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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
創始の森
101/118

10

ふわ…と、暖かな空気に包まれる。


木立の隙間からもれる光が、連なる幾何学的な模様を空に幾つも描く。


―――ここは、森?


足下は草のしげる柔らかな土。


ヒールの踵がめり込んで少し歩きにくので、脱いで手に持った。



…えっと、どっちに進めばいいのかしら?


というか、道らしきものがないから、このまま下手に歩き回ったら迷子になってしまいそう。


そもそも、ここがセラヴィの造る世界と同じだとは限らないのだ。


あの全く預かり知らない風情、別物な世界の可能性の方が強い。


同じ世界なら、目的は果たせなくても歩き続ければ街中にでられるかもしれないし、ルミナにだって行けるかも。


けれどここが異界なら…もし帰れなくなったら…。


心の中がぞわぞわと湧き上がった不安に支配される。


「そういえば。出てきた場所は、わかるのかしら」


と、あるべきところの辺りを見て、愕然とした。


声にならない息が出て、へなへなと座り込まなかった自分を褒めたいくらいの、強い衝撃を受けた。


そこだけが、きらきら光ってたり、不自然な緑色の塊があったりするかと思い描いていたものが、無い。


門があった痕跡の欠片さえ、皆無だ。


後ろも横も前も、果てしない森が広がる。


「…嘘つき。すぐに戻れないじゃない」


力ない声が出る。


これは、何か目的を果たすまでは帰れないってことなのだ、きっと。



でも、何をすればいいのか。


歴代の妃の方々ったら、どうして何も残して下さらなかったのか。


私が無事戻ることが出来たら、絶対に何かを残すことにするわ。


歩いた道筋とか、したこととか、出会った生き物とか。


どうせ何もすることがなくて、一日中暇なんだもの。


あれこれ全部、絵まで描いて、書き残しておくんだから。


戻れれば、だけど―――



取り合えず宛はないけど進まなくては。いつまでたっても終わらない。


散らばってしまった勇気と力を脚に集めて一歩を踏み出すと、突然にスカートの中がモゾモゾ蠢き始め、ふわふわと裾が浮き上がった。


卵から出る雛のように、ポケットからぴょこっと嘴の先がのぞく。


「あ、出てはダメよ。迷子になるわ」


制した手をくぐり抜け、綺麗な囀りをしながら飛んでいく。


「戻っておいで」


頭上を旋廻するように飛び回るヒインコに腕を伸ばして手招きをすると、囀りながら戻ってきて手首にとまってくれた。


そこでも、丸い瞳をキラキラさせながら囀りつづける。


―――そういえば、このコがいるんだったっけ。


不安だらけだった心が一気に和やかになっていく。


肩の力も抜けて笑顔も出てきた。



「お喋りさんね?セラヴィが傍にいる間、ずっとポケットの中で窮屈だったのね?」


目線を合わせて話しかけると、翼まで広げて嬉しげに囀る。


一息ついておさまったところを見計らって、肩にとまらせて歩き始めた。


紅い羽がチラチラ目の端に映って、何とも心和んで気持も強くなる。


暫く歩いていると、何かに反応したように一声の囀りを残し、ヒインコはバタバタと飛び立った。


止める間もなく、すぃーと前方に飛んで行ってしまう。


見失わないように急いで歩くけれど、この脚は思い通りに速く動いてくれない。


紅い塊は粒のようになっていって、じきに視界から消えてしまった。



「戻って来てくれるかしら」


ポツリ呟いた声が風に流される。


風に揺れてざわめく木々の音がやけに大きく聞こえて、孤独感を増す。


なんとか追いつこうと懸命に脚を動かしていると、前方から囀る声が聞こえてきて、紅い粒が見えた。


それが徐々に大きくなってきて、やがて肩の上にふわりととまった。


見てきた何かを報告するように、ヒインコは囀り続けている。


それが何だかとっても嬉し気に聞こえるのは、気のせいかしら。


「あなたは何を見つけたの?このまま真っ直ぐに進めばいいのね?」


真っ直ぐといっても、獣道すらないのだけれど―――



そんな不安はすぐに払拭された。


少しでも進む方向が歪めば、ヒインコの羽がぱしんと頬を撫でて方向修正される。


まるで案内係のよう。



やがて、進む先に大きな岩が見え始めた。


それは木漏れ日を受けて、きらきらと瑠璃色に光って見える。


「あの岩は――――」


