スタンピード~援護~
確か…北条だったか?
目の前のクシャーラの惨殺死体を見て固まっている。
他の勇者も同様だ。
「おい、小僧コレは貴様が…いや貴様以外におらんな」
バーマックのおっさんはクシャーラの死体に近づき切り口を見て断定してきた。
「地面に落としたのはアリーナンだがな。何か問題有るか?」
「問題って…あなたも同じ日本人でしょう!?何でこんな事して平気で居られるんですか!?」
確か委員長だったか?
「…彼女には待ってる人がいたんです…」
ツインテールの子の声を初めて聴いたな…
「いや、流石に引くよ…甘坂さん」
巴だったか?コイツ報告したな?…まあ、予想通りではあるが。
後ろでは、北条?が吐いていた…我慢できなかったか。
しかし、何と言うか…
「確かにやり過ぎた感はあるが…お前等の言葉を聞いてると、まるで殺すなと言ってるみたいだな?ここは俺達の世界じゃないそんな事くらい分かってるだろ?」
まあ、だからと言って無暗矢鱈と殺して良い訳でも無い。
「そんな事は分かっています!でも、だからこそモラルが大切なんじゃないですか!」
……コイツの中で俺は快楽殺人鬼か何か、か?
まあ良くも悪くも学生なんだろうな…もうちょっとザ・主人公ってのはいないのかね?
「その注意は、そこで吐いてる奴にした方が良い…何せ家のサウスのあくびを牙を向けたと言って切り、勇者を盾にDランクの俺とサウスを戦場に駆り出したくらいだからな…なあ、何がしたかったんだ?」
「ウルセエ!なんで死んでねえんだよ!…ウェップ…」
あ~、戦場で野垂れ死にを御希望だったのか?
自分の手は汚さないか…俺は護衛の暗殺者あたりが来ると思ってたんだがね…
「でも!私たちは帰るんですよ!?殺す事になれたらどうやって…」
元の生活に戻る、か?
「帰る?どうやって?倒すべき魔王もいない…ホイホイ帰せるなら、呼んだりしないだろう。そもそもお前たちは何のために召喚されたんだ?」
「え?魔王が居ない?私たちは魔王を退治するために呼ばれたんですよ?」
何?俺はバーマックのおっさんを見る。
すると頷きで返してきた…居るのか魔王。
一度、倒されたのに?…復活したって事か?
考えても分からんな…
まあ、混乱させないための情報規制ってとこかね。
しかし、帰るねぇ…
召喚されたこいつ等は帰れるかもしれんが、俺はなぁ…
それに白を置いて帰りたくはないな。
神共に拉致された白だ…帰れんだろ、流石に。
「お前等、勇者として召喚されてるんだろう?要は魔王を殺す事が最終目的な訳だ…」
殺すって…と答える委員長。
「魔族はこのスタンピードの元凶だって事を認識してるか?それにソコの…」
俺はクシャーラの死体を指さす。
勇者たちはそちらを見て顔を青くし睨んでくる…
「そいつは、わざと魔石を細く作り魔剣を生み出しそれを操る。そして同士討ちさせるのがソレの手だ…それでも殺すなと?俺等の世界の論理観を被害者に言ってみるか?…仲間を自分の手で斬った相手に」
委員長は沈黙して俯いてしまった…いや、確かに俺もやり過ぎでは有るんだよ?
……ちと、厳しすぎたか?
「で、でも彼女待ってる人が居るって…」
「ん?ああ、合流する相手なら居たな。一緒に撤退するつもりだったんだろうよ」
今度はツインテールの子が俯いてしまった…何か、ごめんなさい。
ハァ…何でこんな説教じみた事やってんだ俺…なんか悪役じゃねぇか。
第一俺も最初は魔剣になった『一匁時貞』を解放するために来たんだよな…
うん、完全に私情だね。
人に説教垂れる立場じゃねぇなぁ俺…むしろ、される側?
