ファンクラブ
更新が遅くなり申し訳ありませんでした。
ぺちぺちと頬を叩かれ起きる。
「む……うむ、眠い」
視線を下ろすと胸元に鞭白が居た…それで叩いてあの威力か、流石だな。
昨日は狭かった部屋が今日は広い。
サウスと黄助は早々に下に降りたみたいだ。
枕元にパー子が残した書置きがあった。
……テンを文鎮代わりにするんじゃねぇよ。
まだ筋肉痛が治ってないテンは今一動きに精彩が無い。
テンの下敷きになって、温かくなった書置きを引き抜き読んでみる…
達筆な字で「家に帰らせてもらいます」と書いてあった……コレはどうとればいいんだ?
パー子の家が何処なのかは、取り敢えず置いといて飯を食いに食堂に降りる。
食堂に降りるとサウスに張り付いたパー子が居た…サウスが家だとでも言いたいのか?
パー子はサウスに顔を埋めながら俺に向かいサムズアップして来る。
……取り敢えず飯食おうか。
飯を食ってると何だか周りが騒がしい事に気づいた。
何時もの常連連中では無く、顔を見たことの無い奴等が多い…何でだ?
「おい、アレが?」
「ああ、そうだ…やべっこっち向いた!」
何なんだ一体…俺はそこまで有名になった覚えは無いぞ?
「アレが…おい、拝んどけ!」
「ええ、そうね」
ええ!?拝まれ出したんですけど!?
机の上では昨日より動けるようになったテンがヨタヨタと白の上に乗ろうとしていた。
「まさか、アレが!!?おい、お前等盟主様の言ってたアレが見れるぞ!!」
おお~~!!と歓声が上がる…お前等まさか。
そっとテンを持ち上げ俺の頭に乗せ、白を左手で抱き上げる。
ああ~~……とがっくりと肩を落とす新規の客たち。
あぁ、もう間違いないな。
こいつ等アリーナンが昨日、泊まり込みで語らった白メイツ共だ。
しかも盟主ってアイツ何してんの?
俺は蟀谷を抑えながら、この量産型脱力兵器共をどうするか考えていた。
そんな時だった、奴が2階から降りてきたのは…
「ああ!!もう既に白たんがイチナの手中に!?遅かったのね…」
初っ端から頭の痛い発言を有難う…そして黙れ、アリーナン。
量産型脱力兵器共から「盟主様だ…」「盟主様が来られたぞ」などの盟主コールが俺の頭痛を加速させた…
「「「「盟主!盟主!盟主!」」」」
もう、テンションがおかしい、食堂でするんじゃねぇよ…迷惑でしかないだろうが。
よく見ると教会の職員までいる…お前アリーナンを悪魔呼ばわりしてなかったか?
盟主コールを受けフフンッと髪を掻き上げふんぞり返るアリーナン。
常連客は迷惑そうな顔をしているが、マスターは苦笑、ルニにいたっては楽しそうに盟主コールに参加している…
「どう?イチナ、これが『甘坂アニマルズ・ファンクラブ』の結束力よ!!」
良かったファンクラブで…白で宗教でも始めたのかと思ったよ。
盟主コールをしている奴等をザックリ見ると…どこかで見た顔が何人かいた。
主にスタンピードの時に白達の周りに集まっていた冒険者などだが。
「……で?そのファンクラブとやらは何をする所なんだ?」
聞きたくないが、一応聞いとこう後で面倒事に成ったら困る。
「何?イチナも入りたいの?でも駄目。イチナは守護神ポジションだから入信は出来ないの」
何だ守護神ポジションって…それに入信て、完全に宗教じゃねぇか!?
