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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
月の女神
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1

ロゥヴェルの空に、月が輝く。


何日もの間降り続いた雨は漸く止み、藍色の空に数億もの星が瞬く。


その降るような星の中を、箒星が煌く余韻を残しながら幾筋も流れる。


雨が苦手な者たちが家の外に出て嬉しそうに空を見上げ、背伸びをして大きく深呼吸する。



長い時を空け、久々に行われたセラヴィ王の“国作り”


澄み切った空に清んだ水、国中が爽やかな空気に満ち


皆の表情に安堵と喜びをもたらす―――――







「ふむ……満月に合わせたか。随分、無理をしたな」


静かな呟きが、白みかけた夜空に吸い込まれる。


遠くに見える水平線に、一筋の光りの線が現れる。



国作りは王の健在を示す。


長雨で淀んでいた空気と国民の鬱いだ心が、一気に変化した。


眼下に感じられる民の気配も歓喜に満ちている。


効果は、てきめんだ。



―――力の誇示―――


『まだ、やれる』ということか。


どうやら、当分の間は王位を退くつもりはないようだ。


それはそれでいいが、いくら命の捧げを受けているとしても体の限界はとうに来ている筈だ。


が、妃を迎えるとの話はまだ伝わってこない。


逆に頑なに断り続けてるとの噂は聞く。


王位を譲らず妃も迎えない。


その理由は何故かは考えずとも分かることだ。


大臣どもは見当もついてないようだがな……。



今宵は満月。


しかも女神ヘカテの月ときている。


すべての魔物の血が騒ぐ夜。


しかも、守りの要は留守だと聞いた。


行動を起こすには十分な好機と言える。



「……行け」


「―――承知」


低く響いた短かな声に反応し、高木の枝がザサッと揺れた。



水面が光りの恵みを受け始める。


あたたかく全てを育む陽の光。


徐々に、街を、国を満たしていく。


長い長い一日の始まりだ――――







***






朝日が昇り始め城中が朝霧にけむる中、ジークは温室の中にいた。


こじんまりとした医療宮よりも、遥かに大きいのではないかと思えるこの温室では、国中から集められたありとあらゆる薬草が栽培されている。


普段はフレアの薬草を使用してるジークでも、緊急を要する事態の時にはここを利用している。


今日は、その緊急を要する時。


朝一番に開く花、扱いに一番気を使う花、“テミス”を採りに来ていた。


日に当たると開花が始まり開ききるとすぐに枯れてしまうという変な花だが、れっきとした薬草だ。


この花弁を有用するには、開きかけたところを採らねばならない。


日に当たらないと期待する成分が生成しない上に、すぐさま煎じてしまわないと使い物にならないという厄介な薬草だ。



「この城で、再びこれを採ることになるとはな……」


苦笑しつつも一番大きな蕾を狙う。


開けば掌二つ分くらいになるだろう。


二人分ならコレであれば十分事足りる。



温室の中にゆっくりと日が差し込んでくる。


クリーム色の花弁がふるふると動き出すのをじっと待つ。


チャンスは一度きり。


ゆらりと揺れた花弁が開き始めたところを爪でスパッと切り落とし、医療宮に向かって急ぎ走った。


背の低い薬草たちが風圧で倒れそうになるのが目の端に映るが、そんなことは構っていられない。



とにかく早くしなければ―――


耳元でヒュンヒュン風を切る音がする。


こんなときは、ドアという代物がとても恨めしく思える。


クリーム色の花弁は、掌の中で急激に萎んでいくのがわかる。


枯れるまでの時間との戦い。


斜め格子のドアを開けるのももどかしく、半ば蹴るようにして開け、予め用意してあった煎じ鍋の中に放り込み、直ぐ様火を点けた。


全力で走ったお陰で少しばかり萎んではいるが、花弁は色鮮やかなまま水に浮かんでいる。



「なんとか間に合ったな」


これを、今から半時ほどかけて水が飴色になるまでじっくりと煎じるのだ。



今夜は、ヘカテの月だ。


二人にはコレが要る。


バル様の大切なお方は手厚い守りが配されてるから、まぁ心配はないが。


リリィには何もない。用心してもらわにゃならん。



“ジーク、頼む”


旅に出る前に、俺のとこに来たアイツは不機嫌そうな顔をさらに歪めていた。


すがるような目もしてた。


アイツがあんな顔をするようになるとはな。


ついこの間まで、舌足らずに話すハナタレ小僧だったのに。


すっかり男の顔になっていた。



リリィは元気で可愛くて、おまけに優しいときてる。


男女ともに人気があるから、心配する気持ちは非常によくわかる。


俺も、気にかけておかんと―――



ギラリと光る4つのブラウンの瞳が脳裏に浮かんで、途端に背筋がゾクリと冷たくなる。


……二人に恨まれるのは、真っ平ごめんだぞ……。



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