瑠璃の森の道に点在していたものに、とてもよく似ている。


一つ一つが大きいそれは、何かを囲むように弧を描いて、目の前にそびえたっていた。


「あなたが見つけた物ってコレなの?」


肩から飛び立ち誘導するように前を行くヒインコの後をついていくと、人一人が通れるほどの隙間を見つけた。


その向こうから、水音が聞こえてくる。


ぱたぱたと前を飛ぶヒインコと一緒に岩の間を抜けると、そこは、瑠璃色の光に満たされていた。


木陰さえも瑠璃色に染まっている。


岩に囲まれた大きなくぼみに水が流れ込み、小さな泉を作っていた。


碧く見える水は、きっと岩肌の影響だろうと思える。


ふと思い立ち、脇の低めな岩によいせと登り向こうを覗き見ると、申し訳程度の土に生える木の向こう側は、他を拒絶するかのような断崖絶壁だった。


うっかり落ちれば怪我どころか、命がなさそうな高さだ。


あまりの恐さに腰を抜かしそうになりながらも、そろりそろりと後退りをしてなんとか元に戻った。


ホッとしつつも泉に目をやれば、上を飛び回るヒインコの紅と瑠璃色が相俟ってとても美しく、神聖な場所に見えた。


許された者しか訪れることが出来ないような。


あまりの美しさに棒のように突っ立ってると、ヒインコが泉の傍に降りて水を飲み始めた。


その光景を見て急に喉の渇きを覚えて、瑠璃色の岩の上をちょんちょん歩きまわるヒインコの隣に座りこむ。


靴を置いて両手で水をすくおうと屈めば、一点の曇りのない澄んだ泉に自分の顔が映った。



――私の顔―――


黒い瞳に白い肌。


髪が肩から零れ落ち、先が泉に浸ってる。


ストレートな黒髪は、セラヴィの好みで常に下ろしたままだ。


ラヴルもこの髪を好んでくれたっけ。


この世界の殿方が好むものは同じなのかもしれない。


民族性というか――



冷たい水で喉を潤してホッと息をついたら、足がひりひりと痛むことに気がついた。


見ると、あちこちにすり傷が出来て血が滲み出ている。


柔らかな草の上とはいえ、木の枝なんかも落ちていた。


最初は気を付けていたけれど、ヒインコを追うことに夢中になって、気遣う余裕もなくなっていた。


「やっぱり、裸足で歩くことは無謀だったかしら」


泉の水で洗って汚れを落とし、適度な高さの岩に腰をおろして足を泉に浸した。


ひんやりとした水が熱を持った足に心地いい。


足をぶらぶらさせてパシャパシャと音を立ててみる。


波紋が広がって、ゆらゆら揺れる水影が木陰に映る。


綺麗な空気、緑の匂い、暖かな風、冷たい泉。


セラヴィのいない空間。


なんて落ち着いて、気持ちがいいのかしら―――



いつもいつも突然に部屋に現れる魔王セラヴィ。


一度吸血されただけでそれ以後は肌に触れて来ないけれど、やっぱり気の抜けない毎日なのだ。


何度もぷんすか怒って抗議をしても、さも平気な顔でこう言う。


“愛しい妃に逢いたいと思うのは必然であり、暇な時間が出来るのは突然なのだ”と。



久しぶりの平穏な時。


独りきりは寂しいと思うことも多いけれど、ここはその感情を補って余りあるくらいに居心地が良い。


可愛いヒインコが傍にいるせいもある。


いつまでもここにいたくなる。


歴代の妃たちも、ここに癒しを求めて来ていたもかもしれない。


だから、地図も記録も残してなくて。


魔王に知られてしまったら、禁じられることもあり得るのだもの。


怖くて何も残せないわ。



国で贄として教育されて、襲い来る魔物たちから隠すように育てられ、それが運命だと諦めてはいても、やっぱり哀しかったと思うのだ。


黒髪であることを疎ましく思ったことも多いだろう。


幼い私が、騎士団長の金髪を羨ましく思ったのと、同じ様に―――




――――……まぁ。先程から心騒がしいと思えば。幾年ぶりでしょうか。ここに、再び黒髪の姫が訪れるとは……――――



「―――――誰!?」


頭の中に直接響いてくるような、柔らかく綺麗な女性の声。


どこから聞こえてくるのか。



―――……ヒインコ…。あなたは以前も泉に訪れていましたね。そうですか、あなたがここに連れて来たのですね。良く、やってくれました……―――



ヒインコが囀りながら、泉の上を飛び回る。


嬉しそうにも見えるけれど、フラフラするその飛びかたは、予想外のことに慌ててるようにも感じる。


急に方向転換をして急いでこちらに戻ってきたかと思えば、再びポケットの中にもぞもぞともぐりこんでしまった。


入口に嘴だけがひょっこりと出ていて、怖いもの見たさの感情がヒインコにもあるのかと思い、少し心が和んだ。