自分の知らない所で宗教の守護神か…もう、色々面倒だな。
「でもそうね…内容位教えてあげるわ!感謝しなさい!!」
「……さっさと喋れ、吊るすぞ」
右手の関節を鳴らしながら笑顔で感謝する。
コッチは予想外に気力を奪われて、色々面倒臭くなってんださっさと話せ。
「フフンッ!そんな脅しに屈するとでも…あ、はい、ごめんなさい」
そっと頭に添えられた右手に本気を悟ったのか、すぐに謝るアリーナンであった。
…そんなに嫌だったのかアイアンクローで吊るされるの。
「しない?吊るさないわよね?……よし、説明するわ。『甘坂アニマルズ・ファンクラブ』は白たんを筆頭にサウス、黄助後テンのファンで構成されてるわ」
…サウスも黄助も濃いファンが居そうだしなぁ。
「基本は遠くから見守り手は出さない!イチナが居る時に手を出したらどうなるか…みっちり教えてあるわ!!」
それで顔を向けただけであの反応か…
何を教えているのか気になるな…実体験か?
「白たんだけで良いと思ったんだけどマルニが仲間外れは駄目って言うから仕方なくね?あとネーミングはパー子からよ、意味は分からないけどこれ以上ない物だと思うの!!」
ああ、もういいから、そんなに興奮すんな。
「害は無いんだな?」
そこが一番知りたいんだが。
「ある訳無いじゃない!!行き過ぎた行動をとったらイチナがお仕置した後に私たちがリンチして二度と白たんの前には出れないようにするわ!!!」
俺がお仕置する事が前提かよ…
店の中に居る…もう信者で良いか、信者を見るとウンウンと頷いていた。
コレは神共に相手させておいた方が幾分かマシだったかも知れんなぁ…教会には迷惑だろうが。
俺が溜息を吐いているとルナとソルファがやってきた…ん?朝から一緒だったのか?
「コレは何の騒ぎじゃ?」
「あ、イチナさんお早うございます」
「ああ、お早うソルファ。ルナもな…二人で出かけてたのか?」
「うむ、朝一でソルファが家に押しかけてきてな「強くなりたいから特訓して欲しい」とせがまれてのちょっと扱いて来た処じゃ」
ふむ…魔族に捕まった事が原因か?
ソルファに目を向けるとしっかりとこちらを見据え。
その目からは強い意志が感じられる、が…
意志の強い瞳はしょぼしょぼと下を向き徐々に顔に朱が差してくる…ど、どうした?
(言えない…イチナさんに付いて行くために強くなりたい!なんて恥ずかしくて言えない!)
「クフフッ…青春じゃのう」
「何か分かるのか?ルナ」
思わず尋ねた俺は悪くないと思う。
「我が言うのは容易いがそれでは無粋であろう?…まあ、本気になり始めたといった処かの?」
本気…本気ねぇ?ソルファは適当に生きてるようにも見えないがな…
「クフッ分からんのならそれでいい…それよりこの騒ぎは何なんじゃ?」
俺はルナとソルファに『甘坂アニマルズ・ファンクラブ』の事を話した。
「相変わらず残念な娘じゃの…どうじゃソルファよ、あの残念娘がお主より先に結婚できると思うかの?」
いや、無理だろ。
「う…だ、大丈夫ですよ、アリーはやれば出来る子ですから!」
それは、出来ない子を励ます時の常套句だな。
「そ、そんな事よりイチナさんは今日はどうするんですか?今日はアリーと買い物の約束をしてるんで付いていけませんが…」
「そうさなぁ、ライターオイルでも田中にせびりに行くか…うん、教会に行く」
俺は煙草が吸いてぇ。
「教会でタナカさん?職員の方ですか?」
いいえ、次元の神です。
「確かパレサートの勇者にタナカというのがおったの…奴か?」
「ちげぇよ、何で勇者なんだよ…次元の神だ、本名はあ~…確かタヌゥークァだったかねぇ?」
言いにくいんだよ田中で充分だろ、あのエセホストは。
それを聞いて微妙な顔をする2人だった…
どうやらルナも用事があるようで俺一人で行くことになりそうだ。
サウスはルニの椅子と化し、黄助は不動を貫いている…黄助は言えば付いてくると思うが。
まあ、教会行ってライターオイルをパシらせるだけの簡単なお仕事だ問題ないな。
「ちょっと!!どこ行くのよ!?白たんは置いていきなさい!!」
お断りだ。
「サウス、黄助、留守番頼むな…マスターが居れば問題ないかもしれんが」
「がぅ」「ガウッ!」
2匹の返事を聞いてから俺は宿を出るのだった…
出る時にアリーナンが信者達と一緒になって落胆の声を上げていたが気にしない方向で。
「ハァ、ハァ…ゲホッ…き、教会へようこそ!!」
……教会の職員だから居るのは良い、全く問題ないが。
お前さっきまでアリーナンと一緒に落胆の声を上げてたよな?
