負けで始まる日
「…何か久しぶりに自分で起きたな」
まだ空は暗い、白とテンはまだ寝ている、ふむ…ちいと体を動かして来ようかねぇ。
俺は一匁時貞と刻波を持ち、次元袋を腰に下げ、そっとベッドから降りる…が「…み?」起こしてしまったようだ。
耳をぴくぴくとさせ、モニョモニョと動きながら俺の方へ向かって来る白…無理せず寝てろよ。
「ぴ…ぴー…」
テンまで起きて来た…ん?何か動きがぎこちないな、どうした?
少し心配になって触って氣でも流してみようか、と手を伸ばすとテンは後ずさる…
その動きもどこか機械的だ…もしかして、筋肉痛か?どんだけ扱かれたんだよ。
というかモンスターって筋肉痛になるのか?
テンに構っている間に半分眠った白がベッドから落ちそうになっていた…全く…
手を伸ばして白を捕まえ、腕の中に納める。
しばらくモチャモチャしていたがそのまま寝てしまったようだ。
「…テンはそのまま休んでろ、俺はちょっと体を動かしてくるからな」
「ぴ」と短く返事をして目を瞑るテンだった。
白を抱きかかえたまま、宿の裏庭まで来た…女将さんが起きていたので一応許可は取ってある。
次元袋から白が前使っていた毛布を取り出しその上に白を寝かせる。
「さて、まずは形からいくか…」
そう呟いて、一匁時貞を抜く。
まあ、この世界で型なんぞ意味は無いかもしれんが…やって置いて損は無いだろう。
技芸の上達について『守破離』という言葉がある。
『守』は…まあ、形を守ることだな。
『破』は『守』で身に付いた形を破り、自分なりの応用を加える事。
『離』は形に囚われない自由な境地に達する…技芸を自分の物にする事、俺はそう解釈している。
基礎と形をキッチリやってはじめて、高度な応用や自分の剣を使う事が可能になるという事だな…まあ、技芸の事だから剣だけじゃないんだがねぇ?
この世界で必要なのは『破』と『離』だ、形通りの剣術や拳法なんぞ人間相手にしか通用せんしなぁ…
まあ、神薙流は元々人相手の剣じゃないから何とも言えんが。
モンスター相手に定石通りに事が進む訳でも無いしな?
ゆったりと確認するかのように型をなぞって行く…
全ての型を終えた所で、今度は剣速を最大にして仮想敵…爺さんを相手に剣を振る。
先ずはお互い間合いを詰める、流石に戦の加護は反応しないか…まあ、当然か。
俺よりも早く、仮想敵の袈裟切りが放たれる、一匁時貞で受け流しそのまま首を狙う。
が、遅い…思った以上に体が重い、重量の加護ってのは結構きついもんだな。
俺の刀が到達する前に仮想敵に返しの刀で左腕を斬り飛ばされ、胴の半ばまで刃が入る…
やべぇな剣速が、がた落ちだ。
仮想敵がにやりと笑った…分かってるんだ、コレは俺のイメージした仮想敵だって事は。
今度は俺を指さし笑い始める……OK、斬り散らす。
何度も刀を振るう、打ち合いだ…余裕で捌かれるのがむかつくねぇ。
だが、徐々に剣速が上がって来たんだよ俺…慣れってのは恐ろしいもんだ。
何度斬られようが、刀を振り続ける…爺さんの剣と剣速を思い出し仮想敵を強敵に仕立てる。
爺さんとして来た、何百回もの斬り合い…結局勝てなかったのが悔しいが。
この世界に爺さんは居ない、だからこそ『理想』足りえる。
元の世界では越えるべき壁だったのが、今では追い付けない『理想』の師だ。
理想は追い付けない物だと俺は認識している、自分で造り常に自分の上にある物それが理想だ…『夢』と似ているが夢は死ぬ気で追えば届くからな。
きっとこの仮想敵を倒したときは、自分に妥協した時だけだろう。
気づいたら空が明るくなっていた…夢中になり過ぎたな。
仮想爺さんに何度も斬り飛ばされた体を見ながら思う…流石に重量の加護を付けたままは無茶だったと。
「これって盛大な一人遊びじゃないか?」
まあ、遊びにしてはちと物騒ではあるが…誰も居なくて良かった。
コレに負けても問題ないよな?だって『仮想』であって『現実』じゃないもん。
「いや、それは無いでしょう」
その声を聴いて汗だくになったシャツを脱ぐのを止める。
「……いつから居た、ソルファ…あと何でその格好なんだ?いつもと違って新鮮ではあるが」
ソルファが白の横で体育座りをして膝を抱えていた…座ってるって事は結構前に来たんだな?
