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Lone Girl  作者: フィルワーズ
第二話「バケモノキャンディー」
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ヒューマノイド・リップス

 ゴウは目を開けた。その体は未だに眠気に重苦しく拘束されている。

 少し走っただけで、なんてざまだ。


 壁に寄りかかりながら、ゴウは眠っていた。慣れない景色。マンションの外は赤っぽい煉瓦風だと言うのに、部屋は驚く程真っ白な部屋だった。白い木の床、白い壁、白い天井。そこらに置いてある机等の家具がよく見る茶色い木で出来ていなければ、全てが真っ白になっていそうだ。掃除をしていないようで、天井の隅が黒ずんではいたが。

 遮光カーテンの外から光が漏れる。それが白い線になって床に反射する。いつも以上に眩しく感じる。太陽が普通よりも近い位置にあるからか。


 誰か来る。鼓膜が震えた。廊下を歩く靴の音。昨日、あの男が言っていた案内役”か……。それとも……


 ゴウはふかふかそうなベッドで静かに寝息を立てるユキの周辺に、目を配る。だが、彼女の傍にはなく、黒っぽい拳銃はユキから少し遠いリビングの机の上にあった。しかし、その雑な置き方に心配になる。その隣には銃弾がいくつか入った箱があった。この調子だと、メンテナンスなどは全くしたことはないようだ。おそらく、昨日も発射したまま放置しているだろう。薬莢やっきょうもまだ取り出してなさそうだ。


「ユキ……少し借りてくぞ……」

 拳銃を手に取る。重さが手にのしかかった。昨日は興奮していて感じなかったが、命を奪う物の重さがそこにある。

 玄関からトントンと二回音がした。そこに「ごめんください」と女の声。


 ゴウは玄関に近づいてく。通路の床がギシッと小さく悲鳴を上げた。拳銃のハンマーを引く。これでいつでも撃てる。この時、初めてトリガーに指を掛けた。

「あれ? 誰もいないんですか? どうしよう……」

 ゴウはドアノブを手前に素早く引く。ドアの先には水色の髪をした少女がいた。ふりふりの濃い青色のワンピースを身にまとった少女。しかしその肌色は人の物とは思えないくらい白い。


 ゴウは彼女の手首を掴んだ。そして、引き寄せ、家の中に連れ込む。少女を床に倒し、ドアを閉め、銃口を少女の後頭部に向けた。

「要件は?」

「わ、私まだ死にたくないですー!」両手で頭を押さえながら、俯せになった少女はそう叫ぶ。


 半べそをかく少女を見た瞬間、盗人ではないことを感じた。地上都市なら朝方、強盗達から襲われることが多かったのだ。それが日常だった。盗み、盗まれる。それは金品だけではなく、命に対しても言えた。それに対する癖が今、出てきてしまったらしい。だが、用心するのに越したことはない。


 気になることもある。

「お前、人間か?」

 玄関に立っている時は気づかなかったが、彼女には頭部に耳がある。髪の毛がそういう形をしているのかと思ったが、これは耳だ。そうネコ科の動物の耳。それに人間の膝や肘に当たる部分は曲がるような球体になっている。

