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バル直属近衛騎士団と衛兵合わせて総勢二十名。


騎士団員が武装して整然と並び行く様は格好良く、民や子供たちの憧れである。


滅多に見られない光景に、道行く民が足を止めて羨望の眼差しを向ける。


雨ふりとはいえ、騒ぎを聞きつけて家から飛び出してくる者までいた。


「お父さん、見て!王子様の車列だよ!」


「ほう…これは、珍しいこともあるもんだ。しっかり見ておけよ」


「うん!騎士団、カッコいいなぁ」



「まぁ、王子様だわ。珍しいですわね…あら、ご覧になりまして?女性が乗ってますわよ」


「あら、本当に。どなたかしら」


「噂のお妃候補の方ではありませんの?」


「まぁ、あの噂は本当でしたの!?それは、素敵ですこと」



などなどあちこちで交わされる会話。


いろんな意味で民の注目を浴びる、ラッツィオの世継ぎの王子バルの車列は、ゆったりと街中を進んでいく。



歩きたいと言う願い虚しくすいすい運ばれてしまったその馬車の中。


ユリアの体は、バルの手によって毛布でぐるぐるに巻かれ、簀巻きのような状態になっていた。


これは、決して罰を受けている訳ではない。



変わらずに怒ってる風の表情とは裏腹にバルの扱いは優しく、奥の座席にそぉっと下ろされて手を握られたあと更に眉根が寄せられた。


そのまま無言で備え付けの棚をガサゴソとさばいて取り出して来たのは、今包まれている灰色の毛布だったのだ。


「すっかり冷えてるぞ。温まるまでこれにくるまってろ」


やはり毛布を用意しておいて正解だった、これは王妃に感謝だなとしみじみ呟いたあと、誰に言うともなく「出せ」と外に命じて今に至る。



ふわふわの軟かな手触り。


とても軽くて首から下全部を覆われていても、窮屈さは全く感じない。


冷え切っていた体にはあたたかく感じられて、やり方はイマイチだけれども気持がとても嬉しかった。


「バル、ありがとう」


「うむ。気にするな」



座席の横にあるのはカーテン付きの大きめの窓。


向かい側には毛布の収まっていた棚があり、下段には小さな出っ張りがあってテーブルとして使用出来そうな作り。


棚の中には貯蔵庫も備えられていて、少しの食料も運べて、今も飲みものが入れてあるという。


何か飲むか?と聞かれたけれど、顔以外全部毛布の下な今の状況では自力で飲めるはずもなく、丁重にお断りしておいた。


壁にはランプも備えられていて、日が落ちて暗くなっても大丈夫。


至れり尽くせりな作りの内装は、旅に出て手近なところに宿が無くても寝所として十分に使える設計がなされているとか。


絶妙な角度の背凭れと柔らかなクッションの椅子は長時間の旅でも疲れそうになく、下に畳まれた部分を引き出して支えを取り付ければベッドとしても使えるようになっていた。


隅々まで工夫が凝らされてる立派な馬車。


これを作った人は、バルのことを大切に思ってることがよく伝わってくる。


いろいろ説明してくれるけれど、どれもこれも使用感がなくて、まだ新品同様に見える。


「俺は、この馬車で出掛けることはほとんどないんだ。実はこれで3回目だ。一度目は他国の戴冠式に招かれた折。二度目はお前を城に運ぶ時。そして、今、だ」


ほとんどの旅は隠密なのに、この馬車では無駄に大きくて目立つだろう?と言って笑う。


バルの中で怒りが溶けて漸く気持が解れて来たようで、瞳が穏やかになって、普段通りの状態に戻りつつある。



「えぇ、そうよね。でも、唯一無二のとても素敵な馬車だと思うわ。もっと使用したほうがいいわよ」


「そうだな。こんなの他にはないだろう。これは、年頃になってより王妃から賜った馬車なんだ」



“貴方ね。そんなに出掛けるのがお好きなら、これを差し上げます。


存分にお使いなさいな。私も、少しは安心出来るというものです”



「と。心遣いは嬉しかったが、どうにも的外れだろう?俺には無用のものだと常々思っていたんだが。――――今日で考えが改まったな。妃と一緒に出掛けるには、大変便利でいいものだ。改めて王妃に礼を言おうと思う」


怒りが溶けた分他の感情が露になってきてるようで、瞳が金色に変わりつつあるのが見てとれる。


二人きりの密室。


今の状態では、もしも唇が迫ってきたとしても、逃げることはままならない。


話しかけて気を逸らさないと、不味い感じだ。



「あの、今日は、どこに連れて行ってもらえるのかしら?急に決まったのでしょう。出先の場はさぞかし慌ててるでしょうね?まだ結構降ってるけれど、この雨は、本当に止むのかしら?」