ふむ、何時ものフルプレートじゃないな…
上はキルト地の服に軽装の皮の胸当て。
下はピッタリとした茶色いレザーパンツに鉄製のレガースだ。
軽装ではあるが一端の冒険者の格好である、何で朝からそんな恰好なのかね?
「えーと…何時もの鎧は修理に出してて、何か付けてないと落ち着かないんです。あと、イチナさんが形をやってるのが窓から見えたんで来たんです」
「形って、お前…どんだけ前に来てたんだよ、声掛けようぜ?」
最低でも2時間前だぞ?
「いや、真剣でしたし。声なんか掛けられませんよ…それよりどんな仮想敵ですか?何と言うか…僕には負けっぱなしに見えたんですけど」
よく見てるなぁ…まあ、最初から見てればソルファくらいには分かるのか?
「家の爺さんだよ、ガキの頃から何百回と斬り合ったが一度も勝ててない相手だ」
爺さんがこの世界に来たら、多分魔王なんぞ聖なる武器が無くともぶった斬るに違いない。
「……俺もまだ鍛錬が足りんなぁ」
「イチナさんは何処に向かってるんですか…それに、普通は自分と同じレベルの使い手を仮想敵にするのでは?勝てないと分かっている相手に挑んでどうするんですか…というかイチナさんが勝てないってどんなお爺さんなんですか…」
雷をぶった切るパワフルジジイだ。
「ソルファよ、俺は神に挑むんだぞ?強敵を仮想敵にしても問題ないだろうに。それにな、相手が自分より強ければ油断もしないし、倒すための工夫も生まれる。勝てないからこそ勝つための工夫をしなきゃならん。それに同じレベルの仮想敵は俺が楽しくない」
現実だと実に楽しいのだが、仮想敵だとそれこそ遊びになってしまう。
この世界でまだ同じレベルの敵に会ってないのも有るしな。
ルナは除外だ、俺にはもう斬れん…たとえ仮想敵でもな。
『武神』のカートス辺りはいい勝負できそうなんだが…やる気が起きないんだよなぁ。
「何ですかその理由は…」とあきれ返るソルファだった。
「み!…み~?」シャキーン!と急に立ち上がる白…完全に起きたみたいだな。
白は何で外に居るのか分からない様子だ…キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回している。
「ん、起きたか白、おはような?あと遅くなったがソルファもおはよう」
「み!」元気な返事だな、良い事だ…テンは大丈夫かねぇ?筋肉痛。
「あ、はい、おはようございます…本当に今更ですね」
フフッと笑みを浮かべ挨拶を返してくれた。
「で、だ。俺はそろそろ水浴びしたいんだが…見てくか?」
え?と顔が徐々に赤くなっていく。
「あ、食堂に行くなら白を連れて行ってくれコイツ水嫌いなんだ。よろしくな」
「うう、分かりました…ほら白行きましょう?」
顔を真っ赤にして白に声を掛けるソルファだった。
白は俺とソルファの顔をキョロキョロ見ては悩んでいるようだ。
「俺も浴び終えたら、テンを連れてすぐに行くから先に行ってろ、な?」
「…み!」
白はソルファの腕の中に飛び込んで宿の中へと入って行った。
「さて、さっさと水浴びしてテンを迎えに行きますか」
汗だくになったシャツを脱いで絞り、冷たい水を頭から被るのだった。
……着替え忘れて来た。
「お~、さみぃ…テン起きてっか?」
そのままシャツは洗濯して干してきた、今は上半身裸である。
俺のサービスショットで喜ぶのはカルトイヤと腐敗勇者くらいだろうな…嫌な組み合わせだ。
「着替えも袋の中に入れときゃ良かった…」
据え置きのクローゼットに上下2着ずつの服が下がっていた。
2着とも、シンプルな白い長そでのシャツと頑丈さを重視したごつめの黒いパンツだ。
スタンピードの前にルナとのデートが有ったため、その時寄った服屋で買ったいたのだ。
店員に持ってきて貰った物をそのまま買ったんだ、詳しい事はその店員に聞いてくれ。
