『条件を付けよう』
次の日の朝は、テンのドロップキックから始まった。
「ぴ!」「み!」
鞭白が鞭でテンを射出、寝ている俺の頬にクリーンヒットだった。
「ぴぴぴぴぴーー!!」
ドロップキックをかましたテンは態々俺の顔に上り、羽を広げ勝鬨を上げる…
白はムフーと満足気である。
俺はテンを鷲掴む「ぴ!?」…学習しようね?
「中々手痛い起こし方だったな…おはよう白、テン」
「み!」何でテンに協力したかはこの際置いておこう…
手を伸ばして撫でてやると肩の鞭を手に絡めて来てもっとと顔を摺り寄せてくる。
ああ、テンは俺の手の中でもがいている。
「ぴぴ!?ぴぴー!!」……うん、おはよう。
さて、今日はどうするか…とりあえず飯だな。
さくっと準備し食堂へ向かう。
食堂に降りると何故か異様な雰囲気だった…
「あ、女将さん、何かあったのか?バスハールでも襲来したか?」
まあ、それなら皆殺気立ってるはずだからそれは無いか…
「おや、起きて来たのかい…何て言うのかね…アレだよ」
そう言って食堂の一角を指さす女将さん…そっちは黄助たちの場所の筈だが?
そちらを見てみると…おい、何してるんだ武神よ。
食堂の一角でマルニに編み物を教えるAランク…
マルニはパー子と一緒にサウスを椅子代わりにして腰かけ、ニコニコと楽しそうだ。
へぇ、パー子も編み物出来るんだな…そういやガナが戦闘以外はそつなく熟すとか言ってたな。
昨日の端末を見ていない客が愕然とした表情で『武神』を見ていた。
昨日の事を知ってる客は偉丈夫を見て皆一様に微妙な表情を浮かべている。
商人風の男は編み物に使っている毛玉を見て驚愕している…確かに色々な種類の毛玉が有るが…高いのか?
「あ!イッチーだ!おーい!」
「いっちー?はっ!まさかそれはあだ名と言うやつか!僕様、今まで付けて貰ったこと無いな…」
軽く落ち込みだすカートス…その程度で落ち込むなよ、メンタル弱ぇえなお前。
女将さんにマルニ達とつまんで食べられるサンドウィッチを注文しマルニ達の元へと向かう。
「よう、『武神』昨日会ったの覚えてるか?あの時は挨拶もしなくて、すまなかったな」
そう言うとカートスはバッと顔を上げてこう言った。
「もちろん覚えてるさ!ファルナークと居た人だろ!?昨日ここに居た人達の顔も皆覚えてるさ!いつ声を掛けられても良いように人の顔は忘れないんだよ!…今でも目を閉じれば思い出す…僕様のメンバー達…うぅっ…帰って来てよぅ…ぐすっ」
うわぁ…普通に声を掛けたのに、自分で盛り上がって泣き出した…コレどうしよう…
「もう!イッチー泣かせちゃ駄目じゃない!カートスおじちゃんは泣き虫なんだから」
えぇー…俺が悪いのか?
「あっはっは!イチナもマルニと泣く子にゃ勝てないかい?ほら、ご注文の品だよ、白とテンのはこっち。「み~!」「ぴぴー!」サウスと黄助のは今旦那が持って来るからね「ガウッ!」「がぅ」ウンウン、しっかり食べな!」
そう言って戻って行く女将さん。
振り返るとマスターがマルニの頭を撫でながら編み物を誉めていた…いつ来たんだよ。
『武神』なら気づいたかと思いカートスの方を見ると、こちらも驚愕の表情をしてマスターを見ていた…だよな、本当に何者ですかあんた。
食べ終わりカートスに軽い自己紹介をしたら、マルニが。
「これでイッチーもカートスおじちゃんの友達だね!」
マジか…カートスそんなキラキラした目で見んな、男にそんな目で見られても嬉しくないんだよ。
「分かった、分かった友達な、宣言してなるようなもんでもねぇんだが…まあ、今日は用が有るから無理だが今度付き合ってやるよ。まあ、6日後には王都を出るんだがねぇ」
そんな!と衝撃を受けるカートス。
しょんぼりするマルニ…
「……できた…さうすまふらー…1号…」
流石、パー子空気を読まない…出来た青いマフラーをいそいそとサウスの首に巻いていく。
おかしい風も無いのに靡いてる…どんな素材だ?
