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Lone Girl  作者: フィルワーズ
第二話「バケモノキャンディー」
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バケモノキャンディー

 目を開けようとする。が、どうも左目が開かない。どうやらやられたらしい。馬鹿力め。

 自分の体じゃないんかと思うほど、体が熱を持っているのが分かる。まだ脳内麻薬アドレナリンが出ているということは生きているらしい。


「おい! 誰かいるんだろ! 誰か助けてくれ!」

 傍で誰かが声を張り上げている。まだ頭がはっきりしていない。のに、こんな甲高い声が耳に入ってくるもんだから、キンキンして仕方ない。


 うるさいだまれ。そう言おうと口を開こうとする。

「ぁ……」

 口内に鉄の味が広がっていく。そうか俺は確か……

 スーッと血の気が引いていった。意識がはっきりしてくる。思い出した。それとともに、体の痛みも蘇ってくる。ギチギチと骨が軋む。左腕の感覚がない。全身を暴力的な痛みが襲い始める。

 その痛みに叫びたくなるのを、歯を食いしばって自分の中だけで押しとどめる。顔の筋肉が強張り、血管が浮き出た。


 天井を見上げ、それから目の前に視線を戻す。赤黒く染まったフロア。床に転がっているのは、火器のカスタムパーツ。それに反り返った刃物の破片なんかに、ついさっきまで人間だったもの。

 その先に小さなユキがいる。必死にゴウの倒れている場所に向かおうと、リップスの首を持って走っていた。その傍には自分をぶっ飛ばしたであろう巨大で筋肉質な腕が見える。

 ――行かないと。だが、あそこに今の自分が行ったところで何ができるだろうか。何もできないに決まってる。


 自分の血と誰かの血で、せっかく買ってもらった茶色のローブは、マフラーは所々赤黒くなっていた。あの筋肉質な腕を、まだ開いている右目でゴウは睨み付けた。恨みを込めて。


「……それを俺の傍に置くなぁ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐガルスマンに苛立った。黙っていろよ。そうして、目を向けた。一つの瓶が床に転がっている。その瓶から避けるようにガルスマンは後退りをしていた。

 転がっている瓶をゴウは見たことがある。

「おい……。その瓶の、中身は……」 

「化け物になる薬だ!」

 すかさずガルスマンが答えた。その表情は絶望で溢れ、嘘を吐く余裕なんてないことを確認する。

 その答えを聞いて、ゴウはあの男の言葉を思い出した。――”あのアメの食べ過ぎには注意するんだ”。これはどっちの意味になる?


 振動で瓶はゴウのすぐ傍にやってくる。中にはアメが入っている。透明で綺麗なガラスのような球。

 悲鳴を上げる体を無視して、右腕を伸ばす。体のことなんてどうでもいい。どうせ、このままならどっちにしろ死んでしまうだろうし。そして、瓶を手に取った。無機物の冷たさがそこにある。グロックの店で手に取ったベレッダと同じ感覚だ。

「おい! お前も化け物になっちまうぞぉ!」

 飛び散った血が付いた柱に、背中を預けるガルスマンに聞く。

「それは、どういう、意味だ……?」

 喋る度、満足に呼吸が出来ず、痛みが走る。が、どうでもいい。ゴウの憶測が正しければ、なんとかなるかもしれない。この痛みも。


「その瓶に入っていた”アメ”をドルドが噛み砕いた瞬間、あいつは……あんなバケモンになっちまったんだよ!」

「食べたのは、一つ、だけか?」

「そうだ! そんなことより早く助けてくれぇ!」

 本当にうるさいなこいつ。さっきから自分のことしか考えてなさそうだ。そんなに騒げるんなら死にはしないよ。でも、おかげでなんとかなるかもしれない。


「”バケモノキャンディー”……か……」

 食べれば、化け物になる。シンプルにそういうことか。

 瓶の蓋を片手で握り開けようとする。ダメだ。力が入らない。なら――

 ゴウは瓶を持ち上げて、落とした。瓶が床にぶつかり、ガラスの破片へと変わる。それと共に透明な”バケモノキャンディー”が床にぶちまかれる。ゴウはそのうちの一つを手に取った。

