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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
月の女神
59/118

6

――失礼極まりないわ。


こんな方がバルの側近だなんて、とても信じられない。


確かに、頭はキレるけれど―――



いつも室長が立っている壁際の定位置にいるアリを睨みつける。


最初に見た表情とちっとも変らない、能面のような顔。


素直に“小瓶を渡せ”と言えばいいのに、あんな風に拘束して脅すなんて、女性の扱いがなってない。


それに、逃げるのに懸命になっててよく覚えてないけれど、いろいろと不必要に触れられた気がする。


確かにあの時は、すぐにでも小瓶の中身を吹きつける気は満々にあったけれど。


渡せと言われても素直に出さなかったけれど。


でも、仮にもバルの側近を務めてると言うのであれば、主の妃候補の女性に対して、あんな態度をとるべきではないわ。


まるで礼儀がなってない。


隙があったら、小瓶を取り返して吹き付けてあげたい。



ちらっと様子を窺うと、アリは無言のままずっとこちらを見てる。


あれでは、隙なんてとても生まれそうにない。



悔しいくらいに敵わなかった。


しかも、もう少しで唇を奪われるところだった。


例えフリだったとしても、絶対に、許さないんだから―――



じろっと睨みつけると、冷静な瞳とばっちりと合ってしまう。


守ると言ってたからには、こちらを見てるのは仕方ないけれど、嫌悪感がむかむかと湧きあがってくる。


とても腹が立つ。



“申し訳ありません”



跪いたまま、何度も謝ってきたけれど。


言葉とは裏腹に、全然申し訳なさそうに見えなかったんだもの。


ここにいないラヴルに助けを求めるほどに、とても嫌で、とても怖かったんだから。


ドアの向こうの大きな背中はもちろん、外にいる白フクロウさんまで思い浮かべてしまったのだから。



バルが戻ったら、一言文句を言わないと気がすまない。


こんな方を守りに寄越すなんて。



ぷんぷんしながらマリーヌ講師から出された課題に目を向ける。


今日もどっさりと出された課題。


“ユリア様がぼんやりとしておられた分、増やしておきました”


眼鏡を摘まんでツンと言ってたとおり、いつもより一枚多い。


さぁっと一読すると、案の定聞いてなかったところが問題に出されてる。



……マリーヌ講師ったら。聞いてないところ知ってるはずだもの。


だから、これってわざとよね…。



澄ました顔が脳裏に浮かぶ。


本はマリーヌ講師が持ち帰ってしまっていて、分からないところも調べようがない、どうしようか。



「ぇっと……?」


思わず呟きが漏れる。


このままだと、まるまる一枚白紙のまま提出することになってしまう。


ペンを持ったまま固まってると、頭の上から声がして、長い指先が問題を示した。



「私がお教え致しましょう―――これは、ランカの天台です」


いつの間にかアリが横に立ってる。


どうして近付く気配もしなければ、足音も聞こえないのか。


これでは察知して逃げることも出来ない。


この城にいる誰よりも、このお方が一番の危険人物に思える。



「結構です。お暇なのでしたら、私に構うことなく見廻りに出かけると宜しいわ。私だけでなく、守るべきか弱い女性は他にもたくさんいるもの」



―――そうよ、お部屋を出ていけばいいのよ。


この部屋の守りは、ドアのところにいる愛着のあるあの大きな背中だけでいいもの。


ついでに小瓶を返してくれるといいけれど。


あれさえあれば、何が襲ってこようが怖くない気がする。


だって、この方があんなにしてまで取り上げた物だもの。


それだけのキキメがあるってことだわ。



マリーヌ講師に見習ったツンとした言い方をしてみる。


「これは、明日に持ち越せば良いのですから。貴方は私に小瓶を返して、別の守るべきお方を探されるといいわ」


分からないままの問題を、アリの視界からそろそろと遠ざけていく。


すると、長い指が動いて行く紙をぱしっと抑えた。


「決して暇ではありません。貴女様を守るのに忙しいのですから。私は、他の女性を守る命は受けておりません。何があっても、貴女様だけをお守りするよう申し付かっております。それゆえ今日一日は、どんなに嫌がられようと傍を離れることは致しません。それに、課題をお教えするのは貴女のためでは御座いません。王子様のためなのです」


