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ルミナの街より遠く離れた都ケルン。


市場は活気に満ち人々の笑顔が溢れる豊かな街。


港から離れた山の麓には、国を治める魔王の暮らす城が建っている。


少し古びているが、荘厳な作りはこの国の豊かさの象徴。


その城の奥深く、王の居である王宮の中、石造りの廊下を眉根を寄せ、一人歩くラヴルの姿があった。


“私もそう長くはない。そなたに後を継いで欲しい”


頭の中で繰り返し再生されるのは、先程王に謁見し言われたこの言葉。




――王も急に何を言われるのか。

私などに跡目を譲るなど。まだ若いのに、病に倒れてからはすっかり気が弱くなっている。順番で言えば確かに私の方が継承権は上だが、血で語るならばゾルグの方が相応しいと言うのに。

ルミナの街を維持しながらユリアと静かに過ごす方が私には性に合う。政のような厄介なことは私には不向きだ。それに、私では皆が納得しないだろう――


「ラヴルじゃないか?」


前方から不意に声をかけられ顔を上げると、青みがかった黒髪に背の高い男が微笑みながら、足早に近寄ってきた。


髪の色こそ少し違えど、煌く漆黒の瞳はラヴルとよく似ている。背後には従者だろうか、ブラウンの長髪の男を従えていた。


ラヴルは俯き少し顔を顰めた。今一番会いたくない者に出会ってしまったのだ。


「ゾルグ……」


「珍しいな。ここで会うとは……セラヴィが即位して以来だな?」


「あぁ、そうだな」


「今日は何の用で来たんだ?随分疲れてるようだが……おい、大丈夫か?」


ゾルグは、自分より少し背の高い鍛えられたラヴルの体を、調べるように見つめた。


――ラヴルほどの男が疲れるとは、一体何をしたのか?考えられることは一つあるが……まさかな――



「セラヴィに呼ばれてな。今謁見を済ませてきたところだ。これは少し力を使いすぎたせいだ。こんなのはすぐに戻る」


「そうか、それなら良いが。セラヴィは急速に体が崩壊しているらしい。これもシルリアの王女を娶れなかったせいだが。まさか、婚儀目前に王女が亡くなるとはな。思いもよらなかったことだろう。一人でこの国の維持は難しい。誰でも良いからさっさと他の者と契約を済ませれば良かったのに、余程王女を愛していたんだろうな。大臣が何度も話を持って行っても頑なに拒んだそうだ。だが、漸く最近お気に召した王女が居られて、話を進めていたが、なんとその方も亡くなったそうだ」



―――その話は知っている。


シルリアの王女が何者かに毒殺され、王国の威信をかけて捜査をしていたところ、賊に襲われ城が焼き討ちにあった。


最近滅びたカフカ王国の場合は、何の前触れもなく突然真夜中に襲われた。


聞くところによると第2王女が逃げるも追手がかかり、従者が懸命に応戦するも命を取られたと聞いた。


セラヴィの世を良く思っていない反乱分子の仕業ではないかと言われているが……果たして―――



王はこの国を維持するために最愛の者と血の契約を結び、儀式を済ませ、前王から力を継承しなければならない。


歴代最高の力を持つと言われた現王、セラヴィも例外ではない。


このまま妻を娶らなければ力を失うばかり、命はもう風前の灯だ。



「もうシルリアは滅びている。王女亡き後何者かの手によって襲われた。最近もカフカ王国が襲われて滅びた。セラヴィが気に入った相手は、そのカフカの第一王女だと聞いたが?」


「あぁ、そうだ。突然真夜中に襲われ、成す術もなく全滅したようだ。しかし、つくづくセラヴィも運が無いな……。王も運がなければ務まらんとは。で、今日ここに来たのは、もしや譲位の話か何かか?セラヴィは、もうすっかり気が弱くなっていただろう?」


「ゾルグ、何を言っている。譲位など――そんなはずないだろう。何てことない、ただの世間話をしてきただけだ。王もよほど暇らしい―――すまんが急ぎの用がある、これで失礼するよ」


「あぁ、またな―――おい、たまにはこうして城に顔を出せよ。この城中の女どもが寂しがってたぞ。私の顔を見るたびに、甘い声を出してこう聞くんだ。“今日はラヴル様はぁ?”ってな―――私はラヴルの秘書ではない、と言ってやるんだがな」