…そんな描写なかったって?男の買い物なんて面白くないだろうよ。
サクッと着替えテンを見る。
「ぴぴー…」
「起きてたか、飯だが行くか?」
「ぴ!…ぴぴー…」どっちだよ。
まあ、いいかとテンのそばに手を置いて自分で乗るように促す。
テンはまるで老人のように一歩一歩よたよたフラフラと何とか手の平に到着。
手の平に乗った時に緩く氣を流して健康診断。
うん、筋肉痛です。
一仕事終えたぜみたいな空気を醸し出すひよこに苦笑しながら食堂に向かうのだった。
「コレは…意外と難しいですね姫様」
おい、護衛何してんだ。
「そうなのよ、奥が深いの!でも上手よマーミナ」
アイリン…すっかりハマったなお前。
「あ、ほんとだ!マーちゃん上手い!」
マーちゃんて…まあ、ルニだからなぁ…
「……みす…まみっく…はんどぱわー…きてました…」
……何も言うまい。
「…あの、ま、マーミナさん僕様とお食事でもどうでしょうか?」
おい偉丈夫まずは、レース編みを止めてから言え。
それとお食事は朝飯の事か?もうチョイ明確にな、じゃないともれなくお子様ーズが付いてくるぞ。
……取り敢えず席に着こう、白とソルファが待ってるしな。
武神の編み物教室に生徒が増えてるとかカートスの挙動が可笑しいとかはほっといて飯にしよう。
マスターに飯を頼んでソルファの横に座る。
「み~?」
「!ぴぴ!?ぴぴぴー!?」
白がテンを突いている…おい、止めたげなさい
「ぴ、ぴぴー!!」
勢いよく羽を広げ白を威嚇するテン…平時なら問題なかったんだろうがなぁ…
羽を広げたまま固まりしばらくして、ゆっくりとぎこちなく羽を畳み動かなくなるのだった。
「あ、あのテンはどうしたんですか?何か動かなくなっちゃいましたけど…」
ソルファは心配そうな声でそう聞いて来た。
「ああ…マキサックとの特訓での筋肉痛だ…無茶しやがって」
「き、筋肉痛ですか…テンって『ストレンジャー』ですよね?」
……言うなよ、気にしないようにしてたんだから。
飯を終えてグダグダと話していると食堂にルナが入って来た。
俺に気づいて、ズカズカと凄い勢いでこちらに向かって来る…どうしたよ?
「イチナ!何なんじゃあ奴は!!あ、あんな…ええい!目が腐るかと思ったぞ!!」
……読んだのか?薄い本を。
「渡されても読むなって言っただろうがよ…」
「む?あの薄っぺらい本の事か?イチナに言われておったから断ったぞ?」
読んでない?なら何でだ?
というかやっぱり渡されたんだな…
「あの、誰の話でしょうか?ファルナークさんはお城に交渉に行ってたんですよね?」
ん?ソルファも聞いてたと思うんだがな…勇者と繋げられないのか?
「交渉自体は問題ないんじゃがの…」
ああ、問題は勇者様だからな。
「まあ、お楽しみってとこだな…で、ルナ。王様からどの位毟り取れたんだ?」
結局答えて貰えなかったソルファは首を傾げていた。
「毟り取ったとは人聞きが悪いの…テイムされた『バトルホース』と拡張と収縮の神の加護が付いた王族の旅馬車1台と中に入れる家具一式に結界魔具くらいじゃよ」
内容を聞いてソルファが言葉を失った…何だよ王族の旅馬車って、結界魔具って…
「ルナ…ちとやり過ぎじゃないか?」
「何を言うか、長旅に成るんじゃ快適な方が良かろうて。我としてはもうちょっと行けたと思うんじゃよ、ザル坊も根性が足りんのぅ…」
根性云々じゃないだろうよ…まあ、いいか。
「ぼ、僕もバトルホースに乗れるんですか?うわぁ!うわぁ!イチナさん!凄いですよ!?」
ど、どうしたソルファ、行き成りテンションが振り切れたな。
「む?ソルファは戦騎兵に憧れた口か?バトルホースは戦騎兵の代名詞じゃからのう…」
へぇ、そうなのか…というか騎兵とどう違うんだ?乗ってる馬か?