取りあえず矢継ぎ早に質問をしておいて、熱い気を纏い始めたバルから窓の外に視線を移せば、雨は降りつづけてるものの、遠くの空が明るくなってきていた。


バルの言ってた通りに、あと少しで止みそうな気もする。



雨合羽を着たアリの姿が窓のはしっこに見え隠れする。


いつもの無表情な横顔。


濡れた前髪が額に張り付いてて、それが妙に色っぽく感じる。


道行く若い女性がその姿を見上げて、嬉しそうに頬を染めてる様子が見えた。


「アリは、女性に人気があるのね」


ぼそりとそう呟くと「む、やはり、俺には越えねばならん事がたくさんあるようだな」と聞こえたので振り返れば、声の主は腕を組んで難しい顔をしていた。



「心配するな。雨は着く頃には止んでいるだろう。今から行くのは、ラッツィオが誇る産業の中心地だ。楽しみにしてろ」



産業の中心地に向かってるわりには、結構な遠出に思える。


窓の外に流れる景色は緩やかに進み、だんだんに家並みがまばらになっていく。


城宮の部屋から遠くに眺めていた山並みがどんどん近付いて来ていた。


近くで見れば結構な高い山々。


「高いだろう?あの山のお陰で、他国からの侵略を免れているんだ」



耳元で囁くように話されるのは、私の腰にずっとバルの手が添えられているせい。


手が塞がっていて、少しの揺れで椅子から転げ落ちそうになったからこうなった。


安全を考えて、たまに激しく上下する馬車の揺れにすぐに対応するため。


深い意味はない、はず……。



外はもう出発時と違ってて、あんなに降っていた雨も止み、分厚かった墨色の雲が薄くなって日が雲間から覗き始めた。


雨に濡れた木々を照らしだし、玉のような水滴に当たり目にまぶしいほどにキラキラと輝く。


雲が風に流され、澄み渡る空の青色と木々の緑色が混ざり合って煌く様は清々しくてとても美しく映る。


草原の上、山の上空、小さな家にある庭、と。大小様々な七色の虹がいくつも姿を見せる。



「綺麗だわ。こんなの、はじめて見る……」


自然に口をついて出た言葉から、本当に初めてみるのかもしれないとぼんやりと思う。


過去の私は、外を出歩くのもはばかれるような生活をしていたようだから。


「この国の雨は空気を清めるものだからな。降った後は全てが美しくなる。王が天候を管理するロゥヴェルとは違い、ここでは、瑠璃の森の意思が雨を呼ぶと言われている」



瑠璃の森。


美しくて不思議な空気に満ちていた場所。


甘く切ない歌声を聴いたことをおぼろげに覚えてる。


傷の痛みとすぐに眠ってしまったおかげで、どんな歌だったか分からないけれど。


あそこにはもう一度行きたい。


フレアさんにも会いたい。


よく考えれば、お礼もお別れもいえずに城に来てしまった。


沢山お世話になったのに。



「バル、今度森に連れて行ってくれる?」


「分かった。今日は逆方向で無理だが、そのうち連れて行こう。ほら、此方を向け。そろそろ着くから」


くるんと体を反転させられバルの方を向けば、バルは、うむ…と呟いたきり、黙りこくってしまった。


どうも何かを悩み始めた様子。


ブラウンの瞳は、体にグルグルと巻かれてる灰色毛布に定められてるようで……。


「バル?どうかしたの?」


「あー…いや、その。……それ、自分で取れるか?」


「それ、って?」


「すまんな、その毛布だ。まぁ、俺が巻いたんだが―――…。この今の環境と精神状態。流石に今の俺にそれを取る行為はしかねる」


「やってみるわ…」


取ることが出来ない心の状態って一体どういうことなのかと、頭の中に疑問符を浮かべつつも、体や腕をもぞもぞと動かしてみる。


けれど、どんな技を使ったのか、きっちり巻かれた毛布が緩まる様子は全く無い。


もっと暴れてみるのもいいけれど、男性の前ではしたないことをしたくないのが乙女心だ。


「バル、やっぱり自分で取れる気がしないわ。お願いします」


真っ直ぐに見つめてお願いしたら「困ったな」と言って頭を掻いた。


「困ってるのは、貴方ではなくて私なのだけど――――」


むっすりとして見上げると、何かを思いついたようで、素早く立ち上がった。


「分かった。……ちょっと出てくる。そのまま待ってろ」



そう言い置いてバルは馬車を降りてどこかに行ってしまい、一人きりになる。


もし今馬車が大きく揺れ動いたら、顔から転ぶ自信がある。


余程のことが無い限りバルを残して動くことはないだろうけど、万が一のことを考えて、座ってるよりも横になってた方がまだ安全かもしれない。


そう結論付けて、椅子の上に寝転ぶべく行動に移そうとモゾモゾしていると、聞き覚えのある野太い声が近付いてきた。


「バル様に命じられてきたんだが、何かを取るとか取らんとか。全く何やら要領を得んのだが、急げと言われてきた。何があった―――?」


「ジーク。そんな大変なことではないの。この毛布を取るだけなのよ。なのに、バルったら出来ないって言うの」


おかしいでしょ?