「あ~、バーマックのおっさんよぅ。ル…ファルナークはどうなったんだ?」
「ふんっ…知らんな。バラーグ様の元に戻れば分かるだろうな」
ルナはどうなったのかねぇ…
俺の怪我も止血しただけだし、ソルファも肋骨を二本ヤッてるっぽい…戻るか。
「戻ろうか?俺も無傷ってわけじゃないしな」
「魔族相手にその程度の傷で済んでいる事自体が異常ですよ…」
脂汗をかいたソルファが言ってきた…おい、大丈夫か?
「サウス!ソルファを乗せられるか?」
キューンと首を振る…そうか、無理か。
ソルファ、フルプレートだもんなぁ…流石に脱げ!と言う勇気は無い。
まあ、最終手段としてとっておこう。
「おい、おっさん。治癒魔法を使えるのいないの?」
「そこのヒヨリ・マナカ様が使えるが…どうした?」
「ソルファがな。鎧のお蔭で大した傷は無いが、肋骨を二本やられたらしい」
俺も腹を刺されてるが止血はしたし。
「ふむ…魔族相手に肋骨のみか…大したものだ」
あれ?おっさんが素直に誉めた?
「それより、そのヒヨリ・マナカってどいつよ?」
俺がまともに名前を知ってるのは巴くらいだ。
「…私です。応急処置くらいしかできませんけど…良いんですか?」
委員長か…今まで凹んでたよね?何故そんなにも目を輝かせるのか?
「…じゃあ、頼むわ。テントまで持てばいいから」
少々不安では有るが頼む事にした…
委員長はソルファに治癒魔法をかけ始める。
「はい、じゃあ上は外しますね?」
え?とソルファの返事を聞かずに委員長は鎧をはぎ取る…何か妙に手馴れてんな。
鎧の下は色気も素っ気もない鎖帷子とキルト地の服を着ている。
「直接、患部を触るけど痛くしないから我慢してね?」
え?え?と混乱するソルファ…いつの間にか鎖帷子も脱がされていた、早いな。
治療のためだから。とするりと服の中に手を滑り込ませる委員長…
「ちょっ「治療のためだから」…くっ!」
骨折部分に触れたのか少々痛そうな声を上げるソルファ。
「肌綺麗ね…あ、こんな所にも傷が…」
「あの…ソコはいいですから!折れた場所の治療を…」
何だか委員長がおかしな雰囲気だな…
チラリと他の勇者を見ると。
北条は食い入るように二人を見つめニヤニヤしている…吐き気は収まったのか?
ツインテールの子は顔を赤くして俯いて、巴は呆れ顔だ…
ソルファに視線を戻す…
「なあ、おっさん…」
「何だ?小僧…」
「治療に触る必要ってあるのか?アレ…揉んでるよな?」
「無いな、治癒魔法はある程度、離れていても効果が出る事は実証済みだ…ああ、揉んでるな」
揉んでいる、何を…とは言わないが…
しかも痴漢的な触り方だ…
委員長、お前はマトモだと思ってたんだがなぁ。
「冷静に見てないで助けてください!!?」
切実なソルファの叫びに俺は委員長を引っぺがす。
「何するんですか?まだ治療は終わって無いんですよ?」
「アホウが、そこからやれ…おっさん、コイツがそういう趣味なら早く言ってくれ。俺は魔法に詳しくないんだからよ」
眼福では有ったが流石に泣きそうな声で助けを求められたらねぇ。
そういやアリーナンはどうした?
あいつなら気づいただろうに…
チラリと白の方に目をやると…
ああ、サウスと黄助が迎撃中か…自重しろ。
「……すまんな」
素直にあやまるバーマック。
俺にじゃなくソルファにだが。
不完全燃焼で止められムスッとしている委員長がソルファの治療を終え。
俺達は総大将の待つテントに戻ることにした。
アリーナンは魔族の鎧の欠片を回収し、俺はソルファの鎧を次元袋に入れた…
治療が終わったと言ってもあくまで応急処置。
サッサと戻って本職に見せた方が良い。
なのに、何で俺がソルファを背負う事になったんだ?
「あの…よろしくお願いします」
「ちと、揺れるが…我慢しろよ?」
黄助と白の入ったリュックを体の前に回し、背中にソルファを背負う…何だこれ?
