『武神』推参!!
宿の横手にはアリーナンの馬車があった…帰って来てんな。
「ただいま」
俺がそう言って宿に入ると食堂からテンを乗せた白が飛び出してきた。
「み~!!」
何だ?寂しかったのか?すまなかったな…
足元にすり寄ってくる白をテンごと拾い上げ頭を撫でてやる…
テンは白を撫でている手を、頻りにつついてくる。
…斬レンジャー装備中は止めろ、嘴が痛むぞ。
白とテンを抱えたまま食堂に入る。
「ちょっと!!放しなさいソルファ!白たんが悪鬼の手に渡っちゃう!!」
誰が悪鬼だ…
「相変わらずの白狂いだな…サウスと黄助もただいま。ルナもソルファも…すまんな先に帰って」
声もかけずに行ったからな…すまんとは思ったんだがねぇ。
「気にするでない、急いでおったんじゃろ?黒金隊の奴から聞いたぞ…召喚に立ち会ったそうじゃな、どんな奴じゃった?」
どんな、か…腐ってました。は通じないんだよな。
どう説明すべきか…
「そうだな…あの女にはアリーナンとは別種だがそれ以上の痛々しさが有る…できれば近づきたくないが…」
護衛になっちゃったしねぇ…
そういや…
「ルナ達は何処まで聞いてんだ?」
それによっちゃ最初から説明せにゃいかんしな。
「む?召喚の間の中の警備に呼ばれたのではないのか?我はそう聞いたぞ?」
ルナの言葉にソルファも頷いている。
それだけだったらどんなに良かったか…
それに、警護だけならルナも呼べばいいじゃねぇか。
「俺も召喚の間だけアイリンの護衛かと思ってたんだがねぇ…終わってみたら、討伐の旅の間の護衛だったんだよ…」
俺の言葉に衝撃を受ける面々…
パー子はどうでもよさそうにサウスにしがみ付いて居るが…その様子をマルニが羨ましそうに見ていた。
「で、どうする?付いてくるか?まあ、出発は1週間後だ…ゆっくり決めてくれ」
ソルファは元々今回のクエストで一緒になっただけだ、魔王討伐なんぞに巻き込めん…ちと寂しいがな。
ルナは一応俺のパートナーだが…半ば騙されたとしても流石に強制は出来ない。
パー子は…サウスが居れば付いてくる気がするが…
アリーナンは…どうだろうな…
「バカな事を聞くでない、行くに決まっておろう?我はイチナのパートナーぞ?」
……素直に嬉しいねぇ、本当にいい女だよ。
「……ぐもん…サウスある処に…我はあり…byさうらー…」
お前はぶれないねぇ。
「何言ってんのよ!?」
おお?流石に魔王は無理か…まあ、そうだわな。
「あんたから離れたら白たんと会えなくなるじゃない!!白たんと離れる位なら1人で魔王を殴りに行った方がましよ!!」
そうですか…
後さ、お前魔道士だったよな?何で接近戦を選んだ?
「あの…僕はその…第三夫人で友達ですから!」
ああ、うん…有難うな。
「相手は魔王っすか!俺の肉体が唸るっす!」
ん?
「おい、マキサック。お前も来るのか?」
ていうか居たのか?
宿違うよねお前。
「何言ってるッすか!俺はテンを鍛えるためにここに居るっすよ?半端者を夫呂例素羅と名乗らせる訳にはいかないっす!!」
……別に名乗らせなくて良いんじゃないか?
テンは向こう50年はひよこだぞ?
果たして完成することが有るのか…疑問しかない。
しかし、随分大人数だなぁ…大丈夫か?馬車とか。
この上2人追加されるんだが…
俺を入れて、人間8人に動物が4匹か…10人越えちまったなぁ…
「なあ、ソルファ。あと2人来るんだが…この人数、大丈夫かねぇ?」
「8人ですか、白達を入れれば12。確かに多いですね…賑やかな旅になりそうですね」
あ、うん、そうですか。
…いや、そういう事じゃなくてね?