「あー、もう私はここでジャンクになる運命になるんですね。まさか初任務で殉職とは、無念ですー」


 震える少女を見て、ゴウは銃口を下げた。そして、ハンマーを無理矢理元に戻す。

「もう、銃口向けてないぞ? お前、“案内役”だよな?」

「工場長様、私を作ってくださりありがとうございました。そして、任務をくださった雇い主様、申し訳ございま……。はい、そうです。私がガイドのリップスです」

 なるほど、昨日の店主のような強面の親父が来るのかと思っていた。どうやら、“同い年くらいの女性”にしたらしい。見た目はおそらく、あの男の趣味だろう。


「そうか、銃を向けてすまなかった」

 それを聞いた途端、玄関に尻を向けていたリップスの向きが変わる。ゴウに土下座をするポーズに変わった。

「いえいえ、こちらこそ説明不十分ですみませんでした! だから、ジャンクにはしないでください!」


 涙が流れ出そうな顔で懇願される。できれば、性格もなんとかして欲しかった。できれば、もっと落ち着きのある性格に。

 頭を何度も床にぶつける。彼女は必死過ぎて気づいていないようであるが、どんどん木の床が陥没していっていた。

 落ち着け。と言いたい。だが、おそらく彼女には逆効果だろう。さて、どうしたものか。ゴウは拳銃を片手に考えていた。


 部屋の奥から音が聞こえてくる。

「もぅー、ゴぅーうるさいよー」

 可愛らしいパジャマ姿のユキが歩いてくる。ユキはこの光景を見て、どう思うだろうか。床が凹むくらい頭を下げ続ける少女と、困惑する少年の姿を見て。

「ちょ、ちょっと! あんた誰! あと、めなさい!」

 その反応は当然であった。


    *


「初めまして。私はガイドを仰せつかったヒューマロイドのリップスと言います」

 彼女の話はそれから始まった。

 情緒不安定なリップスの話をまとめると、やはり“案内役”で来たようだ。ところが造られて間もないため、右も左も分からず、しかも来たはずの家になぜか拳銃を突き付けられ、混乱していたらしい。

 その話の後半は、まぎれもなくゴウのせいだった。


「それで、今日はあたしのことは手伝ってくれないの?」

「まずは武器の調達だ。あとユキ、お前には教えたい事が山ほどあるから」

 床に座ったまま、あぐらを掻くユキには拳銃の手入れや使い方を教えるべきだ。このままでは、お金を稼ぐにはどうすればいいかなんて教えられない。

「そ、それで私の仕事はなんですか? まさか、このままジャンクに……」

「しない。しないから、これ以上頭を痛くさせないでくれ……」

 本当に頭が痛くなってきた。だが、積もる話は歩きながらでも出来る。ゴウは二人に出かける支度をするように言った。それに合わせて、自分も準備をする。ユキのお下がりの可愛らしいナップサックにパンフレットや入市表、そしてあのアメの入った瓶を突っ込む。


 用意はすぐに終わった。そして、待つ時間の間、壁に付いている円い時計を見つめる。短い針がまだ一番下に向いていなかった。早起きすることには慣れているが、リップスが非常に迷惑な時間に来たことが理解できる。

「おまたせー」

「お待たせしました」

 二人が部屋の奥から出てくる。だが、その彼女達の姿を見てゴウは静かに呟いた。落胆の色を隠せなかった。

「遊びに行くんじゃねーんだぞ……」二人は華やかな服に身を包んでいた。


     *


 同じ都市の西側。といってもテレサシティは広大だった。商業地区に向かうアスファルト性の立体道路。その周りの景色と言えば、似たようなビルと似たような道路が続いていた。それでも迷わずに歩けるのは、リップスのおかげなのだろう。

「こういう所はちゃんとしてるんだな」

 雑踏の中を進む。どうやら向かう場所は一緒らしい。スーツを纏った男や女達は必死に手首についている小型の時計見ながら早足で通り過ぎる。道端に落ちている空き缶やボロボロの袋は、きっと彼らの中の誰かが捨てたんだろう。


「左に見えるのは“タムラ商事本社ビル”でー」

「ねぇ、そんな情報いらないんだけど……」

「えぇあ……。すすすすみませんでした!」

 先行する二人は雑談している。とにかく、人目を気にせず、突っ込まないことがリップスの正しい扱い方らしい。周りの人間のひそひそ声こそ聞こえるが、危害を加える物じゃなければ、ゴウとって陰口など温い。温すぎる。


「おい、リップス。あれが商業地区か?」

 指を向けずとも分かった。少し遠くに見えるあそこが商業地区だ。ここからでもその楽し気な音楽が聞こえてくる。

「そうです! 商業地区の中央にあるのが、この都市を支える六つのクリスタルのうちの一つです。ちなみにあのクリスタルはどうやっても傷つけられないんですよ!」

「ふーん。あたしは興味ないわ」

「そんなこと言わないでください! 私の存在意義がなくなるじゃないですか!」


 灰色の景色ばかり見ていたから、色彩豊かな宣伝広告が目を引く。ゴウは複雑な気分だった。下では絵で毎日の食事を繋ぐなんて出来ないから。ある程度治安が維持されているここでは、生きるか死ぬかのせめぎ合いなんてないだろう。昨日のようなパターンを除いては。



