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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
月の女神
63/118

10

アリの存在に辟易しつつ窓の外を眺めるユリア、それなりにパーティを過ごすマリーヌ講師、初のパーティにワクワクのリリィ。


皆がそれぞれの夜を過ごす中、旅に出たバルの一行は……。




「……お気を付け下さい、バル様、右です!」


占師サナの声が洞窟の中に木霊する。


シュン…と音を立てたバルの爪が、黒い皮膚を引き裂く。


ギィィィー…と断末魔の声を上げて、妖魔の姿が煙のように消えていく。



ここは険しい山を越えて辿り着く辺境の地、狭間の洞窟と呼ばれる場所。


満月の夜、最速の速さでここに着いた一行は、目的地に辿り着くのに肝心な場所、しかも最も危険と言われてる2か所のうちの最初の一つを通り抜けようとしていた。


ヘカテの魔力の影響とバルたちの強い生気に惹かれ、普段ならば簡単には出てこない狭間の世界にいる妖魔たちが、次から次へと壁の中から出現していた。



首から下げた簡易台に水晶玉を乗せ、それを覗きながら予め出てくる場所を予想し指示を飛ばしているのは占師サナ。


集中してるため馬の手綱は引くことが出来ない。


それをしっかりと誘導してるのは、3頭分の綱を引くザキ。



「しかし、バル様。これでは、キリがありませんね」


先頭を行くバルと共に道を切り開くのは、隼のブラッド。


「あぁ、だが、仕方ない。行くにはこの道しかないんだ」



次々に襲ってくる妖魔の目的は、バル達の新鮮な生気を吸うこと。


やせ細った体に目だけがギラギラと輝いて、涎を垂らしながら襲いかかってくる。


それを剣と爪で薙ぎ払いながら進んで行く。


騎士団員は最後方を担い、バル達が仕留め損ねた妖魔と馬を攻撃してくるのをひたすら片付けていた。



「しかし、本当にここで宜しいのですか。私が聞き及んでおります言い伝えに寄りますと、他にも扉はある様ですが」


うっとおしそうに舌打ちをしながら、ズバン、と飛びかかってきた妖魔の首をはねるブラッド。



妖魔の断末魔の叫びと、指示を飛ばすサナの声。


バルとブラッドの話し声などで、洞窟の中は耳を塞ぎたくなるほどの喧騒な状態。


横から飛びかかってくるのを、腕の一振りで倒したバルは、周りを見回して皆の様子を確認した。


休みなく薙ぎ払ってるため、次第に皆の息も上がってきている。


そろそろ、扉が見えて来ないとまずい状態だ。



「厄介な場所ですまんな。だが、王家の先祖から伝わる扉は、ここにある。現王もここを通ったんだ。行くには一番楽で確率のいい場所と言われている。他の場所だと、違う意味で厄介らしいんだ」


「それはどういうことですか?」


「私もよく知らないんだが、水没していたり、とんでもない番人がいたりするらしい」


「バル様!もうすぐ、扉の場所に辿り着きます」



サナの声が後ろから響き、ちかちかと光る空間が、進む先に見えてきた。


その辺りには、何故か妖魔は近寄ってこない。


ギィィィ…ギィィィ…と叫び声を上げながら、眩しげに眼を瞑って逃げていく。



さっきまでとは打って変わった静けさが、一行を包み込む。


「これが、扉か」


「案外小さなものなのですね」


皆の声から、コレで通り抜けられるのか、という疑問が読み取れる。


「心配するな、これが大きくなるらしい」


バルは深呼吸をして乱れた息を整え、光の場所に手をかざし、王家に伝わっている口上を述べ始めた。



「私は、ラッツィオの王子バルリークと申す―――……」


光が、徐々に強くなって、バルたちを包み込んでいった―――






***






「……丸いわ」


薄紅色の唇から呟きが漏れる。


今は、バルの一行が狭間の洞窟の中で光に包まれる前。


ユリアの部屋にやっとこ灯りが点いて間もない頃。


うっとりと輝く黒い瞳は、煌々と輝く月ではなく、城宮のパティシエが作ったデザート『月夜のまんまるムース』でもなく、天蓋の上でうとうとしてる白フクロウを見つめていた。


ガラス玉の瞳はしっかりと閉じられていて、頭はホワホワの羽毛の中に埋まってる。


ちょっぴりふらふらしてるのがまた何とも愛玩心をそそって、目が離せない。



触ってみたいけれど、ダメよね?


そんな考えがむくむくと湧きあがる。


何せ、狼だらけになった城を期待していたのに、ジークに“狼にはならん”と言われてしまって、頭の片隅にあった、癒されたい願望が見事に打ち砕かれてしまっていたのだ。


加えて、壁際から放たれるアリの圧力。


おまけに今までに起こった散々な出来事で、精神的にかなり参ってきている。


癒しを求める気持が強まるには、十分過ぎた。



丸い綿の塊のような姿。


実際に触れたら、嘴で攻撃されちゃうかも。


正体が知れないのは、本当のことだ。


気をつけなくちゃいけないのは分かっている。


でも。


「可愛いわ…」


思わず口に出すと、壁の方から低い声で呟かれた。


「そんなことより、早く済ませて下さい」


「分かってるわ」



むっすりとしつつ返答し、白く可愛い姿から何とか視線を剥がして、目の前にあるものを見る。


「コレ全部、食べなくちゃ、ね」


テーブルの上には、城宮のコックが精魂込めて作った食事が乗せられている。


大体、半分以上食べたところで手が止まってしまった。


何だか食べてる気がしなかったのだ。


なんとも味気なくて。


ただでさえ一人の食事は、もそもそとしてて侘びしく感じてしまうのに、刺さるような視線を感じて妙に落ち着かなくて。


アリは無言のまま瞳を閉じてるというのに、どうしてこんなに存在感があるのか。


こんなに主張してこなくてもいいのにと思う。


そわそわしながらの食事だから、何を口に入れても味がまるでわからない。


『ここに居ります。しっかり見ています』


そんな感じでひしひしと伝わってくるアリの気は、夜が深まるごとにどんどん強くなっている。


いっそのこと食事をやめようかと思うけれど、両手を腰に当てて見下ろしてくる姿が思い出されて、思いとどまるのだ。



食事をするたびに、頭の中に出てくるこの方。


“全部、食べて下さい!”


