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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
魔王に甘いくちづけを
115/118

12

小刻みに揺れ続ける大地。


荷車を引いたビリーは、時たま大きく揺れる中、脚を取られながらも広場に向かって必死に歩いていた。



「―――何だか、海が近くなってる気がするぜ」


昨日よりも、海岸線が近くにあるように見える。


荷車を止めて海の方を望めば、海沿いの並木道が、ふ…と、消えたように見えた。


「ん??」


思わず目をぐいぐいと擦る。



──幻かぁ?俺、夢を見てるのかぁ?


変な出来事の連続で、目がおかしくなったのかぁ?



出来りゃ見間違いであってほしいと、もう一度眼を開いてじっくりよく見れば、確かに、緑色の屋根の家の傍に海があるように見える。


―――ありゃ確か、もっと陸の方にあったはずじゃぁねぇか?



厄介になってるご婦人の家は、その3件ほど山側だ。


ぞわぞわとした恐怖に襲われ、脚が震えてくる。


「こりゃぁ……思ったよりもずっと、大変なことになってるようだぜ……」


動くことができずに立ち竦んでいると、荷車の方から呻き声が聞こえて来て、ビリーはハッとした。


「う……んーーーいっ、イタイ―――んーー」


「ほら、頑張って!しっかりおし。赤ちゃんも頑張ってるんだよ!」


腰のあたりを摩りつづけるご婦人が出す、モリーを励ます声が聞こえる。



──そうだった!


モリーが産気づいたんだったぜ、しっかりしろよぉ!俺!!


父親になるんだろぉ!?


早いとこ広場行って医者さがさねぇと。


クルフ達と合流しねぇと!



苦しげに呻くモリーの声を聞いて、自らの頬をパシンと叩いた。


「よっしゃぁ!!リキ入ったぜぇ。モリー、がんばれよぉ!」


荷車のガタツキを気遣いながらも急ぎ広場まで行き、到着してすぐにキョロキョロと探せば、医者らしきヒトが少女を助手代わりにして手際よく手当てしてるのが目に入った。




「しっかりしろよ、このくらい傷は浅いぞ。動くな。ほら、可愛い子が見てるぞ?」


「ジーク殿、こちらも、後程お願い致します」


「あぁ、待ってろ。……そこ、この消毒液で拭いてやってくれ、すぐに行く」



この医者は、目がいくつもあるのだろうか。


そう思えるほどの、的確な治療指示ぶりだった。


素人の少女も上手く使って次々に治療をしていく。


この人なら―――――


「あのーー、すいません」


忙しそうで、掛ける声が遠慮がちになる。


「何だ?怪我なら、どこだか詳しく言ってくれるか?」


「いや、怪我じゃねぇんで……その、妻が産気づいてて―――」


「何?お産―――か?あぁちょっと待て……あーっと、湯だ。湯が要るぞ。え―――っと……。あー、そこのお嬢さん?」


ジークが声をかけたご婦人が「私ですの?」と自らを指差した。


そうだ、と頷けば「何ですの?」と言いながらジークに近付いてきた。


「あなたに頼みがある。お湯をなんとか工面してくれないか。お産に使うんだ」


「まぁ!お産ですって!?それは大変ですわ。お湯に、布に、暖かい場所が要るわ」


「そうだ、流石良くお分かりだ。頼めるか?」


「任せて頂戴!これでも、何人も子供を育てたんですのよ」


ご婦人は胸を張って頷くと、今までいた場所に戻って、座り込んでる殿方たちをたきつけた。


「ねぇ、ちょっと!そこの殿方たち、呆けてないで手伝って頂戴。お産があるのよ」


「何だ?何をすればいいんだ?」


「木切れを集めて火をおこすのよ。それから、ベッドを囲めるくらいに大きな布を探して来て頂戴。すっぽりと全部入るものを頼むわ。それから、綺麗な毛布も。さぁ早く動いて!お産は待ってくれないわよ!」