「はい!僕の父がアリーの領地で騎兵をしていたんですけど、領地にバトルホースは居なくて…でも父から何時もバトルホースに乗る戦騎兵の話は聞いてたんです。だからいつかは乗ってみたくて。気づいたら冒険者でしたけど、まさか乗れるなんて…有難う御座います!」
そう言って頭を下げるソルファだった。
「これこれ、まだ気が早いぞ?礼は乗った時改めて受けよう、の?」
「はい!」
うむ、いい話なんだが、バトルホースが何体来るか分からんのじゃないか?
まあ、たとえ1体でもソルファが乗るのは決定だがな。
「さて…ルナどっかに思いっ切り体を動かせる所ってのはないか?ちと鍛錬しようかと思ってるんだが」
こら、白、テンを突くな今日はそっとしといてやりなさい。
俺は白をテンから放すべく抱き上げる。
「イチナが思い切りか…町の外に出るしか無いんじゃないかの?」
……ただの鍛錬ですよ?俺を一体何だと思ってるんだ。
「……ルナよ、何でそう思ったんだ?」
「ソルファから聞いたぞ?一振りでローパー20体ほど斬り伏せたんじゃろ?流石に街中でソレはいかんと思うてな」
『アンドレイ』を預けて来たから、俺の魔力じゃ出来ねぇよ…くそ、悲しくなるな…
「…ハァ。まあ、そうだなモンスター相手に加護に慣れるのも有りか…」
加護に慣れるには重量の加護を切らなきゃイカンな…鍛錬に成らんかもしれんなぁ。
「ルナ先生ちょっと付き合ってくれるか?ついでに素材部位を教えてくれると助かるんだが」
「むぅ…行きたい、行きたいんじゃが、今日は家で家人たちと過ごすと約束してしもうたんじゃ…すまんのぅ…」
ルナは本当に申し訳なさそうな顔をして謝って来た。
「いや、俺も行き成りだったからな…あぁ、もう、そんな顔すんじゃねぇよ」
「あの、僕でよろしければご一緒しましょうか?」
へ?良いのか?アリーナンはどうするんだ?
「アリーは…朝から「新たな白メイツを探してくるわ!!」と……ギルドに」
……そうか、どうりで姿が見えないはずだ。
「では、ソルファよイチナをたのんだぞ!」
「はい!分かりました!」
いつの間にか話が纏まってんなぁ…
「まあ、よろしく。サウスと黄助にも声を掛けて行こうか」
はい、と返事を聞いて、武神の編み物教室に向かうのだった…
「という訳で町の外に出るが黄助とサウスはどうする?」
「ガウッ!「がぅ…」…キューン…」
分からんなぁ…こんな時の通訳さん!
「アイリン、出番だ」
「え?あ、はい。サウスさんは行きたいそうですが、黄助おじいちゃんが2人で行かせてやれって言って窘めてます。…デートですか?」
ちげぇよ、アイリンも目をキラキラさせるな。
「アホウか、お前等はモンスター狩りをデートと呼ぶのか?」
黄助も変な気を回すな。
「……大人の…びたーまいるど…的な?…」
意味が分からん。
「イッチーはまいるどで、びたあ!」
ルニも意味も分からず使うな、後ビターだ。
パー子化が著しく進んでいるな…感染するのか?
「デ、デート…イ、イチナさん!僕、着替えてきます!!」
おいバカ、これからモンスター狩りだって言ってんだろうが。
俺は部屋に戻ろうとするソルファの手を掴んで止める。
「マ、マーミナさん僕様とこれから狩りに行きませんか!」
どさくさに紛れて何言ってんだ、カートス。狩りはデートじゃねぇ。
「却下だ、姫様が旅に出られるまで、姫様の護衛は私だからな」
バッサリだな流石は般若だ、いい仕事するぜ。
グダグダになって来た処で黄助が机の上に乗り鞭で白とテンを掻っ攫う…
捕まった白はモチャモチャと暴れていたが結局、黄助に逆らえず消沈。
テンは微動だにしなかったが筋肉痛が痛いのか「ぴ…」と小さく鳴いた。
「がぅ」
分かったよ黄助、2人で行きゃ良いんだろ?
お前は何処の世話好き老人だよ、全く…まあ、お爺ちゃんではあるんだが。
「ハァ…ったく、行くぞソルファ。付き合ってたら日が暮れる」
掴んだ手を引っ張って宿をでる。
「はぃ…」と消え入りそうな声が返って来た…大丈夫か?
…多少心配では有るが、行きますかねぇ。
いざ、町の外へ!…デートじゃないからな?邪魔は要らんぞ?