妃となるお方が、出来ないなどと面目が立ちませんから、と言って課題の紙を元の位置に戻した。


冷淡な瞳が見下ろす。


「失礼でしょう。私は、決して出来ない訳ではないわ」


ただ、聞いてなかっただけよ、ともごもごと言い返していると、ノックの音が響いた。



キィと開けられたドアから、ワゴンと一緒に侍女が入って来た。


いつも通りに丁寧に膝を折ってにこやかに挨拶をする。


「ユリア様、お茶の時間で御座います―――……まぁ!アリ様では御座いませんか!いつ、お帰りになられたのですかぁ?」


澄ましていた侍女の声が突然高くなり、瞳がうるるんと輝き始めた。


アリを見つめる熱っぽい瞳と、嬉しげで甘えたような口調を不思議に思ってしまう。



「お茶の時間ですか。では、この件は後程に致しましょう」


「アリ様ぁ?たまには…侍女部屋にお寄り下さい。精一杯、おもてなし致しますからぁ」



侍女に話しかけられているというのに、アリは一瞥もせずに通りすぎていく。


ドアを開けて壁のような背中を掌でポンと叩くと、サッと避けて「ご苦労様です」と言って頭を下げていた。


いつも無言なのに。初めて、声を聞いた気がする。


バルの側近というのは、本当なのかもしれない。



「失礼致します」


ドアを閉める間際にきちんと挨拶をするアリ。


その優美な仕草を見ても、他の人の前では礼儀正しいのね、としか思えない。


評価は、最悪だ。



胸の前で手を組み合わせ、閉められたドアをうっとりと眺めてた侍女が、そのままの表情でこちらに向き直った。


そしてため息交じりの声を出す。



「ユリア様……。アリ様は何故ここにいらっしゃるのですか?」


「護衛だそうよ。今日の夜までいるらしいわ」


―――迷惑極まりないけれど。


「まぁ、ではアリ様は、今夜も伽を取られないのですね……」


残念そうにかっくりと肩を落とす侍女。


あからさまにずーんと沈んだ様子で、のろのろとお茶の準備をし始めた。


顔をそっと覗きこむ。



―――無礼なばかりだと思うけれど。何処がいいのかしら……



「……聞いてもいいかしら」


「はい?何でもどうぞ。お聞き下さいませ」


ぱっと顔を上げた侍女がキョトンとした顔を向ける。


この子は、他の子たちと違って割とお話をしてくれる。


以前、バルが買ってきたお菓子の話を嬉々として語ってくれた子だ。



「アリは、どんなお方なの?」


「アリ様ですかぁ?あの方はとても素敵なお方なのです。いつも冷静で落ち着きがあって切れ者で―――王子様が一番に信頼をおかれてるお方なんです。文武両道に加えて、あの容姿でございましょう?国中のご令嬢を始め、城の侍女たちも、女性たちみんなに大変人気があるのですわ。今宵、アリ様の夜伽を希望する者はたくさんいますの。……かく言う私も、その一人なので御座います。でも…彼は、どんなに綺麗な女性にも靡かないのですわ。ありったけの色香を出して迫っても、眉一つ動かさないんですの。何度話しかけても、先程のように一瞥もくれなくて……」



確かに、すっきりとした端正な顔立ちをしてるけれど。


話を聞く限り、仕事も出来るみたいだけれど。


だからと言って、無礼な態度が許されるわけではない。


話しかけられたら、どんな相手でも答えるべきだと思う。


この子に対して一瞥もくれないなんて、とんでもないことだわ。



「みんなは、あのような無礼で冷たい方が良いの?」


「そこが、何とも素敵で良いのですわ。なんとか心を射止めたいと、頑張ってしまうのです。ユリア様は、陽の王子様がお好きなのですから、そう思われるのですわ。陰のアリ様の、あの影のある感じが、なんとも女心をくすぐるのです」


「…そう、なの?」



―――それが、良いの?


ことんと置かれたお茶を見つめつつ、同じ女性ながらも全く理解できない心理を頭の中で噛み砕いていた。




***




ユリアがお茶菓子を摘まみながら、うっとりと瞳を潤ませてる侍女の“アリ様の素敵さ”という、講義のような止まらないお喋りを苦笑しつつも聞いてる頃。


リリィは見習い仲間と一緒にいて、ずらりと並んだ服を前にして頭を悩ませていた。



生まれてこの方ずぅっとお爺さまと暮らしていたから、こんな風に同年代の子たちと話したり、出掛ける約束をしたりというのは初めてで、嬉しいけどちょっぴり戸惑いも感じ始めていた。


ふわふわとした気持ちで出掛けるのを楽しみにしていたけれど、ザキ以外の人と外出するのは初体験。


ザキは何を着ていても優しい瞳で見てくれるけれど、不特定多数の人が集まるパーティではそうはいかない。


場違いな服だと恥をかいてしまいかねない。


ユリアから許可を貰った後、ハタと気付いてしまったのだ。


“もしかして、持ってる服だと場違いなのかも…”


