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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
記憶の鍵
53/118

9

あのあと、怒る王妃を苦労しながらも宥めた。


王妃には弱いバルのこと。


疲れて旅から帰ってくるのに、怒られてはかわいそうに思えるのだ。


王妃は、まだ、納得いかない感じだったけれど、なんとか叱らないことを了承してくれた。


それよりも。



“申し訳ありませんけれど、それは出来ませんわ。


貴女のお気持ちも分からなくはありませんけれど。


ユリアさん、貴女は候補とはいえ王子妃の身分なのです。


在城中ならばともかく、留守の間に他の殿方に合わせることなど出来ませんわ。


それがたとえコックであっても、特別な訳があっても、です”



『カフカ』出身のコックさんにお会いしたいとお願いしたら、王妃は困った表情になってそう言った。



“あの子が戻りましたら、改めてお願いして下さいな”




王妃のいなくなった部屋。


しーんと静まった中、ソファに座って独り考え込む。


テーブルの上には、後でも良いですからお食べになって、と置いていった色とりどりのお菓子が皿の上に整然と並べられている。



―――『カフカ』出身のコックさん。


どんな所に住んでいて、どうしてこの国に来たのか、それが知りたい。


そして『カフカ』がどんな国なのかも教えて欲しい。


彼は、私の知らないことをたくさん知ってるはず。


話したい、と思う。


どうにかして会うことが出来ないかしら―――



警備は厳重で、部屋からこっそり出ることなんて出来ないし、もし万が一出られたとしても、この広い城の中。案内がなくては王妃の宮に辿り着くことも出来ない。


まして、顔も知らない人を探すなんてとても無理なことに思える。


かといって、案内を頼める人は誰も思いつかないし。



「やっぱり、どう考えてもバルが戻ってからよね」


ため息混じりに独りごちる。


バルはいつ頃戻ってくるのかしら。


“少しばかりの間出掛けてくる”


そんなに長い日数はかからないような印象を受けたけれど……。



その時、お馴染みのノック音が耳に届いた。


今日2回目の訪問。


遅くなってすまんな、と言ってジークが部屋に入って来た。


ドアの向こうにいる山のような体は、脇に避けていた。


ジークに対しては、何の警戒もしないらしい。


ジークは早足でザクザクと歩いてくると、ゴトンと重そうな音を立てて鞄を置いて、テーブルを挟んだ対角に座った。



室長に、来てもらう必要はないと伝えてもらったのに、ジークはこうして来てくれる。


それはありがたくてとても嬉しいんだけど。



「大丈夫か?気を失ったと聞いたが」


早速ダークブラウンの瞳が探るように体を這う。


いつもの、ジークの視診が始まった。


「はい、大丈夫です。気を失ったというか…心が違う場所に飛んだというか。何でもないんです。いいんですか?ここに来て。皆さんの治療は?」


「心配するな。もう済ませてある。あとは御殿医に任せておけばいいことだ。遅くなったのは、書類の作成に手間取っててな。どうもああいうのは苦手でいかん」



煩い書官に何度も書き直させられて参ったよ、と頭を掻きながら苦笑したその表情が、真剣なものに変わる。


全てを見透かすような真摯な瞳が向けられる。



「で――――心が飛んだと言うのは、どういうことだ?お前の主治医として言う。独りで抱え込まず、全部話して欲しい。お前に何かあったら、俺は一生バル様に恨まれる。記憶を見たのか?」


ジークの顔をじっと見つめて無言で頷く。


「前に、椅子から落ちた時うなされていたが、見ていたのは、記憶の夢、か?」


表情の変化を見逃さないように、確認するように、一つ一つ言葉を区切るようにしてジークは聞いてくる。


ふと思う。もしかしたら、ジークだったら『カフカのコックさん』に会わせてくれるかもしれない、と。



「…最近、記憶の映像をよく見るんです。以前は夢でしか見られなかったけれど。今日は違ってて。さっきは、こうして座って王妃様とお話してる最中に見たんです。ざあぁぁ…と風景が現れて――――」



今日見た二つの記憶、状況と見たものをかいつまんで話し始めた。


ジークは黙ったままじっと聞いている。


話し終わると、腕を組んで、うーん…と低い唸り声を上げた。



「――それを見る前に、何か、きっかけとなるような物を見たり、起きた出来事があったはずだ。一度目は分かる、例の事件だろう。二度目は?何か思い当たるか?」


「はい。王妃様のお持ちになった外国のお菓子です。『カフカ』出身のコックさんが作ったものだそうで、それを食べたんです。そしたら―――」


「―――心が飛んだというわけか…。うむ、滅多なことは言えないが。『カフカ王国』は最近滅んだ国だ。申し訳ないが…それが、お前の祖国かもしれんな」



―――滅んだ国。今はなき国。


“姫様”


エリスという名の侍女。


あの時室長と重なったあの背中は、あの子のものかもしれない。


“命に替えても”