 大通りから少し外れた道に立つ、見た目が映えない錆びた鉄の色をしている店。その店内にはいくつもの拳銃が飾られていた。

「ここが目的地?」

「ああ、そうだ。……というか、ユキ。賞金稼ぎ(バウンティハンター)になるんだったら、ガンショップのある場所くらい覚えておけよ」


 だが、店の扉はかたくなに閉じられている。当たり前と言えば、当たり前だろう。まだこの中の主人は寝ているはずである。

 ゴウはシェルターを叩く。ガサガサと軽い鉄の揺れる音がした。

「グロック! いるか?」


 真正面からこの都市に銃を持ってこようものなら、すぐに没収される。今回のような仕事だと特に。だから武器を持ってきていなかった。しかし、それが失敗だったということは昨日のことを思い返すと理解が出来る。


 ドタドタと音がしたあと、シャッターの下から手が伸びた。今にも折れそうな細い指がまるで複雑な操作をしているような動きでシャッターを持ち上げていく。そして、シャッターから一人の男が現れた。

「ヒヒッ……。やぁ、久しぶりだねゴウ君。武器でも盗られたかい?」

 その男は妖しげな風貌だった。体は異常に細く、なおかつ身長が高い。服は明らかにその体のサイズにはあっておらず、肘や膝が見えそうになっている。


「いや、今回は仕事だ。長期間滞在しそうなんで、武器の調達をしておきたかった。あと、それとこの馬鹿に銃の基本的なことを教えてやってくれ。俺よりもお前の方が得意だろう?」

「そぉうかい……。とりあえず、中に入ってよ……。こんなところで立ち話をするのも”俺達”にはよくないからねぇ……」

 薄暗い店内に二人は入っていく。その背中をボーっとユキは見ていた。

「行かないのですか?」その隣でリップスが彼女に問いた。行くよ、とユキは口にする。そこに表情はない。


 中に入ってみると、そこには至る所に銃火器があった。こじんまりとした内装の割には、かなりの種類の銃がある。有名どころである「キルトシリーズ」から、無難な「Nシリーズ」まで揃っていた。

「ヒヒッ……お嬢ちゃん。……見るのは良いけど、あんまり触っちゃだめだぜ……。弾ぁー抜いてるけどな」


 ヌッと隣に現れたグロックを見て、ユキは声を上げずに驚いた。グロックはその姿を満足に見る。性格が悪そうだ、とユキは思う。「……で、お嬢ちゃんの銃を……見せてくれるかぃ?」

 言われなくても、と雑に拳銃を取り出した。その様子を見ているが、いつ暴発してもおかしくない。


 グロックはユキの拳銃を丁寧に受け取り、様々な角度で見始めた。

「これは……キルト社製の……SAA……のコピーモデルだねぇ……」

「コピーモデル?」

「複製品だ。優れた銃ってのはそれだけパクリも多いんだよ」

 遠くで薄汚れた拳銃を持ちながらゴウが答える。それに続けるようにグロックも続けた。

「ヒ……それでもこの銃は、普通に良い銃だと思うがね……」

 奇妙な笑い方をしながら、グロックはユキの拳銃を分解する。ゴウには慣れた手つきでバラバラにされていく拳銃が安堵していくように見えた。棒を突っ込むと、銃身から黒っぽい粉が噴出する。やっぱり、弾丸を発射したあともそのままにしていたようだ。


 ユキの後ろからリップスが顔を覗かせる。そして、出来るだけそこらに置いてある銃にぶつからないように、ゴウの傍に近付いてきた。

「ご主人様、私は何をすれば良いのですか? 待っていれば良いのですか?」

ゴウは彼女の問いに小声で答える。

「……ここにある武器と兵器、全部覚えられるか?」

「が、頑張ります!」

 リップスは元気よく答えた。こう薄暗いと人間の目には映りにくい。ヒューマノイドならば、よく見えるはずだ。そうでなくともこのうるさい口を黙らせるのにはそういう必要があった。


 手に持った綺麗な黒色の拳銃(ベレッダ)はなぜか冷たく感じた。

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