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猫守紀行  作者: ミスター
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多対少

イチナside



俺は無言で腐敗の頭にそこそこ力を込めた拳骨を落とす。

ついでにアリョーシャの宿っている聖剣の鞘にも攻性の氣を流してやった。


「ぎゃふん!?」

《物理攻撃で神気を通すなんて、やっぱり理不尽よ……ほぎゃあ!?》

何とも言えない声を上げてその場にうずくまる腐敗と鞘の中で叫ぶアリョーシャ。

…あー、神気で固めてたのか?意識を保ってるからおかしいとは思ったが。

まあ、意識がある分、悶絶してるから復活には時間がかかりそうだ。

今の一撃で俺等のコピーと言うのも不快な奴等は出てこなくなったが、依然としてアニキは量産されている…。


こりゃあ、魔方陣を斬って壊すしかねぇな…。

味方の魔法を壊すとか不毛すぎるんだがねぇ…。

まあ、それ以上に見ていて不快だからやるけども。


「消えろ、筋肉共!」

俺は一匁を抜き放ち、魔方陣を斬り裂いた。

《メシウマー》

腐敗の創った魔方陣は一匁に美味しく頂かれた、が。


「…消えぬのう」

「…消えませんね」

「あの、ハチカファ?いつまで目を閉じていればいいのでしょう?それとそろそろ耳を離して欲しいの。何も聞こえないのです」

「魔法が消えるまで我慢してくださいね~」

ルナとソルファの言う通り、すでに魔方陣から出ていた腐敗魔法は消える事は無かった…。

神気か?神気のせいか?神との合作魔法だからか?

…自立戦闘可能で、この数ってもう軍隊召喚してるようなもんじゃねぇか?

もしかしてこの腐敗、とんでもねぇ魔法放ったんじゃねぇか?方向性はとんでもなく間違ってるが。


「…なあ、王真君よ。俺のやる気が驚くぐらい無くなったんだがどうしようか?取りあえずホームに戻って飯でも食うか?」

ちらりと戦場を見てみると不思議とそんな感想がこぼれ出た。

「あ!僕、鬼さんに賛成です!戻りましょう!」

ハイハイと手を上げて賛成してくれるチビ勇者。


「駄目だよ!?ディニア達が危ないかもしれないのに僕達だけ戻るなんて出来ない!」

「ああ、うん。そうですねぇ…」

王真君が無駄に熱い…。

サウスや黄助がいるから心配ねぇと思うんだが…。

マキサックは再生の加護と神憑き(ハイパーギャグ補正)で、まず死なねぇだろうし。

パー子もばあさんも老衰以外では死なねぇとおもうんだが。


全く持ってやる気出ねぇが…。

カートスの治療もしてもらわにゃならんし、迎えに行くか。王様のとこにいるみたいだしねぇ。


「……あれ?何で社長とかもいんの?そういやパレサートの勇者だったか。まあ、いいか。取りあえずあそこまで行くぞ。邪魔する奴は斬り散ら……いや、怪我で留めていこうか」

「僕としてはありがたいけど、らしくないね?どうしたの?」

「そうですよぅ。もしかして、しゃちょーさん?って知り合いなんですか?その人にトラウマを植えたくないとか?」

チビ勇者の言葉にルナとソルファがピクリと反応した。


「アホウ。そうだったら闘技都市でもっと大人しくしてるわ。死体はただの障害物にしかならんが、怪我人は治療するために人がいる。運ぶためにもな。この数の軍勢だ一気に来られるとアニキ達じゃ対処しきれん、手数を減らすにゃ丁度いい。なに、腕の1、2本斬り落としたって死にゃしねぇさ」

