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Lone Girl  作者: フィルワーズ
第二話「バケモノキャンディー」
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プレゼント

 ここに来て、駄々をこねられるとは思わなかった。

 これからの予定と言えば、ある程度決めていたのだ。だからこそ、”案内役”まで用意したのというのに。


「寄り道なんてしている暇ねーんだぞ?」

「寄り道ね……。だけど、そんなボロボロの服を着ているあんたには服が必要だと思うんだけど?」


 ユキは複合商業施設「ワイルドランド」に行こうと提案していた。このテレサシティの中で最も大きな店だ。新鮮な野菜から、最新兵器まで取り扱う「ワイルドランド」の噂をゴウも聞いたことくらいはあった。が、あるだけで、今日の”予定”には含まれていない。


 しかし、彼女もまた折れなかった。「あたしが服を買ってあげる」とか「最新の武器とか興味ない?」といった言葉でゴウを釣ろうとする。その頼み方はまさに友人に「買い物に付き合って」と軽く言うのと同じようなものだった。


「行ってやりぃなよ、ゴウ……。こんなところでぇ、お喋りされると……ヒヒッ……商売の邪魔になるからねぃ……」

 グロックは横に長い看板を抱えながら催促する。


 溜め息を吐いた。女というものはどうも扱いにくい。そう考えていると、嫌な思い出まで蘇ってくる。

 汚れたアスファルトにしばらく視線を落としてから、ゴウは答えた。

「分かった。……ただし、昼までだ」

「頭硬いわね。……本当に、あんたのためにも言ってるのに……」

 ぶつくさ言われることくらいどうでもいい。そもそもゴウの目的は「ユキを監視すること」なのだから。


 リップスはまだ店内にいた。ゴウに言われていたことを必死にやっている、ようには見えない。ただ、一つの壁を見つめていた。壁にはBK‐46のような機関銃が掛けられている。だが、掛けられているだけだ。それ以外、何もない。


 ゴウは店内にいるリップスに声を向ける。

「リップス行くぞ。うちのお姫様が買い物したいそうだ」

 ハッと気づいたリップスは店内にある武器やら棚に体をぶつけながら、ゴウのところまで急いで走ってくる。


 その様子を頭を抱えて見るのはグロックだった。

「おぃ……お前のとこの娘は、みんな綺麗だが、みんな頭おかしいんじゃなぁいか……」

「一目でわかるだろ」

 皮肉に皮肉で答えることくらいしか、ゴウには出来なかった。


   *   *


 目を奪われる。見渡す限り人、人、人。床も壁も人で埋まって良く見えない。その年齢層は、ゴウよりも年齢が低そうな子供から老人まで様々だった。


 これが生活水準の違い。空中てんごく地上じごくの違い。ここ「ワイルドランド」には見る限り、ユキの言う通り、なんでも揃っていそうだった。飯、服、玩具に武器。見るからに役に立ちそうにない変なものすら置いてある。


 ゴウは考えていた。こんな場所に義弟達を読んでみればどうなるのか、を。きっと皆、目に映るものすべてに興味を持って、見たことも無いような笑顔でゴウを見てくれるだろう。目をキラキラさせながら、「お兄ちゃん」と呼んでくれるだろう。

 手を伸ばす。ついついそんな想像の世界をゴウは追いかけようとしていた。


「ゴウ? 大丈夫?」

 ユキの言葉で目が覚めた。伸びきっていない腕をゆっくりと下げ、「大丈夫だ」と答える。

「なんでもない」それは、なんでもなくないときのテンプレート文である。


「そう? だったら……なにも言わないけど……」

 ユキは深く聞いてこない。その心はどこかで傷つくことを恐れているのかもしれない。


「えっと……ご主人様、私はこれから何をすれば?」

 人の気など知りもしないヒューマノイドは、自分の存在意義をゴウに問う。半日しか経っていないのに、それも慣れてきた。

「……ユキが行きたいところを案内してくれ」

「分かりました」


 どれだけ見てくれが人間であろうとリップスは人間じゃない。最初に会った時も涙を流しているような声を上げていたが、その目には水滴などついていなかった。

 心がありそうでないんだな、とゴウは、先行する二人を視野にいれながら思った。


 悠々と二人は人混みの中を進む。何人かゴウを見る。同じような服を着た少年少女や頭が禿げあがっている質の良い服を着た中年の男までゴウを見ていた。その目は軽蔑の目だ。中年の男こそ、チラリと見る程度であったが、少年少女は違う。「汚い」だのなんだのと、思ったことを口にした。


