達が紛れ込んだ突撃部隊が、教会都市の門に『魔法球』を設置する。

中身は『ダーク・イロウシェン』大橋で使用され、一南達が阻止した魔法球であった。


「退避ーーー!!」

魔族兵の一人が叫ぶ。


「なに?…魔法球か!?下がるぞジューデ!」

「お、おう!」

ジャン達が効果範囲の外まで下がった瞬間、魔法が発動した。


黒い球体は門を飲み込み『要塞教会』の名に相応しい教会都市を囲む、15メートルは有る大きな防壁を侵蝕していった…みるみる黒く変色する門、しばらくして自重で崩れ落ちた。


「……なるほど、大橋のアレはこの為のテストだったか…失敗して更に結果も持って帰れなかった、降格も納得だな」

(しかしテスト無しの新術式をよく使う気になったな…チャンター将軍が居るからか?たとえ失敗してもカバー出来るから使ったと言うところか)


ジャンが一人で納得していると後方から怒声が飛んできた。


「何をしておる!!さっさと制圧せんか!!!」

怒声の主は異常な威圧感を放つ魔族の老人だった。


青い肌に禿げ上がった頭、まるで仙人のように長く伸ばした髭は色が抜けて白くなっている。

厳しい眼光に赤い瞳、眉間に皺を寄せ白く太い眉は吊り上がっている。

実戦で鍛え上げられた肉体は衰えを知らず、黒い騎士鎧に身を包み、魔王から信頼の証として頂いた身の丈ほどもある戦斧『ディスグロウ』を肩に乗せるように持っていた。


これが魔軍の将の重鎮チャンター・ガーゴスである。

その怒声を聞いて魔軍は制圧へと動き出す。


「あ~コレで終わりだな、どうするよ?ジャン」

「そうだな……ん?…行くぞ、ジューデ」

ジャンはチャンター将軍が1人で教会都市の本殿へと向かう姿を確認した。

「はあ?行くって何処に?あっ!ちょっと待てって!?」




恐らくチャンター将軍が通ったであろう本殿へと続く道には無数の教会騎士の屍があった。


「見ろよジャン…コイツなんかタワーシールドごと真っ二つだぜ?他の奴等も一撃だ…」

ジューデの目線の先には真っ二つにされたタワーシールドと重装備の騎士が血だまりに沈んでいた。


「おかしい、チャンター将軍が『お遊び』もせずに一直線に本殿へ向かって居る…」

(『お遊び』の最中なら話が聞けるかと思ったが…これは間違いなく重要任務、もし重要任務の邪魔にでもなれば、その場で殺されるやも知れん…引き時か…)


チャンター将軍の『お遊び』それは態と相手のレベルで戦い、時間を掛けて戦いを楽しむ将としての悪癖である。

しかし重要任務などでは『お遊び』も鳴りを潜めるため魔王からの信頼は厚い。


「……戻るぞ」

(きびす)を返すジャンにジューデが待ったを掛ける。

「いや、行こうぜ」


「何を言ってる、チャンター将軍が『お遊び』をしていない…お前も魔軍なら、この意味位分かるだろう?」

「だからじゃねーか、俺達は一兵卒だ、これからもな。ちょっと命賭ける位じゃないと二度と上がれやしないぜ?ジャンだってまた隊長に成りたいならそれ位しなきゃ到底無理だぜ?」

そう言ってドヤ顔のジューデ。


「……言ってる事は分かるが『今』じゃない。魔王様の不利益に成りそうな行動は更に信頼を無くすだけだ」

「でもよ、こっちは借金がよ…」

(チッ、まだ、ごねるか…)


「貴様ら、持ち場を離れて何をしとるか!!」

(何!?帰ってくるのが早すぎる!)

ジャンとジューデが怒声の方へと顔を向けると其処には戦斧を血で濡らし厳しい眼光で自分達を睨みつけるチャンター将軍がいた。


(ぐっ流石に将の威圧はキツイものが有るな…思えば『奴』の殺気も似た物が有ったな。しかし、どうする、率直に聞いてみるか?)


「…任務は終わったのですか、将軍」

「どんな任務だったんですか!?」

(ジューデ…死にたいのか?)


「問題無くな…ほう、貴様ら『負け落ち』の2人か?確か門前での迎撃が任務の筈だが何故ここにおるのか説明してもらおうか?」

腰の袋を叩きながら、更に威圧感を増すチャンター将軍。


(ぐうっ流石は将か…しかしチャンター将軍にまで『負け落ち』の名が伝わって居るとは、ここは素直に喋ったほうが良いな…殺されかねん)


「分かりました、ご説明します…」

自前のポーカーフェイスを発動させ、動揺を隠し話し始めるジャンだった。




「クックックッ…教会都市を襲う事に違和感を覚え、儂がおる事で『目的』が有る事に気づき『お遊び』が無い事で確信して引こうとしたか…中々に優秀ではないか『負け落ち』も」

上機嫌に長い髭を撫でつけながら、そう言うチャンター将軍。


「肝心の『目的』は見えませんでしたが、恐らく神具の中に魔王様に不都合な物が有るのではないでしょうか?」

(情報が無い状態での仮説はこれが限界だな…)


「そこまで分かっていれば充分だろうて…ふむ、儂はこれから一足先に魔国に帰る貴様も来い。そっちの義手の坊主も鍛えれば面白い事に成りそうだしの、儂の部隊で預かってやろう」

