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あれから馬車はガタガタと進み、どこか遠くに向かっているようで、なかなか目的地に到着しなかった。
目隠しをしているせいか、とても長い時間乗っているように感じられた。
目的地に着いた後もなかなか腕の拘束を取って貰えず、娘はただただ恐怖に怯えていた。
娘が今いる部屋は楽屋のような所で、鏡と椅子がたくさんある。メイク道具がたくさん鏡の前に置かれ、壁際にあるハンガーラックには、何かの衣装なのか色とりどりの服がたくさん掛けられていた。
コンコン……「失礼するわ」
仮面をかぶった女の人が入ってきて、娘に近付いてきた。
「あなたは誰?私に何をするの……嫌、触らないで」
「大丈夫よ。あなたを綺麗にしに来ただけだから。大人しくしてて」
娘が立ちあがって逃げようとするのを女は手で制する。すると、娘の体は何故か思い通りに動くことが出来ず、自然に椅子に座ってしまい、不本意にも女の手を受け入れていた。
何か言おうにも声を出すこともできない。
女の手が娘の顔にパフを押し当て、手際良くメイクし始めた。
「髪はどうしようかしらね。この綺麗な黒髪―――」
女は丁寧にブラッシングしながらぶつぶつ呟く。
鏡の中の娘の姿がどんどん綺麗になっていく。
泣いて崩れていたメイクも、担がれてくしゃくしゃになっていた髪も整えられ、娘はどこかの国の姫のように美しくなった。
「これでよしっと。これだけ綺麗にすれば、あいつも文句はないでしょ。もう少し大人しくしててね」
女は満足げにそう呟くと娘を一人残して部屋を出ていき、そのドアがパタンと閉められた途端、娘の体は自由になった。
「今のは何だったの?」
あの人がいる間、何か不思議な力が働いて全く動くことが出来なかった。
怖い……。ここはなんだか普通じゃない。
娘の勘が“早くここから逃げろ”と言っていた。
「今なら、あの男もいないし、脚は拘束されていない。手はまだ縛られたままだけど、ここからどうにかして逃げられないかしら・・・」
娘はぶつぶつ呟きながら、キョロキョロと部屋の中を見廻した。
壁の上の方に小さな換気用の窓があるだけで、逃げられる様な窓は一つもない。
ドアも一つしかない。
どうなるか分からないけど、ここにいるよりはましに思える。
とりあえず、あのドアから外に出るしかない。
娘が決意して立ちあがりドアに向かおうとすると、廊下の方からバタバタと走って来る音が聞こえ、ドアがバッと開かれた。
「おい。移動するぞ―――ほう……綺麗になったもんだな」
娘の姿を上から下まで丁寧に眺め、満足げに笑う。
「嫌、こっちに来ないで。触らないで」
娘は男の手から逃れようと、部屋の中を逃げ回った。
が、手を拘束された体では上手く動かすことが出来ず、次第に壁際に追い詰められてしまった。
「ほら、観念するんだな」
「嫌!やめて!!」
男はここに来た時と同じ様に、再び娘の体を担ぎあげた。
廊下をつかつかと進んでいき、えんじ色のカーテンが掛けられている場所に来て止まった。
「おい、連れて来たぞ。入っていいか」
「あぁ、いいぞ。入れろ」
中から声が聞こえてきて、娘は担がれたままカーテンの中に入った。
その中を見て娘は息を飲んだ。
見たこともないような生き物が沢山いたのだ。檻の中に入れられている動物や、鎖に繋がれた異形の者たち。
よく見ると、部屋の隅の方に娘と同じ人間もいた。汚い服を着て踞るようにして俯いている。
「あ、あの方は?」
「あいつは以前落札されなかったんだ。珍しい狼男なんだがな。行き場がなく、あそこでずっと蹲ったままだ」
「狼男!?」
娘は自分の耳を疑った。狼男って何だろうか。普通の人に見えるけど、もしかして狼に変身するのか?
狼男は泥のついた服を着て、髪はぼさぼさのまま、何かしきりにぶつぶつ呟いている。
「心配するな。お前はあんな風にならない。きっと高値で売れるさ」
言いながら、男はカーペットの上にクッションを置いた場所に、丁寧に娘を下ろした。




