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そう言うジークのダークブラウンの瞳が、お前、心当たりがあるだろう?と言っているようで、ユリアは昨日のことをよく思い返したみた―――…




…―――確かに、心当たりは、ある。


けど、あんなことでそんなに落ち込むのかしら。


あの時、バルは確かに困っていたけれど。


昨日は、私がむっすり黙り込んでしまっただけだもの。


だから、喧嘩にはなっていないし、何かもっと他に原因があると思うんだけど。


政治のこととか。


侍女を泣かせたことで、リリィに窘められたこととか。


きっと、私のせいではないと思う。


多分。きっと、そう―――



「…バル様の顔を見た時でいい。ただの挨拶でも何でもいい、お前から声をかけてくれるか。そうすりゃ随分ましになるはずだ」


「バルは、そんなに落ち込んでるんですか?」


「ああ、会えばすぐ分かるぞ。いつも快活なバル様が、と皆が首をひねってる。あまりにも珍しいことだから、傍から見てる分には面白いが、どうにも空気が重くなっていかん。ザキは面と向かって“いい加減うざいっす”って言ってたけどな」


ジークは、ハハハと渇いた笑い声を上げたあとにふぃっと肩をすくめ、何かぶつぶつと呟いた。



「――――では、また明日な」


「はい。ありがとうございました」


太い腕が重そうな鞄を軽々と持ちあげる。


一体何が入っているのか、と思うほどにいつ見てもパンパンに膨らんだ鞄は、床から離れるとタルンとしなって揺れる。



“俺は医者だからな。どんな時でも、コレ一つですべてのことに対応できるようにしてあるんだ。用意周到と言えば聞こえはいいが、ただの心配性とも言える”



その鞄、破れそうよ?と言った時、こう言ってジークは苦笑していた。



「本日も異常なしだ。では、これで失礼する」


ジークはドアの向こうで頭を下げて待機している侍女に軽く挨拶をして、足早に退室していった。


替わりに侍女が入室してドアのそばの壁際でうつむき加減に立つ。


この城の習慣なのか、お付きの侍女はこうして部屋に常駐している。


最初は常に侍女がいることに少し不快感を抱いたが、必要な時以外はあまりにも空気のようにそこにいるので、次第に気にならなくなってきていた。


そんな感じなので、なんの気兼ねもない。



ユリアは椅子に深く座ってジークが言ったことを思い返していた。


薄紅色の唇からはぶつぶつと呟きが漏れている。



―――昨日は、バルの様子が急に変わってしまって、戸惑ったのは私の方なのに。


落ち込んでるって言われてしまうと、何だか、私が悪いように思えてしまう。


昨日は……バルが王子様だって分かったあの後――――――……




「…―――はい」と返事したあの後、信じられない気持でバルをじっと見ていた。


王子様ってもっと寡黙で近寄りがたくて威厳があるものだと思っていた。


ジークの家では、みんなが気さくに話しかけてて、言葉遣いも普通だった。


それに、従者を従えてなくて、いつも一人でいるんだもの。


偉いお方とはいえ、自由に行動できる身分だとばかり思っていたわ。


だから世継ぎの王子様らしいところなんて欠片も見えなかったもの。


だから、バルが王子様っていうのは、正直ピンと来なくて。


本当にバルが王子様なの?と聞こうとしていたら。



「しかし、お前は、要注意だな」



突然ぽつりと言った言葉が全く意味不明で。


戸惑ってると、ため息交じりで、しかも怖い顔をしてこう言った。



「相手が俺だと知らずに承諾するとはな……よく考えれば笑い事じゃない。これからは、よく話を聞いて考えてから行動することだ」


「え、でも、あの時は―――」


「分かったな。全く……これでは、目が離せん」


あの時はバルが有無を言わせなかったんじゃない、って反論しようとしたのに、例の如くに強く言葉を乗せられて何も言えなくなってしまった。


言い訳を許さないような態度。


こういうところが、王子様らしいと言えばそうかもしれないけれど。


私の話を聞いてくれないのに“話をよく聞け”だなんて、そその言葉、そっくりそのままお返したいわ。


おまけに、何故か急に不機嫌になってしまってるし。


何も言わせてもらえないなら、もう押し黙るしかないじゃない。


だから、その後何を話しかけられても、ずっとむっすりしてたのだけど―――



今思い出してもむかっとしてしまうのに“お前から声をかけてくれ”と言われても困る。


でも、ジークの言う通り、私のことで落ち込んでるんだとしたら。


もしかして、少しだけ、反省してるのかも。


何を怒ってるのか、分かってくれたのかしら―――……?




