何でもない一日
あれから宿に戻った俺は部屋に戻り修練のメニューを考え床に入った。
腐敗勇者が来るまで後5日か…まあ、やらないよりはましだろう。
朝の一服を終えて、白を抱きテンを鷲掴みにしたまま食堂に向かう。
テンの扱いが悪い?起こす際に眉間への連続チョップそして勝鬨。
妥当だと思います。
食堂に降りると相変わらず武神が編み物教室を開いていた。
…取り敢えず飯だな。
俺は机の上に白とテンを下ろす。
「おはようっす!チナさん!」
飯を食ってるとマキサックが来た…イチナだって言っただろうがよ。
「ああ、おはよう。マキサック、昨日は見かけなかったが何処に行ってたんだ?」
「コレを頼みに行ってたっす」
そう言って見せて来たのは極小のリングが2つ。
「なんだコレ?」
「重量の加護を付けたリングっす、アクセサリー店で売ってる物をこのサイズまで縮めて貰うのに苦労したっすよ。さあテン!!これ付けて走り込みっす!今日は基礎特訓すよ!!」
要は重りの付いたリストバンドだな…俺も買うか。
「おい、あんまり重いとテンが動けないぞ?」
「大丈夫っす、本人の力や体格に合わせた重さに成るんで、もしかしたら本体のリングより軽くなる事も有るっす」
流石、『加護』意味不明だ。
「俺は白達と用が有るんだが…テンはマキサックと行くか?」
少し迷った様子だったが「ぴ!」とマキサックに寄って行くテン。
「そうか…マキサック、テンを頼むぞ?」
任せるっす!と胸を叩いて返事するマキサックだった。
テンをマキサックに預け俺はサウスと黄助の居る『武神の編み物教室』へと向かう。
「うんうん、マルニさんは大分上達してきたね!僕様も嬉しいよ!」
カートスの言葉の通りルニは昨日に比べ上手くなっている。
ルニにさん付けか…まあ、いいが。
「やったー!誉められたよシショー!頑張ってシショーの頭巾作るからね!」
頭巾を作るのか…頑張れよ。
「……たのしみ…我が弟子よ…ふぁい…とー…」
パー子は無表情ながらも嬉しそうだ。
パー子の首にはすでにサウスとお揃いの青いマフラーが巻かれている。
マフラーの端にはコチラの文字で『パー子』と刺繍されていた…お前はパークファだからな?
今はルニ用のマフラーを作っているのだろう、その手は忙しなく動いている。
「よ、お早うさん、やってんな」
「イッチー、おはよう!」
うん、元気だねぇ。
「あぁ…友達から挨拶された…僕様はもしかして勝ち組?」
少なくともAランクのお前は勝ち組だろうよ。
「……おはー…もーにーん…じぇあぐぅぃちえるもじん…」
うん、日本語、英語と来て何でアイルランド語なんだお前は。
俺もおはようの挨拶位しか分からん言語だぞソレは。
「……かりめーら…はいさい…さわっでぃー…」
ギリシャ語に沖縄、それとタイ語か…お前の語録が何処にあるのか久しぶりに気になるチョイスだな。
「……秘密…もっと…言う?…」
まだ有るのか…気にはなるが今はな。
「もう結構だ、それよりサウスを連れて行きたいんだが…ルニ、良いか?」
「え、サウスちゃん連れてっちゃうの?」
うぐっ、そんな捨てられた子犬のような目で見るな。
……確かに注文したのはサイズフリーの首輪だから受け取って来るだけでもいいんだが。
「……じー…」
「ジー」
迷う俺に追い打ちをかける2人。
「えっと、僕様もやった方が良いのか?」
止めろ、お前にやられてもキショイだけだ。
「ジー…ほわっ!」「……じー…いやん…」
その時ルニとパー子の椅子と化していたサウスが突然立ち上がった。
パー子だけが地面にコロリと落ちた…おいポンコツ、お前一応暗殺者だろうが。
「…サウスちゃん、イッチーと行きたいの?」
ルニが問いかけると「ガウッ!」と短く答えるサウス。
そっかーと残念そうにしながらサウスから降りるマルニ。
「悪いなルニ……パー子、お前も残るよな?弟子を置いて行かないよな?」
モゾモゾとサウスの背に戻ろうとするパー子にそう声を掛けた。
「シショー…」
「…………ういっす…」
何時もより間が開いたが良しとしよう。
黄助をサウスに乗せ、白を黄助に乗せる。
そして「じゃあ行ってくる」と言ってその場を後にする。
ルニの「いってらっしゃーい!」の声に押され宿を後にするのだった。
宿を出てからサウスがキラキラした目で尻尾を振りながら俺を見てくる。
「まずはカルトイヤの所からだな、散歩はその後だ」
「ガウッ!!」と嬉しそうに吠えるサウスだった。
やって来ました、カルトイヤの店。