「そうじゃなぁ、確かにパーティーと言うには多いのう…しかし、あとの2人とは勇者とアイリンじゃろ?護衛対象じゃし数に入れんでもよかろうて。6人パーティーなら普通じゃろうよ、後は移動手段じゃが…明日にでも我が城に行って掛け合って来よう。勇者の顔も見たいしのう?」
非常に助かるが、毒されて帰ってくんなよ?
只でさえ常識人が少ないパーティーなんだからな?
「頼むわ、ルナ…勇者から本を渡されても読むなよ?ルナなら倒れかねん…頼むぞ?」
男に耐性が無いのにアレを読んだら一気に傾くかもしれん…ソレだけは避けたい。
「う、む?分かった勇者から本を受け取らなければいいのじゃな?そこまで心配そうな顔をするでない…クフフッ何か良いのうイチナに心配されるのは」
そんな顔してたか?
フフッと笑いながら頷くソルファに少々恥ずかしくなり照れ隠しに頭を掻く…
「あ~…女将さん飯!」
「……えすけーぷ…それは…恥じらいの心…」
態々体を起こしてのたまうパー子…
五月蠅いぞパー子、お前は伏せてろ。
「……!…おーけー…ぼす…」
サウスの背中にボフッ!と顔を埋めるパー子。
もう、心の中で言ったことが会話として成り立っている…
何かしらの加護かもしれんが、調べる気が起きないのはパー子だからだろう。
俺は抱えていた白のテン乗せを机に乗せる…
テンは机が近づいた瞬間「ぴぴー!!」と白から飛び降り走り出した。
…おい、ひよこ。
まだ食べてるお客さん居るだろ自重しろ。
「そうっす!まずは走り込みが基本っすよ!!」
黙れマキサック、『天鎚』叩き込むぞ。
「み~」
白は机から飛び降り俺の膝へ…そんなに寂しかったのか?
今度は置いて行ったりしねぇから、安心しろな?
「私から白たんを隠すなんて…こうなったら机に潜り込んで…」
「アリー!?止めてください!!何してるんですか!?」
机の潜り込もうとするアリーナンを羽交い絞めにするソルファ。
おかしい…飯を頼んだだけなのに…
此処にあの勇者が加わるのかぁ…耐えきれるかな俺、自信ないわぁ。
「クフフフッ…相も変わらず騒がしい奴らよのぅ」
ルナは黄助を抱きかかえながらそう言っていた…それには同意するが、もう少しこう…ねぇ?
「ん?何だ…」
気配無く運ばれてきた飯を頂こうしていた時の事だった。
此処とは別の長机から「ガチャン!」と何かが割れる音が聞こえた…
「このチビ!!俺達の飯が台無しじゃねえか!!」
「あ、あの…御免なさい…」
マルニを怒鳴りつける冒険者の声…
直ぐにマスターが出てきて事の収拾をはかる。
「まことに申し訳ありません…すぐに新しい物をお作りいたします、もちろんお代は結構でございます」
「そんなもんは要らねえな、代わりに迷惑料を貰おうか…丸金貨1枚でいいぜ?そのチビを売れば多少金になんだろ?」
その言葉を聞いて店の客全員が殺気立つ…
だが、一番怖いのはマスターである…
静かな、そう静かな殺気…だが。
店の客たちに負けないほどの刺さるような鋭い殺気だった。
「ひ、ひひっお、俺達はあの『武神』のレイドパーティーなんだぜ?…手を出したらどうなるか、分かってるよな?」
チンピラまがいの冒険者達はあまりの殺気にビビッてはいたが、どうやら後ろ盾が有るようで強気な姿勢は崩さない。
「レイドパーティーって何ですかねぇ?…教えてルナ先生」