ジークのように、うーん…と考え込んでいると、ドアがコンコンと叩かれた。


いつものように侍女がドアを細く開けて相手を確認すると、急いで半開きだったドアを大きく開け放った。


「王妃様がおいでで御座います」



素早くそう言い、そのまま隅に寄って居住まいを正している。


「―――王妃様がここに?」


急いで立ち上がって礼を取っていると、コロコロと鈴の転がるような声が聞こえてきた。


あたたかい日だまりのような色のドレス。


バルに似た艶めくブラウンの髪は綺麗に結いあげられていて、煌く宝石がふんだんに付けられたティアラを付けて、今日も美しく優美に微笑んでいた。



「あらまぁ、ユリアさん。


そんなに畏まらなくても宜しいですのよ。


貴女は、私の娘同然なのですから。


あぁ、お茶は結構です、すぐ帰りますから…。


あなたたちは下がってらっしゃい」



王妃が広げていたレースの扇をパシン…と閉めると、侍女たちがサササと退室してドアを閉めた。



「突然来てしまって驚いたかしら…ごめんなさいね」


優雅な仕草で、す…と座った王妃のにこやかな微笑みが一転し、瞳が少しの影を持って、ジークは帰った様ね…と呟いた。


お茶会の時の柔らかな表情とはまるで違っていて、少し怖いと感じる。


そのまま王妃はお茶会のときと同じく、ゆっくりとした口調で話し始めた。



「では、早速本題に入らせていただきますけれど。


貴女、王子と何かありましたの?


あの子が珍しく沈んでおりますの。


深くため息をついて何か悩んでるようですわ。


あんな様子は今まで一度たりともなかったことです。


どんな難しい政局でも議題でも、すいすい難なくこなしてしまう子ですもの。


あんなに悩む姿などついぞ見たことはありませんの。


ですから私、これは、ごく個人的なことであるとピンときましたわ。


母の勘とも申しましょうか。


貴女なら、これについて何かご存知だろうと思いまして、伺いに来ましたの」



あなたたち、何か、あったのでしょう?とジークと同様の見透かすような瞳がユリアをじーと見つめる。


「いえ、何も、知りません」


「そうですの?何も―――?」


本当に?と訝しげな顔を向ける王妃に、ユリアは精一杯に普段通りの表情を作って頷いて見せた。


ユリアがむっすり怒っただけで、一国の王子がイライラしたり落ち込んだりするなんて、とても考えられないのだ。


王子ならば、もっと高尚なことで悩むはずだ。


「先程、ジークからも尋ねられましたけれど、私には何も思い当たることはありません」



「まぁ…そうですの、良かったこと。


実は、貴女と喧嘩でもしてて、もしかしたら御破談になりはしないかと、私とても心配しておりましたの。


そう考え始めましたらいてもたってもいられなくて、不躾だと思いましたけれど、早速ここに来てしまったのですわ。


そう……違うのなら、結構です。


あぁ、ねぇ、ユリアさん、それでしたら、折を見て、あの子を元気づけてやって下さいましな。


何事もないのなら出来るでしょう?


妻になるのですから、それは貴女の仕事ですわよ」



「はい……」


「ごめんなさいね…世話をかけますけれど、あの子のこと頼みましたわ」



ほぅ…、と安堵のため息をつき、王妃はいつもの柔らかな表情に戻り、さて…、と呟き用事は済んだとばかりにすくっと立ち上がった。


しずしずとドアに進みかけた脚を急にぴたと止めると、レースの扇子をひらりと開いて、あぁそうですわ、と呟いた。


何か、思い出したよう。



「それともう一つ、お伝えすることがありましたわ。


コレが一番大切なことでしたわ。


忘れるなんて、私ったら、駄目ですわね」



少し頬を染め、開いた扇子で口元を隠し、おほほほ…と笑った。


王妃様にかかると、笑ってごまかすという仕草もとても可愛らしく上品に見えるから不思議だ。



「明日から、ここに講師が参りますの。


この国のことと、礼儀作法と、ダンスですわ。


見たところ、貴方は礼儀作法はしっかりしてらっしゃるから、国の勉強を主にしていきましょう。


ダンスも出来そうですけれど、国によって少しずつ違うでしょうから、一応しっかりとレッスンを受けていただくよう手配いたしましたわ。


お体の状態を見ながら、ですけれど。


では、明日から、しっかりお勉強して下さいましね」



王妃はにこやかに微笑んでドアの近くに立って、てのひらに扇子を当てた。


優雅な仕草で作りだされた、パシン…という音にすぐさま反応し、ドアがすー…と開かれていく。


それを、しずしずと通り抜けて「御機嫌よう」と言葉を残し去っていった。



とうとう、明日から、お妃教育が始まる……。


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