依頼
「これから、君には彼女を監視してもらいたい」
白衣を着た男はそう言うと、少年に一枚の紙を渡す。その紙には、まるで実写のような少女の絵が描いてあった。
長い白髪。整った小顔。見たことのない動物のぬいぐるみを、大事そうに抱えている。将来の姿に期待できそうな可愛らしい少女だ。が、その眼はどこか虚ろで、顔には表情がない。
「これを使って逐次報告してくれ。報告する内容は……」
男が内ポケットから取り出したものは、薄い箱型の物体――携帯通信機と呼ばれる物だった。どこでもそれを持った二人が会話が出来る機械だと、少年は聞いている。
初めて見る携帯通信機に、好奇心からすぐにでも飛びつきそうになった。だが、これは商売だ。好奇心ばかりじゃ食っていけない。グッと我慢する。
「……報酬は?」
報告する内容を説明する男の言葉を中断させ、少年は口にした。
当然だ。仕事だから見ていれば良い、という訳にはいかない。法律も関わってくる。場合によっては警察に捕まることもあるだろう。
だからこそ、報酬が重要になってくる。そこまで危険なことはないだろうが、やるかやらないかはそれ次第だ。
「……君には兄弟がいるらしいね。それも血の繋がっていない兄弟が……」
「何が言いたいんだ?」
「いつもいつも食べる物に困っているそうじゃないか。彼らの毎日の食事を保障しよう」
……まだだ。報酬は取れるだけ取る。それにこれだけじゃ、まだ報酬とは言えない。少年は無言で威圧し続ける。
「あとそれと、これを君に渡そう。前払いだ」
男は後ろポケットから透明な瓶を取り出した。透明なガラスの中には丸い何かが見える。透明な瓶の中を覗き込むが、その“何か”はただのアメにしか思えない。
「おい、おっさん。俺がガキだからって、こんなお菓子で我慢しろってのか?」
「ただの“アメ”じゃないさ。これの効力は自分で確かめてほしい。それに金はちゃんと支払おう」
少年は顔をしかめる。
どうもこの男の言葉が信用ならない。この男の考えていることは一体何だ? それになんでこんな女の子を監視しろだなんて……
そこまで考えて少年は首を振った。これは仕事だ。私情を挟むな、と心の中で言いながら。
「契約成立だな」
少年はその瓶を受け取っていた。これは商売だ。そう自分達の運命を掛けた、そんな商売。
男は古ぼけた路地裏に消えていく。まったく、わざわざ地上都市まで来て、ご苦労なことだと思う。
少年は空を見上げた。そして、空中に浮かぶ建造物を睨み付ける。
「あんな高い場所にどんなお姫様がいるんだろうな」そのキザっぽい台詞は小柄な少年には似合わない。
少年は瓶をズボンのポケットに無理矢理突っ込む。そして、その長く伸びた髪を後ろで結び、その大空中都市――テレサシティに向かって歩を進めた。