……あ~カルトイヤのとこで首輪受け取らなきゃな。
教会でサウスの加護の有る無しも調べたかったんだがねぇ…今日は無理っぽいか…
「……2号は私…3号は弟子に…ぷれぜんつ…」
「シショー…じゃあ私も!私もシショーに何か作る!」
2人は編み物に戻ったが…カートス何時まで落ち込んでんだよ。
「まあ、いいか…黄助、教会に行くぞ。サウスはこのままルニの相手を頼むな?」
サウスは頷き、黄助は無言でのそりと立ち上がる。
「おい、カートス。落ち込んでないでルニに編み物教えてやれ、先生役パー子に取られるぞ」
「駄目だよ!?僕様が教えるって約束したんだから!」
そう言って編み物教室に復帰するカートス。
マルニとパー子だけなら『微笑ましい』で済むんだがな…カートスが混じると途端に『痛々しい』になる。
俺はカートスから目をそむけ、毛玉で遊んでいる白と毛玉で玉乗りしているテンを抱き上げて黄助をリュックに入れる。
マルニとパー子に行ってくると告げ宿を出るのだった。
さて、教会に着いた訳だが…今日は言室で済まそうと思ってたんだがねぇ…
「さあ!こちらです!あの悪魔がまた神託の間を占拠しているのです!今はお付の騎士様が頑張っていらっしゃいますが、やはり貴方様で無いと」
教会に入った途端に職員に捕まって、現在神託の間に連行されている最中だ。
悪魔にお付の騎士様か…あいつ等なんだろうなぁ。
神託の間の前まで来たらソルファが扉を叩きながら必死に呼びかけていた…
「アリー!!いい加減にで出来てください!何時間籠って居る気ですか!?…うぅ、もう教会に来られなくなるじゃないですかぁ…」
イカン、ソルファに泣きが入って来たな。
アリーナンは最初の1回で間違いなくブラックリストに載ってるだろうがな。
神にとっては情報源だ、入り口で止めるしかないが呼ばれたと言われたら通すしかない。
「ソルファ、お疲れ。ちょっとコレで白と遊んでてくれ」
『猫の揺り加護』で猫じゃらしを創ってソルファに渡す。
「え?コレはアリーの魔法…じゃないイチナさん何なんですかコレ…」
加護で創った猫じゃらしの神具ですとは言えんよな…情けなさすぎる。
気にすんな。と言って俺は扉の横に待機する。
ソルファは白がじゃれ付く様子を見て気にしない事にしたらしい。
教会の職員すらも職務を忘れ白と戯れ始めた。
いきなり静かになったからか、神託の間の扉が開きアリーナンがヒョコっと頭だけ出して通路を確認する。
「え?何で白たんがソルファと居るの?「ぴ!」え?イチnフギャ!」
俺の頭でテンが鳴く。
コチラを振り返るアリーナンの頭を鷲掴み締め上げながら、扉から引きずりだし片手でぶら下げる。
「痛い!痛い!何か不自然に首が痛い!!」
ぶら下げたまま、暴れるアリーナンをソルファの所まで持って行き白と猫じゃらしを回収した。
後は神共か…扉から漏れてくる神気は多い。
って言うか以前より増えてるだろコレ…10以上居るぞ?大丈夫なのかこの部屋…
「おい、職員。この後ここ使って良いのか?」
「あ、はい。何人かはもう明日に回しましたので、結構ですよ」
「そうか…おい、神共。ガトゥーネ呼んで散れ…次があった場合は白を二度と連れてこない。分かったな?」
扉に向かいそう言うと一斉に消えていく神共の気配…まあ、これで大丈夫だろう。
「あの、僕も同席して良いですか?アリーはしばらく立ち直れそうにないですし」
「うう、白メイツが壊滅…イチナの壁は高かったわ…」
ガックリと項垂れるアリーナン…まあ、自業自得だ。
「…じゃあ、行こうか?」
はい!と元気に返事を返すソルファを連れて神託の間へ入るのだった。
「ぴぴー!!」と神託の間に入った瞬間、俺の頭から飛び降り走り出すテン。
「み~!」それを見て腕から飛び出し追いかけっこを始める白。
俺はそれを見ながら黄助をリュックから出してやる。
…ソルファはガチガチだな、緊張してるのが丸わかりだ。
その時、空間を切り裂き巨大な力の塊が現れた…前と登場の仕方が違うな。
「久方ぶりだな一南…剣は取り返したようだな」
