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Lone Girl  作者: フィルワーズ
第二話「バケモノキャンディー」
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やっぱりアタシは弱かった

 空中にいる、という感覚はまだ慣れない。ある程度、鏡の反射具合を調整できると言っても、空中に放り出されて不安を覚えない人はいない。


 ユキは四階の手摺りを掴む。吹き抜けからここまで能力だけで上がってきていた。疲労があるわけではないが、やはり怖いものは怖い。

 通路側を見る。みんな真っ青な顔をして、逃げだしていた。ここにさっきまであった差別などない。ただみんな逃げるだけ。体の大きな者が体の小さな者を蹴飛ばし、その体に似つかわしくない声をあげて、走り去っていく。


 その光景に腹が立つ。右手の人差指を向けた。指に力を込め、いっそのこと転ばしてやろうかと思っていた。だが、止めた。そっちの方が邪魔になる。それよりも早く、この騒ぎが何なのか確認しなければならない。


 騒ぎがどこで起こっているかはすぐに分かった。音がするのだ。そう、銃声が。少なくとも何があるのかはそこに行けば分かるだろう。音がする場所は――六階。

「六階……って確か、武器とか簡単な兵器とか売ってる場所……だったっけ」

 嫌な予感がする。ゴウ達を置いてきてしまってよかったのだろうか。


 ユキは自分の拳銃――トラースルガー・ブラックホークとヒップホルスターを取り出した。自分の腰回りにヒップホルスターを装着し、ブラックホークをそこに差し込む。右側面に装着したブラックホークをすぐに抜けるか、軽いチェックだけをしておく。それが終わった後、ユキは九ミリ弾を込め始めた。


 めんどくさい。

 さっきグロックの店で一度解体して整備をしてから触っていない。家に帰ってから弾を込める作業をしようと思っていたのに。


 合計六発の九ミリ弾をシリンダーに入れ、専用の蓋をする。ブラックホークはリボルバーの中でもリロードのしやすい”中折れ式”ではない。逆にリロードスピードが遅いであろう”固定式”。簡単に言えば、弾丸が入るシリンダー部分を簡単には取り出せない形式になる。

 なんで強い弾が撃てるからって理由だけで、こんなめんどくさいの選んじゃったんだか。グロックのその話を聞いて、ユキはこの拳銃を買ったことを少しだけ後悔した。


 ホルスターにブラックホークを突っ込み固定する。そして、ユキは天井を見上げた。豪華なシャンデリアがいつもと変わらなそうに光を放っている。

 パチンと両の手で顔を叩く。それから、鏡を足元に作り出し、落ちる衝撃を反射して上に向かっていく。この一瞬の、落ちる感覚にはまだ慣れない。


  *   *


 鏡を空中に固定して足場にする。そして、手摺りから少しだけ顔を出して六階の様子を伺った。だが、ユキはそれを見て、すぐに目を逸らした。吐き気がこみ上げてくる。が、我慢しなければならない、と飲み込んだ。少し酸っぱい味が口の中に広がる。


 ここだけ何もかも違っていた。辺り一面に赤い液体が撒き散っており、時折、人の体の一部らしきものが落ちている。あの腕なんか無理やり引き千切られたようで、骨も赤黒い肉も荒っぽく残っていた。少し細い線のようなものが見えるが、あれはなんだろう。ユキには分からない。

 一瞬じゃダメだ。もう一度ユキは顔を上げた。


 誰かがいる。砕け散ったショーウインドーのガラスの破片の先に、売り物としてこれから買われていったであろう黒っぽい拳銃達の先に、いた。ここの天井は大人二人の身長を合わせても届かないはずなのに、それを悠に超える高さを持った誰かがいる。


 いや、あれは人なのだろうか。言葉が出ない。

 遠目では形くらいしか見えない。が、その形がどうも人の形をしていない。言うならば”化け物”。

「た、助けてくれぇ!」

 その化け物が細身の男の片腕を掴んでいるように見えた。もう片方の腕はダラリと垂れ下がり、力なく暴れている。


 このまま何もしないのだけは嫌だ。アタシが助けるんだ!


 偵察に来たことなど、状況を確認しに来たことなど完全に忘れていた。

 自分の背中から少し後ろに鏡を作る。そして、それを蹴った。蹴った時の勢いと反射が合わさり、ユキの体はその化け物に向かって跳んでいく。


 近づいていくほど分かる。その化け物が二本足で立つ巨大な豚だということが。

 たかが豚。だが、その凶悪な顔には牙は生えている。よく見れば、服も着ていた。その服は無理やり内側から破ったように見える。まるで人間だったようだ。


 ユキは右手をブラックホークに、左手人差指をその男を掴んでいる手に向けた。

「ポイント!」

 渇いた音がした。細身の男は空中に投げ出されている。それを鏡で受け止める。反射させなければ、この鏡は板になるのだ。無理やり何かの間に差し込むなど造作もない。


 しかし、ユキはこの男の顔を見て驚いた。この男の顔をユキは知っている。覚えている、というよりも昨日見たのだ。

「あんた……ガルスマン……っ!」

 二人組の賞金首の片割れ、ガルスマン。昨日、飲食店で出会い、へたくそなモノマネまで披露した下品な男。


 涙を流しながらユキの服を、まだ動く右手で掴んで懇願する。

「頼む……っ! 助けてくれっ! ドルドがバケモンになっちまった!」


 気配を感じて鏡で前方向に飛び出す。その間、姿勢はぐちゃぐちゃだったが、その判断は正解だと宙に投げ出されながら思った。さっきまでいた場所が抉られている。手に持っていた棒付きの斧――ハルバードを力任せに振り回した証拠だ。


