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「外に行かせて」


「そいつは駄目だ。俺には、お前をここに留めておく責任があるからな。悪いが大人しくしててくれ」


頑なに留められれば、外に出るのは危険だと言われてるのも同じと感じる。


一体何が来ているの。



「さぁ、王子様をお待ちしている間に石を選びましょう。きっとすぐに戻られますよ。これなどいかがですか?先ほどのオラペルトに似ております」


マーズの手に指輪が乗せられている。


石は楕円で白く、灯りにかざすと表面が水色に輝いた。


「これは光の加減で水色になったり黄色になったり橙色になったり致します。オラペルトよりも変化する色の数は落ちますが、神秘的だと女性に人気のある物なのですよ」


どうぞ指に嵌めてみて下さい。と、手慣れた手つきでスーと嵌めこまれる。


「えぇ、とても素敵ね……綺麗だわ」


目は指輪を見ているけれど、心は外に向けられていた。


落ち着かないままに交わす会話は定石通りの言葉しか出て来ず、いつの間にか、今嵌めてる指輪が気に入ったことになってしまっていた。


にこにこと笑顔を向けてくれるマーズをぼんやりと見ていると、突然横にアリが現れて「失礼!」と言って沈み込んだかと思えば体が宙に浮かんだ。



全くの神出鬼没さ。前触れくらいあればいいのに。


どっきりとする間もなく起きたことに抗議の声をあげると、いつもと変わらない冷静な声が返ってきた。



「ご心配なく。安全にお連れする為だと許可を頂いています。ジーク殿、共に城に戻れとの命が下りました。行きますよ」


「アリ殿、承知しました」


「アリ、戻るってどういうことなの?バルは戻らないの?外で何が起こってるの」


「王子様には、只今陣頭指揮を取っておられます。マーズ殿、ここの馬車はありますか。あれば拝借したい。これは王子命令です」



―――陣頭指揮って、つまりそれは、闘ってるってことよね。



でもどんなに外の様子を探ってみても、私の耳は物音も声も拾わない。


建物の中にいるからかしら。


それとも誰にも聞こえない程の、静かな闘いなのか。



「マーズ殿!?」


「は…はいっ。申し訳ありません、アリ様、送迎用のが御座いますっ。どうぞ御使い下さいませ」


状況がつかめずに戸惑いながらも返事をしたマーズが、急ぎ歩いて先導する。


細い廊下を走るように進めば、前方に白いドアが見えてきた。


「馬車はこのドアの向こうに御座います。今の時間は動いていないはずですが―――」


緊張ぎみにノブに手をかけるマーズを「ちょっと待ってくれ」と制したジークが、ドアに凭れて外の様子を探るように大きな耳を動かした。


見上げれば、アリの耳もピクピクと動いている。


「よし、誰も居ないようだ。先ず俺が先に出る。ちょっと待ってろ」



ジークの手によって慎重にゆっくり開けられたドアの向こうに、きらびやかにも金文字で『宝石のラムシジュール』と店の名前が大きく書かれた黒い馬車が置かれている。


馭者台には、暇そうにのんびりと欠伸をしている初老の男性が座っていた。


当然ながら、この建物の裏側で何が起こっているのかまるで知らないよう。


普段通りの平和そのものにみえる。


裏手の物音が聞こえないのは、私だけじゃないのね。


買い物に来たカップルや身なりのいいお方が数人見えるけれど、あやしい影はどこにもない。


けれど、さっきまでよりもアリの腕に力がこもってて、警戒してるのが伝わってくる。


「ジーク殿、彼らに帰るようすすめて下さい」


余りの雰囲気の差に混乱してくるけれど、真剣な表情を見ればやっぱり緊急事態なんだと気を引き締めた。


私には分からないけど、二人の耳には裏手の状況が仔細に届いているのかもしれない。



「馭者は私が勤めます。彼には退いて貰いましょう。さ、今の内です」


マーズの要領を得ない話に、馭者が訝しげな顔をしながら降りてるところを横目で見つつ馬車の中に運び込まれる。


「随分と不安そうな表情で、何をお考えか分かりませんが。宝石を狙って来た賊を制裁しているだけのことです。貴女様は心配なさらぬようにと、王子様より伝言をいただいています」



まるで大したことがないように言うけれど、それだけのことで貴方達はこんなに警戒するの?