以前は消耗していたが今回は違う…凛々しくも美しい、まさに戦女神だ。
「ああ、闘技都市じゃなくて悪いがね。報告と加護のレベルを聞きに来たんだよ…それとこっちはソルファ、一応俺の第三夫人って事になってる」
何で俺なのか分からんがねぇ…
「ぼ、僕はソルファ・カンバスです、今回は無理を言って付きて来たのでひゅ…うぅ…」
緊張しすぎだ、全く…
「ふふっ…中々愉快な仲間だな?いや第三夫人だったか、そう言えばこの前第二夫人が挨拶に来たぞ?正妻は誰なんだ?」
「……いや、挨拶に来たんだろうが、その『正妻』に」
「ん?」と首を傾げ考えるガトゥーネ…徐々に理解して来たのか、頬に朱が差してくる。
「……私か!?」
「お前だよ…ルナが挨拶に来た地点で気づこうぜ?」
何ともニブイ神様である。
「いや、そういう話には疎くてな…しかし『正妻』か…本気でこの私を倒すつもりなのだな?」
何を今更…
「当たり前だろうが、戦の神と戦えるんだぞ?神と戦う事を命題として来た『神薙流』が…生きてる内に、だ。やる以外の選択肢は無いだろうがよ」
多分俺は今笑っているだろう、恐らく…いや、間違いなくこの世界の『最強』それと戦えるのが楽しみでしょうがない。
「ふふっ好戦的な笑みだ、やはり一南は『戦う者』だな…さて、報告とレベルについてだったな」
ああ、そうだった危うく忘れる処だったよ。
「レベルに関しては黄助も見て欲しいんだよ、コイツも転生前は戦の加護を持ってたからな。それがどうなってるか知りたい」
他のウィップティガーを知らんから比べよう無いしな。
ああ、分かったと言ってガトゥーネは黄助の額に人差し指を置き目を瞑る。
「加護のレベルは1まで戻っているがちゃんと着いているな。上げられるがどうする?「がぅ」…そうか。さて、次は一南だ」
黄助がなんて言ったか気になるんだが…俺の番てことは断ったみたいだな。
俺は「あいよ」と言いながらガトゥーネの前に立つ。
ガトゥーネは黄助と同じように俺の額に指を置く。
「一南はレベル2に上げられそうだな…今から加護のリミットを一つ外すぞ」
リミットを外す?
どういう事だ?と聞こうとするとガトゥーネの指先から放たれた神気が俺の体を回りパキッと何かが割れる音がした。
「何だ、今のは…」
「元々どんな加護も10段階に分けてリミッターが付いているんだ。それを一つ外しただけだ、戦の加護にいたってはレベル10…全てのリミッターを外した者は居ないが」
そりゃそうだ、戦闘時に2倍とかゲームじゃあるまいし…一戦一戦命がけなら良いが殺せない戦いも有るんだしねぇ…
それに発動終了時の落差がデカい程、体への負担は大きい…
そう考えると金獅子隊のバーマックのおっさんのレベル3ってすげぇんだな。
「もうレベル2ですか、戦の加護は上がりにくいのに…凄いですねイチナさん!」
「まあ、ルナでレベル1には慣れたし、スタンピードとか有ったしねぇ…また慣れるとこからやり直しだな」
今度は20%か…しばらくはモンスター相手で慣らしたい処だねぇ。
「む…もしかして私の加護は迷惑だったか?」
「いんや、確かに最初は戸惑ったが、これが無きゃ恐らくお前さんに届かないだろう?まあ、自身の力で何処まで神に通用するか知りたかったがねぇ…嫁に貰うにゃ勝たなきゃいかんしな?」
くっくと笑いながらそう告げる。
「嫁か…では、一つ条件を付けよう」
赤い顔でそう言うガトゥーネ。
「何だ?」
「私と戦うまで負ける事は許さん。この私に勝つと言うならやって見せろ一南」
……まあ、元からそのつもりだったが、これから魔王討伐の旅なんだよねぇ。
まあ、魔王は腐敗勇者に任せて…大丈夫かね?ちと心配だ…
「…何だ微妙な顔をして…この条件を飲む自信がないのか?」
俺の反応が気にいらなかったのか眉を吊り上げて聞いて来た…
中々のプレッシャー…ソルファが震えてるぞ。
取り敢えず旅の事と腐敗勇者の事を報告した。
「報告とはそれか…魔王か、斬れば良いじゃないか。魔王ごとき斬れずに『神』を斬れるとでも?」
ガトゥーネは神気と闘気を放ち俺を挑発してくる。
