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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
月の女神
66/118

13

「重いのでしょう。そのうち腕が痛くなってしまうわ。痛めないうちに下ろして下さい」


「そうはいかないな。心地良い重さだ。そう簡単には離せん。それに、今は足腰が立たない筈だが?本当に、下ろしていいのか?」


「……」


唇をきゅっと結ぶ。何も言いかえせない。


確かに今は足が何処にあるのか分からない。


下ろされたらきっと、その場に崩れ落ちてしまう。



「薄桃色の肌、その色を含んだ表情も、この怒った唇も久しいからな。暫くは、このままじっくり堪能させてもらう」


「勝手にして下さい」



むっすりと膨れて、ぷいっと横を向く。


せっかく会えたのに。


貴方はこんなに優しいのに。


私は、可愛くないことばかり言ってしまう。


これでは呆れてしまうわよね。



居た堪れなくてこの腕の中から逃げ出して隠れてしまいたいと思うのに、出来ない。


逃げたくない、このまま傍にいたいという気持ちの方が強い。


もっと声を聞きたくなって、もっと貴方を見ていたいと思う。


私はこんなに、貴方に囚われてる。


でも――――


体の重さ、貴方は誰と比べているの?


その優しい瞳は、今傍に居る方にも向けてるのでしょう。


どんな方が、貴方の傍にいるの?


きっと、大人の色香漂う美しい方よね。


背の高い貴方と並んでも見劣りしないような。


胸も豊満な、私とは違う素直な……。



いろいろ想像していたら、とてつもなく哀しくなってきた。


哀しい色を乗せてラヴルを見上げると、瞳がさらに優しくなっていた。


――どうしてあなたはそんな瞳をしているの?



「貴女は相変わらずだな。急に元気が無くなった。今度は何を考えている?」


「ラヴル、私を」


「あぁ待て。後でゆっくり聞こう―――…来い、ヴィーラ」



突然変わった厳しい顔つき。ぴりっとした緊張感が漂う。


ラヴルは、少し眉根を寄せた表情で前方をじっと見ている。


「ラヴル、何か、来るの?」


不安になってラヴルの上着をぎゅっと掴んだ。


「ユリア、そう心配するな。大丈夫だ、私がいる」


そのあと直ぐに、白フクロウさんとは比べ物にならない程に大きな羽音が近付いて来て、周りに風を起こしながらふわりと地面に降り立った。


軟らかな毛並みを持つ白い巨体と、ギョロリと動く大きな瞳。


懐かしくて会えたことが嬉しくて自然に笑みがこぼれる。


「久し振りね、ヴィーラ」


返事の代わりに大きな瞳がくるんと動いて、パチパチと瞬きをした。


長い睫毛がわさわさと動く。


触角が延びてきて頬を優しく擽ぐる。


それを手に取ってそっと握ると、ブホォッと笑った。


「……いつの間に仲良くなった?」


ヴィーラの触角から引き剥がして、背に乗せながら聞いてくるラヴルの声は、ちょっぴり不機嫌そうに聞こえる。


「ラヴルがいないときよ。ライキに仲良くなれって言われたの。それまでは怖いと思っていたけれど、ヴィーラは優しい子ね。すぐに仲良くなれたわ」


「ヴィーラが?……ふむ、貴女がそんな表情するとは―――」


ひらりと乗り込んだラヴルの腕がお腹にまわった。


苦しいくらいに抱き寄せられて、耳朶をあまがみされる。


「ぇ……っん…」


そのままの状態で「行け、ヴィーラ」と命じたものだから、鼓膜が揺さぶられてゾクゾクとした感覚が背筋を這い上がった。


堪らずに出した吐息を誤魔化すように、ラヴルに問い掛ける。


「何処に、行くのですか」


「黙っていろ」


肩に冷たい空気が当たって、ドレスが脱がされかかってることに気付く。


―――まさか、こんなところで?


