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Lone Girl  作者: フィルワーズ
第三話「命があれば」
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生還

 汚いトタンの屋根を裸足で駆ける。サラサラとする灰色の粉が足の裏についていく。屋根から屋根へ。時々、足を滑らせて体勢が崩れる。それでもなお、少年は進むのを止めない。


 ――俺はこの場所を知っている?


 これが夢だと分かる。少なくともゴウはこの夢の中でそう理解していた。

 だが、ただの”少年になった夢”にしては、リアリティが高い気がする。トタンについた足跡も、その上を走る感触も。いや、この見るからに錆びた鉄の板や腐食している木の板で作られた継ぎ接ぎだらけの町も、まさに本物のようだ。


 足元に視線が移る。そして、屋根の端で少年の体は跳んだ。やや横回転をいれながら少年の体は落下していく。後ろに振り向いたとき、そこには豪華で金の装飾された趣味の悪い服を着た数人の男がいた。


「――――」


 数人の男達は、屋根からだけでなく家の小路からも飛び出してくる。完全に囲まれていた。何を言っているのか聞こえないが、少なくとも「仲良くパーティしよう」なんて言っているようには見えない。


 男達は帯刀していた武器を抜く。簡単に折れてしまいそうな細い剣だ。それで一斉に少年に襲い掛かる。それを少年の立場になって見ているゴウには堪ったもんじゃない。恐ろしさで叫ぼうにも、今は少年の体だ。そんな自由は夢を見ているゴウにはない。


「――――」


 少年は目を瞑らない。同じように帯刀していた剣を引き抜く。こちらも同じような細い剣だ。ただ一つ、彼らの剣と違うところは血がついているか、いないかだった。


 少年は渇いた土の上に着地をする。それから、男達の方を向いた。近づいてくる数人の男達の動きが変わる。あの時と同じように、動きが見えるようになる。

 男の一人が両手で剣を構え突進してくる。だが、見えるのだ。その攻撃の隙が。

 少年はあくまでぎりぎりで躱す。いや、わざとぎりぎりに躱すことにより、隙を作ったらしい。自分よりも大きな男の懐に簡単に入る。


「――――」


 だが、その剣の使い方は独特であった。見るからに細い剣であるのに、突かずに振ったのだ。この少年は刺突用の剣の使い方も分からないのか、と苛立つが、結果は思っていたものと違っていた。男の体を簡単に両断してみせたのだ。その細い剣で皮膚も、血管も、筋肉も、脂肪も、骨も少年は断ち切って見せた。


「――――」


 それを見た男達は今度は四人がかりで襲い掛かる。後方部で構えた細い剣を突き出す。それを四人同時に行った。狙う場所もそれぞれ別。ある者は頭。ある者は体の心臓のある中央。ある者は右腕。ある者は太股。

 だが、そのコンビネーションに少年は驚くことなく、冷静に攻撃に対処する。


 少年の持っているこの武器だけは突かずとも、斬れるのだ。そう、鉄でさえも。その瞬間だけは、少年の動きにゴウの目は追いつけずにいた。気が付けば、回りで男達がバラバラになっている。その血が地面に染み込んでいく様子に変わっていた。

 それを見た男達が数で勝っているにも関わらず、逃げ出す。何人か失禁していたみたいだ。


 完全に誰もいなくなったところを見て、少年はふらりと力尽きたように倒れた。夢なのにその少年の感覚がゴウには伝わってくる。この少年はお腹がすいているのだ。

 全身を必死に動かし、上半身だけとなった男の胸倉を探す。指先がなにかに触れた。袋があった。その中に手を突っ込んで、少年は何かを盗る。良い色に焼けたパンだ。男の血で少し柔らかくなっている。


 少年はそれを口の中に放り込んだ。喉に詰まるのなんてお構いなし。鉄と小麦の味がする。それを必死になって食べていた。やがて、それに塩辛い味が加わった。

 少年は泣いていた。声も出さずに。


  *   *


 眼はゆっくりと瞼を追いやっていく。左側が暗い。それに軽い痛みを感じる。

 頭はまだはっきりとしていないが、一つ分かったことがある。

「まだ……生きてる……」

 生きている。その結果がゴウにとって一番大事だった。”死ぬことなんて考えるな。生きていれば必ず幸せになれる”。たった一人だけいた義兄の言葉。今では義兄弟達の掟のようなものになっている。