 今歩いている一階中央通路のすぐ隣には、甘い匂いのする店がいくつもあった。見るだけで胃がもたれそうな甘いお菓子の店。一つだけでは飽き足らないのか、サッと見渡す限り三、四つくらいありそうだ。

 ユキがその店の隙間に吸い込まれていく。そんな欲に駆られるようなお金なんて貯まっていないだろうに。というよりも、どこから彼女にお金が入ってくるんだろう。


 本日、数度目の溜め息を吐く。そして、ユキ達が曲がった角に自分も入った。

 突然、ブワッと音に覆われたかと思うと、何か柔らかいものに包まれる。これは布か? そう感じながら、ゴウは自分の顔に乗ったそれを慌てて手に持ち直す。

 ゴウの腕に包まれていたのは、腰の長さまでしかない茶色いローブ。それに蒼いマフラー。足首のところがキュッとしまっているグレーのズボン。お世辞にも趣味がいいとは言えない。


「それ着ときなさい。少なくともブランド物だし、白い目で見られるなんてなくなるから」

 少し歩いた先にユキがいた。ユキなりの思いやりだった。

 持っていたポーチから財布を取り出し、お金を見せる。それを店員らしき女に渡していた。ゴウからすれば不思議な光景なのだが、ここは空中都市だ。地上都市とは違ってお金の価値が安定しているんだと、納得させた。


 支払いを終えたユキが言う。

「早く着なさい。あそこに更衣室があるから。本来は試着用だけど、まぁお客だし、購入済だからなにも言われることなんてないと思うわ」

 ――自分の服。腕で抱きしめながらゴウは思った。今まで自分をないがしろにしていたような気がしたと。


 ゴウはすんなりと言われた通り、更衣室に向かった。更衣室のカーテンを開ける。そこには大きな鏡が待ち構えていた。そういえば、彼女の能力も”鏡”だ。そんなことを考えながら、自分のまだ自分では綺麗だと思っていた服を脱ぎ捨て、新しい服で身を包む。


 軽い。それでいて暖かい。着心地は悪くはなかった。

 鏡には自分が映っている。自分の顔は少しどころじゃなく汚れていた。髭も十四歳ながら少しだけ伸びていてだらしがない。髪もボサボサだ。


 カーテンを開けると二人がいた。

「おー、似合ってますよ! ご主人様!」

 リップスがお世辞を言う。なんだか恥ずかしくなってきていた。口元が緩む。顔が赤くなる。

「笑えるじゃん」

 不意にユキがそう口にする。


「う、うるさい!」


 初めてだった。ゴウが年齢相応の言葉を発したのは。

 どこか大人びているゴウと今のギャップが面白かったらしい。ユキは笑い始めていた。悪態をつきながらユキはゴウをからかう。

 だけど、不思議と悪い気がしない。ゴウも笑っていた。常に誰かを睨んでいた目は優しく彼女を見つめ、つい口を緩めてしまう。


 これが仕事だということを忘れていた。楽しい時間だった。テレサシティに来て、初めて楽しいと感じた。

「それじゃ、そろそろ行くか? 予定の場所とやらに」

 ユキがゴウに聞いた。だが、最初とは違った答えをゴウは出した。

「いや、少しここでゆっくりしていこう。リップス、案内を頼めるか?」

「分かりました! 任せてください!」

 リップスも元気そうだ。初めこそ泣きべそをかいていたくせに。なんだか今日は何もかもうまくいきそうな気がする。そんな幸せな気分になっていた。


 だが、当然、長く続くわけがなかった。


 その時、野太い声が轟いた。それに続く若い女の悲鳴。何が起こったんだと混乱する男の声。銃声。物が倒れる音。数秒前まで幸せな空間だった「ワイルドランド」。だが今は、一階のエントランスから十階のフードコートまでが、その巨大な吹き抜けを通して混沌に満ち溢れ始めていた。


 何が起こっているのかなんて分からない。しかし、今が異常なことくらいゴウには理解できた。

「アタシちょっと様子を見てくる!」

 ユキが飛び出す。この人混みの中に入るのは無茶だ! ゴウはそう叫んだ。だがしかし、ユキは飛んでいた。宙を蹴っていた。ゴミのように溢れ出す人達の頭上を進んでいく。そして、中央通路に素早く飛び出し、その大きな吹き抜けを利用して、上の階まで蹴り上がっていく。


 その背後にはあの鏡があった。自身を反射して宙に浮かせたのか。などと考える余裕もなく、ゴウは人混みの中に突っ込んでいった。

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