わたわたと焦りながら、ドレスをしっかりと押さえた。



いつものように不思議な力で拘束されてなくて手の自由はきくけれど、後ろから抱き締められてるし、狭いヴィーラの上だから逃げることも叶わない。


これ以上脱がされないよう押さえてるのが精一杯の状態。


無駄だと思うけれど、一応お願いしてみた。


「ラヴル、あの…お願い、待って」


「待たない」



でも。


ここはヴィーラの背の上で、今は空を飛んでるんだけど。


貴方は平気そうだけど、結構な速度で飛んでいて、私はとても怖いのだけど。


それに、とても寒いわ―――



「ラヴル、あの―――ぅぐ……」


心の叫びをそのまま出すべく反論しようと口を開いたら、長い指がするんと入り込んだ。


それと同時に、容赦なく体に当たっていた風がピタリとやんで、あたたかい空気に包まれた。


「ユリア、私に身を任せてればいい。すぐに、熱いくらいに温めてやる」


耳に吐息をかけられて、それだけでもぞくぞくとした感覚に震えてしまうのに、肌に触れてくる唇までもが強く激しくなっていく。


差し入れられてる指を思い切り噛もうかと考えるけれど、与えられる刺激に翻弄されて、すでに力が抜けてしまっている。


声も出せなくて、苦しくて瞳に涙が滲んできた。


熱を持った吐息だけが指の隙間から漏れていく。


と、口の中から指がすりぬけて、そのまま唇をツーとなぞった。


あまがみしていたラヴルの唇は、体の輪郭を辿るように首から肩へと動いていく。


それが、ある場所にきてピタと止まった。


ゆっくりと、そこを避けて唇が這う。


そこは、白フクロウさんが掴んでいた場所で、ずっとぴりぴりとした痛みを持ってるところ。


多分、怪我をしてるところ。


「ここ、すまなかったな」


長い指が傷を数回なぞると、痛みがすーと癒えていった。


そのあとに、そっと唇が落とされる。


「―――もうすぐ着く。続きは後だ」


ドレスが直されるのと同時にヴィーラが下降していく。



目に映ったのは、木に囲まれた場所にあるこじんまりとしたお屋敷。


紅い屋根、庭には小さな池。


月が映って水面がきらきらと輝いて見える。


ふわりと下りたヴィーラの近くに、一人の女性が立っているのが見えた。


「御久し振りで御座います、ラヴル様」


「うむ、準備は出来ているか」



すっと抱き抱えられてストンと地面に降り立つと、女性が近くに寄ってきて頭を下げた。


腕の中にいる私をじっと見つめるそのお顔は、とても若くて美しい。


多分、ラヴルと同じくらいの年齢。


もしかして、この方がラヴルの新しい人?



「はい、もちろんで御座います―――フフ…随分可愛らしいお方ですこと」


「ユリアだ。シレーヌ、余計なことは言うな」


「まぁ、怖い――――そのご様子、貴方らしく御座いませんわね。此方へどうぞ」


ラヴルの脅すような口調に対し、コロコロと笑い声を漏らす様子は余裕たっぷりで、言葉とは裏腹にちっとも怖そうに見えない。



案内されたお部屋は温められていて、冷えていた体がほんわりとした空気に包まれてとても心地いい。


ラヴルは何も言わないままスタスタと部屋の中を横切っていく。


向かう先にあるのは―――



周りを花で囲ってあって、上にも花弁が散りばめてある、大きなベッド。


魔の世界では“準備”と言えば、これが定番なのかしら、なんてぼんやりと思う。


それとも、ラヴルの趣味なのかも。


思い出すのは、小島での初めての夜。


あの時は、リリィが飾ってくれたんだっけ―――…。



一歩進むたびにどんどん近付くそれ。


これからされる行為を思うと、体が熱くなってドキドキしてしまう。


「ラヴル、ここは何処なのですか?それに、さっきのお方はどなたですか?」


訊ねているのにラヴルは無言のまま。


ぽすん…と柔らかなベッドの上に乗せられて、見上げればラヴルが上着を脱いで遠くにある椅子に向かって投げつけていた。


それがふわりと制御されて、背もたれにパサッとかかってる。


覆い被さってきたラヴルから逃げるように、ベッドヘッドの方へずりずりと動く。


漆黒の瞳は獲物を狙うような光を放ってて、とても怖く見える。


妖艶な微笑みもなくて、何だかいつもと違う。


「ユリア、そう逃げるな」


「だって、貴方は質問に答えてくれていないわ。それに……今夜の貴方は、怖いもの」


「…ここは、ラッツィオの外れの街で、彼女はシレーヌ。ここの管理者だ。さぁ、もう黙れ。貴女は、誰が何と言おうと、私のモノだ。それをしっかりと刻みつける必要がある」



抱き寄せられて降るような口づけを受けながら、背中の金具に指が乗って外されていく。


抵抗する間もなくするすると衣を脱がされて、ふわっと寝かされた。


花の甘い香りに包まれる中、指を絡め取られて額に唇が落とされる。


「今からは、私だけのことを考え、私だけを感じろ―――他は、許さん」


ここへ来る前に、さんざん与えられていた熱は簡単に呼び戻され、言葉は熱い吐息へと変わる。


リップ音を立てながら徐々に下へと移動していく唇は、体の芯を刺激して堪え切れない熱を生み出していく。


「っ、ん……」


我慢できずに漏れ出た声を拾うラヴルの表情は、少しだけ和らいでいる。


それに反比例するように、肌に触れてくる唇や指は、激しさを増していく。


首から胸へ、更に下に向かって唇と長い指が這いまわる。


容赦なく繰返し幾度も与えられる甘美な刺激。


頭の中が真っ白になってふわふわと夢の中を漂う。


体の中が蕩けてしまって自分が何処に居るのかも分からなくなる。


夢中で名前を呼びながらラヴルの首にしがみついた。


リズムよく軋むベッドの音。


幾度もぴくんと撥ねあがる体。


『…ユリア…』


耳元で囁く低くて掠れた声。


大好きな響き。



想う人に抱かれる幸せを感じながら


いつしか意識は、白い世界へと旅立った。


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