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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
闇のオークション
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4

『皆さん!静粛に願います』


青いカーテンの向こうから、司会の男の焦った声が聞こえてくる。客の皆はざわつき、狼の鳴き声に怯え、帰ろうと席を立つ者まで出始めていた。



黒服の男は焦っていた。司会の声も届かないのか、客たちは落ち着きなく席を立っている。


このままではまずい……客が帰ってしまう。


「こうなったら仕方がない。おい、あれを持って来い」


黒服は別の男に指示を出し、言われた男は頷くと無言で部屋を出て行き、手にカメラのようなものを持って戻ってきた。


「嫌……やめて!何をするの!?」


娘の腕が掴まれ、背中に回された手が再び布で縛られた。


男がニヤニヤしながら首に手を伸ばしてくる。「大人しくしてろ」と言いながら首のベルトを取った。


「よし、準備は良いぞ―――さぁ、お前の美しい体を客に見せてやろうぜ?なぁ?」


男は獰猛な顔で言うと、娘にカメラを向け始めた。




***




「皆さま、どうか御静粛に――――御席にお戻りください」



舞台の上で司会の男が汗を拭きながら叫んでいる。客たちの一部が、席を立ち、帰ろうと身支度を整えている。


そんな客席を、ウェイターたちがまわって飲み物を配っていた。


差し出される飲み物を好意的に受け取る者もいれば、手と首を横に振って断る者もいる。



「ご主人様、皆帰る様ですよ?私たちはどう致しますか?もしかして、このまま終わっちまうんじゃないですか」


「そうだな……。客が帰るのは好都合だが、終わってしまうのは頂けない」



主人と従者は帰ろうとする客たちを眺めながら、ウェイターが持ってきたシャンパンを飲んでいた。



「あんな恐ろしい声……聞いたことがありませんわ。こんなところにはもう一秒たりともいたくありません。そこをおどきなさい!」


「レディ、落ちついて下さい。もう狼はおりませんから」


「狼ですって!?あぁ、もう。やっぱり……帰らせていただくわ」



ドアの前で一人の女性客と、黒服の男が言い争いを始めていた。


舞台の上ではそでから黒服の男が現れ、司会の男に何やら耳打ちをしている。二人でこそこそと二言三言交わし、男は舞台のそでに下がっていった。



「お聞き下さい!皆さま、少し早いですが、本日の目玉商品をお見せ致します。ライヴ映像でご覧いただきますので、席にお戻りいただきますようお願い致します」



舞台にはいつの間にかスクリーンが現れ、紅色のドレスを着た黒髪の娘の姿が、そこにパッと映った。


娘の顔は俯いているため見えない。


だが、黒服たちの思惑通り、客たちのざわめきが感嘆交じりのどよめきに変わっていった。


帰ろうと揉めていたドア近くの女性も、そのどよめきに気付き、舞台上のスクリーンを凝視している。


「ご主人様……これは……」


「あぁ。そうだな……しっかり頼むぞ」


「お任せ下さい!この私、声の大きさだけは誰にも負けませんから!」



従者は自慢気に胸を張って主人を見る。主人はそんな従者の様子を見てクスッと笑った。



「よーし、あの娘は私が頂く!見ろ、あの柔らかくて美味しそうな肌を―――あのうなじ……まったく堪らんなぁ。この俺が、嫌というほど毎晩可愛がってやる。こりゃぁ楽しみだぜ」



太った好色そうな男が涎を垂らさんばかりに、スクリーンの中の娘を見ていた。


スクリーンには娘の白く綺麗なうなじが映され、カメラが這うように胸から腰、足のつま先までゆっくりと移動するように映していた。服の上からでも娘の美しさが想像され、無くなりかけていた客の購買意欲が掻き立てられていく。


「どうでしょうか皆さん、これでも帰ると仰いますか!?」


身支度を始めていた客たちが席に戻り、ウェイターから飲み物を貰っている。帰ろうと揉めていた、あの女性客もいつの間にか席に戻っていった。



「よし、いいぞ。客達の気持ちが戻った」



カーテンの向こうを見ていた男がホッとしたような声を出す。


「お前は実に素晴らしい目玉商品だよ」カメラを構えていた男が獰猛な笑みを浮かべて娘の顔を除き込んだ。


娘は俯いたまま唇を噛み締める。


カメラが、ふっくらとした娘の胸元と綺麗なうなじを、執拗に舐めるように捕らえている。隠したくても両手を縛られてしまっていては、どうにも出来ない。先程から繰り返される羞恥に娘は必至に耐えていた。



「よし……その美しい顔も見せてやれよ。値が上がるぜ?」



脇に立っている小柄な男がニヤニヤしながら言った。カメラを持っていた男の手が、俯く娘の小さな顎に向かって伸ばされてくる。


その手を避けるように、娘はできるだけ後退った。


が、もともと壁に近い場所に座っていたため、逃げようにもあまりスペースがない。


男の手がいやらしく伸びてくるのを必死に避け続ける。


「嫌――!やめて。触らないで!」


「おい!もうやめろ!商品に触るな。お前らはもういい、カメラを仕舞って持ち場に戻れ」



青いカーテンの傍に居た男が怒鳴ると、娘の目の前に居た男はカメラを下ろして小さく舌打ちをした。隣に立っている小柄な男も気に入らない顔をして、自分を注意した男を睨みつける。


「あぁ、わかったよ」


吐き捨てるように呟くと、男たちは娘の前から遠ざかっていった。

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