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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
月の女神
61/118

8

「今、何をされると思いましたか。―――――大丈夫です、決して触れません。そのように、約束致しました」


言葉遣いが元に戻ったけれど、囁かれる声が掠れていて無駄に色っぽく聞こえる。


“触れません”



確かに、約束は守られてるけど。


これ以上何もする気がないようだけど。


一体この状態は?


出会ったばかりだし、どう考えても、女神の月だからという答えに辿り着く。


しんと静まった中で、規則正しい息遣いだけが聞こえてくる。


いつまでこのままでいるつもりなのかしら。


部屋の中はどんどん暗くなってきたし、なんとかしないと。


とりあえず何でもいいから話しかけてみる。



「貴方も、ヘカテの月の影響を受けてるの?」


聞いた後で、こんな質問をするんじゃなかったと後悔したけれど、既に遅く。


耳元で、ふ…と息が漏れる音が聞こえた。


「……王子様に叱られます。としか、お答えできません」


「……??」


どうとでも受け取れる言葉で、ますます混乱してしまう。



―――失敗したわ、聞くんじゃなかった。


けど、声は冷静なものに変わってきてる。


今なら―――



「そろそろ、退いて欲しいわ」


話しかけながら、下からすり抜けようと膝を折ってするすると下に動いていると、それに気付いたアリの腕も下に移動してくる。



――何度も何度もこの方は。


どうにも逃がさないつもりなの?


ううん、ひょっとしたら、からかってるだけなのかも。



「大変申し訳ありませんが。今、動かないで頂けますか」


「え、どういうつも…」


アリの態度にむかっとして見上げると、眉根を寄せて睨みつけるようにして見下ろす瞳とばしっと合った。


きゅっと結ばれていた唇が動くのと同時に、後ろの壁がバシンと音を立てた。


どうも、アリの掌が壁を叩いたよう。


「全く、貴女というお方はっ。分からないのですか」


今までにない、丁寧だけど激しい口調。


口を噤んで見下ろしてくる端正な顔が、何故だか辛そうに歪んでる。



―――どうしてそんな顔をしてるの―――


じっと見上げてるその横で、鍛えられた腕がそろそろと動き始めていた。



「ぴっ、ぴいぃっ」


―――コンコン!


白フクロウさんの鳴き声と、バサ…と翼を広げる音、それとノックの音がほとんど同時に響いた。



はっと、息を飲んだ雰囲気がした。


舌打ちと共に、覆い被さっていた体がぱっと離れて瞬時に壁際に移動していた。


部屋の中に廊下の明るい光が差し込んできて、柔らかな曲線を描く形の良い影が床に映る。



「ユリアさんっ。ね、見て、コレ……あれ?薄暗いね。まだ灯り点けてないの?室長さんは?」


元気に発せられた声に、次第に残念そうな色がのせられていった。


漸く解放されたこととリリィの声に心の底から安堵して、力が入ってた肩がすとんと下におりた。


――――私、こんなに緊張してたのね。


ふぅ…と息を吐いて、壁から体を離してリリィに近づく。


「リリィ。室長は午後からお休みを取ったらしいの。で、代わりにその方がいるんだけど、灯りを点けられないらしいの」


え~っ!?と盛大に驚きの声を上げて、まじまじとアリを見つめるリリィ。


「あなた、灯りを点けられないの?」



アリは無言を貫いて、瞳を閉じて壁にもたれている。


例のごとく、リリィにも一瞥もくれない。


「じゃぁ、他の人に頼まなくちゃ。待ってて、ユリアさん」


くるんと振り返ったリリィの背中に、白い肌が見える。


襟ぐりが深く開いた大人っぽい服を着てるみたい。


小さな手がドアの向こうにある大きな背中をぱしぱしと叩いた。


「ね、ボブさん灯り点けられる?私がしたいけど禁止されてるから。お願い」


頼み事が上手なリリィの、甘くてかわいい声。


大きな体がのっそりと動いて部屋の中を覗き見た。


「―――あぁ、暗いな」


呟くような返事をして部屋の中に入ってきた。


顔が月の灯りに照らされる。久しぶりに見るけれど、相変わらず厳つくて怖いお顔。


鋭い瞳がじろりと部屋の中を見廻して、壁にもたれて立っているアリの姿を捉えると、無言のままくるんと首をひねった。


部屋の中をどすどすと歩きまわり、8つある壁の灯りを順番に点して、ありがとうボブさん、というリリィの声に頷いて、頭を下げて部屋を出ていった。



灯りが点くことが、こんなに嬉しく思うのは初めてだわ。



「じゃぁ――改めて。ね、ユリアさん見て見てっ。どう?」


明るくなった中で、照れたようにエヘヘと笑いながら、早速くるりと廻って見せるリリィ。


綺麗な黄緑色で、体の線が出るシンプルな服。


丸い胸にくびれたウェスト、それに、きゅっとしまったおしり。


小柄だけどスタイルの良いリリィ。


それが存分に生かされていてメイクもしてて、いつもより格段に大人っぽい。


髪色と合わせるとまるで一輪のお花のように見える。



「これね、みんなに借りたの。アクセサリーも全部。どうかなぁ、似合う?」


「えぇ、見違えちゃったわ。素敵、とっても綺麗よ。ザキにも見せてあげたいわ」


「ありがとう、ユリアさんっ。私もね、ビックリしてるの。こんなのも似合うんだぁって思って。こんなカッコ初めてなんだもん―――――もし、ザキが見たら、褒めてくれるかなぁ」