店名は看板が出てないから分からん。
「邪魔す「ああ!イチナくん!そこは…」邪魔したな…」
開けた扉を直ぐ閉めた。
カルトイヤが恍惚とした表情で俺の名前を呼び名からクネクネしてた…駄目だ、アレは駄目だ。
「よしサウス、散歩に「イチナくん!待ってたよ!さあ、入って!」…ああ」
サウスは散歩と聞いて反応したが直ぐにカルトイヤが出て来たため、しょんぼりしてりまった…ああ、俺も残念だよ本当にな…
サウスの頭を撫でてから一緒に店に入って行く。
「ご注文の首輪は出来てるよ、中々来ないから色々手を入れたけどね」
そう言って渡してきた3つの首輪。
1円、5円、10円の硬貨が細工の施された銀色の輪っかにはめ込まれている。
それをぶら下げる形で色違いのベルトが付いていた。
1円玉のベルトは、赤い太めの組みひもの様な作りで、他の2つとは違う材質だ。
5円玉と10円玉のベルトは継ぎ目の無い輪っか状の物だった。
色は5円玉は薄い緑、10円玉はスカイブルーだ。
「サウスと黄助は注文通りにしあげたよ、サウスはそのマフラーで隠れてしまうが…ん?イチナくん、そのマフラーは一体どこで?コレは『風読みの糸』じゃないか…コレでモンスターにマフラーを作るなんて、どんな狂人だい?」
狂人か…狂っていると言うか、ずれてはいるな。
「何で、マフラーごときで狂人扱いなんだ?」
「『風読みの糸』は歴代勇者様が対魔法装備として愛用していたマントに使われた最高級品なんだよ、そして天然の加護を持つ『風読みの糸』『火除けの糸』『水吸いの糸』『地喰いの糸』で作る『四大封じのマント』以外に使われることが無いんだ」
……勇者様の装備を作る4つの糸か、編み物教室の毛玉も『4つ』だったな。
「なにせ勇者様の装備だからね、作ることを禁じられている訳じゃないが…勇者様の専用装備としての価値を高めるために、このシェルパでは作らないようにしてるんだ。糸も王家が管理していた筈だが…」
俺はカートスが持っていた毛玉の事をカルトイヤに話した。
「『武神』か…それならば自分で採ってくる事も出るね、でも編み物教室って…しかもそこで使ってるって…」
カルトイヤがガックリと肩を落とす。
取り合えず話題を逸らすか。
「白の首輪だけ何で組み紐なんだ?」
「あ、それは、白のは出来るだけ軽量化しようと思って対物理エンチャントを掛けた組み紐にしてみたんだがどうだろう?」
うむ、いいんじゃないか?赤い色は白に似合うと思う…あー鈴でも頼めば良かったな。
「それ、前払いの代金だけで済んだのか?これだって『銀』じゃないだろう?」
硬貨の縁を彩る銀色の金属、これが異常に軽いのだ。
「あ、それ『ミスリル』軽いでしょ」
確かに軽いが、値段的にどうなのかを聞いたんだよ。
コレを装備したせいで襲われるとか勘弁して欲しいんだが?
「大丈夫さ、確かに高いけどそのマフラー程じゃないよ、そのマフラー売りに出せば丸金貨5枚は固いんじゃないかな?糸は王家が管理してるから手に入らないし、持ち込まれてもこの辺の職人は作らないしね……それにサービスだよ」
そう言ってウインクするカルトイヤ。
高けぇ!?そしてキメェ。
しかし、パー子はそんな物でお揃いのマフラーを作ろうとしてるのか…
俺は思わず目頭を揉んだ。
「ああ、うん…大丈夫ならいいんだ、ああそうだ重量の加護が付いたリストバンドみたいなのってあるか?出来れば両手両足分」
「『過重の枷』の事かい?それともトレーニング用かい?」
過重の枷?…枷ねぇ。
「トレーニング以外に使うことが有るのか?」
「トレーニング用は主に布や皮で作ってあって重量の加護のみ掛けてあるんだ、過重の枷は鉄で作って魔法で重さを固定する。奴隷や犯罪者なんかの枷として使われるね」
何で俺がそれを使うと思ったんだお前は。
「トレーニング用ならレベル5の加護を付けた奴が残ってたはずだよ、切り替えが出来るから便利だと思うよ?」
じゃあ、それ頼むと言うとカルトイヤは店の奥に商品を取りに行ってしまった。
この間に首輪を付けてしまおうか。
サウスと黄助はあっさりと済んだが、白に首輪をしようとするとイヤイヤと中々付けさせてくれない。
「むう、白どうした?この首輪は嫌か?いい出来だと思うんだかなぁ…」
そんな時カルトイヤが戻ってきた。
「イチナくんの手が入って無いから嫌なんじゃないかな?前の首輪は手作りだったんでしょ?」
いやまあ、確かに手作りでは有ったがお粗末なもんだぞ?