誰もが命を投げ出して私を守ろうとしてくれた。


皆が命をなくしたのに、私だけ、こうして生きている。


それが何故なのか、知りたい。


私が、誰なのかも。


『カフカ』のコックさんなら何か知ってるかもしれない。


可能性は、とても低いけれど――――



「はい…。それで、あの、お願いがあるんですけど――」


つい、言葉を途切れ途切れに出してしまう。


駄目と言われる確率の方が高いから、遠慮がちになる。


この広い城で、王妃の宮のコックさんというだけで、名前も顔も知らない方に会わせて欲しいというのはかなり無謀だと思う。


しかも、誰にも内緒で、となるとさらに難しくなる。


協力してくれる方がいれば別だけど。



腕を組み顎に手を当てて、何事か考えてる風のまま、ジークが言う。


「ん、何だ?俺に出来ることなら何でもするぞ」


「…私を、その『カフカ王国』のコックさんに会わせてもらえないでしょうか」



すぅと上がったダークブラウンの瞳と、視線が合う。


困ったような、戸惑うような色を浮かべてる。


念を押すように、真剣なことが伝わるように、願いを声に乗せた。


「……知りたいんです。その方に、聞きたいことがたくさんあるんです」


辛いことと向き合うことになるかもしれないけれど。


知らなければいけないと思う。



「――すまん。それは無理だ。会わせてやりたいのはやまやまだが、あんな事件の後だ。バル様がいない時に宮に余所者は入れられん。かといって、お前を外に連れ出すわけにもいかんのだ」


―――やっぱり王妃様と同じ答え。


予想してたけど、少しだけ期待していたから落胆してしまう。


「そうですよね…」


肩を落として俯いていると、こちらに回り込んできて肩にそっと手を置いた。


「そう落胆するな。会わせることは出来んが、そのコックが誰でどんな奴なのか調べてやろう。顔も名も知らんのだろう?苦戦するかもしれんが…。そうしてるうちに、旅からバル様が戻られる。そうしたら会えるようお願いすればいい。この件は、俺一人の判断では動けん―――――さぁこっちを向いて。念のため、診察させてくれ」



それからジークは一通りの診察を済ませて


“眠る前にこの薬を飲め。誘眠作用がある”


と小さな薬瓶を置いて出ていった。





***






時は経ち、今はもう夜――――



限りなくまんまるに近い月が空に浮かんでいる。


闇夜を照らす淡い光。


その月の中に、黒い点があるのが見える。


昨日まであんなものはなかったのに。


気のせいか、それがどんどん大きくなっているように思える。



「あれは、何…?」


「はっ、ユリア様、お気を付け下さい」


呟いた疑問に反応した室長が、いつの間にか隣に来ていた。


警戒しているのか、細い腕は、庇うような感じで体の前にさし出されている。


月の中の黒いもの。


注視していると、それは城に近付いているようで、だんだん大きくはっきりと見えてきた。


室長の腕も、ぐぐぐと力が入っていって、少しずつ窓際から離されていく。



それに構わず、その影をじっと見つめる。


だんだん大きくなるその形は、まるで優雅に翼を広げた鳥のよう。



―――これは……。


もしかして、ヴィーラ?


……にしては、小さすぎるわよね。


あれでは誰も乗ることが出来ない。


大きさとしては、両方の腕をいっぱいに広げたくらいしかない。



それは城の敷地の中にツィーと入り込み、迷うように暫く飛び回ったあと、テラスにある小さな柵に止まって羽を休めた。


近くで見ると、結構大きい。


キョロキョロと何かを探すように、小さな頭が動いている。



綺麗な鳥だと思った。


綿のように真っ白な羽毛に覆われてる。


鋭い瞳に湾曲したクチバシ。


見つめていると、ふとこちらを見た。


不思議にも、目があってる気がする。


その白い鳥から目を離すことが出来ずにいると、向こうも動くことがなく。


謀らずも、じーっと見つめあう形になった。


まるでガラス玉のような美しい瞳。


吸い込まれてしまいそう―――



「珍しいですわね。あれは、フクロウですわ。しかも、白フクロウとは…私も初めて拝見致します。でも、どうしてこんなところに―――」


この国にはいないはずですわ、何処から来たのかしら、とブツブツと呟いている。


室長の腕は、力は弱まってるけれど、変わらずに体の前にあるまま。



「そう。あれは、フクロウというのね?とても綺麗な鳥ね…」


無垢な純白の羽が、月の光を浴びて淡く輝く。


暫く見惚れていると、それが翼をふわりと広げてすぅ…と飛び立った。


上空を優雅に飛び、何度も旋廻している。


ひとしきり飛び回って満足したのか、フクロウは飛来してきた方向に戻っていった。


来た時と逆に、黒い影がどんどん小さくなっていく。


まるで、月に吸い込まれていくように。



「…何をしに来たのでしょうね」


ようやく警戒を解き腕を下ろして、室長がぽつりとそう呟いた。


訝しんでいるようだけど、あのフクロウからは嫌な気配を感じなかった。


この国の人に比べれば、鈍感だけど。


あの様子は、ここに迷い込んだだけ。そう思えた。



「月夜の散歩ではないかしら」



―――こんなに綺麗な夜なんだもの。


散歩したくなる気持ちは分かる。


私にもあんな翼があったなら……。


今すぐにでも、あの方のところまで飛んで行けるのに――――



「ユリア様はロマンチストなんですね。散歩ですか…。そうだと、よろしいのですが」



室長は暫くの間、フクロウが消えた方向を眺めていた。


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