クロノスタシス
時折ひびくページをめくる音に、私は嫌でも室内の異常な空気を思い知った。
昼休みの科学準備室――中にいるのは、私と同じクラスの富岡だけ。彼は机の反対側に座って本を読んでいる。日直だからね、授業準備で呼ばれたのだけど急用ができたらしく、ちょっと待っててくれと私たち2人を置き去りにして先生は姿を消した。
そうして、今現在に至るまで、沈黙の時間が流れている。沈黙というか、緊迫感というか……殺気を感じてもおかしくないほどの静寂っぷりだ。
断じて仲が悪いわけでもなく、むしろ日々のくだらない雑談ぐらいはできるはずなのに、どうしてこうなった……。会話が途切れないように何かしら喋っていればよかったのかもしれないな、と後悔するけどちょっと遅かった。一度無言になってしまっては、その時間が長くなればなるほど、話しかけるのが難しすぎる。
横目で時計を見る。「座って待ってようか」と言ったのが、なんだか5時間も前の事に感じるのに……まだ5分しか経ってない。
(なんか、キッカケないかなぁ……)
救いを求めて、目の前の雑誌に目を落とした。大きめの作業テーブルの上には、乱雑にいくつかの雑誌が置いてある。一番私の近くにあるのは「知能と心の科学」。ニューロンがどうとかいう奴だ。ダメ。話が膨らみそうにない。おまけに読みたくもないし。
事態はいっそう深刻化している。呼吸をするにも気を使うようになってきた。部屋の中はまるで見えない型にはまったかのよう。ちょっとでもズレる動きをすると、その音はたちまち数倍になって響き渡る。実際、時々聞こえる彼のページをめくる音は、私の神経を過敏にさせるばかりだった。
何分たった?……まだ7分。これはキツイ、これはキツ過ぎる。
大体、私は彼が好きなので、この2人きりという状況はオイシイはずなのだ。
そう、ドキドキして少しばかり心が落ち着かなくなるもんだけど、今のコレは断じて違うだろう。ドキドキの意味合いが違う。喜び通り越して苦痛だ。
一分一分が非常に長い。私は音をたてないように溜息をついた。
このままじゃいけない。
といってもなぁ。さっき言葉を交わしてずいぶん間が空いた。いきなり声をかけても変に思われないだろうか?そもそも話題がないよ。つまらないな、うるさいなって思われたらどうすればいい?
自分が思うほど相手は何も考えていないものだよ
さぁ、話してみろ
先生ずいぶん遅いよねって声に出して言ってみろ
彼は優しいから、きっと何か返事をしてくれるに違いない
勇気を出して
「――」
結局、私は口を閉じた。
できるかもしれない楽しい会話よりも、今この張りつめた空気を壊すのが恐ろしい。
こんな感じでチャンスをスルーしちゃうんだ。後になって後悔するくせにね。とはいえ、それが自分なんだから仕方ない。
遠くから足跡が聞こえる。
こんな居心地悪い空間に追い込んだ先公が帰ってきたようだ。
部屋の空気が緩んだのは、気のせいじゃないだろう。
お読みくださりありがとうございます。
好きな人と一緒にいれば必ず嬉しい訳じゃない。