「怖いのね?そこに隠れていればいいわ」


今までのことで耐性が出来ているのか、歴代妃が経験したことだからと安心しているのか。


自分でも驚くほどに動じていなければ、怖くも感じない。



泉の真ん中にさざ波がたち、小さな光の球がふわりと現れて、水面の上でとどまった。


それを中心として、ぼやぼやと人の形ができあがっていく。


白い衣に長い髪。


細く美しい手が胸の前で組まれ、俯きがちだった顔がゆっくりと正面に向けられた。


水面を滑るようにして、こちらに移動してくる。


「貴女は…誰なのですか」



人、ではないように思える。


白く輝いていたその姿は光を失って行き、色がだんだんに現れてきた。


髪は黒、瞳も黒、衣だけは変わらずに白かった。


この方は、吸血族の精霊なのかしら。



「この姿を取ることは、もう二度とないと思っていました。私は、ティアラ。この世界を創造した初代魔王の妃であり、今はこの創始の森の番人をしています。この国の民は、ここを『瑠璃の森』私のことを『森の意思』と呼びます。黒髪の姫、貴女の、名は?」



―――美しいお方。


貴女が、ティアラ。


あの不思議な部屋の主。


バルが話してくれた、最初の黒髪の姫。


本物、なの――――?


こんなところで、こんな形で会えるなんて信じられない。


それに、どうして、この森の番を?


「は…っ」


というか、待って?ここは瑠璃の森―――!?



遅ればせながら、目を瞠ってきょろきょろしてしまう。


頭の中がごちゃごちゃになる。


何故、ティアラの部屋が、ラッツィオの森に繋がってるのか。


ということは。


ここのどこかにフレアさんがいるということで。


私は今、ラッツィオに戻ってきてるということで―――――



混乱してる状態の私を、ティアラはきょとんとした様子で首を傾げて見ている。


「ぁ…あの…」


上手く言葉が出ない状態の私に対し、ティアラはふわりと優しく微笑んだ。


「そういえば、貴女。前にこの森で暮らしていましたね?そうですか。あの時の、貴女なのですね―――」


何かを思い出しているのか、ティアラの顔が物憂げに俯く。


「ぁ、あの、私は、記憶を失っていて。分からないのです。名前も過去のことも、よく思い出せないのです。この世界にどうやって来たのかも分かりません。魔王の妃になることも承諾していませんし……」


「まぁ―――そうなのですか。記憶を――――…だから、なのですね」


真摯にまっすぐに見つめていたティアラの瞳が、ふわっと優しくなる。


「芯が安定せず、迷いが多く見られます。貴女からは、現魔王セラヴィと数人の殿方の苦悩が伝わってきます。……セラヴィ王は余程愛しているのですね。他の殿方たちも同等に。魔王は、決意して欲しいと、心を変えて欲しいと、私の部屋に入れたのでしょう。妃の承諾を交わしていなければ駄目だと言伝えてありますのに。永い時を経て変化したのでしょうか。貴女はまだここには導かれないのに、まったく幸運でした。すべて自分の思惑通りになると思うところが、魔王らしいですわね」


いくら術に長けていても、人の心の底までは操れないというのに。いつの時代も変わりませんね。


そう言ってくすくすと笑い声を漏らすティアラの瞳は、遠くを見つめていて、とても優しくて、まるで昔を懐かしんでいるよう。



―――幸せ、だったのかしら。


贄として、単身でこの世界に嫁いできたのに。


愛する者の住む世界、人の世を守るためとはいえ、辛く寂しくなかったの―――?



「決意を促すため、ですか?…あの、歴代の妃たちは、ここで何をしていたのですか?」


何か、試練があるとか?


おずおずと訊ねると、ティアラは美しい声で愉しげにコロコロと笑った。


「特に何もしていませんわ。ただ、私のお話を聞いて頂いただけです。私がここに留まる理由を含めて。後に力を借りることになるのですから、納得して頂いたのです」



留まる、理由。


ロゥヴェルではなく、ラッツィオの森にいる訳。


力を貸す。


妃の決意。



混乱し続ける頭の中を整理するように、ティアラの言葉を何度も反芻する。


「では、行きましょうか」


「はい?」


微笑むティアラの顔が近付いたと思った瞬間、光の直中にぽつんと座っていた。



――――……私がお話することは、貴女のまだ知らない真実。


気持ちが変わるも変わらないも、貴女次第……――――



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