 それを見て、ガルスマンが叫ぶ。

「おい! 何やってるんだぁ! お前もバケモンになるつもりかぁぁぁぁ!」


 手が小刻みに震える。怖いのか。いや、ここで死ぬ方が、何もできずにユキを見殺しにするほうが怖いに決まってるだろ。

「あー、そうだ……。俺は、バケモンになる。――それで生き延びられるなら、いくらでもバケモンになってやるよ」


 生きるため。そのための選択。


 バケモノキャンディーを口に放り込み、ゴウはそれを噛み砕いた。


 味はなかった。ゴリゴリと口の中で噛み砕いてみる。体には何の変化も起きない。ただのアメだったのか……。そう思っていた矢先だった。

「あ……ああああぁあぁぁあ!」

 激痛が全身を巡る。さっきまで全身に走っていた痛みとは全く別の”痛み”。この痛みが来る前の痛みは”ただ痛い”だけであった。だが、今のこの”痛み”は違う。体の奥から痛みが……いや、頭の奥深くの大切な大切な場所から痛みが広がってくる。

「あああああぁああぁあ!」

 立ち上がって、力の限り柱に頭をぶつける。だが、痛みは和らぐことがない。神経を抉るような痛みは、おさまることをしらない。頭から生暖かい液体が流れる。


 右目を見開く。そして、自分の右腕を見た。変わっていない。何一つ変わっていない。相変わらず血塗れの腕でしかない。

 失敗だ。選択を間違えてしまった。化け物になれば体が変化する。その変化で傷も治ると踏んでいたのに。ユキを守れると思っていたのに。声のあらん限り、ゴウは叫んだ。

「くっそおおおぉ!」

 床からあの腕が飛び出す。巨大で筋肉質で、見るからに凶悪そうな腕。瓦礫や死体を飛ばしながらの登場に度肝を抜かれたのはガルスマンの方だけだった。


 なぜか逆にゴウは冷静になっていた。不思議と野性的で暴力的な化け物の腕の動きがよく見える。それもゆっくりに。

 反撃できる。ゴウはそう直感した。動かないはずの足が勝手に動き出す。落ちていた片刃を右手で握って指骨で持ち、体重を乗せて化け物の腕に向かって横に振りぬいた。あまりにもあっけなかった。巨大な腕が床に落ちる。その質量に準じた落下音が床に響く。


 何が起こったのか。それはゴウが聞きたいところであった。ゴウの目には映っていた。この銃弾をも通さない筋肉質な腕の”斬れる場所”が。

 床がゆっくりと亀裂を作る。少し山なりに膨れ上がったと思うと、そこから牙のある巨大な豚の化け物が飛び出してくる。右腕があった場所から赤黒い液体が流れ出ていた。


 よく見える。今までなんでこんなにも見えていなかったのかと、疑問をも感じるほどに。

「くっ!」

 頭の奥から来る激痛で目を瞑る。だが、何が起こっているのかは気配で分かる。というよりも見えているようだ。


 化け物は左手に構えたハルバードをゴウに向かって振り落す。それをゴウの体は余裕をもって体を傾けて躱す。そして、軽く足に力を込めて、飛び上がった。右手に持つ片刃を程々の力で握り、相手に突き刺す構えをとる。脳の信号も追いつかない。素早い動き翻弄されている化け物は、ゴウの姿をただ追いかけるだけだった。

 体が勝手に動く。勝手に動いて、一番適した行動を行う。それはゴウが何も見えない世界で感じたことだ。


 体が火照る。興奮する。痛みなんてどうでもよくなるほどに、体が歓喜していた。

 ”何か”を突き刺す感触。それが腕から伝わってきた。目を開けずとも理解できる。この化け物を殺したのだと。絶命させたのだと。口元が歪んだ。ゴウは片刃から手を離す。

 突き刺した場所から化け物の血が噴き出してきた。それを全身に浴びながらゴウは落ちていく。それとともに意識もフェードアウトしていった。

 意識の最後に聞こえた音。それは自分のことを呼ぶ声だった。

ようやく第二話終わりです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。まだまだ続く予定ですので、よろしければ、これからもよろしくおねがいします。

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