態々全力疾走してまで来る必要が有ったのか?
「スーハー…さて、神託の間ですね?開けましょう。予定が詰まっていても開けましょう」
深呼吸をしてバカな事をのたまう職員…いや、有難いが、そこまでしなくてもいいんだが…
「アホウが、俺は迷惑を掛けに来たんじゃないんだよ…まあ、いいか」
もうすぐ町を出なきゃならんし、今度は何時次元の神をパシリに使えるか分からんのだしな。
神託の間へ向かう途中気になった事を聞いてみた。
「処で神託の間で特定の神を呼ぶにはどうすればいいんだ?」
俺が使った時にはまともに呼び出した記憶が無い。
最初は神共を薙ぎ倒したガトゥーネが。
次からはアリーナン鎮圧ついでに同じ神に呼び出して貰ってたからな…
「ああ、簡単ですよ、その神への信仰を胸に姿を思い描くだけでいいんです」
そう言いながらも振り返った職員の顔は白に向けられている…おい、聞いたのは俺だぞ?
しかし信仰か…無いな。
ガトゥーネなら分かるが、あのエセホストを信仰する意味が分からん。
神自体の存在は居なきゃ困るから元の世界から信じてはいたが。
実際目にするとあの軽さがなぁ…まあ、重宝してはいるんだがねぇ?
そんな事を考えているとどうやら神託の間に着いたようだ…上手く呼び出せるかね?
職員に案内の礼を言って神託の間に入る。
中に入って白を降ろし、テンも頭から床に下ろす…流石に走りはしないか…
何処を目指しているのかヨタヨタと歩く姿は、酔っぱらいのサラリーマンのようだ。
白はその後ろを付いていき、偶に小突いていた…イジメは良くないぞ?
まあ、白の場合遊び相手が欲しいだけかもしれんが。
「さて、取り敢えずやってみるか」
俺は想像する、田中の姿を…うむ、現代版でいってみよう。
学校で俺にパンを買いに行かされる田中。
会社で俺にお茶を汲みに行かされる田中。
休日に俺に呼び出され煙草を買いに行かされる田中。
ありとあらゆるシュチュエーションで田中をパシリに使う俺。
「……やはり来ないな、やっぱ信仰が必要なのか?……全く無茶を言う」
仕方ない…今度はこちらの世界でパシッてみよう。
そう決めて目を瞑ろうとすると…来たか。
部屋の中央に『穴』が開き田中が出て来た。
「スンマセン!もう勘弁してください!!神託の間の管理してる見識の神に思いっきり笑われたんで…」
割とどうでもいいな。
「遅い、呼んだら2秒で来い。早速本題だ、田中、ライターオイル買って来い」
俺は煙草が吸いたいんだよ。
「ええ~、何その理不尽。今時、神でも中々居ないよそんなの…で?報酬は?」
文句を言いながらも白を見てだらしなく頬を緩める田中だった。
報酬か…
「白と猫じゃらしで遊ぶ権利をやろう…コレの価値はお前が決めろ」
俺は猫じゃらしを『猫の揺り加護』で創り、田中の前で振る。
「へへっ…あんたにゃ勝てねえぜ……行ってきます!!!」
すぐさま出て来た穴に飛び込んで行った田中。
キャラが盛大に崩れているが…まあ、そう言うキャラなんだろうと無理やり納得する事にした。
最初はちゃらいエセホストだったのに…今はキャラ崩れのエセホストだ。
「ただ今戻りました!!」
行った2秒後にはただいまか…仕事が早くて結構。
「これがライターオイルです!!」
そう言って右手を伸ばし横に振る…
