プロローグ2
霧が辺りに立ちこめ、月が隠れる真夜中の街。
外灯が薄ぼんやりと道を照らし、周りの家々も電灯が消え、人々が寝静まった頃。黒塗りの馬車がゆるゆると道を進んでいた。
「ご主人様、今日こそ良いものが手に入るといいですね」
「そうだな……」
従者のような男は、封筒から案内状らしき黒い紙を出して、嬉しそうに眺めた。
「事前に貰った案内には、目玉商品があると書かれてあります。一体何でしょうね。楽しみだなぁ」
「そうだな……今夜も無駄足にならねばいいが」
霧の中見える外の景色は、家もまばらになっていき、木ばかりが目立つ景色に変わっていった。
「こんなところに会場があるんですか?」
「あぁ、もうそろそろ着く頃だろう」
「ほんとですかぁ?」
疑いながらも目を凝らして見ていると、霧の中に薄ぼんやりと見えてきたのは、壊れかけた薄汚い屋敷。庭には草が生い茂り、門扉は壊れて傾き、風が吹くたびにキイキイと不気味な音を立てていた。
屋根の上の風見鶏も寂しげにからからと音を立てている。
屋敷の窓という窓は全部木で塞がれ、とても人がいる気配がない。
「今日の会場はここらしい」
「ほんとにここですかぁ……?また随分汚い場所だなぁ」
馬車は門の中にゆるゆると進み、やがて静かに停まった。
窓の外をよく見ると、他にも馬車がたくさん停まっていて、着飾った男女が静かに降り立っている。
『―――今夜の出物は何かしら。楽しみだわ』
『君が欲しいものなら、何でも買ってあげるよ』
『まぁ、いいの?私ね――』
仮面姿の男女が、小さな声で喋りながら馬車の傍を通り過ぎて行った。
「まぁ、仲の宜しいことで―――…ご主人様、さぁ、どうぞ」
男は、主人のために馬車のドアを開けて頭を下げた。
馬車のドアを開くと、まるで待ちかまえていたように、すぐさま声がかけられる。
「ようこそいらっしゃいました」
黒い服を着て、仮面をかぶった男が出迎えに来て二人に仮面と口髭を渡した。
「こちらをどうぞ。あぁ、付けてから降りて下さい」
二人が仮面と付け髭を付けて馬車を降りると、黒服の男は歩き出した。
そのあとについて行き、壊れかけた小汚いドアを開けて入ると、そこには、外観とは全く違う世界が広がっていた。
オレンジ色の暗い照明の中、夜の闇にまぎれて集まる身なりの良い紳士や淑女たち。
みんなそれぞれ素性が分からぬように、渡された仮面を付けている。
女性は皆仮面に扇を持って顔を隠し、男性は皆仮面に口髭をつけていて、何処の誰だかまるでわからなかった。
「ご主人様、結構人がいますね」
「そうだな。皆、この目玉商品とやらに惹かれてきたんだろう」
ウェイターから飲み物を貰い、飲んでいると、女性が扇で顔を隠しながら話しかけてきた。
「こんばんわ……今日は人が多いですわね……その訳をあなた様はご存知ですか?」
「いいえ。貴女はご存知なのですか?」
「えぇ―――そうね………これは、内緒の話なんですが、貴殿方には教えて差し上げますわ。―――――今日の目玉商品、どうやら人間の娘らしいんですの」
極秘の情報なのか、女性は二人に近付いて声をひそめながら言った。
二人が顔を見合わせたあと、驚きの声をあげると、女性は得意そうに笑った。
「レディ、それは本当ですか?」
「えぇ、だからそれを知っている皆さんは、目の色を変えていらっしゃるわ。かく言うこの私も―――今日は負けられませんわ。もちろんお二人にも―――ではお互いの健闘を祈って、ご機嫌よう」
女性は扇で顔を隠しながら、優雅に人並みの中に消えていった。
「ご主人様、これが間違いないなら…」
「あぁ、そうだな――」
二人は唇を歪めて不敵に笑い、女性が消えた方をずっと見ていた。