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ユリアが月を眺めつつマリーヌ講師のことを考えてる頃。
当の本人は、パーティ会場で曖昧な微笑みを浮かべながら、グラスを傾けていた。
同年代の独身男女が多く集まるこのパーティ。
今夜はヘカテの夜だからということもあってか、誘ってくれた友人も随分気合の入った格好をしていた。
胸の谷間が見えることはもちろん、深く開いたスリットからは、歩くたびに美しい脚がチラチラと見えていた。
下着までもが見えそうで、こちらがひいてしまうくらいに色香漂う姿。
周りを見れば女性陣全員が全員、煌びやかな色合いのドレスを着てて、これでもかと言うくらいに着けられたアクセサリーが、光を受けてキラキラと目映いほどに光っていた。
誰もが人より目立とうと奮起してきたよう。
会場の入り口近くにはシャンパンタワーがあってそれもキラキラしてるし、テーブルの上にある食器類までキラキラと光ってみえた。
そんな中、マリーヌ講師のように地味な色目の服だと却って目立ってしまっている。
―――私、浮いてるわね―――
心の中でぽつりと呟く。
満月のたびに催されるお見合いパーティ。
普通の満月のものは何度か出たことがあるけど、ヘカテの夜に来るのは初めてだ。
他の女性がこんなに気合いを入れてくるなど思いもしない。
自分の周りに集まってる三人の男性の顔を、一人ずつ見てみる。
皆同じくらいの年のよう。
金髪の方が二人とブラウンの髪の方が一人。
―――私のところに来るなんて、余程のもの好きだわ―――
つい、卑下してしまう。
が、この年になると自然に悟ってしまうのだ。
自分にいかに魅力がないか十分すぎるほどに分かっていた。
この方たちは、こんな中にいる地味な私が珍しいのだ。
適当に相手をしていれば、すぐに離れていくだろう。
「普段は、何をなさってるのですか?」
にこにこしながら話しかけてくるのは、一人目の金髪に青い瞳の男性。
この国で金髪青目はとても珍しい。
優しい物腰に端正な顔立ちで、このパーティになど出席しなくても女性には不自由しそうにないタイプ。
―――この方は、どうしてここにいるのかしら。
優しそうに見えるけど、もしかして性格に問題があるのかも。
冷静に分析しつつその男性に答える。
「私は、城で講師をしておりますの。普段は、見習い侍女たちに講義をしておりますが、今は、お妃さまになるお方にお教えしておりますわ」
青目の上の形の整った眉がピクリと上がった。
「ほぅ、随分立派なお仕事をなさっているんですね。清廉な貴女に、実にぴったりだ」
ワイングラスをぴっと掲げてウィンクをしてきたので、苦笑いをしながら同じようにグラスを掲げた。
背筋がゾワゾワとするのを耐えつつグラスを空ける。
―――なんてキザなお方なのかしら。こんな方は、私の好みではない―――
「ところで、そのお妃となるお方は―――」
横から声が出たので、もう一人の金髪青目の男性のほうを見る。
こちらは、前者と違って表情が豊かではない、冷静な雰囲気を纏っている。
こんな夜でも、青い瞳は浮ついていなくて落ち着きがある。
アリ様に少し似てるわ、と思いながら話を聞く。
どちらかと言えば、こちらの方が好みの男性だ。
向ける笑みも、自然と柔らかくなる。
ウェイターが差し出すトレイに空のグラスを返し、今度はワインを手に取った。
ゆらゆらと揺れる血のように真っ赤なワイン。
一口飲んで、熱を乗せた瞳で男性を見つめる。
「そうですわね、あの方はとても可愛らしくて―――」
冷静なマリーヌ講師と冷静な男性、お互い無口なため、このカップルはあまり進展しそうにないが、ユリアの考えるところの素敵な男性との出会いには、とりあえず成功しているようだ。