そう言えば、目を見開いた後すぐに噴き出して、ジークは声を立てて笑い始めた。


お腹を抱えて笑う様は爆笑に近い。


「ジーク?何がそんなに可笑しいの?お願い。笑ってないで取って」


「すまんすまん。そうかそうか。分かった、今取ってやる」


一人で納得してくっくっくと笑いながら、丁寧に毛布を取って畳む。


あっさりと取れたそれを見ながら「難しくないのに」と呟いてると、漸く笑いを収めたジークが説明らしきものをしてくれた。


「それが、バル様には難しいんだ。お前には分からんだろうが、男の性ってやつだ。許してやってくれ」



毛布を取るだけのことが、どうしてそうなるのか。


意味がよくわからず、男の、性?と聞き返せば、目の前の体は笑いながら肩を竦めた。


待っていてもこれ以上のことは教えてもらえそうになく、礼を言いながらも、そういえばと思い出したことがあり、次いでと言ってはなんだけど、とジークに問いかけた。


朝は、慌ただしくて聞きそびれてしまった。


「白フクロウさんの様子は、どう?」


ジークがここにいるということは、思ってたよりも軽傷だと考えられるけれど。


「あー、元気だぞ。真夜中に目覚めてお前の元に帰せと、ぴぃぴぃうるさかった。リリィがいなきゃ大変な目にあうとこだったな。渋るザキをなだめて強引に俺の部屋に泊めて正解だったぞ」


やれやれといった風情でジークは首を横にふる。



良かった。リリィが元気だったのは、無理してたんじゃなかったのね。


「リリィの寝不足の原因は、看病ではなかったのね?」


「あぁ、言っただろう。看病するほどの重体じゃぁない。回復はめざましく早いぞ。お前も見りゃ驚く。出掛けると知って、ピィピィ鳴いて一緒に来たがったのを無理矢理眠らせて来たが―――」


「ジーク、済んだら交替だ」


「はい、バル様、今出ます。お待ち下さい―――あー、兎に角、だ。心配するな、奴らは丈夫だから」


「そう、なの。良かった……ありがとう」



分かってたことだけど。やっぱり、ただの白フクロウさんじゃないのね。


仲良しさんであり、リリィの言葉が通じる白フクロウさん。


あのとき動揺しながら呟いた言葉。


“おじ……ま”聞き取りにくかったけれど、確かにそう言っていた。


思い当たるお方は、一人いる。



馬車を降りたジークに小声で礼を言ったバルが入ってきて、手を差し出した。


「さぁ妃候補殿。目的地に到着した。降りるぞ。手を此方に」


「…はい」



ここは、どこなのかしら。


かなりの田舎で家らしきものが一軒も見えない。


ここは、どこ?と聞くのも無粋な気がする。


初の城下。


初めての一歩。


緊張しながら慎重に馬車からおりる。


感慨深く地に足をつければ、水に濡れた地面のやわらかな感触が伝わってきた。


地に足をつけられるのは素晴らしいことだと実感する。


周りを見渡せば、窪地になったような土地が広がる。


むき出しの地面が所々掘り起こされていて、あちこちに土の山が出来ていた。


斜面の方には横穴がたくさんある。


ここは、中心地ではなくて……最前線?



「今日は悪天候だったから作業自体はしていない。だが、建物の中は稼働中だ。行くぞ」



お前は此方を歩けと板が渡された道に誘導される。


私に合わせてゆっくりと歩いてくれるバルは、馬車に乗る時とはまるで別人のよう。


もしや、雨が上がったからかしら?と考えて、やっぱり天候はヒトの心に影響するのだと思った。


雨も落ち着いた気分になっていいものだと思ったけれど、晴れた今は、心も体も清々しく感じて、もっと素敵な気分になってる。


バルも、不機嫌極まりなかったアリも、きっと私と同じ気持になってるはず。



騎士団や衛兵達が取り囲む中を歩いて行く。


アリとジークは少し離れた位置で、付かず離れずについてきていた。


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