「ふ……彼女たちの相手は君に任せるよ―――では、またな」



軽く手をあげて挨拶をし、足早に歩くラヴル。

そのすれ違いざまに、ゾルグの瞳が、はっとしたように見開かれた。

振り返り、去りゆくラヴルの背中をじっと見つめている。

暫くの後、脇に従えている従者に囁くように言った。



「―――おい、感じたか?」


「は?何を、で御座いましょう」


言われた従者は何のことか分からず、訝しげな表情を浮かべ首を傾げている。



「匂い、だ。ラヴルから甘い残り香が漂ってきた。あれは―――――」



ゾルグは少し考え込んだ後従者に小声で指示をし、瞳を鋭く光らせ唇を歪めた。


従者は軽く一礼をして、サッと踵を返してゾルグから離れていった。




***




「ツバキ待たせたな」


「ラヴル様、このままルミナに帰りますか?」


「いや、今宵はケルンの屋敷に行く。今戻ってもユリアはもう寝ている。起こすと怒られそうだからな。せっかく直った機嫌だ。また損ねられたら堪らん」



――ふぃっと横を向く少し膨れた頬と尖った唇。あれはあれで可愛いが、たまに見せる笑顔の方が数倍可愛い。

本心と裏腹に、無理して強がるところもなんとも面白い。

ころころ変わる表情をつねに見ていたいし、守ってやりたい。

……だが、機嫌を損ねるのだけはいただけない。

ただ一つの気がかりは、結界が弱まってる点だが、侵入者に関してはライキがいるから大丈夫だろう。それに、ナーダもいる……守りは完璧のはずだ―――




瞳を伏せて考え込んでいるラヴルを、じっと見ているツバキ。その表情はにこにことしていて、とても嬉しそうに見える。


それに気付いたラヴルが、少し不機嫌そうにツバキを見た。



「何だ、ツバキ。何がそんなに可笑しい?」


「ラヴル様は、ユリアには弱いですね?」


「そう、見えるか?」


「はい。そう見えますとも!」



複雑そうに曖昧な微笑みを浮かべるラヴルに、自信たっぷりに満面の笑顔で返事をするツバキ。


馬車のドアを開け、大好きなご主人様に早く乗り込むように促して、パタンとドアを閉めた。


空を見上げると星がまばらに輝いている。ここのところ、月も色が淀みがちだ。




――王様の力が弱いんだな……。早くラヴル様が即位すれば良いのに。

今は、ユリアだっているし。ラヴル様ならこの国をよりよく変えるのも可能だ。

人望もあるし、政の手腕だって誰にも負けずに一番だ……と以前にゾルグ様に聞いた。

ただ一つの欠点を除けば、ラヴル様はこの国一番に強い。


それに、なんと言っても、俺の自慢のご主人様だからな!――



「ツバキ、何をしている。早く屋敷に行くぞ」


「はい、今行きます」



ツバキが乗り込むと同時に動き出す馬車。

ゆるゆると坂を下り、繁華街を抜け森の方へ向かっていく。


家もまばらになっていき、闇が続く道を進むと、ぽつんと光る外灯が見え始めた。


大きな門扉を潜り庭へと入る馬車。

玄関に近付くにつれ、多くのメイドや使用人がバラバラと外に出てくる。

皆頭を下げ整列してる、その壁の間を、通り抜けるラヴル。


手を上げて軽く挨拶をし、ラヴルは早々に寝室に向かった。


心に浮かぶのはユリアの姿。長い黒髪を風になびかせ佇む姿。こうして思い浮かべるだけで、王宮で騒いだ心が落ち着く。


――今宵は少し疲れた。早く休み、明日一番にルミナに行かなければ。

あのとき腕にそっと置かれた手。此方を見つめる瞳が“寂しい”と言っていた。早く顔を見せねば。

きっと、可愛い笑顔を見せてくれるはずだ―――


思うと自然に口角が緩んで、心が穏やかになる。



寝室のドアを開けた穏やかなラヴルの表情が、スゥと変わった。瞳に影が差し眉間に、しわが寄せられていく。


壁に背を預け、腕を組んで奥を睨みつけた。



「そこで何をしている」


「あ……私は、執事様に、今宵のラヴル様の伽を命じられました……サミュと申します」



ベッドの上に、座っているのは赤毛の若い娘。透けるように薄い布で作られた夜着のみ身に纏っている。


頬を染め、綺麗なブルーの瞳に初々しい色香を込め、嬉しそうにラヴルを見つめている。

選び抜かれた娘なのだろう、その姿はとても愛らしい。普通の者ならすぐに食指が動くだろう。



ラヴルはスタスタとベッドの脇に歩み寄った。


透けるような夜着。深く開いた襟ぐりから少し豊かな胸の谷間が垣間見える。


漆黒の瞳がサミュを見つめ、大きな手がむき出しの細い肩にスッと置かれた。



サミュは体をピクッと震わせ、瞳をそっと閉じて思う。


……初めてだけど、覚悟は出来ている。ラヴル様の伽をするのが夢だったんだもの。たった一度だけでも、これっきりでも、それでも良いの。

憧れのラヴル様……私、幸せ……。



ドキドキしながら次に触れられる手を待っていると、予想もしなかった言葉が上から降ってきた。


「伽は必要ない」


目を見開き、ラヴルの顔を見上げるサミュ。


何の感情も持たない、冷たい漆黒の瞳が自分を見下ろしていた。



「ですが、執事様がラヴル様のお疲れを癒すようにと……」


「必要ない、と言っている。こちらでは伽をとるつもりはない。去れ」


「でも……私、夢だったのです。ラヴル様の伽が……ですから―――」


「聞こえないのか?去れと言っている」




ラヴルは一向に動く気配のないサミュに痺れを切らし、上着を掛け、無理矢理ベッドから下ろして部屋から押し出した。


執事に一言言わなければいけない。


「そこの者、バトラーを呼べ―――」


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