サウスは近づく魔物が居ないかを警戒しなから先導してくれている。
バーマックに背負わせる事も考えたが、あのおっさんも勇者のお守りで精一杯だしな…
アリーナンは俺の横で白を観察中だ…ウエヘヘとか聞こえるが気にしない。
しばらく歩くとソルファが問いかけてきた。
「あの、重くないでしょうか…」
むしろ柔らかいです…役得だねぇ、これは。
「ん?ああ、問題ねぇよ。流石に戦闘はご勘弁だがな」
そうですね、と笑みを浮かべるソルファ。
まあ、そんな時にこそ来るのが面倒事なんだがな…
「グルルルルッ!!」
サウスが立ち止り唸る…何か居たのか?
俺はバーマックに目配せし何が居るのか確認を取って貰う。
バーマックは頷き、軽い身のこなしで偵察に居った…他に行く奴がいねぇからな。
すぐに戻ってきたバーマックは苦い顔でこう言った…
「竜だ…近くにノーマルドラゴンが居た。傷を負っていたようだから恐らく撤退の最中だろうな…それに60体ほどの魔物の群も確認した」
うわぉ、面倒臭ぇな。
「取り合えず、迂回するか?俺とおっさんだけならまだしも、怪我人とこの面子じゃ竜なんぞ相手にできんだろ?」
ルナが居れば話は別だがねぇ…
「そうだな…まだ、竜と戦えるほど勇者様は完成していない」
だろうよ。
現状、守り手が少ないただでさえ白と黄助…ん?黄助なら魔石を使って大きくできるんじゃないか?
そのことについてバーマックに意見を求めてみた。
「ふむ…そのウィップティガーは小僧の契約モンスターなんだな?」
俺はバーマックの言葉に頷く。
「本来、階位を上げるのには魔力の器を広げる必要が有るのだが…貴様のしょぼい魔力量で契約しているから、その器さえ満たせば本来の姿に戻す事は出来るだろう。器は契約時と同じだからな。…魔石で代用するとなると恐らく一つ1時間が限度だろう、消耗品と考えた方が良い」
「1時間か…どうやって使うんだ?」
ルナと集めた大量の丸い魔石…ガネの物だと思うしかないな。
そうじゃなければ、操られて終わりだ。
「小僧が飲め」
…パードゥン?
「契約モンスターには常時魔力が供給されている、テイムモンスターもだが。小僧の魔力供給が少なすぎるから、そのウィップティガーはその姿なのだろうな。本来は、ブースター用のアクセサリがあるが…今はそれが一番手っ取り早い…飲め」
マジか…ん?
「いやいや、迂回するんだろうが。それにこの魔石の魔族が死んでると決まってないんだぞ?」
ちっ…と舌打ちするバーマック…
てめぇ、やけに饒舌だと思ったら、俺を殺すための口実作りか?
俺とバーマックが睨み合っていると…
「ガウッ!」
ん?どうしたよサウス?
「イチナさん!アレを!」
背中のソルファが何かを見つけたように声を上げた。
その先には、傷だらけの竜が一頭とそれに追われる王国兵20人の姿があった…
殿は…ルナか!!?
ルナは牽制にナイフを投げて居るが鱗に弾かれているようだ。
…足を止められないから狙えないのか?
王国兵の先頭は懐かしのカロック・ジャナス…何でこんな所に来てんだよ。
イカンなこのままじゃ、撤退中の竜と魔物にかち当るぞ!?
撤退、撤退!と声を上げて走るカロックに魔物が気づき始めている…ハァ。
「ソルファ、下ろすぞ?」
「え?はい」
ソルファを下ろしリュックから黄助を出す…
白だけになったリュックをソルファに預け、次元袋から魔石を一つ取り出し握りしめる。
…ちと、賭けだな。
「さて、サウスと黄助は俺と行くぞ?ソルファは白を頼むな?…アリーナンの護衛もだが。おっさんがどうするかはそっちで決めてくれ」
そう言ってから、俺は魔石を飲み込んだ…
ドクンッと魔力が大きく膨れ上がるのか分かる…
これなら魔法も使えるんじゃね?と思うのもつかの間。
ゴッソリと横から引き抜かれて何時もの魔力量に戻ってしまう…
賭けには勝ったが…
黄助よ、もう少し夢を見せてくれてもいいだろう?
