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ロゥヴェルの繁華街中心の広場に、帽子を深く被った一人の男が現れる。
肩から斜め掛けした鞄の中は沢山の紙切れが納まっていてさぞ重いだろうが、男は平気な様子でスタスタと歩き広場の真ん中に立った。
中身の一枚を抜き取り頭上高く掲げて、声高らかに叫ぶ。
「魔王、セラヴィ様が御結婚なさるぞ!!」
道行く者はみな、ぱっと顔を上げて男を凝視した。
一瞬の静寂のあと、あちらこちらから歓声が巻き起こる。
「まぁ、素敵!なんてめでたいことでしょう!お相手はどんなお方なのか、貴方はご存知?」
「知らないけど、魔王様が見そめられたお方だ。たいそう美麗に違いないぞ。婚儀はもうすぐだ!これで、国は、安泰だぞ!」
「ビラをちょうだい」
「俺にもくれ」
わっとヒトが集まり、あちらこちらから手がのび男の手から鞄からビラが抜き取られていった。
「これは、めでたいぞ!皆、街を清めて祝いの灯を点そうぜ!」
沈みがちだったケルンの街は、すぐに華やぎを取り戻した。
***
何人かのヒトを乗せた荷車が一台、牛に引かれて幅広の道をゆっくりと進んでいく。
「都ならあったけぇと思ったが、やっぱりさみぃなぁ、クルフ」
「あぁ、そうだな。だけど、俺は来て良かったって思うぜ?ビリー。こんなの、一生に一度見られるかどうかってヤツだ」
「だな!」
爺様にナルタから離れろと言われて、深刻な暗い気持ちで旅をしてきたビリーたち。
都に近づくにつれて嫌でも伝わって来たこの祝賀の雰囲気に、最初は落差を感じて驚いたものの今はワクワクと心浮き立っていた。
だってよぉ、魔王様の婚儀だぜ。
どう考えても嬉しいことじゃねぇか。
荷車には「若い者だけで行け」と言い張るのを無理矢理に乗っけてきた爺様と出産間近なモリー、それにクルフの嫁さんとベビーがいる。
寒さと長旅で疲れちゃいるが、皆の顔は随分愉しげだ。
隅には、これでもか、とアレコレと詰め込んでパンパンに膨らんだ鞄が数個積まれている。
ありったけの金貨を持ってきて、こっちで暮らす算段をしてきたがこの分だと何の心配もいらねぇな。
けど、ナルタに戻るにしたって、魔王様の婚儀のあとだ。
こんな目出度いこと、見逃す義理はねぇぜ?
クククと笑い、煌びやかな町並みの様子を眺めた。
道行く奴ら皆浮き足立って見える。
「おい。さすがは、魔王様の御膝元だなぁ、そう思わねぇかぁ?クルフ」
「あぁ、全くだぜ」
あのとき引きかえさなくて良かったなぁと互いに言って、ガハハと笑い合う。
「とりあえず、今日泊る所を見つけねぇとな」
「見つかるかあ?こんだけヒトがいちゃなぁ」
時は魔王様ご婚儀直前の日。外国のヒトたち、国中そこかしこから来たヒトたち、いろんな毛色が繁華街を歩いていていつにも増して賑わっていた。
さぞかし宿はとりにくいだろう。
だんだん荷車が通るにも苦労し始める。
―――とりあえず、早くモリーたちを休ませてやりてぇし、宿を探してくるかぁ。
荷車を隅に避けてクルフに番を任せて宿を探しに出た。
その頭に雪がちらちらと舞い落ちる。
つい昨日までは青空を見せていたこの地にも、薄墨色の雲が侵食するように迫って来ていた。
吹きすさぶ風にのり、雪がここまで届きはじめたのだ。
商店には、厚着をしてありったけの布を体中に巻いたご婦人方が、来る日に備えてご馳走の材料を買い込む姿が多く見られる。
凍えた手をすり合わせながらも威勢良い声を出して店をもり立てる店主たち。
異常な寒さに震えながらも、民は皆わくわくと心浮き立たせていた。
異変に気づくより、目出度い気分のが先立つ。
流石は都ケルン。繁華街だけでなく街の至る所がきらきらと光っていた。
端近に居並ぶ屋敷の軒先には、花や彫り物で趣向を凝らした飾り物が惜しげもなく提げられ、門には祝い時に出される三色の旗が掲げられていた。
まだ昼だというのに、かがり火を焚いてるところもある。
道は綺麗に掃き清められていて枯れ葉一枚と落ちていない。
その中を歩くビリーは、焦り途方にくれていた。
宿はどこも一杯で、泊まれるところは一件もなかった。
ここなら、と思ったボロい宿まで満杯だったのだ。
「あー、どーすっかなぁ……」
頭をバリボリと掻いて呟く。
とりあえず、モリーのとこに戻って話し合うしかねぇな。
「―――それなら、隣街まで行くしかないわね」
お腹をさすりながらモリーが言う。
かなり疲れた顔してる。爺様もだ。
「けど、モリー大丈夫かぁ?隣街までは遠いぜ」
「あら、貴方達、どうかなさったの?」
声がした方に振り返れば、品のいいご婦人が立っていた。
買い物途中のようで、籠の中には少量の食材が入っている。
「俺たちナルタから来たんだが、宿がどこも一杯で泊まれねぇんだ。仕方ねぇから、今から隣街まで行くところさ」
クルフが説明すると、ご婦人は荷車を見てにっこりと笑った。
「今からだと夜になってしまいますわ。家にいらっしゃいな。宿ほどではありませんけど……精一杯歓迎させてもらうわ」
「……でも、この人数です。迷惑ではありませんか」
モリーが遠慮がちに言えば、ご婦人は首を横に振った。
「いいんですのよ。賑やかになって私も嬉しいわ。でも、食材を買い足さなければいけないわね。荷車に、乗せて下さる?」
「本当に、いいのかい!?ありがてぇなぁ……荷車くらい、いくらでも、どーんと使ってくれ」
見ず知らずのご婦人。
思わぬ優しさに触れたビリーたちはひたすら礼を言い、このあとご婦人と一緒に買い物を楽しみ家に向かった。