きっぱりと言うナーダの声。


――分かってるわ、全部食べるから。そんな顔しないで。


心の中で謝って、ぷるぷると頭を振る。


睨みつける迫力のある顔を追い出して、ちらっとアリの方へ眼を向けた。



―――本当に、食べなくても平気なのかしら。


顔色は変わってない、相変わらずな無表情。


随分自信たっぷりだったけれど。


絶対に、お腹が空いて力が出ない、なんてことにならないのよね?




……―――――あのとき、運ばれてきた食事が一人分しかなくて。


「この方の分は?」


給仕に聞いたら、とても困った顔をして首をひねった。


「受け賜わっておりませんが―――」


給仕は、壁際に立つアリとワゴン、何度も交互に見て焦った声を出した。


「ちょっと聞いて参ります」


急いで出ていこうとするその体を、低い声が止めた。


「待ちなさい。その必要はありません。私は要りません。そうコックに申し渡してあります。ないのは当然です」


「でも、貴方は、ランチも食べていないのでしょう。それだと、いざという時力が出ないわ。少しの間なら平気よ。だから―――」


スープだけでも、とすすめたら、こちらを向いた冷淡な瞳が、ぎらっと光った。


「必要ありません、と申し上げてるのです。ひ弱な貴女様とは違い、私は鍛えております。こういうことには慣れておりますので貴女様はお気になさらず食事を済ませて下さい」


そう早口で言って、もう話しかけないでくれ、とばかりにふいっと顔を逸らしてしまった―――――……




アリは、それからずっと俯いて瞳を閉じている。


あんな風にしてるなら、食べていても変わらないように思う。


それに、なにより一番の危険人物なのだし、近付かないでくれればあとは何をしてようと構わないのに。


食べてくれてた方が落ち着くんだけど、それは分かってくれないわね、きっと。


自覚、してないのかしら?



そう思いつつじーっと見ていると、俯いたまま話しかけてきた。


「不安ですか。もう、油断致しません。ですが、目を開けてろと仰るのであれば、そう致しますが」


「いいわ。そのままで」


それ以上存在感を強くされたら堪らない。


ため息を零して、もう一度天蓋に目を向ける。



―――本当に可愛い。この子がお部屋に入ってくれて、ほんとに良かった。


なんとか心を和ませて、ディナーを空にするべく、先ずは分厚い肉の塊にフォークを刺した。




その後、頑張って食事を平らげたユリアは、お茶を飲みながら月を眺めていた。


じっと見つめていると、月の真ん中に腕を広げた人が見えるような気がした。


月の模様が、そう見えるのかもしれない。


人間にとっては何の変鉄もないただの美しい月だけど、魔の方たちにとっては特別なもの。


“特に、我々狼族に多大な影響がある。ヘカテは満月の度に娘狼に化けて、路地に現れては男を誘い込み、繁殖行為をしたといわれている”


小瓶をくれたとき、ジークがそう言ってた。


種を増やすためだとか。だからお前も気をつけろって。



――でも、ジーク。小瓶は取られてしまったの。どうやって身を守ればいい?



そう考えて、ハッと気付く。


テーブルの上の食器はまだ片付けられていない。


アレも、あそこにある。


アリは相変わらず目を瞑ったままだ。


これなら――――



そぉっと動く。音を立てないよう、ゆっくりそぉっと。


衣擦れなんか、決してたてちゃいけない。


気付かれてしまう。


そろそろと歩き、目的の物を見据える。


アレさえ持ってれば、アリにも勝てるかもしれない。


勝てなくても、怯ませることくらい、出来るかも。



アリは、まだ気付いてない。


胸がドキドキしてきた。


手も震えてる。


あともう少し―――――



指先がそれに触れる。


「貴女様は何を隠し持つおつもりですか」


ビクッと体が震えて、手にしたフォークが派手な音を立てて落ちた。


「別に、持っていても構いません。ですが、それでは私を始めとした狼族の皮膚には傷ひとつ付けられません」


「か…隠し持つなんて。そんなこと、考えてないわ。―――私は、片付けようと思っただけよ」


アリを睨み付け、踵を返してつかつかとソファまで戻る。



―――憎らしいわ、どうして気付くのかしら。



「で、片付けないのですか」



笑みを含んだような声に益々ムッとする。


完全にからかわれてる。


全く本当に、無駄に頭がいいんだから。



「もう、やめました!」


プンプンしながらお茶を飲む。



フォークじゃ歯が立たないなら持っててもしょうがない。


他の手を考えなくちゃ。


こんなことなら、あのときリリィに薬を貰っておけば良かったわ。


ジークも今頃はきっとフレアさんのところよね。


マリーヌ講師、リリィ。


次々に顔が浮かび上がる。


皆は、何事もなく、パーティーを楽しんでるといいな――――



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