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4

その夜、ユリアは不思議な場所に入り込んでいた。



「―――ここは……?」


ベッドで眠っていたはずなのに、何も見えない霧の中をさまよっていた。


ここは夢の中なのか何なのか、上も下も分からないような一面の真っ白な世界の中、遠くから小さな声が聞こえてくる。


呼ばれているような気がして、それに誘われるように霧の中を進んでいくと、突然、ぱぁ…と目映いほどの光に包まれた。


目が痛くて堪らなくなり瞼を閉じると、何かの中に引き込まれるような感覚とともに、さらさらと流れる水の音と、風に揺られて葉がすり合わさるざわざわとした音が聞こえてきた。



恐る恐る目を開けると、背の高い木に囲まれた場所にいることが分かった。


目の前にはきらきらと目映く光る川の水面がある。


そのそばで座り込み、小さな心を震わせて泣いていた。


それは、霧の中で聞こえてきた小さな声に似ている。



途切れ途切れに出す震える声は、自らの唇から洩れでていて。


どうやら、この蹲って泣いている女の子の意識の中に引き込まれているようだった。


女の子の意識が、ユリアに流れ込んでくる。


それはとても辛くて哀しいものだった。



――――かなしい…さみしい……だれか…だれか、たすけて―――――



背後の少し離れたところに、ドアに喪章を掲げた小さな家がある。


喪章はところどころ日に焼けて色が変わっていて、掲げられてかなりの長い日が経っていることが分かる。


どうやら女の子が暮らしている家のよう。


着ているのは黒い服に黒いリボンそれに黒い靴。



「う……ひっく…うぅ……っく…」



―――どうしていなくなっちゃったの?


わたしが大きくなるまでそばにいてくれるって言ったじゃない。


おばば様のウソつき…わたし、ひとりぼっちになっちゃった……。


これからどうしたらいいの?―――



おばば様と二人で暮らしていた家に独りでいると、思い出ばかりが蘇る。


一人ぼっちになってしまった不安と寂しさにとても辛くて堪らなくて、外に出て一人で泣いている。


もう何日もそんなことを繰り返していた。


最初は足しげく様子を見に来ていた近所の人たちも、たまに食べ物を届けに来るくらいで、それ以外は来なくなっていた。


“厄介もの”


“困ったな”


近所の人たちが集まって話してることを聞いたことがある。


意味はよく分からないけど、その声色から良くないことを言ってるんだと、いくら幼くても分かっていた。



―――わたしはここにいてはいけない子なんだ―――


でも、どこにいけばいいの?