「くはっ!そりゃそうだ!確かに魔王ごとき斬れなきゃ『神』なんぞ到底無理だなぁ…じゃあ魔王にゃ悪いが俺の試金石になって貰おうかねぇ」
ああ、そうだな…それは全く持ってご尤もだ。
「ちょっと、イチナさん!何言ってるんですか!?魔王ですよ!勇者の持つ聖属性の魔力と聖なる武器でしか倒せないんですよ!?イチナさんが倒せたら勇者の存在意義がなくなっちゃいますよ!?」
えぇー…せっかく盛り上がってたのに。
「まあ、斬るだけ斬ってみりゃいいだろう、大丈夫、大丈夫」
絶対におかしいです!と叫ぶソルファだった。
「ふふっ…ところで、一南…コレはどうすればいい?」
突然そんな事を言い出すガトゥーネ、コレと言って指差すのは足元…テンがガトゥーネの足にラリアットをかましていた。
白はどうした?ざっと部屋の中を見回すと…居た、白い壁で爪とぎしてる
…何で削り節が出来てんのさ?普通は爪が負けるだろ、石だぞこれ。
……自由だな、お前等。
「ぴぴぴー!」マキサックから教わったであろうチョップに切り替えガトゥーネの爪先を羽で叩き続けるテン。
「み~♪」ご機嫌に爪を研ぐ白…
…うむ。
「黄助、出動」
直ぐに捕まる2匹だった…
「家のテンがすまんな…大丈夫、だよな?」
テンラリアットとテンチョップで怪我する神とは戦いたくないぞ俺は。
「ああ、全く問題ないが…嫌われたのか?それが少しショックだ…」
「多分新しく教わった技を試したかっただけだろうよ、テンの行動は俺でも読めんからなぁ…」
自由とは白とテンあとパー子のためにある言葉だと思う。
まあ、白は最近『弟』が出来て落ち着いたが。
「では、そろそろ帰るぞ…一南、負ける事は許さん、私に挑みたくば…勝ってみせろ」
そう言って剣をゆっくりと十字に振り、空間を切り裂き消えていった。
流石、神って処かねぇ…
しかしまあ、勝ってやろうじゃないか…『魔王』だろうが『神』だろうがねぇ。
「…俺もあれぐらい出来ないと駄目かねぇ?」
「何言ってるんですか…神様にでも成るつもりですかイチナさんは…崇めませんよ?」
崇めなくて結構、成るつもりは無いからな。
「空気を斬って真空は作れるんだが流石に空間まではなぁ、まずは魔力無しで斬撃を飛ばしてみようか…」
剣速的に刻波じゃねぇと無理だな…飛ぶ斬撃か、爺さんなら出来そうだな。
よくゲームとかである真空波とかは出来ん!その場で留まる真空なら出来るがな。
ふむ、最近軽い運動程度しかしてなかったし、ここいらでちと本格的に修練するもの悪くないか…
まあ、それも明日サウスを連れてカルトイヤの店に寄ってからだな。
「真空を作れるって…イチナさんは人間ですか?」
分類的には人間ですよ?神薙流を使う奴を人と呼んでいいかは別としてな?
「まあねぇ…さて、そろそろ帰りますか。……外でアリーナンが待ってんだしな」
職員に迷惑かけてないと良いんだが…
「……早く出ましょう、しょ…アリーナンが心配です」
そうだな職員が心配だ。
俺は黄助をリュックに入れ、白を抱きテンを頭に乗せる。
何かこれが定着されると困るな、明日はコレにサウスも連れて行くんだぞ?
「フフッ…イチナさんは、テンが良く似合ってますよ?」
何だそれは誉め言葉か?それにしたって微妙だぞ?
そんなやり取りをしながら『神託の間』を出る俺達だった。
「神様達も認める可愛さ、愛らしさ、めんこさ…それが白たん!!」
遅かったか…あとアリーナンよ『可愛さ、愛らしさ、めんこさ』全て同じ意味だ。
神託の間の外ではアリーナンが職員に対し『白たん講義』を行っていた…
あれか、もう神共と白たん会議が出来ないから近くの人を染め上げようと?
お前は『白たん教』でも作るつもりか?言ったら実現しそうだから言わないが。
「帰るぞ、それともぶら下げられて帰りたいか」
「そうね、そろそろ切り上げないとね!…だから止めて」
切実だなぁ…職員の目がアリーナンのように白を見ているのが気になるが…
思いのほか時間を喰った…後は明日だ明日。
俺達は教会を出て宿に向かう。
勇者合流まで後『6日』