 ゴウには親などいない。いつの間にか一人だった。同じ一人ぼっちだった義兄についていった。そのおかげでこうして今も命を繋いでいる。

 体に力を入れてみるが、少ししか動かない。痺れているような感覚がある。手術でもされたのか。


 それでも首だけはしっかり動いた。辺りを確認する。

 あまりにも小奇麗過ぎる真っ白い病室。ゴウの傍には様々な機器が動いていた。どれもこれも初めて見るものばかりだ。白っぽい箱のガラスには、細い線が上に下に激しく動いている。そのガラスには常に変動する数字も描かれていた。

 自分の体にはいくつか管が刺さっている。痛くはないが、妙な感じだ。


「ゴぅ……」

 自分の足のある場所には寝息を立てるユキの姿があった。ガーゼがいくつか貼られている。が、どうやら打ち身程度で済んだらしい。とにかく生きていてよかった。


 何か物取りなさを感じる。そこで一目散に飛び出していった彼女のことを思い出した。

「……ここにいないのはリップスだけか……」

 動くな、と言ったのにリップスは、「ワイルドランド」の六階フロアに到着してすぐに飛び出していった。――異様な雰囲気の場所で勝手に行動するリップスをゴウは見捨てた。


 生きることが大事なのだ。あんな身勝手な奴はほっといてもいい。


 そんなことまで思っていたのに、いざいなくなってみると寂しさがある。リップスはヒューマノイドだ。似たような奴なんて腐るほどいるだろう。あの時のリップスと同じような奴はいないだろうが。


 コンコンと、ノックをする音が聞こえる。いつもなら身構えるくらいする。だがしかし、今のゴウにはそんな行動はできない。ただ静かに扉が開くのを凝視するくらいしかできなかった。

 スライド式の扉が開く。出てきたのは誰が見ても大男だったが、目が覚める前に見たあの化け物と比べると圧倒的にこちらの方が小さく感じる。


 大男は茶色のトレンチコートを着たままやってくる。そして、ゴウの前で帽子をとった。その顔を見て、ゴウは彼が人間でないことを悟った。

「……ゴウ・レイジングブルだな」

「そうだ」

 ちゃんと喋ることが出来る。それを今、確認した。


 顔には二本の線が入っている。目は気持ち悪いほど水晶レンズになっているようだった。彼は大型のヒューマノイドだということはすぐに分かった。

「……手違いがあったこと、お詫びする」

「手違い?」

 ゴウはまだ警戒する。そのヒューマノイドは無機質な表情で答える。


「彼女のことだ」

 ヒューマノイドがトレンチコートを脱ぐ。すると、床に丸いものが落下した。猫のような耳に、水色のウェーブのかかった髪。間違いない、リップスだ。リップスの首だ。だが、何が”手違い”なんだ?

「本当は私が来る予定だった。”案内役”としてな」

 ゴウは内心納得する。こんな重要な案件にこんな馬鹿みたいな性格の奴を寄越す訳がない。


「それで相談だ。彼女はこの計画のことを一部とはいえ、知ってしまった。このままなら、我々は彼女を廃棄ジャンクにしなければならない。そこで我々は選択肢を用意した。一つ、彼女に我々の計画を話し、協力者になってもらう。二つ、彼女を巻き込まず、廃棄ジャンクにす」

「前者だ。”協力者になってもらう”」


 ゴウはすぐに答えた。答えなどとっくの昔に決まっている。生きていれば、壊れていなければ、必ず幸せは掴めるはずだから。それに――

「……決めるのが早いな。このままだと彼女は苦しむことになるかもしれないんだぞ」

「……こいつうるさいんだ。出会った時から『ジャンクにされたくない。ジャンクにされたくない』って連呼してるんだぜ。……だったら、答えは決まってるだろ」


 大男のヒューマノイドは落ちていたユキの首を掴んで今も空いている病室の扉の先に行こうとする。ゴウは慌てた。

「おい! どこに連れて行く気だ!」

 ヒューマノイドはあくまで無機質に、淡々とした口調で答える。

「こいつには体がいる。働いてもらうからな」

 乱暴に髪の毛を掴まれるリップスの表情は、どこか穏やかであった。

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