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「王子様、お待ちしておりました」


「うむ」


建物の入口で畏まって待っていたのは、妙齢の綺麗な女性。


肩までのストレートなブラウンの髪をさらさらと揺らしながら挨拶をする。


「案内役のマーズと申します。此方にお進み下さい」



建物の中に一歩入れば、たくさんのヒトが働いていた。


何かを削るような音が響き、奥の方には炉のようなものが見える。


「王子様達には此方をご覧いただくよう主人より申し使っております」


と案内されたのは、ショーケースが沢山ならんだ部屋。


覗き込むと、色とりどりの綺麗な石が並んでる。


「全て標本として置いて御座います。全部、ここで採れた物なのですよ。どうぞ、手にとってご覧下さい」


「気に入った石が見つかれば、私に言え」


「気に入った物?」


「そうですわ。後程店へとご案内いたしますから……さぁどうぞ」



カチャカチャと鍵を開けてショーケースが開かれる。


握り拳大のものから小指の爪先のものまで様々に美しい石がずらりと並ぶ。


その中でも、ひときわ目を引く物があった。


あのとき妖精がくれた花の種に似た輝きを放つ石。


大きさも同じように思える。



胸がきゅんと締め付けられる。


あれから、あの種はどこに植えたのかしら。


花は咲いたのかしら。


もし咲いたのなら、どんな花だったのだろう。


私はそれを見るこなく城へと行ったはず。


国が滅んだ今も自然の営みは続いてるとバルは言った。


自然は素晴らしいと。


だったら、妖精の花も森のどこかで咲き続けてるかもしれない。


幼いころに暮らしたセリンドルの森。


思い出すのは苦しいことが多かったけれど、素敵なこともあるのだ。



「これ、触ってみてもいいですか?」


「えぇ、是非―――はい、どうぞ」


「ありがとう」






***





ユリアが黒い瞳を輝かせてマーズから所望の石を見せてもらってる頃。


ジークの部屋では、白い綿のような塊がふわふわのクッションの上でもぞもぞと動いていた。


ぱちっと目覚めたガラス玉の瞳。


額には、大きなガーゼはすでになく、抜け落ちて乱れていた羽も整いつつある。


ぐっすりと眠って魔力の回復した白フクロウにとって、怪我などはすぐにふさがってしまう。



前王が崩御して早3年。


ご存命の内に命じられ、息子であるラヴル様に仕え始めたのは前王が亡くなる10年ほど前のこと。


“息子を守れ”との言葉は遺言のように心に沁み付いている。


尊敬していた唯一のお方の息子。


その方から託された最愛の者の身の安全。


今日は出掛けると言っていた。


こんな時に出掛けるなどどうかしていると思うが、この国では微細な動きを感じにくいと理解すれば仕方のないことだと思える。



あの方を守らなければならない、何としても。



ガラス玉の瞳を空に向け、白フクロウは何度も羽ばたきを繰り返した。




***





白フクロウがイライラと羽ばたきをし続けながら気にかけてる当のお方、ユリアは今、マーズから手渡された小さな石をじっくり眺めて堪能していた。



てのひらの上にある様はまさにあのときの妖精の種のよう。


指先でつんと弾いて転がしてみる。


丸っこくて角のないそれは、灯りに照らされてキラキラと虹色に輝いた。


記憶の中で見た光景にあまりにも酷似していて、懐かしくて切なくて、でも何だか嬉しくて、なんとも不思議な気持ちになる。


心が自然に幼い頃に戻っていた。



――――あのあと…男の子と別れた私は―――……


落とさないよう大切に種を握り締め、キョロキョロしながら森の中を歩いてる。


“えっと…、やっぱりここがいいかな。ここなら、だれにもふまれないし、みつからないもんね”


座り込み、小さな手が土を掘る。


道具も何もなくて、木切れを使って懸命に掘ってる。


やがて出来た小さな穴にコロンと入れた白い種。


そぉっと、丁寧に土をかぶせて飽きることなくずっとそこを見ていた。


“あの子は、このままほうっておけばいいって、いってたよね”


素直に待ち続ける。


でもいくら眺めていても何の変化も起こらない。


湿っていた盛り土の表面が乾いていく様が見えるだけ。


“まだかな。はやくめがでないかな……そうだ!そういえば、おばばさまにきいたことがある!おはなは、おみずをあげないとだめなんだって”



おみずをあげなくちゃ。


はやく、きれいなはながさくといいな。


弾む足取りでわくわくしながら川まで行き、お水をすくっては、せっせとこぼして――――……



―――そうか。種をうえた場所は家の近くの川のそばだわ。


誰にもとられないように、踏まれないようにって、一生懸命に考えて木の間にしたんだ。


固い土を時間かけて掘って。


てのひらに掬った水はかける前に大半こぼれてしまって、何度も往復して……。



遠い遠いカフカの地のセリンドルの森の中。


幼い私と約束してくれたあの不思議な男の子。


これを持っていれば、あの子の名前だけでも思い出せるかしら。


そもそも、幼い私が名を訊ねたのかどうかもあやしいけれど。



「それが気に入ったのか?随分と小さな石だな」


「この小ささがいいの。お花の種みたいでしょう?とても可愛いわ」


「うむ、そうだな。確かに珍しい。私も知らない物だ。マーズ、これは何という?」


「王子様、報告書はつい先日に差し上げたばかりですので、ご存知ないのは当然のことで御座います。それは、オラぺルトですわ。ごく最近に発見した大変貴重なものなのです。現在その大きさが最大のもので、まだ店にも並べられておりません」


