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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
魔王に甘いくちづけを
117/118

14

―――ズゴゴゴゴ……ズズ、ン……――――



また、轟音が地面を揺らす。


セラヴィが国作りをしたはずなのに。



「シエルリーヌ、こちらに来い」


「はい―――」



揺れ続ける大地。


城の向こうを見れば、山の木がずりずりと動いていた。


地滑りが起きているのだ。


このまま崩壊が進めば―――



「感じたぞ!聞いたぞ!セラヴィが崩御したこと。ラヴル、貴様が跡目なのだろう!?急ぎ儀式をしろ!もう駄目だ、一刻の猶予もない。私が、官を務める!」


息を切らし走り込んで来たゾルグが叫ぶのにラヴルが応える。


「ゾルグ、諸国への対応はもう済んだのか」


「あぁ、十分だ!行くぞ!」



幸いに、会場の建物は未だ崩れていない。


セラヴィの守りのおかげなのだろうか。


黒塗りのドアを慎重に開けて入り込む。


そこかしこが、がれきに埋もれた室内。


ラヴルに手を引かれ急いで祭壇の前に行き、向かい合って立った。


そこには、もう、セラヴィの姿はない……。



「無いものは、省くぞ、いいな」


そう言ったゾルグが祝詞を謳い上げたあと、誓いの印を要求した。


「シエルリーヌ・リラ・カフカ。そなたを我が妃とし、我が愛を注ぎ守ることを誓う。今ここで我が妻となる証、新しき名を与える。これを、真名と致せ……」


肩に手が乗せられて額に唇が落とされる。


耳元でラヴルの声がした。


……ユリアナ……


そう告げられた瞬間、体の芯がぽっと火が点ったように、熱くなった。


心が高揚して、奥底から力が湧きあがってくるのを感じる。


それはどんどん溜まっていって、どうにも発散したくて堪らなくなる。


セラヴィの時には無かった現象……これを、どう処理したらいいのか。


「―――ラヴル、あの……」


もじもじしながら見上げると、ラヴルは妖艶に微笑んだ。


「……静かに。もう少しの、我慢だ」


「はい……」


ゾルグが咳払いをして「続けるぞ」と言って、戴冠の儀を促した。


祭壇の上の光り輝くティアラが、ラヴルの手によって頭の上に乗せられる。


「―――ユリアナ、そなたを、ロゥヴェルの王妃に任命する―――」


「では、護国の儀を―――二人とも、こちらへ」


ひたすらに「急げ、早く」と言うゾルグに誘導されて、慌ただしく祭壇の奥に足を踏み入れる。


そこには簡素な石の器が祀られていた。


ゾルグは案内しただけで、静かにその場から立ち去っていく。


私の手を握ったラヴルが真摯な瞳を向けてきた。


「少し、痛いが。いいな、我慢だ」


「え?」


……ぴっ……、指先がラヴルの爪で傷付けられる。


血が滲み出て、小さな血の球を作った。


見れば、ラヴルの指先からも同じ様に血が出ている。


「ユリアナ、貴女を、愛している。子供のころより、ずっと。貴女を手に入れるこの日を、ずっと、待っていた――――――取れ。私の、この手を――――――」


さし出されるラヴルの手をそっと握ると、強く握り返された。


「はい―――私も、ラヴルを愛しています。貴方がお迎えに来て下さるのを、ずっと、ずっと、待っていました」


幼い頃から、ずっと―――



二人の手が自然に動いて、石の皿の上に乗せられる。


血が滲み出て混ざり合い、皿の底を紅色に染めていく。



ラヴルの指先が顎にかかる。


ゆっくりと顔が近付いてきたので、瞳をそっと閉じた。


最初は、優しくついばむように、唇が重ねられた。


「ん……ん……」


声を漏らせば後頭部がぐいっと抑えられて、一気に口づけが深くなった。


ラヴルが中に侵入してきて、舌も歯も頬裏までも、滑らかにゆっくりと蹂躙されていく。


唇が離れるわずかな間に少し離れて呼吸をすれば、まだだとばかりに引き寄せられる。


「む…は……ん……」


吐息が漏れて、頭が麻痺したようにぽやぽやとしてくる。


優しく吸われ、宥められ、そして強く吸われる。


何度も繰り返されるその行為に、体の芯はますます熱くなり、体も痺れて立っていられなくなる。


堪らずにラヴルの腕の中に沈めば、がっしりと抱え直されて再び深い口づけが始まった。



石の皿の中が二人の血でいっぱいになった頃、漸くラヴルの唇から解放された。


ぼやける瞳に、ラヴルの妖艶な笑みが映る。


いつの間にか、高揚感と湧き出る力は感じなくなっていた。



「私は、ラヴル・ヴェスタ・ロヴェルト・ロウヴェル。ロゥヴェルの王にして、魔界を統べるべく即位した新魔王だ。今ここで護国を宣言し力を継承する。歴代の王達よ、我が体に、古の力を――――」



ラヴルの体の中に、石皿の中にあった血が流れ込んでいく。


石皿の中心が光り輝いて、天に向かって光りの柱を作った。


ラヴルが両の腕を広げて天を仰ぐ―――




光りの柱が天井を突き抜けてロウヴェルの空を、世界の空を、覆った。


どんよりとした雲は払われ空は青く澄み渡り、沈み込んでいた大地が盛り上がる。


川の水は清められ、魚がいきいきと泳ぎ始める。


失われた大地も元に戻り、折れた木も枯れた花も蘇っていく。



がれきを片付ける衛兵が手を止め、空を見上げる。


広場のヒト達が、山を眺める。


海沿いを歩くヒトが、広がっていく大地を見つめる。


ビリーもジークもモリーも。


みんなが無言のままでいた。


しんと静まり返るケルンの広場。



「これは――――魔王様の、国作りだ……」



一人の貴族の紳士が囁くように呟けば、さざ波のように歓声が広がっていった。


「崩れが、止まったぞ!」


「俺の家が、戻ったぞ!」


「やったぞ!何もかも、きっと、これで、元通りだ!」


「家に、帰れるぞ!」


広場中が歓喜に沸き、民の顔が笑顔に充ち、歓声が街の外まで溢れる。




その声は、新しき魔王とその妃の耳まで届いてきていた。


ユリアナがラヴルと並んで立つその肩に、ヒインコが飛んできてふわりととまる。


「良かった、無事だったのね」


赤い羽根にそっと頬を寄せれば、体をつぃと寄せてきた。


「ユリアさん、良かったね」


「リリィ―――?……ありがとう」



ヒインコの囀ずりを心地好く聴きながら、蘇っていく城下を眺めて、ただひたすらに、願う。



――――この平和が、皆の幸せが、


いつまでも続きますように――――


と。


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