「うむ!任せよ!と言ってもの、レイドは普通のパーティーと差して変わらん。変わるのは狙うモンスターの大きさと人数だけじゃ。それこそストレンジャーのような大きな獲物やスタンピードに対抗する手段として組まれる事が多い…まあ、『武神』は寂しんぼじゃからな…自然とレイドという形になったんじゃろ」
寂しんぼって…俺の中の『武神』イメージが…
「しかし、コイツ等完全にチンピラだぞ?こんなのまで傘下に入れてんのか?」
明らかに役に立たなそうである。
「基本的に戦闘は『武神』一人で充分なんじゃよ、よほどのデカぶつでもない限りの?寂しんぼゆえ入って来る者は拒まないんじゃろうな…以前パーティーが何人か抜けた時は、部屋の片隅で膝を抱えて泣いておったしのぅ」
……武神は仲間が居なくなったら、寂しくて死ぬかもしれんなぁ。
もう、武神と聞いても寂しがり屋の子供しかイメージできない…
家の爺さんみたいなのを想像してたんだが見事に壊されたなぁ。
そんな事を考えながら白を撫でているとチンピラ冒険者がバンッ!と机を叩く。
「さあ!払ってもら「ぴ!!」痛え!?」
……何でそっちの机に居るのさ?テンよぅ。
そこにはチンピラが机を叩いた手に全力で嘴を突きたてるテンが居た…
「そうっす!夫呂例素羅には義侠心も大切っすよ!!」
お前かマキサック…まあ、そろそろ止めに入ろうと思ってたしちょうどいいか。
そう思い、白を抱き上げテンの元へと向かう。
「このチビが!!」バシッ!っとテンを弾く冒険者…
「何してくれてんだ!?テメェ!!」
白を抱えたまま走る…イカン、予測して置くべきだった!
テンは床に落ちる前に店の常連によって救われた…ヘッドスライディングキャッチとはやるじゃないか。
常連が俺にサムズアップをしてきたので返しておく…ナイスプレイ!!
常連の手の中で「ぴぴぴー!!」と羽を広げて怒っているテン…大丈夫みたいだねぇ。
無事なら良かった…しかし、どうする?先に手を出したのはテンだしなぁ。
まあ、変わらんか、喧嘩売ることに違いは無いし。
「さて…どうしようか、家の仔がご迷惑をとでも言おうか?」
「ははは、お前のかよ、そうだな慰謝料払え。それで手討ちにしてやる」
「うん、お断りだな…お前さん達は『武神』のメンバーなんだろう?丁度よかった、この国を出る前に武神とやり合ってみたかったんだよ……お前等を叩き潰せば会えるのかねぇ?」
俺は今イイ笑顔を浮かべているだろうな…店の常連が引いているのが分かる。
「まあ、お前等みたいな腰巾着のために動いてくれるかは知らないけどねぇ……どうした?結構分かりやすく喧嘩売ってるつもりだったが…」
何で動きが止まってるんだ?殺気を放った訳でもないのに…
チンピラ冒険者達は入口の方を見て固まっている…何が有るんですか?
俺も入口を見てみると、そこには屈強そうな偉丈夫が目に涙を溜めて立っていた…
「や、やっと見つけたよ…何だよこの置手紙…『御免なさい耐えられません』って…そんなに僕様が嫌だったのか!?」
あ、コイツやべぇ…何がやべぇって台詞がやべぇ。
「あ、相変わらずのようじゃな…イチナよ、コヤツが『武神』カートス・マリガーラじゃ」
……HA?
「カートス様…俺達はもう無理です!こうしてチンピラしてる方がよっぽど性にあってんすよ!!大体何なんすか!冒険者クッキング教室って!?編み物教室って!?俺はそんな事するためにあんたの元に付いたわけじゃ無い!!…大体何で俺達下っ端を追って来てるんですか!もっと幹部の人たちとか居たでしょう!?」
コイツ等武神の傘下から出たのにこんなチンピラまがいの事をしでかしたのか?