度度小刻みに揺れる大地もなんのその。


ご婦人は同じ年頃の女性を探しだし、あれこれと指示をし準備を始めた。


「うむ、頼もしい。やはり女性は強いな……っと、俺は医者のジークだ」


「……俺は、ビリーってんだ」


「うむ、ビリー。妊婦さんを、ここに連れて来てくれないか」


「あぁ、分かった!すぐに、連れてくるぜ!」



ビリーがモリーのところに戻り、荷車ごとそろそろと戻ってくれば、火が焚かれたところに大鍋がかけられて湯が沸かされようとしてるところだった。


「荷車か。そのまま使えそうだな」


布の束を抱えた男性達が向こうから歩いてくるのが見え、ジークは、荷車の周りを囲むように指示をした。


苦しそうに息を吐くモリー。


ジークが診察をして時間を計れば、陣痛の間隔は短くかなりの進行ぶりだった。


「これは、もうすぐだぞ。すまんが、ご婦人方で、手伝えるお方はおられるかな?」


布の間から顔を出して声を掛ければ、次々と声が上がる。



「イタタタ……イタイ!…んんーーーうーーー」


時折怒る地鳴りに混じり、モリーの苦しげな声が広場の中に響く。


「あぁ…もう駄目……いたい……助けて」


「しっかりしろ、母親になるんだろう?ほら、もう少しだ、もう少しだぞ。今だ、力入れて――――そうだ。よし、いいぞ」


「モリーさん、頑張って!」


「頑張るのよ!」



布の向こうから、ジークの声とご婦人方の励ます声が聞こえてくる。


「あぁモリー。頑張れぇ、頑張れぇ……」


ビリーは気が気じゃなく、うろうろと布の周りを行ったり来たり。


手伝いに参加した殿方たちも、固唾をのんで見守る。


……ゴゴゴゴゴゴ……


地鳴りが轟いて大地が揺れる。


が、誰も気にしない。


誰も逃げようとしない。



苦しげに呻く声が聞こえなくなり、広場は、しんと静まり返った。



「――――ほ……ほわぁー……ほわぁー、ほわぁー」


「おーい、ビリー!生まれたぞ!喜べ、女の子だ!母親に似て、可愛いぞ!」



「……女の子?」


ビリーは、その場に立ちつくし、呆けたように呟いた。


わあぁぁっと歓声が上がる。


見守っていた紳士達が、ビリーの背中をバシバシと叩く。


「やったなぁ!アンタ。良かったなぁ!」


見ず知らず男性が、ガシっと肩を抱き、頭をわしゃわしゃと撫でる。


もみくちゃにされて、ビリーは、やっとこ、喜びが体の内から湧きあがってきた。


「女の子!女の子だぁ!モリー!ありがとよぉ!」


ビリーは叫び、出てきたジークにも飛びついて行って、礼を言って握手をした。


「もう、会えるぞ。モリーは暫くの間安静にしてるように。こんな中難しいが……。ビリー、お前が、しっかり守るんだ」


「ありがとう。何てお礼を言ったらいいか、わかんねぇぜ。ご婦人方も、紳士方も、ありがとよぉ……」


「ちょっと、アンタ!泣くんじゃないよ!しっかりおし!さぁ、赤ちゃんとご対面だよ――――」


布が取り払われて、微笑むモリーと小さな赤ちゃんが、ビリーの涙に霞む目に入る。


「ねぇ、ビリー、どう?」



薔薇色に染まった肌。


豆のような小さな指。


ぷっくりとした唇に頬。


すやすやと眠る姿は、なんともいとしくて―――


「どぉも何もねぇぜ……モリー。ありがとう。これが、俺達の娘かぁ……。あぁ、なんてかわいいんだぁ。モリー、俺、これからも頑張るぜ」



ビリーが、赤ちゃんごとモリーを腕の中に入れたその時に。


城の方から目映いほどの光が放たれ上空に広がり、薄墨色の雲を押し退けていった。


久しぶりのあたたかな日の光が、広場に差し込む。


まるで、新たな命の誕生を、祝福するように――――



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