ジューデが礼を言っている間、ジャンは何故に魔国への帰還に付き合わされるのか考えていた。


(可能性としては口封じ…無いな…それこそ、2人とも此処でやってしまった方が、命令違反や敵に討たれたと理由を付けやすい筈だ。あとはチャンター将軍の任務に関してだが…チッ、考えても分からん、行く以外に選択肢も無いか)


「では行くぞ、付いてこい『負け落ち』共」

「ハイ!チャンター将軍!」

「…ハッ!了解です」

(『負け落ち』は止めろ、老骨が…)




ジューデをチャンター将軍の副官に預け魔国に戻って来たジャンがチャンター将軍に連れて来られた場所は、魔城『ヘルグランデ』勇者の最終目標である魔王の根城である。


「ほう、なるほど…それで、たかが一兵平卒を俺様の前に連れて来たと?まあ、いい。アレは取って来たんだろうな?」

(この方が魔王様か…聖なる魔力でしか倒す事が叶わない真の魔族。今代の勇者では此処に到達する事すら難しい…敵が居ないと言っても良い筈だが、これ以上何を望む?)


ピンクブロンドのロングヘアーに頭の左右から牛のような角が2本生えている、魔族の中でも魔王にしかない特徴だ。

瞳は真紅、整った顔立ちで黒い笑みを浮かべている。

玉座に座るにはラフすぎる格好で上には白衣を羽織っていた。

魔王でありながら研究者でも有るこの男には、ある意味正装なのかも知れない。


「もちろんです、こちらに…」

そう言ってチャンター将軍は腰に着けた袋から何かを取り出す、それは術式の描かれた石板だった。


「…フハハ!良くやったチャンター!!これだ!これさえあれば完成する!!」

石板を受け取り確認する魔王、魔王のテンションが上がると共に凄まじい魔力が噴き出した。

(ぐうっ!!こっちはまだ下級魔族なんだ加減してくれ!)


「魔王様、老骨にその魔力はきついですわい」

「おっと、すまんなチャンター…そうだな、そこの一兵卒。これが何か分かるか?考える時間はやろう。チャンターが目を掛けるのだ、掠る位はしてくれよ?」

ご機嫌に難問を出してくる魔王、チャンター将軍の視線もジャンを捉えている。

魔王はジャンに術式が見える様に石板を前に出す。


(このプレッシャーの中で答えろと?恐らく掠りもしなかったら、チャンター将軍の顔を潰したとされ殺されるな。俺は良い玩具か…此処が命の賭け時なのかもしれんな…)


「分かりました、少々近くで見ても宜しいでしょうか?」

「構わん、それで答えられるならな」

ジャンはその場に短剣を置き魔王様の持つ石板に近づいて行く。


(これは神が授ける『魔導原版』だな、術式が一つだけしか書かれていないのは珍しいか…普通は魔法協会に保管義務が有る筈なんだが。何故神具でも無いのに『教会都市』に有ったのか、それほど貴重な物…いや違うな、それだけならチャンター将軍を使ってまで手に入れる事は無いだろう。それに俺の仮説を将軍は肯定した…魔王様に有効な術式か?そして過去に使われたことが有る、だからこそ魔王様はこの術式を求めた?)


「どうだ?掠る事は出来そうか?」

ニヤニヤと笑いながら問いかけてくる魔王。


「もう少しお時間を頂けますか?答えを出しますので」

「ほぅ…良いだろう、答えてみせよ」

玉座に深く座り直し、答えを待つ魔王と目を細め髭を撫でつけるチャンター将軍のプレッシャーの中ジャンは更に思考を回す。


(もしこれが使われたのなら何時だ?50年前?いや違うな、あの時は確か勇者達とのお遊びが過ぎ、油断の上、倒されているはずだ…歴史書を思い出せ、創造魔法以外での特殊な術式魔法起因の物……そうか、先代様か!!確か『勇者以外』の奴に魔王の特性を奪われて亡くなって居るはずだ…使えたのは1人だったが、これが広まれば脅威でしかない、確か使えたのは賢者とか名乗る人間だったか…今まで使える奴が居なかったのが奇跡だな………この仮説が掠りもしていないとお手上げだな)


「では、お答えします…」

ジャンは一度大きく息を吐き、考え抜いた仮説を魔王に話し始める。

最初はニヤニヤと笑みを浮かべていた魔王もジャンが話すにつれ真剣になっていった。


「…以上が私の仮説となります、流石に魔法名までは分かりませんが…」


パチパチと手を叩く魔王。

「素晴らしい、俺様の質問に対し『魔導原版』では無く仮説を持って来るか」

(なんだと?その答えでよかったのか!?)


「そう答えて居ったら儂が斬っておったがな」

(くっこの老骨が…しかしこの魔法を使って何をするかは見えん、魔王様は『完成』すると言っていた…この術式の特性で何を作っている?)


「魔法名は分からなくて当然だ。この特殊術式は使った者にしか名を明かさん仕組みになっている。分かっているのは親父の力を根こそぎ奪い、術者が死ぬまで譲渡するという事だけだ…チャンター、コイツは俺様が預かる。何の情報も無しにあそこまでたどり着けるのは、中々に面白い。問題ないな?」

(何!?)


「どうぞ、持って行って下され。その方が連れて来た甲斐もあります」

この瞬間にジャンは魔王直属の部下になったのだった、大出世である。


「チャンター、俺様が今作っている物が出来次第、出るぞ。貴様は何に使うか答えを出してみろ…出陣までにな」

「…分かりました」

「それでは魔王様、儂はこれで失礼します…励めよ『負け落ち』」


チャンター将軍が謁見の間を出て行き、魔王様とジャンは研究室のある奥にある扉へと消えていくのだった。

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