14
―――ズゴゴゴゴ……ズズ、ン……――――
また、轟音が地面を揺らす。
セラヴィが国作りをしたはずなのに。
「シエルリーヌ、こちらに来い」
「はい―――」
揺れ続ける大地。
城の向こうを見れば、山の木がずりずりと動いていた。
地滑りが起きているのだ。
このまま崩壊が進めば―――
「感じたぞ!聞いたぞ!セラヴィが崩御したこと。ラヴル、貴様が跡目なのだろう!?急ぎ儀式をしろ!もう駄目だ、一刻の猶予もない。私が、官を務める!」
息を切らし走り込んで来たゾルグが叫ぶのにラヴルが応える。
「ゾルグ、諸国への対応はもう済んだのか」
「あぁ、十分だ!行くぞ!」
幸いに、会場の建物は未だ崩れていない。
セラヴィの守りのおかげなのだろうか。
黒塗りのドアを慎重に開けて入り込む。
そこかしこが、がれきに埋もれた室内。
ラヴルに手を引かれ急いで祭壇の前に行き、向かい合って立った。
そこには、もう、セラヴィの姿はない……。
「無いものは、省くぞ、いいな」
そう言ったゾルグが祝詞を謳い上げたあと、誓いの印を要求した。
「シエルリーヌ・リラ・カフカ。そなたを我が妃とし、我が愛を注ぎ守ることを誓う。今ここで我が妻となる証、新しき名を与える。これを、真名と致せ……」
肩に手が乗せられて額に唇が落とされる。
耳元でラヴルの声がした。
……ユリアナ……
そう告げられた瞬間、体の芯がぽっと火が点ったように、熱くなった。
心が高揚して、奥底から力が湧きあがってくるのを感じる。
それはどんどん溜まっていって、どうにも発散したくて堪らなくなる。
セラヴィの時には無かった現象……これを、どう処理したらいいのか。
「―――ラヴル、あの……」
もじもじしながら見上げると、ラヴルは妖艶に微笑んだ。
「……静かに。もう少しの、我慢だ」
「はい……」
ゾルグが咳払いをして「続けるぞ」と言って、戴冠の儀を促した。
祭壇の上の光り輝くティアラが、ラヴルの手によって頭の上に乗せられる。
「―――ユリアナ、そなたを、ロゥヴェルの王妃に任命する―――」
「では、護国の儀を―――二人とも、こちらへ」
ひたすらに「急げ、早く」と言うゾルグに誘導されて、慌ただしく祭壇の奥に足を踏み入れる。
そこには簡素な石の器が祀られていた。
ゾルグは案内しただけで、静かにその場から立ち去っていく。
私の手を握ったラヴルが真摯な瞳を向けてきた。
「少し、痛いが。いいな、我慢だ」
「え?」
……ぴっ……、指先がラヴルの爪で傷付けられる。
血が滲み出て、小さな血の球を作った。
見れば、ラヴルの指先からも同じ様に血が出ている。
「ユリアナ、貴女を、愛している。子供のころより、ずっと。貴女を手に入れるこの日を、ずっと、待っていた――――――取れ。私の、この手を――――――」
さし出されるラヴルの手をそっと握ると、強く握り返された。
「はい―――私も、ラヴルを愛しています。貴方がお迎えに来て下さるのを、ずっと、ずっと、待っていました」
幼い頃から、ずっと―――
二人の手が自然に動いて、石の皿の上に乗せられる。
血が滲み出て混ざり合い、皿の底を紅色に染めていく。
ラヴルの指先が顎にかかる。
ゆっくりと顔が近付いてきたので、瞳をそっと閉じた。
最初は、優しくついばむように、唇が重ねられた。
「ん……ん……」
声を漏らせば後頭部がぐいっと抑えられて、一気に口づけが深くなった。
ラヴルが中に侵入してきて、舌も歯も頬裏までも、滑らかにゆっくりと蹂躙されていく。
唇が離れるわずかな間に少し離れて呼吸をすれば、まだだとばかりに引き寄せられる。
「む…は……ん……」
吐息が漏れて、頭が麻痺したようにぽやぽやとしてくる。
優しく吸われ、宥められ、そして強く吸われる。
何度も繰り返されるその行為に、体の芯はますます熱くなり、体も痺れて立っていられなくなる。
堪らずにラヴルの腕の中に沈めば、がっしりと抱え直されて再び深い口づけが始まった。
石の皿の中が二人の血でいっぱいになった頃、漸くラヴルの唇から解放された。
ぼやける瞳に、ラヴルの妖艶な笑みが映る。
いつの間にか、高揚感と湧き出る力は感じなくなっていた。
「私は、ラヴル・ヴェスタ・ロヴェルト・ロウヴェル。ロゥヴェルの王にして、魔界を統べるべく即位した新魔王だ。今ここで護国を宣言し力を継承する。歴代の王達よ、我が体に、古の力を――――」
ラヴルの体の中に、石皿の中にあった血が流れ込んでいく。
石皿の中心が光り輝いて、天に向かって光りの柱を作った。
ラヴルが両の腕を広げて天を仰ぐ―――
光りの柱が天井を突き抜けてロウヴェルの空を、世界の空を、覆った。
どんよりとした雲は払われ空は青く澄み渡り、沈み込んでいた大地が盛り上がる。
川の水は清められ、魚がいきいきと泳ぎ始める。
失われた大地も元に戻り、折れた木も枯れた花も蘇っていく。
がれきを片付ける衛兵が手を止め、空を見上げる。
広場のヒト達が、山を眺める。
海沿いを歩くヒトが、広がっていく大地を見つめる。
ビリーもジークもモリーも。
みんなが無言のままでいた。
しんと静まり返るケルンの広場。
「これは――――魔王様の、国作りだ……」
一人の貴族の紳士が囁くように呟けば、さざ波のように歓声が広がっていった。
「崩れが、止まったぞ!」
「俺の家が、戻ったぞ!」
「やったぞ!何もかも、きっと、これで、元通りだ!」
「家に、帰れるぞ!」
広場中が歓喜に沸き、民の顔が笑顔に充ち、歓声が街の外まで溢れる。
その声は、新しき魔王とその妃の耳まで届いてきていた。
ユリアナがラヴルと並んで立つその肩に、ヒインコが飛んできてふわりととまる。
「良かった、無事だったのね」
赤い羽根にそっと頬を寄せれば、体をつぃと寄せてきた。
「ユリアさん、良かったね」
「リリィ―――?……ありがとう」
ヒインコの囀ずりを心地好く聴きながら、蘇っていく城下を眺めて、ただひたすらに、願う。
――――この平和が、皆の幸せが、
いつまでも続きますように――――
と。