そして、もう一つのパーティ会場。
こちらは若い雰囲気に溢れた場所。
若い子たちがお小遣いで参加できる軽いパーティ。
並べられてる食事も軽食が主で、飲み物もシャンパンではなくジュース。
地域の会館のような場所に作られた簡素な会場。
きゃぴきゃぴと騒ぎながら名前を書いて会場入りするのは、リリィを含めた5人の女の子のグループ。
会場の中は賑やかな音楽が流れている。
ざわざわと話声がしていて、笑い声もたくさん聞こえてくる。
それだけで、リリィの心はワクワクと浮き立っていた。
「みんな楽しそうだね」
「ね、来て良かったでしょう?」
早速ウェイターの服を着た男の子が飲み物を乗せたトレイを持って近付いてきた。
「飲み物をどうぞ」
男の子はリリィだけをじっと見つめてくるので、不思議に思いながらもにこっと笑いかけて橙色の飲み物を取った。
「ありがとう」と言うと、男の子はにこっと笑い返してくれた。
「リリィ、あっちに行こ」
仲間の一人にぐいぐいと手を引かれるので、飲み物を零さないように気をつけながらも奥のほうに進んでいく。
「ダメだよ、リリィ。笑顔の安売りしたら」
手を引っ張られながら耳打ちされた。
「え?どういうこと?」
すると、すぐ横から声が出てきた。
「そうよぉ、男の子なんて単純なんだから。笑いかけただけで、気があるって思われちゃうよ?」
「うそ。そんなつもりないよ」
戸惑ってると、後ろからも声がかかった。
「あの男の子、後で絶対リリィのところに来るよ。ほら、見て」
促された通りに振り返ってみると、さっきの男の子が同じ場所に立ったままでいて、こっちをずっと見ていた。
ばっちりと目が合ってしまって、男の子が手をあげて満面の笑みを向けてくる。
「え、それは、困る。どうしよう」
ザキの怒った顔が頭の中でちらつく。
オロオロして助けを求めるようにみんなの顔を順番に見る。
何しろ何もかもが初めての経験。
ここは、場馴れした先輩たちにすがるしかない。
「ね、どうしたらいい?対処法を教えて」
「リリィ、大丈夫!何のために皆がいると思ってんの。私たちが守ってあげるから。でも、今からはちゃんと気をつけるんだよ?」
「気に入った男の子にしか笑顔を見せない。リリィは特に気をつけないと」
「うん、分かったわ。気をつける」
楽しみ過ぎて、ふにゃぁとしたしまりのない顔をぴちぴちと叩く。
きっと、隙だらけなのに違いない。
「そんな叩かなくても……分かったならいいよ。さ、気を取り直して、楽しもうよ!」
皆でわいわいと料理を手に取って食べていると
「ね、君たち。ちょっといい?」
と、同じく5人の男の子のグループに声を掛けられた。
「俺たちと話しない?」
皆で顔を見合わせる。
好感を持てる清潔な感じの男の子たち。
人数も合うし、皆が頷き合って快く返事をする。
「えぇ、いいわよ」
「良かった!」
男の子たちの顔がふわっと綻ぶ。
皆での楽しいお喋りが始まった。
リリィもみんなと一緒に屈託なくお喋りをした。
こんな感じで、少し不安があるものの、マリーヌ講師と同じくリリィも仲間に守られながらもなんとかパーティを楽しめそうだ。
しかし、ヘカテの夜の楽しい集まりはまだまだ始まったばかり。
空に浮かぶ月に女神ヘカテの姿が、す…と浮かび上がる。
ずっとあったけれど今まで見えなかった、それ。
のっぺりとした顔に風になびく長い髪、身に着けた白い衣もゆらゆらとはためく。
カッと開かれた瞳は地上を睨みつけ、広げられた両腕から魔力が存分に地上へと降り注がれていた。
最大限に注がれる女神の力。
本格的な満月の夜は、すでに、始まっていた。
それぞれの、長い、長い夜――――