どうしていいのかわからない。


おばば様―――



「おい、何をそんなに泣いてるんだ。どこか痛いのか?」


突然頭の上から降ってきた声に驚いて見上げると、いつの間に横にいたのか、一人の男の子が立っていた。


黒髪に黒い瞳、黒い服。


年上に見えるその男の子は、心配げにこちらを見おろしていた。



黙って首を横に振って涙でぬれた瞳で見上げる。


男の子はどこか悲しげな瞳をしている。


それは自分に似てるような気がして……。



―――もしかして……。もしかして、あなたも、わたしといっしょなの?―――



仲間が出来た気がして、涙を拭いながらオズオズと問いかけてみる。


「……あなたも、ひとりぼっちなの?」


哀しいけれど、少しだけ嬉しく感じてしまう。


それが声に出ていたのか、男の子は目を見開いて驚いている。


けれど、こちらの身なりを見て、すぐに何を言わんとしてるのか分かった様で慌てて手を横に振った。



「いや、違う。いつもこの服なんだ」


「そう…なんだ…」


――ちがうんだ……やっぱり、ひとりなのは、わたしだけなんだ―――


一度浮かび上がった心が再び沈み込んでしまい、涙はますますあふれてくる。


その様子を見て困ってしまったのか、男の子は暫く考え込むようなそぶりを見せたあと、にこっと笑いながら掌を差し出した。


「おい、面白いもん見せてやるよ。こっちに来い」


真っ直ぐに見つめてくるその瞳に魅入られたようになり、手に掴まって立ちあがると、ぎゅっと手を握られた。


立ち上がると、涙にかすむ目に男の子の肩が大きく映る。


ぼんやりとしてそのまま突っ立っていると、男の子は、早く来いよ、と急かすように、ぐいぐい引っ張って歩き始めた。


その力強さに驚きながらも、何故かとても温かく感じて警戒することも忘れて懸命に後について行った。


男の子は少し開けた草原まで来ると立ち止まり、いいか見てろよ、と言った。



「いいか。これは特別なんだ。今から見ることは、二人だけの秘密だぞ。誰かに言ったら許さないからな」


男の子の色素の薄い唇が動き、脅すような低い声を出した。


子供ながらも、それはとても迫力があって震えてしまう。


優しげだった瞳は細まり、随分怖い顔になっている。


何のことを言ってるのかよく分からないながらも、無言で頭をぶんぶんと縦に振り、大きく頷いて見せると、顔が緩んで柔らかく笑った。


その笑顔に、小さな胸がトクンと動いた。



いいか。静かにしてろよ…と呟いたあとに、両掌を前方に出した男の子の髪が、ふわふわと揺れ始めた。


体の周りの空気もそれと同じく揺らいでいるように見える。


まるで体の周りにだけ風が吹いているみたいに。


不思議な気持ちで見ていると、息を大きく吐いた男の子が少し弾んだ声を出した。


「ほら、あれだ、見ろよ」



男の子に注目していた瞳を、その綺麗な指先に導かれるまま前方に向けると、遥か向こうの方から何かが飛んでくるのが見えた。


それは左右上下に動きまわっていて、時々キラッと光を放ち、遠目にも綺麗な色をしているのが分かる。


注視していると、だんだんと近付くにつれてそれがはっきりとし出した。


上下左右に動いているように見えたのは、一つの個体ではなくいくつもが寄り集まったもので。



「ち……余分な物までくっついてきたな…」


男の子が悔しげに舌打ちするのを耳にしながら、その美しいものに心を奪われ、心から悲しみの気持ちが薄れていくのが分かった。


ひらひらと舞うように飛んできていたのは、黒地に色とりどりの模様を持つ綺麗な蝶の群れ。


それにくっつくように綺麗な花がくるくる回りながら飛んでいる。


良く見ると、羽をもった小さな人みたいなのも混じっている。


尖った耳に愛くるしいくりっとした瞳。


薄桃色の髪に白い衣を身に着けたそれは、ふわぁ…と傍に近づいてくると、まじまじとこちらを見たあとに『キャハハハハハ』と愉しげに笑った。


どうやら、びっくりして目を丸くしてる顔が可笑しかったよう。


その後頭の上をくるくると踊るように飛び回っている。



「なぁに?この子……」


上を見上げたまま呟いた。


ちっちゃくて羽がふわふわしててとても綺麗。


「…驚いたな。それが見えるんだな。こいつは花の妖精だ」


「ほんと!?ようせいさんなの?ほんとうに、いるんだぁ……かわいい」


「あぁ、良かった。やっと泣きやんだな?」



満足げに優しく微笑む男の子に、うん、と笑顔で返したその瞬間―――


何かに殴られたように体が弾かれ、ぐるぐると視界がまわり、再び何もない白い霧の中に戻された。


意識はそこで、ふ…と途切れる――――




―――朝になり。


「ユリアさん、朝だよっ。起きて!」


と。リリィに起こされるまで目覚めることのできなかったユリアは、夢で見たものを慎重に思い返した。


匂い、感触、音。


どれをとっても妙に現実感があり、いつもの夢と違うように思える。


何よりも、全部はっきりと覚えているのだ。


―――あの男の子は、一体誰―――?



夢とはいえ、何かとても重要な気がして、紙とペンを探して内容を書き留めておいた。


絶対に、忘れないように―――――……


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