そういや、白は凄く喜んでたなぁ。
「なあ、カルトイヤ、これの中身入れ替える事は出来るか?」
最初に作った白の首輪…刀で穴を開けた1円玉に入れ替えて貰えないか聞いてみた。
「もちろん出来るさ、サウスくんのもやってしまおう直ぐに終わるよ」
それからカルトイヤの作業が終わり、無事に白は首輪を付けてくれた。
俺も重量の加護付きの皮のリストバンド(両手両足分)の代金を払い付けてみた。
うむ、重い…慣れるのに多少かかりそうだな。
加護のon・offは口で言えば良いそうだ。
「ところでイチナくん、この後ディナーでもどうかな?ムードのいい店知ってるんだけど」
今まで真面目に仕事してたから忘れてた…こいつガチなんだったな。
しかし…俺をムードのある店に誘ってどうする、当然断るに決まってんだろうが。
「断る。サウスと散歩する約束してるしな、それじゃ達者でな」
「ちっ!…そうかい?まるでもう会わないみたいな別れ方だね」
ん?ああそうか知らないのかコイツ。
「俺はあと5日でこの町を出るからな、勇者様の護衛で討伐の旅だ」
……言ってよかったんだったか?まあ、口止めされてないし良いか。
「何だって…イチナくん、アンドレイとジョニーを置いて行ってくれ」
おい、何言ってんのお前…アンドレイが無いと今煙草吸えないんだぞ?
「…分かった、4日で調整して今よりも魔力効率を上げておく、これぐらいしかできないが、イチナくん…生きて帰って来るんだ」
カルトイヤ…お前…
「……まだ、落とすのに時間がかかりそうだし…一先ず真面目なとこを見せておかないと」
おい、小声だがばっちり聞こえてんぞ。
俺は無言でアンドレイとジョニーを外し店を出るのであった。
「さて、サウス、散歩に行こうか」
カルトイヤの店を出て白と黄助を乗せたまま、パタパタと尻尾を振ってこちらを見ているサウスに声を掛ける。
「ガウッ!」
嬉しそうなサウスの声を聴きながら俺はゆっくりとサウスに付いて歩いて行くのだった。
散歩も終わって宿に戻って食堂に入ると…武神の編み物教室に生徒が増えていた。
「えと…ここをこうして…」
……王女様何やってんの?
「あ!サウスちゃん!イッチーもおかえり!!見て見て!サウスちゃんとシショーとお揃い!!」
青いマフラーをしたままクルクル回るルニ…パー子作るのはぇえな。
マフラーの端には『弟子1号』と刺繍されていた…パー子名前くらい入れてやろうぜ。
ルニに良かったなと言って頭をポンポンと叩くように撫でてやる。
「イチナさん、お帰りなさい。編み物って奥が深いです…」
そうか…良かったな。
「アイリン、何でここに居るんだ?準備とか終わったのか?」
「……アイぽんは…スカート…めくりに来た…」
どんな痴女だソレは、恐らく『つくり』にだろうな…一文字違いで大惨事だな。
「…何でスカート?しかも編み物で?専門の職人が居るだろうに」
「違います!めくりに来たんじゃないです!!あとスカートじゃ無くて…あの、勇者様の髪止めの紐を買いに来たんですけど、マルニちゃんに誘われてつい夢中に…」
そうだったか…パー子のスカート発言は何処から来たんだろうな、何時もの事だが。
「おい、カートス。お前、組み紐とか作れないのか?4種類あるんだから混ぜて作ってやればどうだよ?」
『風読みの糸』が有るから恐らく…
「え、いいけど『四大封じ』になっちゃうよ?勇者様の装備だし良いか…僕様、張り切っちゃおうかな!」
ムンッ!と無駄に力こぶを作る『武神』カートスをマルニが「凄い!カートスおじちゃん何か強そうだね!!」と無邪気に抉る。
最初に泣き顔見られたのがまずかったな、ルニの中でカートスは泣き虫なおじちゃんで固定されている。
というかそんな高価な代物を編み物教室で使うんじゃない。
「そういや、テンとマキサックはどうした?」
俺はてっきり宿の周辺で走り回ってるもんだと思ってたんだがな。
噂をすれば影という奴か、マキサックがテンを肩に乗せ戻ってきた。
「いや~!やっぱり実戦は早かったすね!どうしても決め手に欠けるっす」
「ぴぴー…」
……実戦だと?よく無事だったなテン。
「あ、チナさん今戻ったっす、テンは時間を掛けてしっかり仕込むしかないっすね」
「おい、アホウ。テンをモンスターと戦わせたのか?」
返答次第では斬り散らすぞ?
「まさか、テンが今日戦った相手は孤児院の3~6歳児っす…どうも決め手に欠けて負け越しだったすけど」
……当たり前だアホウが、決め手以前の問題だろうが。
子供の無邪気さは小動物にとっては凶器以外の何物でも無いぞ?
「……ああ、そう。テン、お疲れ」
「ぴぴー…」おお、テンがくたっとしてる。
俺も今のやり取りで疲れたよ。
マキサックからテンを返してもらい、マスターに飯を注文する。
お疲れのテンは飯を食ったらその場で寝てしまった。
寝てしまったテンを白がフニフニと弄る…白、起こしちゃ可哀想だろ?寝かせとけ。
お休み中のテンをそっと持ち上げ、手の平に乗せる…
鼻提灯を出して寝るひよこ、起きそうもないな。
その様子に苦笑しながら、もう片方で白を抱き上げ部屋に戻るのだった。
勇者合流まで後『5日』