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Lone Girl  作者: フィルワーズ
第一話「一人ぼっちになった少女」
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無銭契約

 どこか余裕がないユキ・ライアット。


 自分の足元に――木の床に穴が開いている。だが、これはおかしい。どう考えたとしてもおかしいのだ。

 ユキが回転リボルバー式拳銃を向けていたのは天井。しかし、この店の天井は木製だ。つまり、普通上に向かって撃っていたなら、天井に穴が空くはず。天井に当たった弾が、床に向かって跳弾するなんてありえない。まず普通に撃ったとしても、こっちはカウンター側だ。弾丸が木製のカウンターを貫通していることになる。


 巨漢の男、ドルドが立ち上がって口を開く。「あぶねーじゃねーかィ、お嬢ちゃんよォ……」

 その口調には余裕が生まれていた。どうやら彼女の自信がおかしいことに気づいているようだ。それに連れのもう一人の男――ガルスマンも続ける。

 ガルスマンは拳銃という武器を使ったことが無いであろうユキを煽った。声の調子を変え、下手くそなモノマネまで披露する。


「うるさいなっ! あたしを馬鹿にするなっ! さっさと、おとなしくしろ!」


 子供丸出しのユキに、ゴウは頭を押さえ半ば呆れる。

 ――こんな奴を監視しろか、今回の仕事って……

 それから先は考えないようにする。自分の自信が無くなりそうだった。


「……よく見れば結構良い体してるじゃん」


 ガルスマンが手を前に出しながら、下心全開でユキに近づいていく。“賞金首”には興味がないが、女癖が悪い奴が地上都市したからいなくなった、と聞いたことがある。もしかして、こいつか。


「く、来るな! 撃つぞ! 撃ち抜くぞ!」


 ユキは心の余裕のなさから、付け入る隙を与えてしまっていた。

 トリガーに掛けている指を何度も動かしているように見える。が、拳銃から弾丸が飛び出すことはない。焦って拳銃の後方に付いているハンマーを、完全に引くことを忘れている。


 シングルアクション。つまり、発射する前に拳銃の後方に付いている”ハンマー”という部分を引くことが必要になる。それが、彼女が持っている拳銃の特徴の一つ。引いていない今の状態では、発泡することは敵わない。

 ガルスマンが彼女の拳銃を鷲掴わしづかみし、ニヤニヤしながらユキに舌を伸ばす。どうやら噂は本当のようだ。その右手は彼女の胸を揉もうと下品な動きをしている。その後ろをドルドが同じように口元を曲げながら見ていた。


「……さて」いい加減、助けなければならない。

 目的は“ユキ・ライアットを監視すること”であるが、“ユキ・ライアットが強姦されているところを見ること”ではないからだ。


 空気を肺に押し込む。タイミングを見計らい、持っていたアタッシュケースを投げた。大の男二人をそれで倒せるなんて思わない。あくまで気を逸らすためだ。

 ガタン。

 そこにあった木の机にぶつかり、さらに椅子にも当たって倒れた。それは大きな音だった。男二人の視線もそこに向けられる。


 今だ!


 カウンター席から立ち上がり、二人の男に向かって走っていく。それは一瞬の隙でしかない。だが、下手に拳銃を使われるよりもこっちの方が、生存率が高いに決まっている。

 ドルドが迫ってくるゴウの存在に気づく。一秒にも満たない遅れ。それは拳銃を出して発砲するまで掛かる時間を十二分に遅らせた。


「おらっ!」


 思い切りすねに向かって足を叩き下ろす。蹴るのではなく、押すように。曲がらない方向に膝が力を受ける上、“そこ”の痛みは中々な物だろう。

 ドルドが声にならない叫びをあげる。その場で座り込み、痛みが走る足を抱えた。これで数秒は動けない。子供にやられたとは言え、かなりの激痛のはずだ。


「おい、何やってるんだよ、ドル……」


 ガルスマンの口はそこで動きを止める。その喉元には拳銃が押し付けられていた。ユキの持っていた黒い拳銃だ。ゴウが彼女の手から引っ手繰ったのだ。カチリ、とハンマーを完全に引く。


 動くな、殺すぞ。


 その言葉を冷酷に発した。それからすぐにユキの手を引っ張って店を出ていく。ゴウは振り向いていなかったが、大の男である二人は動けずにいた。

 ここまで三十秒にも満たない出来事であった。その鮮やかな手際に気づくまで、男二人は行動できずにいたのだ。この店内にいる人物で驚いていなかったのは、ここの親父くらいだった。


   *  *


 店から出て、しばらく走った所にゴウとユキはいた。より変な場所に迷い込んだのか、誰も使っていなさそうな建造物が周りに乱立している。その建物の壁や周辺には様々な色のスプレーで落書きされている。そこに書かれている文字はどれもこれも品がない。ここの治安はよくなさそうだ。さっきまでの石畳の地面からアスファルトに変わっている。