魔力が抜かれたのを感じ黄助を見ると…
「おお、デカくなってる…でも鞭の数は一対なんだな…」
見た目は、あの老獪な老虎では無く、縄張りを持ち始めた若虎。
若々しく力強い印象を受ける。
キリッとした精悍な顔立ちだ。
あの姿になるまでどれほどの魔力を溜めたんだろうな…
黄助…魔力少なくて御免な?
「ガルゥ」
まるで、気にするなと鳴く黄助の頭を撫でる。
「ガウッ!」「ガルゥ」二匹とも四肢に力を溜めやる気は十分だ。
「行くか……斬り散らす…」
俺達はソルファの「御武運を!!」と言う言葉を受けて魔物の群に向かい走り出した。
脇差の『一匁時貞』を抜き放ちながら、まず一体…
すぐに襲い掛かってくる魔物を斬り伏せながら、サウスと黄助の様子を見る…うわぉ。
「ガウッ!」
サウスの風の刃を受けて空を飛ぶ魔物が地に落ちる。
狼特有の速さと、その鋭い爪でヒットアンドアウェイをしながら隙有れば魔法を打ち込む。
「グルガアアッ!!」
黄助が吼える…
鞭が唸り、爪で牙で魔物を屠って行く…
今まで戦えなかった分を取り戻すかのような凄まじい戦いぶりだ…負けてられないねぇ。
こりゃ60体程度じゃ足りなかったかもねぇ?
「イチナ!よかった…無事じゃったようじゃの」
完全に乱戦になってきた頃、ルナが近くまでやってきた。
「お主の所の魔族はどうしたんじゃ?我は逃げられてしもうたわ…」
マジか…
「ルナでも逃げられるとか…あと俺は援護に…オラよっと!…行ってただけだからな?……2体仕留めた」
地を這う大型のトカゲの魔物を蹴り上げ両断する。
「クフッそれでこそ、じゃの…フンッ!!…我の所の魔族は中々に狡猾での替え玉を用意しとったんじゃよ」
突撃してくるサイの魔物をフルスイングで弾くルナ…
やっぱ決闘の時本気じゃなかったんじゃねぇかよ。
「思えばアレが指揮官だったんじゃろうな…仕留められんかったんが悔しいのぅ…」
サウスと黄助が近くに寄ってきた…
どうしたお前ら?もっと暴れても良いんだぞ?
「ガウッ!」「ガルゥ」2匹ともが同じ方向をむいた?
……ああ、そうですかアレと戦いたいと?
視線の先には竜…手負いのノーマルドラゴンが居た。
俺もやりたいんだが?
まあ、2匹居るからな…別に良いんだが、不安だ怪我しないよな?
…そうだ!
「ルナ、竜を先に片づけよう。」
「む?…そうじゃな流石にこの戦力では我らしかおらんか。それよりイチナよ、そのウィップティガーは…まさか」
「黄助だよ、ちと賭けだったが…魔石を飲んで魔力を増やしたらご覧のとおりさ」
「飲んだのか!?危ない真似するのぅ…帰ったらブースター用のアクセサリを見繕ってやるから、もう飲むでないぞ?」
え?危なかったの?バーマックの野郎、危険なら教えとけよ…
しかし、どうする?1匹ずつ片づけるか?と聞いて来たので俺はこう答えた。
「ルナはサウスとあっちの1匹を頼む。俺は黄助と向こうを殺る…こいつ等も竜と戦いたいみたいでな。サウスは魔法が使えるし足は引っ張らんさ」
ガウッ!!!と気合の入った声を上げるサウスにルナは…
「クフフッ…マギウルフは本来、臆病な種なんじゃがな?…誰に似たのかのぅ?クフッ行くぞ!サウスよ!」
サウスと共に竜に向かい走り出すルナ…さて。
「黄助、契約して初めてだな?一緒に同じ相手を打倒するのは…行くぞ?」
黄助は俺の言葉に目を見開き…
「グルガアアアア!!!!」吼えたのだった。
黄助の喜びが多少なり伝われば、うれしく思います。