「ふむ、そうか―――だが、加工前のものならあるだろう。見せてくれ」


「御座いますが……あまりにも小さいものですから、とてもお見せできるようなものでは……」



小指の先ほどのこれよりも小さい。


しかも見せられない程なんて、砂粒くらいのものかしら。



「それでいい、是非とも見たい」


「ですが、それは…見る価値もなく」


口ごもりながら、手と瞳を宙に彷徨わせおろおろとするマーズ。


好奇心が押さえられないのか「それで良いから」とずんずん詰め寄っていくバル。


笑顔を見せてるとはいえ、静かに立ってるだけで王子様の風格を出して威厳をふり撒いてるのに、あんな風に迫られたら接し慣れてない一般の方は堪らないはず。


マーズが気の毒になり、我儘王子様を宥めるべく前に進み出て声をかけた。


「バル、無理を言ってはいけないわ。立派な王子様は、決してか弱い女性を困らせないものよ。マーズ、これをお返しするわ。見せてくれてありがとう」


バルとマーズの間に入り込んで、微笑みながら、オラペルトを少し震えてる手に乗せると、マーズはホッとしたような笑顔を見せてくれた。


振り返れば「すまん。つい、な……」と言いながら頭を掻く姿が目に映る。


「バル、私、お店の方に行ってみたいわ。案内して頂きましょう。ね?」



―――オラペルト、か。出来ればこれが欲しい。


けれど、これひとつしかない貴重なものだなんて、我儘言えないわ。



「では、お店の方へご案内いたします。此方へどうぞ」


案内に従って行ったお店の中は、少し薄暗く感じた。


さっきまでいたところが明るかったせいと思ったけれど、全体を見廻せば壁もドアも黒く塗りつぶされてて窓もない。


所々にある灯りも最低限に絞られている。


そんな中に、ショーケースだけが島のように浮かび上がって見えた。


覗き込めば、それぞれの石が個性豊かに光り輝いてみえる。


オラペルトに似た石はないかと探しながらゆっくりショーケースをまわる。


と、隣から手と口がうるさいほどに出されて、たじろいでしまった。


「あれはどうだ?」とか「これ見せてくれ」とか、まるでバルの方が楽しんでるよう。



「バルの方が、初めて外出したヒトみたいになってるわよ?」


「あぁ、初めてのようなものだぞ。こんなに楽しい気分で城下にいるとは、普段ならば考えられん。今の私には、リリィの買い物に付き合ったザキの気持ちがよく分かる」


と、ひとしきり笑った顔が急に一転し、真面目な声で「アリ、何があった」と言ったと同時に、「失礼します」と姿を現したアリが耳打ちを始めた。



いつも冷静なアリの表情が少し違って見える。


強張ってると言うか、只事ではない雰囲気が伝わってくる。


穏やかだったバルの表情もどんどん険しくなっていって、ぼそぼそと会話を続ける二人の様子がおかしい。


隣でにこやかな笑みを浮かべていたマーズの手も、ショーケースの上で小刻みに震えていた。


もしかして、二人の会話が聞こえているのかもしれない。



「お前はそのまま石を選んでろ。少し、出てくる」


「バル、何かあったの?お願い、教えて」


「大したことじゃない。お前は何も心配するな。すぐに戻る。ジーク、彼女を頼んだぞ」


「はい。バル様、お任せ下さい」



アリと共に、通ってきた道筋を逆戻りしていくバルの背中を見送りながら呟く。


「ジーク、私も、外に行くわ」


「待て!お前はここにいろ。バル様ならすぐに戻ってこられるから」


追いかけようと駆け出したら腕が掴まれてしっかりと制された。


ぐっと力の入ったジークの手は振りほどこうにもびくともしない。


引き留める表情もいつもより硬いし声にも迫力があった。


マーズの様子も気になる。


薄暗い中で、ショーケースの灯りで照らされる彼女の顔色は酷く青ざめて見える。


何だか凄く嫌な予感がする。


とても恐ろしいことが起こっているような。


私の気のせいなの?



「お願い教えて、ジークなら分かるのでしょう?外で何が起こってるの?バルは何をしに行ったの?」


いつも穏やかに光るダークブラウンの瞳は、微かに揺れているよう。


私だけ分からないなんて、そんなのはもう嫌だわ。


必死な思いを込めて見つめながら詰め寄れば、眉間に皺が刻まれて苦渋の表情になった。


「バル様はお客様の相手をしに行かれた。それしか言えん」



―――お客様…って、こんなところに誰が来ると言うの?


あの冷静なアリが焦ってるように見えたわ。


ただ事ではない、普通のお客様ではないってことは、私にも分かる。



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