 うまく受け身が取れずに床に背中を打ち付ける。べちゃっと嫌な音がした。赤黒い液体が飛び散る。飛んできた血が顔の左側に着く。鉄臭い臭いがより一層濃くなった。

「気持ち悪い……」

 しかし、そんなことを言っている暇などない。すぐさまユキは立ち上がった。そして、グロックに言われた通り、ブラックホークを目の前に化け物に向ける。

「両手で……しっかり握って……」

 ハンマーを指で引き起こし、引き金に指を入れる。

「……撃つ!」

 引き金を引いた。ハンマーが勢いよく元あった位置に戻り、弾丸を殴った。九ミリ弾が化け物とさほど離れていない距離で発射される。


 弾丸は、金属特有の輝きを放ちながら馬鹿正直に化け物に向かっていく。これだけ、化け物の大きさがあればそれは当たるに決まってる。それは当たり前だが、化け物はその弾丸を躱そうともしない。その理由はすぐに分かった。


「え……?」

 確かに命中した。化け物の腹の左方に。だが、銃痕はできない。そればっかりか、かすり傷一つなかった。


「ウソでしょ……!?」

 悲鳴に近い声をユキは出した。ありえない。こんなに近くで撃ったのに。

 初めて恐怖を感じた。赤黒い液体で汚れたハルバードをユキに向ける。ユキは咄嗟にさっきと同じように目の前に鏡を作って後方に向かって飛んだ。が、すぐに柱にぶつかって動きは止められる。


 逃げられない。怖い。死にたくない。まだ、死にたくない!

 呼吸のリズムは滅茶苦茶。頭もぐちゃぐちゃ。ユキは完全に冷静さを失っていた。意識が朦朧とする。恐ろしさで体に力が入らない。誰か助けて。


 化け物はハルバードを振りかぶった。そして、振り抜く。目を瞑り、いなくなった兄のことを想う。


  *   *


 ユキの首はまだ体と繋がっていた。逆に繋がっていなかったのは、目の前に現れた濃い水色のワンピースを着た人間ではない少女だった。


「あ……っ! リップスっ!」

 リップスの白い綺麗な顔が床に落ちた瞬間、赤く染まった。その瞬間を見て、ユキは再び発砲を開始する。

 ハンマーを引き、引き金を引く。その行為を声帯がもつ限り叫びながらユキはおこなった。四発のうち一発が化け物の左目に命中する。


 野太くて高い音が一帯に響く。左目から血を流しながら、化け物がハルバードを振り回す。ユキは目の前に迫ってきた刃をしゃがんで避け、リップスの血に塗れた顔を抱きかかえて走った。

 後ろから足音がする。ドスンドスン、とかなりの重量の物体が近づいてくる音だ。


「助けてぇっ!」

 ユキは大声で発した。足に力が入らない。もう追いつかれる。そんな時だった。


 三発の発砲音。顔を上げた先にいたのはゴウだった。ベレッダNTを構え、豚の化け物を見据える。

「こいつ、銃効かねぇのかよ!」

 

 横に飛べ、とゴウは声を張り上げた。その指示通りユキは地面を右足で蹴り、左側に倒れこんだ。ゴウは右側に跳ぶ。


 化け物は止まらない。

 激しくその巨大で筋肉質な足が動き続ける。勢いをつけすぎてしまったらしい。それをゴウは狙っていた。


 ゴウのさっきまでいた場所の後ろ。そこにはエレベータ用の扉があった。化け物はそこに向かって突っ込んでいく。ゴウ達を追いかけようと、止まろうとしているようにしているが、もう遅い。


 肉壁と中身のない鉄が強烈にぶつかった音。そして続く、なにかが外れる音。


 電力が来ていないせいで、そこはもうただの扉付きの穴になっていた。


「……お客様、“一匹”、一階に参ります」

 化け物はエレベータの扉をぶち破り、真っ黒い空間に向かって進んで――落ちていく。


 落ちていく化け物を視認したユキは、改めてゴウの行動力に驚いた。ユキの能力のような便利なものをゴウは持っていない。にも関わらず、なんとかしてみせた。ゴウはユキの元に歩いていく。「お前さ、もうちょっと考えて動こうぜ」

 そして、ゴウは倒れたままになっているユキに手を指し伸ばした。ユキの服は誰かの血で紅く染まっている。

 リップスの首を抱きかかえながら、ユキはその手を掴もうとする。だが、ユキの手はゴウの手に触れることはなかった。


「オオオオオォォォオオオ!」

 床から突然生えたあまりに太すぎる腕。その腕は床を抉っていく。その腕はゴウの小さな体も呆気なく巻き込んでいく。無慈悲に。理不尽に。

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