嬉しそうだけど、ちょっぴり切なげな色が声に混ざる。


元気そうにしてるけど、ザキがいないと寂しいみたい。


もし、ザキがここにいたらどんな顔をするのかしら。


照れた顔を想像してみる。


けれど、不機嫌そうな顔が赤くなるだけで、どうやっても笑ってくれない。


笑顔は、リリィしか見たことないわね。



「もちろんよ。―――でもね、見せない方が正解かもしれないわよ?」


「へ?」


くるん、くるん、踊るように回ってる体がピタッと止まった。


「行くなって、不機嫌そうに言われちゃうかもよ?」


「え、どうして?やっぱり変かな」


自らの体を見下ろすリリィの声に、元気が無くなっていく。


「あぁ、違うわ。そう言う意味じゃなくて。あまりに素敵だから、心配になっちゃうのよ。他の男性に取られるんじゃないかって」


「え~、やだぁ。そんなことないのに~。じゃ、ザキがこの場にいなくて正解なんだ」


「そうよ。もし、居たら楽しみが消えちゃうところだったわ」


もう一度、良かったわね?と言ってあげると、リリィの表情に明るさが戻った。


頬を染めてフフフと嬉しそうに笑う。



「あ―――――今から行くのでしょう?みんなは?」


「部屋の外で待ってる。でね、面白いんだぁ。そこのボブさんがね、顔を紅くしてずぅっと上向いてるの。ここに入れて貰う時もね、何度も名前呼んでるのに、全然返事してくれなかったんだよ。だからお話が出来なくて、ドアを開けてもらえるまで、随分時間がかかっちゃった。すごく苦労したんだよ?今もきっと上向いたままだよ」


みんながいるもん、くすくすと笑いながらドアを指差す。


「ドアの向こうの大きな方は、ボブさんっていうのね?初めてお名前を聞いたわ」


「うん。でも本当の名前じゃないよ。私が付けたあだ名なの。だって、聞いても教えてくれなかったんだもん」


ぴったりのあだ名でしょ?と言って同意を求めてきたので受け合って笑う。


「そうね、そんな感じね」



本人はあだ名で呼ばれることに、納得してるのかしら。


否定も肯定もせず大人しくしてるなんて、厳ついお顔に似合わず結構優しいお方なのかも。


今も、着飾った可愛い子たちがたくさん目の前にいて、照れてるのよね、きっと。


そういえば、さっきも顔が赤かったっけ。


壁にもたれてるあの方とは比べ物にならないくらい優しくて純な方だわ。



すっかりなじんできた大きな背中の好感度が、一気に上がった。



「出掛ける前に、どうしてもユリアさんに見て欲しかったんだぁ。だから、みんなに無理言ってここに寄ったの」


ふと、窓の外を見たリリィがきょろきょろと頭を動かした。


「ユリアさん、白フクロウがいないけど、どこかに…あ、あれ?やっぱり……部屋の中に、入れたんだね……」


天蓋の上の白い姿が目に入ったよう。


天井近い部分は光が届かなくて少し暗い。


時々動くガラス玉の瞳だけがギラリと光ってて、ちょっぴり恐く見える。


「そうなの。入れたと言うか、窓を開けてたら勝手に入ってきたの。あ、リリィは鳥さんが苦手だったわよね、ごめんなさい。そのうち、出ていくと思うわ」



朝になったら、もう一度窓を開けてみよう。


きっと偶然に入り込んでしまっただけだと思うし、白フクロウさんもいつまでも部屋の中に居られるはずがないもの。


食事とかあるだろうし。



「ぴぃぃっ、ぴぃっ」


白フクロウさんが急に声を出したのでそちらを見ると、白い翼を広げてパタパタと動かしながらリリィの方をじっと見ていた。


「ぁ、違うの。苦手っていうわけじゃないの。ただ―――」


『リリィ、まだぁ?』


ドアの向こうから一斉に発せられたような数人の女の子の声と、コンコンと催促するノックの音がした。


ハッと息を飲んで首をすくめるリリィ。


「いっけない。長く居すぎちゃった。じゃぁ、私、パーティ行ってくるね。小瓶はちゃんとポケットに入ってるから、心配しないでっ。行ってきま~す」


「えぇ、行ってらっしゃい。楽しんできてね」



可愛く手を振りながら、バタバタと出ていったのを見送って一息つく。


『ごめ~ん』『もう、遅いよぉ』閉まっていくドアの向こうから明るい声が聞こえてくる。



それと、もうひとつ。


壁の方から怒りを含んだような低い声が聞こえてきた。


「貴女様に一つ、申し上げておきますが。私は、灯りの点け方くらい存じております」


「―――はい?」



むっすりと俯いたままの顔をまじまじと見つめる。


だったら、どうして点けなかったの?という質問はぐっと飲み込む。


この方とお話をすると、碌なことにならないのが身にしみて分かったのだ。


やっぱりどうにも理解できない。


出ていって貰えないのなら、無視するのが一番の対処法だと学習した。


早く、今夜が過ぎればいいのに―――




窓の外に目を向ける。


煌々と輝くまんまるな月が、空に浮かんでる。


そろそろお食事が運ばれてくる時間。



そういえば、マリーヌ講師もパーティに出掛けてる頃だ。


お洒落していたマリーヌ講師、とても綺麗だった。



素敵な出会いが訪れてるといいな―――



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