ルナとソルファは納得した頷いているが、王真君とチビ勇者はどん引きだった。

いや、だって神気って回復遅いんだぜ?そうぽんぽん使ってられるかよ。

…まあ、しょっぱなからブッパしようとしましたけども。


「前から思ってたけどさ…、鬼いさんの死生観って現代人のそれじゃないよね…」

「死体を障害物って……改めて鬼さんが怖いと思いました…」

やかましい、今更すぎるだろ。

お前らも試しにうちのジジイに鍛えられてみろ、こうなるから。


「まあ、確かにちいと面倒くせぇがな。本来なら突っ走って王様斬ってもいいんだが、あのキメラっぽいの従えてんの教会だろ?教皇が死んだのに何でこんなに早く立ち直ってんのか知りてぇし」

パレサートを潰しちまうと帰る手段をなくす奴等もいるんでな、社長とかあの学生諸君とか。

あいつらは俺と違って帰りたいだろうしねぇ。


「ま、方針ともいえんが、あとは臨機応変、行き当たりばったりってな。ハチカファ。アイリンと下がっていいぞ、アニキーズは消えそうにねぇし、ばあさん連れ戻すまでカートスと白達を頼む。それと、戻ったらクロハををこっちに寄こしてくれ。あとは行くだけ……なんだがなぁ」

アイリンの御武運をという言葉とハチカファの分かりました~と言う返事を聞きながら、視線を戦線の崩壊した阿鼻叫喚の戦場へと向ける。


行きたくねぇなぁ…。

そう思い大きなため息をつきながら、重い足取りで戦場へと足を踏み入れる俺達だった。

……やっぱ、クロハが来てからでもいいかな?