地面すれすれに『穴』が出来て消えた時にはズラァっとオイル缶が並んでいた。
いくつ買って来たのか数えるのも億劫だ…まあ、これでオイル切れの心配は無くなったな。
田中は報酬を待ってキラキラと目を輝かせている…
「ああ、うん…報酬な。ほれ、時間まで遊んで来い」
うひょー!と猫じゃらしを受け取った田中は一目散に白の元へ。
俺には神をパシリに使うなんて事は出来ない、ギブアンドテイクだ。
俺は次元袋にライターオイルを仕舞い、1つ取り出してオイルライターにオイルを補充する。
小気味いい音で蓋をあけ火を着ける…ああ、コレで煙草が吸える。
さっさと出たいが田中に時間までと言ってしまったしなぁ…
その時俺の頭上に穴が開いた。
「吸ってもいいぜ?煙だけ吸うように穴を作ったから」
何て男前…その手に猫じゃらしを握りじゃれる白にだらしなく緩んだ顔を除けばだがな。
「すまん、ありがとな。田中」
俺は煙草に火を着ける、肺一杯に吸い込んで紫煙を吐き出す。
紫煙は『穴』に吸い込まれていった…この穴欲しい、換気扇要らねぇじゃん。
しばらくの間ゆっくりと煙草を堪能する。
煙草が16本目に差し掛かった処で外から扉をノックされた。
「『白守』様、そろそろお時間です」
中に居ても結構聞こえるもんだな。
扉の外に向かって「あいよ」と答えて田中の元へ…
途中歩き疲れて座っていたテンを拾って頭に乗せる。
「時間だ、田中」
「え、もう?…仕方ないそう言う約束だからね…また来てね、白たん…」
なんかドラマに有りそうなやり取りだな…面会的な奴な?
白は訳が分からず首をコテンと捻っていた。
「グハッ!?…凄いダメージだ流石生白たん…危うく神落しをされる処だったぜ…」
その程度で死ぬのかお前は?
「もう、さっさと帰れよ…猫じゃらしは返さなくてもいいから」
「え?マジで!?ヒャホーイ!!コレで自慢できるぜ!!それじゃ白たんアデュー!」
そう言って穴を作り入って行く田中。
俺は頭上の煙穴が消える前に最後の一吸いをして煙草を握り潰し次元袋に吸い殻を入れた。
「…さて行くか」
白を抱きかかえ、神託の間を後にするのだった。
宿の食堂に戻って来るとカートスの指導でルニがパー子の頭巾を編んでいた。
パー子はパー子でまた何か編んでるし…何編んでるんだ?
「……冬用…さうすまふらー…三本立て…」
今度のは普通の毛糸のようだ…しかし冬用?今のは?
「今のマフラーは冬用じゃないのか?まあ、季節感ゼロではあるが」
こちらに四季が有るかは分からんが今はどちらかというと春に近い気候だ。
まあ、冬用と言うくらいだし四季は有るのかもしれんな。
「僕様が説明するよ!『風読みの糸』はわずかだけど風を集める習性があるんだ、そして風魔法に補正も掛かる優れものなんだ!でもこれ単品の服飾品は冬には向かない。むしろ寒さが増すだろうね」
夏涼しく、冬寒いか…もう欠陥品じゃねぇかそれ?
カルトイヤの狂人発言が何となくわかった気がするな。
「…まあ、頑張れよ?」
「……あい…さー…よーそろー…」
お前は何処の船乗りだ…
その後は特に目立ったことも無く煙草を吸ってご機嫌に就寝しただけだ。
……ああ、もうすぐ腐敗勇者が来ちまうなぁ…どうしようか?
勇者合流まで後『3日』