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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
記憶の扉
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1

“セラヴィ様、此方に。ほら、お早く―――”


森の中にある小さな草原。


危のうございます!と、制する侍女の声を無視し突然前方に走っていったかと思えば、細く美しい指が自らの足元を指しながら、手招きをしていた。


“何がある”


“セラヴィ様?ほら。ご覧ください、この小さき者。何て可愛いのでしょう”


眩しいほどの光が降り注ぐ中、それに負けないほどの輝くような笑顔がこぼれる。



“ふむ、貴女はこれを可愛いと思うのか”


“えぇ、この柔らかな毛並み。赤い瞳に長い耳。小さなしっぽ。何もかもが愛らしいですわ。セラヴィ様は、そうは思われないのですか?”


少し膨れた表情。


上目遣いに見上げられれば、理性など一息に飛んでいく。


側近と侍女たちを一睨みで遠ざけ、華奢な体を引き寄せた。



私は、そんな者よりも、数段可愛らしい者を知っている。


耳元で囁けば、小さな頬が赤く染まった。



―――可愛らしいのは、貴女だ――――








「――――ふむ…失敗、したか……」


伏せられていた瞳がゆっくりと上を向いて、睫毛の間から漆黒の瞳が現れる。


僅かに開いた薄い唇からは重低音の呟きが漏れ、深紅の革が張られたひじ掛けに預けられた腕が、吐かれた溜め息と一緒にピクと動いた。



程よく筋肉のついた均整のとれた腕。


その先にある手の甲は頬をしっかりと支え、長い脚は無造作にも美しく組まれていた。


男ながらも見目麗しい、孤高の王セラヴィ。


美丈夫なその姿は、何処をどう見ても崩壊の進む体にはとても見えない。



一言、命の捧げを要求すれば、年若いレディ達から直ぐ様名乗りがある。


彼女たちは口を揃えて言う。


『セラヴィ様のお役にたてるならば、本望です』 と。


抱いたあとには瞳を潤ませ、なんとも美しく微笑む。


『どうぞ、貴方様のお力に』 と。



「だが、あんなことは本来ではないのだ!」


イライラと唇を噛み自らの手をチラッと見やれば、小刻みに震える指先が映る。


段々と、血も間に合わなくなってきた。


先日の国作りでかなりの体力を奪われ、部屋から出ることが苦しくなった。



頭の中にあの時分身が抱いた、森の中の可憐な姿が浮上する。


艶々と光る美しく長い黒髪。


白く滑らかな肌。


意志の強そうな力を湛えた黒い瞳。


クリスティナに酷似したあの容姿は、確実にそうであると考えられる。


ただ一つの懸念は、身に纏う雰囲気が違うということだけだ。



だが、それでも良い。


早くこの腕の中に入れ、この手で慈しみたい。


この身の内から溢れ出る愛情を、華奢な体にたっぷりと注ぎたい。



だが、運命というものは呪わしいものだ。


世界を作る魔王でさえも、操れぬとは。



もどかしさと嫉妬で、身の内が焦げるように熱い。


私が、このような状態に陥るとは―――……。



目の前の空間を見据える瞳には、燃えるような熱と冷酷な光が同席する。


高い志と生を諦めない強い心。


愛する者を次々に失い何もかもを自棄し、一度は諦めた生。


どうせ崩壊するから、すぐに譲位するから、と、半ばおざなりにしていた政治。


そんな私を奮い立たせ、諦めないことを思い出させてくれたのは、彼女の存在だ。


彼女が、失っていた希望を蘇らせてくれた。


最早、この体が欲しいと願うのは彼女自身。


クリスティナでなくとも良いのだ。


何者であったとしても、欲するのはただ一人“彼女”だ。



――――カタン……


小さな衝突音を立てて、部屋の隅に跪いた体がスーと現れた。


「……セラヴィ様、申し訳ありません」


頬にはいく筋もの長い傷を負い、額には流れた血が拭かれることもなくそのままに乾いていた。


顔だけは、満身創痍だ。


努力の結果の印象付け、か。



「ケルヴェス。その怪我は何だ。貴様ならばすぐに治せるだろう」


憮然とした声を出すと、垂れていた頭を更に下げ、背中と頭しか見えなくなる。


「余りにも不甲斐なく。自らへの、戒めでございます」


ふん、と鼻を鳴らしてケルヴェスを見据える。


「私には、とてもそうは思えんが。まぁ良いだろう――――で、どうなった?」


最後の言葉には、冷気を乗せる。


部屋の温度が一気に下がる。


その気になれば辺りを凍てつかせることも出来る、それ。


ケルヴェスの体が小刻みに揺れ始めた。


恐怖か、それとも、寒さか。もしくは両方か。


いずれにしても、畏怖を与えていることは事実。


ケルヴェスは頭を上げることもせず、目を合わせようとしない。



「一旦は、ラヴル様の元へ行かれました。が、今現在は城に戻られております」



―――ふむ、やはりそうしたか。


狼の王子が帰城し再び庇護すれば、私とて簡単には手が出せないと見たのだろう。


しかし、それはラヴルとて同じことだ。


一度は奪還したというのに。



クククと、喉の奥に笑いがこみ上げる。



―――全く、実に愉快だ―――



足元に跪くケルヴェスの前に屈みこみ、垂れる頭をぐいっと上げ、掌で一撫でする。


見るも無残だった傷口が一瞬で塞ぎ、血の跡も消えた。



「ケルヴェス。貴様に、今一度チャンスを与えよう――――」



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