sideout





王真side


鬼いさんはやっぱり酷い。凄いじゃなくて酷い。

いや、この状況も十分に酷いけど、これはいつもの事だ。


甘坂家の常識(殺っとこう精神)』的なモノを振りかざす程度に鬼いさんはこの世界……ガファーリアに慣れ過ぎている。

いや、慣れているとも違う。この世界が楽しいのだろう。

神薙の一族の中でも甘坂というのは元々こういうトラブル続きの世界でこそ活きる。

本来持つべき常識を、生まれた時から砕いて捨てるのが甘坂だと僕は親から聞いた。

僕の家名である高平、そして紙坂と鷹森。この神薙御三家は常識を持っていた。

だからこそ五一のおじいさんに振り回されていたのだけれど…。


甘坂と言うのは現代社会ではとても生きずらい。

こちらでは鬼神のごとく暴れまわる鬼いさんも、元の世界ではアルバイターだ。

神薙流の性質から剣道場を開く訳にもいかず、元の世界に神がいるわけでもなければ、大きな戦争がある訳でもない。

武功、というのは少し変だが、一応、アルバイトとして社会に帰属していた鬼いさんに暴れる事が出来る場所は極端に少なかった……なかったと言ってもいい。

自由人の五一のおじいさんとの鍛錬で毎度のように被害が膨れ上がっていくのもそのフラストレーションからだったのだろう。

御三家は二人の鍛錬の度にそのしりぬぐいに奔走するのが通例だった。


御三家は武だけでなく、それぞれ高平が資金繰り、紙坂が諜報、鷹森が外交と甘坂の尻拭いのためのスキルを1000年前から嫌々ながら磨いてきたため職には困らなかった。

政界や財界、果ては世界の国々まで繋がりを持っているのが御三家だ。

中には剣を捨て、その道一本でいく者も多い。それでも甘坂には逆らえない。

何故か?甘坂は純粋で生粋なのだ、混じりけがない神薙流。1000年間の集大成。

ソレの体現者と言えば五一のおじいさんだ。

取りあえず五一のおじいさんはどんな兵器を(核だろうが)くらっても老衰でしか死なないと思わせる程の理不尽さを誇っていた。

御三家がどれだけ権力や財力を持とうが、甘坂に逆らうという選択肢は最初からないのだ。

僕が何を言いたいかと言うと…。

鬼いさんはとても…、とても強いという事。


そして…。


「おい、王真君。クロハが来たら行くぞ。心底行くたくねぇが。……尻は自分で守れよ」

「…うん。分かった。ねえ、鬼いさん」

「ん?なんだ?」

「……いや、何でもない。クロハもこっちに来たみたいだ、行こうか」


創世神の罠である可能性が高いこの戦場では、僕も覚悟を決めないといけないかもしれないということだ…。


sideout





ディニアside


「ほほう。初手で戦場が混乱の極みですか……あちらの勇者様は良い趣味をしておられるようだ。正直なところ神敵がどう動くかが見たかったですね」

高位神官のウーノは、余裕ともにそう皮肉気に言い放つ。

甘坂さんが動いていたらその余裕もなくなっていたでしょうね。

もし甘坂さんでしたらまずは神気の一閃から始まり、ここに向かって最短で来ていたでしょうし、その時はサウスと黄助も動いていたでしょう。

ある意味あなた達は助かったのですよ?…まあ、遅いか早いかの違いでしょうが。


「女の子同士の絡みならガン見しますけど、あんな筋肉の塊を創るなんて神経を疑います」

「…委員長、それもどうかと思うよ?」

イインチョウと呼ばれたパレサートの勇者のリーダー格は目を反らしながらそう呟き、隣にいた金髪で吊り目の女性が諫めていた。

同じ制服を纏っていますし、彼女も勇者のようですが、ずいぶんとこう……そう発育が良いのですね。


もう一人同じ制服を纏っているツインテールの女の子は戦場から目をそらし口を噤んでいます。

これがパレサートの逆星の勇者ですか、戦場を前にして冷静ですし、しっかりと鍛えられてはいますね。


「シェルパの勇者アンナさん…。やる事が理解出来ないよ。イッチーの援護だったらもっとましな魔法あったでしょうに。…そう言えば闘技都市でも全力で「狙うはヤオイアナ」って叫んでたっけ。大変だねーイッチーも」

こちらは聖人の勇者ですね、ガイア商会を立ち上げた豪商と言われていますが、異世界の知識の使い方が上手いのでしょう。

彼女の眼には強い意志と覚悟が見えます。年長者として他の勇者をずっと守って来たのでしょうね。

総合的に見ても中々良いチームのようですが、甘坂さん達を見ているとどうしても霞んでしまいますね。


どちらも緊張感に欠けるのはやはりアンナさんのせいでしょうね。



私も戦場に視線を向けます。

……あんなにも、やる気の欠片も感じさせる事のない行軍は初めて見ますね。

クロハに跨り、戦場をまるでピクニックのようにのんびりとこちらに進んでくる様子は一種の恐怖でもあります。

彼と彼の仲間の周りを囲むように筋肉の塊が蠢き、敵を近づけていない。

筋肉の森を抜けた軍勢がいたとしても、あっという間に甘坂さん達に鎮圧されてしまう。

そう、鎮圧だ、あえて殺していないのでしょう。腕とか足とかが宙を舞っていますから本当に殺していないだけなのでしょうが。


そして次々と出現する筋肉の塊(猫耳)に、この場にいる誰もが気付かぬほど徐々に前線が押し上げられ始めています。

戦術眼を持った相手への敵戦力の分析を利用した初見殺しと言いましょうか。

すこし全体を見ようとすれば分かるのですが、どうしても目につくのは甘坂さんと筋肉の塊(猫耳)です。

味方の兵の被害は……まあ、見たくは無いでしょう。

アンナさんもこれを計算に入れてでしたらかなりの食わせ者なのですが、彼女は完全に趣味ですからねぇ…。


まあ、こんな事を考えているよりもこちらも動いた方がいいでしょう。

私があの場にいればもう少し効率よく敵の戦意を削ぐ事も出来ますしね。


「ということでそろそろ失礼させていただきます」

「いえ、今使徒様をあちらに渡す訳にはいきません。共に闘うという事が駄目なら、あなたには治癒の神と共に創世神様の御神体を治して頂きます」

何を言い出すかと思えば…。


「高位神官殿は私を止められるとでもお思いで?それともあそこの醜い神獣を使いますか?」

「いえいえ、まさか。もっと良いモノの絶対命令権を神託の間で『創世神様』に頂いておりますのでそれを使いますよ」

創世神から貰った命令権…?まさか…!