それに幹部にも逃げられたのか、武神…
「おい!行くぞ!…カートス様もう追って来ないでください……すまねえ、迷惑かけたな」
マスターとマルニに謝って店を出て行くチンピラーズ…それが出来るなら最初から絡むなと言いたい。
違うか、それほどまでに武神が嫌だったのか…何とも微妙な終わり方だ。
残ったのはその場で崩れ落ち、涙を流しながら女座りでチンピラーズに「戻ってきて!」と手を伸ばす『武神』と何とも言えない空気。
そして喧嘩を売った俺の行き場のない気持ちだけだった…。
しばらくして落ち着いたのか『武神』は涙を払いながら立ち上がり、こちらに話し掛けて来た。
「すまない…ぐすっ…みっともない処を見せてしまって…ひっく…」
……ああ、これ以上ない程にな。
屈強な偉丈夫がピンク色のレースのハンカチで涙を拭う姿は、精神衛生上よろしくない。
ちなみに紺色の髪を短く切り揃え、サッパリとした印象だが女々しい。
身長は170位か?
彫りの深い顔で髭などは一切ない、茶色と緑のオッドアイだが女々しい。
腰には造りの良いロングソードを帯剣している、鎧は騎士甲冑で赤を基調とし所々に銀の線が入っている。
ふむ、立ち居振る舞いに隙が無いし、何より『強い』…確かに武神なのかもしれんが…
ズビーと鼻まで噛んでハンケチを几帳面に畳んでしまう…
何だろうな、このにじみ出る女々しさは…
『武神』と戦ってみたいと思っていたが、一気に冷めてしまった…
「僕様はカートス・マリガーラ…Aランクの冒険者で二つ名は『武神』だよ…」
その名乗りを聞いても店内がざわつく事は無かった…
一連の流れを見ていた常連客は皆、微妙な表情だ…まあ、当然と言えば当然である。
「何と言うか、相変わらずよのう…カートスよ、何故お主が自ら探しに来たんじゃ?部下に頼めばよかろう」
カートスは無言で袋から紙束を出しルナに渡した…
「む?何じゃコレは…何々?」
俺も1枚手に取ってみる…
《探さないでください》……まさかコレ全部か?
「皆、皆…出て行っちゃったんだよ~!」とその場にまた崩れ落ちる…
「僕様の何がいけなかったのさ!皆で料理とか裁縫とか楽しいじゃないか!?……帰って来てよ~、寂しいよ~」
おいおいと泣き出す武神…間違いなく原因はお前に有る。
ルナもどう声を掛けて良いか分からず困惑している。
そんな時、マルニが動いた。
「おじちゃん寂しいの?でも泣いちゃ駄目だよ!笑顔で居ないと友達も出来ないんだよ?…でも今日は特別に泣き虫おじちゃんと遊んであげる!ほらっ立って!イッチー!サウスちゃんとお散歩してくる!!」
「あ、うん、行ってらっしゃい…」
マルニはサウス(パークファ標準装備)と泣き虫武神を連れてお散歩に行ってしまった…
それと、ルニよそういう許可は俺じゃ無くマスターか女将さんに求めてくれ。
「流石は女将さんの娘だな…勢いに押されて思わずOK出しちまった…」
「うむ…そうじゃのう…」
常連客やソルファとアリーナンそしてマスターまでもが頷いていた。
マルニ達が帰って来るころにはカートスもスッキリとした笑顔で戻ってきた。
どうやらマルニと友達に成ったらしい…子供は偉大だねぇ。
帰って来たカートスはルナに向かってこう言った。
「僕様はしばらく王都に滞在してこれからの事を考える事にしたよ…ホームに戻っても誰も居ないし…お裁縫教える約束もしたしね!!」
お前は裁縫が本命だろうが。
本当に何でこれが冒険者やってるのか分からんなぁ…
俺は煙草を銜えて部屋に戻るのだった。
「み!」「ぴ!」もちろん白とテンは忘れてないさ。
さて、明日はどうしようかねぇ…
「泣き虫おじちゃん推参」
サブタイこれでもよかったかな?