 よく見れば遠くの方であの都市役所がある灰色の建物が見えた。そこまで離れていなかったらしい。

 灰色の景色の確かに見ながら、ユキは肩で息をしていた。両腕をピンと伸ばし、膝を押さえて、効率の悪い呼吸法をする。


 ゴウもまた呼吸の回数が多くなっていた。五〇〇〇フィートという高度に位置するこの都市に慣れるまでとはいえ、まだ肺が辛く厳しい。


「ん」

 ゴウは彼女に拳銃を渡す。ハンマーをしっかりと元の位置に戻し、最低限暴発しないようにしてある。

「あ……ありがと……」


 ゴウからすれば、なんとも言えない瞬間であった。

 彼女は紛れもなく“初心者”だ。今まで誰かと取っ組み合ったことなどないのだろう。だからこそ、拳銃を持って気が大きくなっていた。そう推理する。


 ユキはゴウの手から拳銃を受け取った。ふうっと息を吐き捨てる。

「それ、捨てろ。お前には向いてない。賞金稼ぎバウンティハンターなんて言うのも嘘なんだろ?」


 今回の仕事は“辞める”。こんな馬鹿な女を監視しても、何も得しない。報酬やら保障やらに目がいっていたが、こんな自分の身も守れないやつのお守りなんてお断りだ。


「自分のことすら守れないような奴が、あんな所で威張るな」


 スタスタとその場を後にしようとする。ユキはそこに座り込んだままだ。

「待って……」

 ようやく息が落ち着いたらしいユキが発言する。だが、ゴウは振り向かない。振り向く気など、ない。


 ――また、一人になる。


「待てって言ってるの!」

 その言葉は傲慢であった。


 だが、もう一人の自分が、その声と共に目の前に現れるなんて思いもよらなかった。突然現れた自分の姿に驚いて、ゴウは足を止める。と、同時にその自分との距離が開いていった。


「うぉわ! なんだ!?」


 何か見えない力に前から押され、ゴウは尻もちをついた。それは目の前いた自分も同じだった。

 そこには鏡があった。


「鏡……?」

 あっ、と声がする。その声は間違いなくユキのものだった。


 目の前には鏡が浮いている。丁度、一人くらいなら全身を映せそうな鏡だ。形は縦に長い六角形をしている。

 そこにあった鏡がスッと消えた。


 ――そうか。だから“監視”しろと。

 今回の仕事の内容である“ユキ・ライアットを監視しろ”。その仕事の内容が分かった気がした。


 彼女は特別な人間なのだ。そうオカルトで非科学的で不思議なことが出来る人間。


「……今の、見たわね?」

 ユキが恐る恐る質問する。見てない、なんて言えるわけがない。それに、この仕事も断りにくくなってしまった。

「ああ……」


 同時のタイミングで二人は溜め息をついた。ゴウは仕事のことだったが、ユキは……。

「えっと……」

「……あんたにおねがいがあるの」


 ユキは静かになっている。しかし、その様子が“嵐の前触れ”にしか見えない。

「……あんた、人を探しているんでしょ? だったら、ついでに力の無いあたしの代わりに探してくれない?」

「何勝手な事言ってるんだ? ……それに、俺は依頼されないと、動かな……」

「だったら! 依頼するから! ……あたしの兄貴を探してよ……っ!」


 後ろを振り返る。そこには、ただの少女がいた。一人ぼっちになってしまった少女が。

 少し考えた。進む道は確実に茨。お金のことや家族のことなど、もう気にしていられないだろう。覚悟を決めてゴウは自身の名前を口にした。

「ゴウ……ゴウ・レイジングブルだ。お前の依頼は?」

「あたしの名前は、ユキ・ライアット」


 知っている。


「あたし、今、お金がいる。……あ、兄貴を探すためにあんたに払うお金がいる。だから……」

 ”あたしにお金の稼ぎ方を教えてほしい”。

 ユキは感情たっぷりにそう言った。その表情は今までの姿と反して必死だった。危ない道に走ってもおかしくないくらい余裕がなく、切羽詰っているように見える。

「あんたに迷惑がかかるのは分かってるけど……。けど、あたしはっ!」


 言動にこそ問題あるが、彼女の姿勢は本物だった。色々な意味で断ることなんて出来ない。

「……分かった」

 ゴウがそう言うと、ユキは瞼に雫を垂らした。地面にしゃがみ込み、声もあげずにそこで泣いていた。

 ゴウが出来ることと言えば、彼女の背中を摩ってあげることくらいだ。自分の義弟を撫でるときと同じように優しく。

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