「使徒様には使徒様を…。ああ、この場で自害しろと命令すればそうせざる得ないでしょうね『彼』は。それとこの私を殺しても無意味ですので。この体はスキルニルという神具に姿を写したもの。本体は別のところで見物しています。さあ、どうします?私も出来るだけ命令権は使いたくないのですよ。回数も決まっていますし、人道に反しますからね」


サリューナ・サリスの事を棚に上げて人道を説くとは呆れますね…。

しかし、これが今の教会本部の人間ですか。

王真を利用するとは、パー子ちゃんの言う通り滅べばいいですね。

いえ、滅ぼしましょう。……そうなると、教会本部ごとやらねばなりませんね。

こういう輩は根から潰さねば意味がありません。


「分かりました。行きましょう」

「使徒様!何言ってるッすか!?」

「……行っちゃ、…めっ」

あらあら意外と慕われていたのですね。

サウスも私の服の裾を噛んでいて、黄助も鞭で私の体を拘束しています。


「使徒様が行っちゃたら誰がカートスさんを治せるんスか!?半端に治してるから面倒な事になってるんスよ!」

「……行ったら、…地の果てまで、追う。…イチナが」

そうでしたね…、カートスさんの治療をまだ終えていないのでした。

しかし、このまま教会を放置しておくと王真が大変な事になりそうですね…。

どうしましょうか…。


「何を迷う事があるどですか。自身の崇拝する神と共に仕事ができるのですよ?これほど名誉なことは無いでしょう。まあ、これだけの戦力をそう簡単に突破できるものでもありませんし、じっくりと相談して下さい。使徒様があちらに帰られるというのであれば、こちらも命令権を使って捕らえさせていただきますが」

そう言ってウーノは笑みを浮かべる。


私が戻るとなると、甘坂さんと合流した時点で王真に捕まって強制連行ですか…。

少なくとも王真の剣撃を避けきるだけの手段と足止めがなければカートスさんの治療は難しいかもしれませんね…。


あら?避けきるだけの手段と足止め?

私は避けきるだけの手段の心当たりに目を向ける。

なあに?とこちらを見つめるサウスと目があった。

……『足止め役』もいますし、良いかもしれませんね。

治療さえ終われば捕まっても良い訳ですし。

教会本部の場所さえ分かれば、神気での通信で甘坂さんが連れて来た神様にでも連絡すればいい。

…神様を連れくるってどれだけ出鱈目なのかしらね。

まあ、やることは決まったわね。


「……いやん」

「ごめんなさいね、パー子ちゃん。黄助さんマキサックさんはそのまま甘坂さんと合流してくださいな。サウスは私を乗せてカートスの処へ。最大速度でね?大丈夫よ、私は使徒ですもの」

私は仲間達に向き直り、サウスに張り付いているパーちゃんをひきはがし、黄助に乗せ換え、私自身はサウスに跨る。

そしてウーノへと笑顔で振り返り。


「少々、所用を思い出しましたので戻ります。捕らえたくばどうぞ命令権をお使いなさい」

「ほう、よろしいのですかな?『彼』は最強の勇者で、使徒ですよ?」

そうですね確かに王真は最強の勇者でしょう。

ですが、甘坂さんは最凶で理不尽なのよ、ぼうや。


「きっとあなた方教会が何を相手にしようとしているのかが、よく分かるはずですよ」

その言葉を残して私達は駆けだす。


「ちょっ!待って欲しいっす!」

「……あー、…黄助フカフカ」

「グルゥ」

若干二名と一匹を置き去りにして私の乗ったサウスは風を超えた。

…甘坂さん、王真を斬らないでくれるかしら?


sideout

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