そんなのおかしいわ。


椅子に下ろされて目の前を通過する腕を見れば、二の腕の部分がぱっくりと切れて血が出てるのが見えてハッとした。


「待って。宝石を狙う只の賊が、貴方にこんな傷を付けることが出来るというの?うそを言わないで。お願い本当のことを言って」


「…これですか。たまたま強いのがいました。油断していただけです。かすり傷で大したことはありません。貴女様の私の評価は意外にも高いのですね。驚きました。確かに特技はありますが、日頃から訓練を積む近衛騎士団の連中には敵いません」


いつもの表情が崩れて薄く笑う。


それは、自嘲ぎみなものに見えた。


「でも、貴方はバルに信頼されてるわ。私が強いと思うのは当然でしょう」


馬車を降りようとする背中に投げ掛けると、ピタリと止まって振り返った。


傷が痛むのか、こちらに向けられた瞳が潤んでるように見える。


「この私が貴女様を任されているのは、誰よりも――――」


「そういえば、アリ殿は怪我をしてましたな。早く診せて下さい」


急に野太い声が馬車の中に響き渡り、アリの言いかけたことが遮られてしまった。


先を問いかけようとしても、ジークが顔をしかめて腕を診ながらしゃべるので、きっかけがつかめずそのままになる。


「アリ殿、この傷は爪ではありませんな」


「はい、狡猾にも相手は剣を隠し持っていました」


「成る程そうですか。アリ殿ともあろう方が珍しいですな?」


「ジーク殿までその様なことを言うのですか。参りましたね、買いかぶりすぎです。あぁ、この程度の傷、応急処置で構いません。それよりも、早く行かなければ――――」



本人の強い希望で軽く包帯を巻いただけで済んだ治療。


外に出ていったアリが馭者台に座り、ジークが隣に座ったのを見計らったように馬車が動き始める。


右側に建物を見ながら進んでいけば、少しは裏手の様子が見えるはず。


窓の外に注意を払っていると、騎士団と黒服を着込んだ賊が闘ってる様子が見えた。


剣を振り合い闘ってる後方で、金色の気を放ちながら指示を飛ばしているバルが目に入る。


アリのいう通り本当に大したことはなさそうに見えて、ホッと胸を撫で下ろした。



木に隠れるまで見守ったあとに椅子に落ち着くと、ふと指の違和感に気が付いた。


あの指輪をしたままに来てしまっている。


ニッコリ笑うマーズの顔を思い出し、なんとも気まずい気持ちになった。


これは、返さないといけない。


「ジーク、大変だわ。私指輪をしたままで来ちゃったわ」


「あぁそりゃ、大丈夫だ。バルさまがっ――――っ」


ジークの方を向いて指を見せてると、ガクン!と大きく馬車が跳ねあがり体も大きく跳ね上がった。


何を言ってるのか分からないけれどアリの叫び声が聞こえる。



急な出来事に声も出せずに倒れ行く体の制御を試みてると、咄嗟に出されたジークの腕に支えられて何とか転ぶことは免れた。


お互いに顔を見合わせてほっとしたのも束の間に、再度大きく揺れて今度はジークも一緒に前に転がる。


前にすーっと滑り行く体に堅そうな椅子の脚がずんずん迫る。


―――もう駄目だわ、ぶつかる!―――


体に力を入れて目をギュッと瞑った瞬間ジークの太い腕が絡みつき引張られ、頭が何かに覆われた。


体勢が悪いながらも頭を腕の中に入れてくれたことに気付く。


そのお陰で頭を打つことは無かったけれど、ジークの方は椅子の脚で背中をしこたま打って痛みに顔を顰めていた。


「イテテ……おい、大丈夫か?」


「えぇ、ありがとう。お陰で私は大丈夫よ。ジークこそ平気なの?」


「ぅうっ…なんとか、な。しかし全く、新米馭者は乱暴だな。一体何があったんだ」



馬車はいつの間にか止まっている。


うぅーと唸り声を上げながら、動かしづらい体を叱咤して起き上がったジークが何度も名を呼ぶも、アリの声は聞こえて来ない。


「まさか、今の衝撃で馭者台から投げ出されてしまったのかも……」


頭から血を流して倒れてる様を想像してしまい、血の気が引く。


声には出さないけれど、考えたことはジークも同じなよう。


二人で顔を見合わせて頷き合い急ぎ外に出てみると、予想に反し、アリは馬車の前にしっかりと立っていた。


「…良かった」


安心して肩の力が抜けて、声をかけようとした口をすぐに閉じた。


無言のままじっと佇むその只ならぬ雰囲気に気付いたからだ。


アリは近付く私たちに気付いてるはずなのに、微動だにせず前方を睨んでいる。


その方向は馬車と馬で死角になっていて、何があるのかこちらからはまだ見えない。



「ジーク、アリの様子がおかしいわ」


「そうだな。どうやら、新たなお客さんのようだぞ」


「お客さん?」


ダークブラウンの視線の行方を見て、ハッと息を飲む。


あそこにいるあの方は、まぎれもなく―――



「お久しぶりです。ヘカテの夜以来ですね。貴女様には変わらずにお過ごしのよう。我が君の為、何より喜ばしいことです」


さらりと金髪を揺らし物腰柔らかに丁寧に腰を折る様は、以前会った時と同様に穏やかで、敵意など欠片もなく見える。


「さて、漸く私にも機会が巡ってきました。辛抱強く待ったかいがあるというものです。幸運なことに、邪魔な白き閃光は鷹と闘い戦線離脱中。厄介な狼の王子様は賊を相手に戦闘中だ。彼らは一筋縄ではいかない連中です。いくら狼の王子の隊といえど苦戦するでしょう」



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