パーティという催し物に出席するのは初めてで、みんながどんな装いをして来るのか分からない。


今更買いに出かける時間もないし。


ジークやバルに買ってもらった服はたくさんあるけど、それでいいのかと不安に思っていたのだ。



「この色が良いんじゃない?」


「そうよね、リリィの髪の色にとても似合うと思うわ」


口々にそう言って何本かの指が一着の服を指差す。


「そうかなぁ」


「そうよ、着てみるといいわ。きっと一輪のお花のようになるはずよ」


「そうよ、似合うわよ」


一気に楽しげな声が広がる。



ここは見習い侍女の部屋。


今は見習いたちの休み時間。



ランチの時間にクローゼットの中身を思い浮かべながら


「どうしようかなぁ、何を着ていけばいいのかなぁ。イマイチ分かんないよ」


ポツリと呟いたら


「リリィは初めてだもんね、大丈夫、私が選んであげる!」


「私も!」


と嬉々として何本もの手が上げられたのだ。


中には「私が持ってる服、リリィに似合いそうだから貸してあげてもいいよ」と言いだす子も現れて。


今リリィの前には、自前のもふくめて8着位の服がハンガーに吊るされている。


どの服も綺麗目の色合いで、普段着よりちょっぴり煌びやか。


その中で、みんながイチオシで薦めてくるのは、明るい黄緑色のもの。


確かに綺麗だけど、着たことがない色。



――似合うのかな。


ぴらりと体に当てて姿見をみる。


何だかデコルテが開きすぎてる気がする。


コレだと谷間が見えちゃいそう。


目くらましのアクセサリーがないと―――



「ね、コレ、大人っぽ過ぎない?」


「何言ってるのよ。リリィはスタイルが良いんだから。それくらいぴったりお似合いよ?」


「ネックレス貸してあげるから、ね?コレにしたら良いわ」



ほら、着てみせてよ、と言って方々から腕が伸びて来た。


「ちょ…ま、待って。自分で―――」


ちょっと抵抗したけれど、さすが侍女見習いと言うべきか。


日頃の練習の成果が発揮されて、あっという間に脱がされて着替えさせられた。



「ほらぁ、やっぱり綺麗じゃない」


「これなら男性陣イチコロだよ」


「モテモテ間違いなしね」


皆が嬉しげにキャッキャッと騒ぎ立てる。


自分でも姿見を見て驚く。



――へぇ、私って、こんなのも似合うんだぁ。


ザキに見せたら、なんて言うかなぁ――



鏡の中に、大人っぽくなった自分の姿と、代わる代わるに覗き込む仲間の笑顔が映る。


「たまの機会なんだもの、冒険しなくちゃ、ね?」


「ねって……。みんなも、こういうの着るの?」


「当然よぉ」


一斉に答えが返ってきた。


髪もセットしてあげるから、メイクもしてあげる、と口々に言われて。


じゃぁ、コレ借りるね、と言ったところで、チリチリチリリ……ンと休憩時間の終わりを告げる時計のベルが鳴った。


大変!と言ってみんながにわかに騒ぎ始める。


今からの講義は、時間にうるさい講師のもの。


遅れると反省文を書かされてしまう。



「リリィ、先生には具合が悪いから遅れるって、適当に言っとくね」


「あ、ゴメン―――なるべく急ぐからっ」


バタバタと急いで駈けていくみんなの背中に声を投げて、急いで着替える。


腰のあたりに手をやってふと思った。



―――コレだと、ジークさんにもらった瓶が入れられないよね?


せめてもう少し小さな瓶じゃないと―――



ジークにもらった、スプレー式の瓶を手に持って眺める。


どう考えても大きすぎる。


コレって確か“狼を撃退する薬”って言ってた。


“危ないと思った時に、吹きつけりゃ相手はイチコロだ”って。


パーティで狼に出会う確率は低いだろうし、こんなに大きな瓶じゃなくてもいいよね…?


着ると決めた服は体の線が出るデザインで、ポケットが膨らんでるとどうにもカッコ悪い。



“絶対肌身離さず持ってろ。いいか、ポケットの中だ”


ジークに言われた言葉を思い出して苦笑しながらも、従わなくちゃと思う。


「もしも何かがあって、持ってろって言っただろう!って、後で叱られるのは嫌だもん」


がさごそと引き出しを漁って、小さな瓶二つを探しだした。


中身を小分けにして、一つはポケットに、もう一つは手に持って部屋を出た。


一つは、最初に出会った女の人にあげようと決めたのだ。


「こんなにたくさん要らないもんね」


急ぎ足で歩いていると、廊下の向こうに、きびきびと歩く女の人の姿が見えた。


いつもシンプルな服を着てて、きりりっとした雰囲気のカッコイイ女の人。


――珍しいわ、今日はお洒落してる。



「マリーヌ講師!」


声をかけるとぱっと振り返ったので、急いで駆け寄って瓶を差し出した。


「あの、コレ――――」


マリーヌ講師が眼鏡をくいっと上げた。



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